丸みを帯びた軽自動車の助手席を横に倒して乗った。一緒に千晃先生と整形外科に行くとは思わなかった。愛香は緊張しながら、お腹の上に両手を組んで横になっていた。千晃先生のベストセレクションの音楽が流れる。ずっと昭和から平成の音楽で、歌を本気で歌いながら、運転していた。結構、本格的歌い方で、ツッコミしたかったのに、黙って聞くことしかできなかった。
「あ、そういや、白崎。保険証って持ってるのか?」
「……バックの中の財布に入ってます」
「お、おう。んじゃ、大丈夫だな。普段飲んでる薬ってないよな?」
「特に何もないですが……市販の頭痛薬を昨日飲んでますけど」
一瞬、千晃先生は沈黙になって右折のため、ハンドルを静かにまわす。好きな音楽のはずが、歌うこともしていない。
「常に歌うと思うなよ? 静かに聞きたくなる時もあるんだぞ」
「別に聞いてませんが……。バラードだからですか」
「そうだな。この歌は、昔の彼女が好きな曲でなぁ……。あーーーー涙が出て来た」
眼鏡をよけて、指で涙を拭う。どんな別れ方をしたのか気になってきた。
「って、そんなことはどうでもいいんだよ。頭痛薬って? 頭痛いのか」
「ええ、まぁ。毎月痛くなるやつです」
「あーー、そういうことね。女子は大変だよなぁ、あれ、ここ左折でいいの?」
愛香はナビをしていることをすっかり忘れて、慌てて、スマホのナビを確認した。次の曲がり角を右折と書いてあったが、指が左になっていた。
「あーー! すいません。そこ右折でした!!」
「え、あ、マジかよ。すぐに曲がれないって」
「先生、大丈夫でした。こっち側に病院の駐車場があったみたいです」
改めて、マップを確認すると、病院の左側に駐車場があるようだった。千晃先生は、頬を膨らませて、じーっと見る。何だか、怖い。
「おい。その足でまた俺がおんぶして運べというのか? 横断歩道で?」
「あ、うん。いや、もう、歩けますから!!」
「お前なぁ、けが人が無理したらもっとひどくなるだろ! まったく、もう」
そうイライラしながらも、一度駐車場に入って、すぐに病院の目の前の駐車場に車を移動していた。出入り口の根っこに着いて、千晃先生は早々に助手席のドアを開ける。
「今、車椅子、借りてくるからこのまま待ってろ」
「え、あ、大丈夫なんですけど……って行ってしまった」
愛香は下唇を噛んで、静かに車で待っていた。看護師さんに声をかけて来たのか、心配して、様子を見に来た。
「電話いただいてましたね、白崎さん。足が痛いのはどちらですか?」
「あ、すいません。右側です。右膝」
「こっちね。んじゃ、そっと、車椅子に乗ってみようか。先生ですよね、あとやりますから、車の移動をお願いします」
看護師さんはてきぱきと車椅子のブレーキを解除して、玄関のスロープを走らせた。千晃先生は、車を混みあっている近くの駐車場から横断歩道を渡って向かい側の方に停めていた。愛香は、少し不安になりながらも看護師さんに操縦を任せて、病院の待合室に入って行く。駐車場が混んでいる割に待合室は空いていた。
「今ね、おじいちゃん、おばあちゃんが電気かけに来てるからそっちで混むのよ。診察はそうだなぁ、あと10番目くらいだから受付の事務員さんから問診票もらって書いててね」
車椅子のブレーキをしっかりと押して、説明してくれた。愛香はこくりとうなずいて、バックから保険証を出した。
「こんにちは。白崎愛香さんですね。保険証お預かりします。こちらの問診票の記入お願いしますね。終わりましたら、受付に持ってきてくださいね」
ふわふわの髪を結っていた可愛い事務員の制服を着た女性が香水の匂いを漂わせて去って行った。看護師の仕事と比べて、気品があるんだなぁと少し感じてしまった。化粧の仕方もだいぶ違う。車椅子に座ったまま、黙々と問診票を書いていると途中であるにも関わらず、千晃先生はパッと持って行ってしまった。
「おいおい。けが人は静かに待ってなさい。書いてやるから住所教えて」
ボールペンをかちかちと打って、千晃先生は問診票を見る。愛香は、名前と生年月日まで書き終えていた。
「え? 言わないといけないんですか。面倒くさいです、それ。返してください」
「スマホとかにあるだろ。ほら、見して。俺の方が字うまいんだから。先生なんだし」
「……字のマウントをとられるんですか」
「あたり前だろ。ほら」
愛香は、反論するのも面倒になり、スマホのメモアプリを開いて、急いで、自宅住所を入力して、画面を見せた。愛香は、字は下手ではない。昔、小学生の硬筆で応募したものに金賞を取るくらいだが、小高先生には黙っていた。
