千晃の叔母の万智子は、台所で近所のおばあちゃんからもらったたくさんのインゲンの筋取りとぷちっと何度も繰り返していた。まだまだ暑さが残る。窓際に垂らしていた風鈴が鳴る。この地域は割と涼しい方だった。窓全開にして風通しがいい。仏壇に置かれたスイカがコロンと転がりそうになっている。千晃はうちわで仰ぎながら、寝転がった。
さっきまで一緒にいたはずの愛香が隣にいない夕方。これから夕飯だという頃。頭がどうにも働かない。やる気も出ない。ぼんやりと天井を見つめる。シミは何個あるのかと空虚に暇なときにやる行動だ。スマホをいじる気力もない。
「ちーちゃん! ちょっと筋取り、手伝ってくれない?」
「……ええ?」
声にもならない声で返事をするが、やる気が出ない。万智子はエプロンで手を拭きながら、居間にやってきた。
「あれ、1人? 愛香ちゃんはどうしたの?」
「……さーてね」
「今日は仕事終わってるんじゃないの? どこに行ったの」
「どこでもいいだろ。あいつにもプライベートあるだろ」
「いや、ここがプライベートでしょう。まさか、ちーちゃん。愛想尽かされたの?」
「……」
何も言わずにむくっりと起き上がり、トイレに向かう。機嫌の悪いまるで反抗期の高校生のようだ。まもなく30歳になるはずだ。
「……ちーちゃん。昔から女の子の相手、苦手よね。燃え尽き症候群?」
「うっさい!」
万智子はため息をついて、台所に戻る。
風鈴が何度も鳴る。
千晃は、トイレから自分の部屋に入り、腕の中に顔をうずめた。一緒に住もうとここまでやってきた。学校を辞めて、心機一転して塾の講師にと仕事を変えた。自分のためでもある。自分がこっちがいいって考えて決めたはずが、なんだか腑に落ちない。自信が無くなってきた。1人の人を支えるのが責任重大なんだと改めて感じる。愛香の思いが離れていくが分かる。繋ぎとめておくより、離れていくのは追いかけない方がいい。無理に執着して引き留める苦労は辛い。もう、1人でもいい。なんのためにここにいるのかわからなくなってくる。高校生は高校生なりの生活があるんだと自分自身に言い聞かせた。スマホの画面を開き、愛香の母に連絡する。メンタルずたぼろだが、大人な対応を忘れなければと思い起こす。
「もしもし? 白崎さんですか?」
『はい。小高先生ですか』
「はい。そうです。愛香さんのことで―――」
電話番号を登録していたようですぐに気づいてくれた。電話で今の状況を説明した。気持ちが離れていること。元の高校生に戻して、普通の生活に戻してあげたい旨を話す。愛香の母は冷静に聞き入れる。しばらく愛香と離れて気持ちを整理できたようだ。千晃のことを責めることなく、受け入れた。電話を終えると、千晃は居間の方へ移動する。
「愛香ちゃん。たねに気をつけてね」
「はーい」
ご機嫌な愛香が万智子から出された三日月型の大きなスイカに塩をかけて先割れスプーンで食べようとしていた。平気な顔して通常通りに進む空間に千晃は面白くなかった。
「甘くておいしい!」
「でしょう? ほら、ちーちゃん。あなたも食べなさい」
大きなスイカをがぶりと食べた愛香の隣で万智子は千晃にも勧める。
千晃は険しい顔で話し出す。
「……愛香、今日、お母さん迎え来るから」
持っていたスプーンを皿の上に乗せる。
「なんで、急にそうなるの?」
「……もう、いいだろ。遊ぶのは」
「……え」
「愛香、暁斗と付き合えばいいだろ」
「なんで」
「高校生は高校生らしく、健全な交際相手が無難だ」
「!?」
「俺と付き合う必要はない。同級生でも担任でもない。ただの塾の講師だ。その方がいいだろ」
その言葉に愛香はコップに入っていた麦茶を千晃の顔にぶちまけた。
万智子は目を見開いて見守った。喧嘩が始まったなとささっと台所へ逃げる。
「何すんだよ!?」
「何のために、なんで、ここに来たかもわかってないの?!」
「お、お前なぁ。過去はそうだったかもしれないけど、今はあいつが好きなんだろ!?」
「そ、そんなんじゃない! そうじゃない!! 先生が私の事見てくれないからだもん。確かに子どもかもしれない。年下かもしれないけど、私は! 私は!!!」
涙から大粒の涙を流しながら、感情的になる。千晃は黙っている。何も言い返さない。心の中はどんなに言葉にしても見えるものではない。嘘はいくらでもつける。本当のこと言っても明日にはどうなっているかわからない。千晃は自信のなさからその場から逃げ出した。口論するにも体力がいる。無駄な力を使わないようにした。居間から自分の部屋にこもりはじめた。愛香は大きな茶色のテーブルの上、腕の中に顔を伏せて声を出して泣いた。体の中の水分をこれでもかというくらい泣いた。ここに引っ越してきて初めて感情的になった。万智子に素を見せた。万智子はそういう瞬間も何も言わずに背中をそっと撫でてくれた。さらに涙が出る。支えになってくれる人がそばにいて、愛香は安堵した。
