一方、ケルベロスのパイロットであるハーデスは多少驚いていた。
「自己修復の機能か……想像以上にやっかいだな」
 自分たちを裏切った技術者は、よりによってとんでもない戦闘機を開発したものだ。が、あまり深く考えずにハーデスはケルベロスのパネルを叩き、これまでに得た戦闘データをアルカディアに送信した。
 万が一自分が倒れたときに、同志の誰かが敵を攻略できるよう先に情報を送ったのだ。
「お、上昇しているな」
 フェニックスが高度を上げ始めた。どうやら間合いの外に出ようとする考えだろう。
「ふん、考えが甘い」
 そう言うと、ハーデスはケルベロスの口を開き弾を上空に発射した。弾は引力に逆らうかのように減速するどころか加速してフェニックスのそばをかすめた。
 あせって回避するのが手にとるように分かった。
「戦闘経験はあまりないみたいだ。正規のパイロットではないのか」
《おい、お前!!》
 ケルベロスの通信に知らない声が割り込んできた。通常、通信とは知っている機体同士ができるものだ。外に向けてスピーカーのように音を出さない限り聞こえることはない。
 ということはハッキングしてきたのか?
「誰だ、お前は」
《俺はソール。アポロンの直弟子だ。何でお前ら、仲間だったアポロンを殺した!!》
「違う、あれはやむを得なかったんだ」
《お前らが来なければ、アポロンもオシリスも死ななかった!》
面倒になったハーデスはスイッチを外に向け、怒鳴り散らした。
《知ったことか!!アルカディアに刃向かうのであれば撃破するだけだ!!理由などいらん!!》
 そのときフェニックスにとっては不運が起こった。急に雨雲が立ちこめ始めたのだ。
「しまった」
 ソールは舌打ちした。フェニックスのサンギルドシステムは太陽光がなければ作動しない。このままでは次に攻撃をくらうと劣勢となる。
 ソールの不安をよそに雲はどんどん広がり稲妻を伴う大雨となった。コックピットのモニターにはエネルギーの出力が弱まる警告が出た。
「おまけに視界も悪いな」
ケルベロスの姿が見えなくなった。が、それはつまり相手もこちらが見えないということだ。お互いに手を出せないなら長期戦となればフェニックスが不利だ。
しかし、そのケルベロスの砲弾・ブロンズ砲弾がフェニックスに向かって正確無比に飛んできた。
「うわっ!」
 かろうじて回避したがブロンズ砲弾と歯車状のホイールブレードは次々と飛んでくる。
「どういうことだ、こっちが見えているのか!?」
 冗談じゃない。サンギルドシステムが使えない上、相手は暗闇でも戦う術を持っている。絶体絶命だ。
「何であいつはこっちが見えるんだ?」
 ふと、ある考えに行き着いた。アイカメラやモニターが暗闇の中でも相手を視認できるようになっているのか? 暗所で作業する時に使ったことがある。この瞬間、ソールにはあるアイデアが浮かんだ。
暗い中で作業していたとき、急に光りが入ってまぶしくて目が痛くなった経験がある。もしかしたら……
「やってみるか!」

 ソールの予想通り、ケルベロスは暗闇でも敵機を捕捉できるモニターを備えていた。
「ふん、どうやら戦況はこちらに有利に働いたようだ」
 相手はケルベロスが見えない。が、ハーデスからはフェニックスの姿が良く見える。このまま追い詰めて撃墜しようと考えていた。
 が、突然聞こえてきた不審な轟音にハーデスの思考は停止した。
「なっ!?」
 叫んだとき、フェニックスがケルベロスの首の付け根に猛スピードで突っ込み、そのまま上空に舞い上がっていた。
《な、何をするんだ!!》
《お前に勝つにはこれしかない!!》
 フェニックスはどんどん上昇を続けた。そして、雨雲を突っ切り、雲の上空に出た。
《うわっ!!》
 ハーデスはまぶしさのあまり目がくらんだ。同時に、ケルベロスのアイカメラとモニターがノイズを立ててブラックアウトした。
《何も見えない!!》
《やっぱりな、暗闇仕様に切り替えたモニターに、急に強い光を当てれば当然壊れるよな!!》
 現代でもそうだが、機械のほとんどは人間や動物の体の性能をヒントに作られている。人間の目の仕組みから作られたケルベロスの機能上の弱点に気が付くまで、そう長くはかからなかった。
 そのままフェニックスは旋回し、地上に向けて急降下した。
《ぐわあああああ!!》
 雲に晴れ間を作りながらフェニックスはケルベロスを地面にたたきつけた。
 
 グァン
 
 という激しい音を立ててケルベロスは動かなくなった。

《ソール、やったな!》
《助かったわ!》
 フェンリルとアンドラが通信を入れてきた。みんな無事のようだ。
《みんな、すぐにグールヴェイグに戻るぞ》
 フェニックスは尾のミサイルをケルベロスに放ち、手足と腹部を上手く切断した。
《とどめを刺したか》
《違うって》
 手足はこれ以上追って来られないようにだった。腹部は動力部があるだろうから、暴発してパイロットが死なないようにしたのだ。
《甘いヤツだな、お前は》
 ヨルムンガンドが冷たく言った。生き死にの戦いで敵に情けをかけるのが理解できなかったようだ。
《俺は本来戦士じゃないからな。助かる命があるなら敵味方関係なく助けるさ》
 3機はグールヴェイグに戻った。そして戦艦は進路を北西に向けて発進した。