「それでいいんだよ、それで」
スラスラとスマホ画面を確認して、愛香の住所を書いていた。続けて、自分のスマホを見て、愛香のスマホ番号を記入する。いつの間にか、千晃先生のスマホに個人電話番号が入ってることにびっくりした。
「え、なんで先生、私の番号知って……」
「えっと、質問あるってさ。今日はどこが痛いかって……頭痛だっけか」
すっとぼけな解答をする。
「いや、先生。ここ整形外科です」
「あ、ばれたか。そうそう、骨ね。どこだっけ」
「右膝です」
「え? 右肘? 左肘?」
「バカにしてます?」
「……すいませんでした。右膝ですね」
おとぼけに話してたかと思うと、すぐに冷静になった千晃先生は黙って次々の質問を書いていく。愛香はふざけている千晃先生を見てため息をつく。
「おいおい。ため息つくと幸せ逃げるぞ。あと、これまでの大きな病気ってなんもないよな?」
「はい、特にありません」
「俺の話は無視か」
「え、答えてますよ」
「ため息の話ですぅ。もういいや。これで提出な」
小高先生はすべて記入を終えると受付に持って行った。結局のところ、愛香が書いた方が丁寧だったんじゃないかという字を書いていた。そう思いながら後ろから小高先生の様子を伺う。さっきのウェーブな髪の綺麗な受付の人に、問診票を持っていき、戻ってくる頃には、鼻の下がでれでれと伸びていた。ああいうのが好みなのか。単純だなと感じた愛香だ。
「先生、一緒に待ってる必要ありませんよ。学校、戻ってください。仕事ありますよね」
「……? これが仕事ですけど?」
「え?」
「どーせ、誰も迎え来ないんだろ。俺が最後まで送るって。俺の生徒だから」
「でも、ほかの仕事もあるんじゃ……」
「あるけど、さぼりたいって言っただろ。いさせろよ、ここに」
「そ、そんな理由でここにいるんですか」
千晃先生になぜか逆ギレされてしまう愛香は、根負けした。
「分かりましたよ」
「いいんだよ、それで」
千晃先生の本当の理由はさぼりたいからではない。そう言わないと愛香が言うこと聞かないだろうなと感じていた。
鼻を大きくして、息を吐いて腕を組んで座る。
夕日が差し込む病院の待合室で車椅子の愛香と居眠りしている小高先生の隣で時間が過ぎていく。
テレビには、平日の情報番組で地元の美味しいラーメン屋情報が流れて、まったりした時間になっていた。
「あ、そういや、白崎。保険証って持ってるのか?」
「……バックの中の財布に入ってます」
「お、おう。んじゃ、大丈夫だな。普段飲んでる薬ってないよな?」
「特に何もないですが……市販の頭痛薬を昨日飲んでますけど」
一瞬、千晃先生は沈黙になって右折のため、ハンドルを静かにまわす。好きな音楽のはずが、歌うこともしていない。
「常に歌うと思うなよ? 静かに聞きたくなる時もあるんだぞ」
「別に聞いてませんが……。バラードだからですか」
「そうだな。この歌は、昔の彼女が好きな曲でなぁ……。あーーーー涙が出て来た」
眼鏡をよけて、指で涙を拭う。どんな別れ方をしたのか気になってきた。
「って、そんなことはどうでもいいんだよ。頭痛薬って? 頭痛いのか」
「ええ、まぁ。毎月痛くなるやつです」
「あーー、そういうことね。女子は大変だよなぁ、あれ、ここ左折でいいの?」
愛香はナビをしていることをすっかり忘れて、慌てて、スマホのナビを確認した。次の曲がり角を右折と書いてあったが、指が左になっていた。
「あーー! すいません。そこ右折でした!!」
「え、あ、マジかよ。すぐに曲がれないって」
「先生、大丈夫でした。こっち側に病院の駐車場があったみたいです」
改めて、マップを確認すると、病院の左側に駐車場があるようだった。千晃先生は、頬を膨らませて、じーっと見る。何だか、怖い。
「おい。その足でまた俺がおんぶして運べというのか? 横断歩道で?」
「あ、うん。いや、もう、歩けますから!!」
「お前なぁ、けが人が無理したらもっとひどくなるだろ! まったく、もう」
そうイライラしながらも、一度駐車場に入って、すぐに病院の目の前の駐車場に車を移動していた。出入り口の根っこに着いて、千晃先生は早々に助手席のドアを開ける。
「今、車椅子、借りてくるからこのまま待ってろ」
「え、あ、大丈夫なんですけど……って行ってしまった」
愛香は下唇を噛んで、静かに車で待っていた。看護師さんに声をかけて来たのか、心配して、様子を見に来た。