さっきまで一緒にいたはずの愛香が隣にいない夕方。これから夕飯だという頃。頭がどうにも働かない。やる気も出ない。ぼんやりと天井を見つめる。シミは何個あるのかと空虚に暇なときにやる行動だ。スマホをいじる気力もない。
「ちーちゃん! ちょっと筋取り、手伝ってくれない?」
「……ええ?」
声にもならない声で返事をするが、やる気が出ない。万智子はエプロンで手を拭きながら、居間にやってきた。
「あれ、1人? 愛香ちゃんはどうしたの?」
「……さーてね」
「今日は仕事終わってるんじゃないの? どこに行ったの」
「どこでもいいだろ。あいつにもプライベートあるだろ」
「いや、ここがプライベートでしょう。まさか、ちーちゃん。愛想尽かされたの?」
「……」
何も言わずにむくっりと起き上がり、トイレに向かう。機嫌の悪いまるで反抗期の高校生のようだ。まもなく30歳になるはずだ。
「……ちーちゃん。昔から女の子の相手、苦手よね。燃え尽き症候群?」
「うっさい!」
万智子はため息をついて、台所に戻る。
風鈴が何度も鳴る。
千晃は、トイレから自分の部屋に入り、腕の中に顔をうずめた。一緒に住もうとここまでやってきた。学校を辞めて、心機一転して塾の講師にと仕事を変えた。自分のためでもある。自分がこっちがいいって考えて決めたはずが、なんだか腑に落ちない。自信が無くなってきた。1人の人を支えるのが責任重大なんだと改めて感じる。愛香の思いが離れていくが分かる。繋ぎとめておくより、離れていくのは追いかけない方がいい。無理に執着して引き留める苦労は辛い。もう、1人でもいい。なんのためにここにいるのかわからなくなってくる。高校生は高校生なりの生活があるんだと自分自身に言い聞かせた。スマホの画面を開き、愛香の母に連絡する。メンタルずたぼろだが、大人な対応を忘れなければと思い起こす。
「もしもし? 白崎さんですか?」
『はい。小高先生ですか』
「はい。そうです。愛香さんのことで―――」
電話番号を登録していたようですぐに気づいてくれた。電話で今の状況を説明した。気持ちが離れていること。元の高校生に戻して、普通の生活に戻してあげたい旨を話す。愛香の母は冷静に聞き入れる。しばらく愛香と離れて気持ちを整理できたようだ。千晃のことを責めることなく、受け入れた。電話を終えると、千晃は居間の方へ移動する。
「愛香ちゃん。たねに気をつけてね」
「はーい」
ご機嫌な愛香が万智子から出された三日月型の大きなスイカに塩をかけて先割れスプーンで食べようとしていた。平気な顔して通常通りに進む空間に千晃は面白くなかった。
「甘くておいしい!」
「でしょう? ほら、ちーちゃん。あなたも食べなさい」
大きなスイカをがぶりと食べた愛香の隣で万智子は千晃にも勧める。
千晃は険しい顔で話し出す。
「……愛香、今日、お母さん迎え来るから」
持っていたスプーンを皿の上に乗せる。
「なんで、急にそうなるの?」
「……もう、いいだろ。遊ぶのは」
「……え」
「愛香、暁斗と付き合えばいいだろ」
「なんで」
「高校生は高校生らしく、健全な交際相手が無難だ」
「!?」
「俺と付き合う必要はない。同級生でも担任でもない。ただの塾の講師だ。その方がいいだろ」
その言葉に愛香はコップに入っていた麦茶を千晃の顔にぶちまけた。
万智子は目を見開いて見守った。喧嘩が始まったなとささっと台所へ逃げる。
「何すんだよ!?」
「何のために、なんで、ここに来たかもわかってないの?!」
「お、お前なぁ。過去はそうだったかもしれないけど、今はあいつが好きなんだろ!?」
「そ、そんなんじゃない! そうじゃない!! 先生が私の事見てくれないからだもん。確かに子どもかもしれない。年下かもしれないけど、私は! 私は!!!」
涙から大粒の涙を流しながら、感情的になる。千晃は黙っている。何も言い返さない。心の中はどんなに言葉にしても見えるものではない。嘘はいくらでもつける。本当のこと言っても明日にはどうなっているかわからない。千晃は自信のなさからその場から逃げ出した。口論するにも体力がいる。無駄な力を使わないようにした。居間から自分の部屋にこもりはじめた。愛香は大きな茶色のテーブルの上、腕の中に顔を伏せて声を出して泣いた。体の中の水分をこれでもかというくらい泣いた。ここに引っ越してきて初めて感情的になった。万智子に素を見せた。万智子はそういう瞬間も何も言わずに背中をそっと撫でてくれた。さらに涙が出る。支えになってくれる人がそばにいて、愛香は安堵した。