「電話いただいてましたね、白崎さん。足が痛いのはどちらですか?」
「あ、すいません。右側です。右膝」
「こっちね。んじゃ、そっと、車椅子に乗ってみようか。先生ですよね、あとやりますから、車の移動をお願いします」
看護師さんはてきぱきと車椅子のブレーキを解除して、玄関のスロープを走らせた。千晃先生は、車を混みあっている近くの駐車場から横断歩道を渡って向かい側の方に停めていた。愛香は、少し不安になりながらも看護師さんに操縦を任せて、病院の待合室に入って行く。駐車場が混んでいる割に待合室は空いていた。
「今ね、おじいちゃん、おばあちゃんが電気かけに来てるからそっちで混むのよ。診察はそうだなぁ、あと10番目くらいだから受付の事務員さんから問診票もらって書いててね」
車椅子のブレーキをしっかりと押して、説明してくれた。愛香はこくりとうなずいて、バックから保険証を出した。
「こんにちは。白崎愛香さんですね。保険証お預かりします。こちらの問診票の記入お願いしますね。終わりましたら、受付に持ってきてくださいね」
ふわふわの髪を結っていた可愛い事務員の制服を着た女性が香水の匂いを漂わせて去って行った。看護師の仕事と比べて、気品があるんだなぁと少し感じてしまった。化粧の仕方もだいぶ違う。車椅子に座ったまま、黙々と問診票を書いていると途中であるにも関わらず、千晃先生はパッと持って行ってしまった。
「おいおい。けが人は静かに待ってなさい。書いてやるから住所教えて」
ボールペンをかちかちと打って、千晃先生は問診票を見る。愛香は、名前と生年月日まで書き終えていた。
「え? 言わないといけないんですか。面倒くさいです、それ。返してください」
「スマホとかにあるだろ。ほら、見して。俺の方が字うまいんだから。先生なんだし」
「……字のマウントをとられるんですか」
「あたり前だろ。ほら」
愛香は、反論するのも面倒になり、スマホのメモアプリを開いて、急いで、自宅住所を入力して、画面を見せた。愛香は、字は下手ではない。昔、小学生の硬筆で応募したものに金賞を取るくらいだが、小高先生には黙っていた。
「それでいいんだよ、それで」
スラスラとスマホ画面を確認して、愛香の住所を書いていた。続けて、自分のスマホを見て、愛香のスマホ番号を記入する。いつの間にか、千晃先生のスマホに個人電話番号が入ってることにびっくりした。
「え、なんで先生、私の番号知って……」
「えっと、質問あるってさ。今日はどこが痛いかって……頭痛だっけか」
すっとぼけな解答をする。
「いや、先生。ここ整形外科です」
「あ、ばれたか。そうそう、骨ね。どこだっけ」
「右膝です」
「え? 右肘? 左肘?」
「バカにしてます?」
「……すいませんでした。右膝ですね」
おとぼけに話してたかと思うと、すぐに冷静になった千晃先生は黙って次々の質問を書いていく。愛香はふざけている千晃先生を見てため息をつく。
「おいおい。ため息つくと幸せ逃げるぞ。あと、これまでの大きな病気ってなんもないよな?」
「はい、特にありません」
「俺の話は無視か」
「え、答えてますよ」
「ため息の話ですぅ。もういいや。これで提出な」
小高先生はすべて記入を終えると受付に持って行った。結局のところ、愛香が書いた方が丁寧だったんじゃないかという字を書いていた。そう思いながら後ろから小高先生の様子を伺う。さっきのウェーブな髪の綺麗な受付の人に、問診票を持っていき、戻ってくる頃には、鼻の下がでれでれと伸びていた。ああいうのが好みなのか。単純だなと感じた愛香だ。
「先生、一緒に待ってる必要ありませんよ。学校、戻ってください。仕事ありますよね」
「……? これが仕事ですけど?」
「え?」
「どーせ、誰も迎え来ないんだろ。俺が最後まで送るって。俺の生徒だから」
「でも、ほかの仕事もあるんじゃ……」
「あるけど、さぼりたいって言っただろ。いさせろよ、ここに」
「そ、そんな理由でここにいるんですか」
千晃先生になぜか逆ギレされてしまう愛香は、根負けした。
「分かりましたよ」
「いいんだよ、それで」
千晃先生の本当の理由はさぼりたいからではない。そう言わないと愛香が言うこと聞かないだろうなと感じていた。
鼻を大きくして、息を吐いて腕を組んで座る。
夕日が差し込む病院の待合室で車椅子の愛香と居眠りしている小高先生の隣で時間が過ぎていく。
テレビには、平日の情報番組で地元の美味しいラーメン屋情報が流れて、まったりした時間になっていた。