翌朝、ドアを強くたたく音で目が覚めた。
「愛香! 愛香!! 中にいるんでしょう」
愛香の母の声がアパート全体に響く。朝っぱらから近所迷惑だ。愛香は、まだ千晃先生も起きない寝室のベッドから寝ぼけまなこのまま、玄関の方に移動した。もう、そのアパートの住人かというような恰好で馴染んでいた。
ドアの音にも反応しない千晃先生は、上半身は裸、下半身は、ラフなステテコのズボンをはいたままベッドで寝返りを打ちながら、熟睡していた。
やっとドアを開けた愛香に母は凝視した。
「愛香!! 何してるの?」
「……え? 何してるのって……今起きたばかり」
愛香は千晃先生の大きめなシャツをワンピースのように着ていた。その恰好を見て、母は大きなため息をつく。
「早く帰るわよ」
「え? なんで」
「……なんでって、自宅あるでしょう」
「…………」
愛香の母は、ズカズカとリビングの方へ歩いていく。まだ千晃先生は寝室で寝ている。
「男子のわりには綺麗にしてる方ね。あなたのお父さんより」
「……お父さんと比べるの?」
「……」
「んで? その先生はどこにいるの? 愛香は昨夜はどこで寝たの?」
聞かれたくない質問に愛香は下唇を嚙む。
「何それ。言えない事情でもあるわけ? どーせ、寝室で寝て、親には言えないことでもしてたんでしょうけど! 悪いのは教師の方だからどう頑張っても愛香には罪にならないけど、児童生徒性暴力防止法が適用されるって警察の兄が言っていたわ」
「え?! おじさんに聞いたの? なんで? そういうこと聞くの? デリケートなことじゃん。こういうときになるとお父さんじゃなくてすぐおじさんに頼るんだから、卑怯だよ!!」
「……!!!」
愛香の母は、愛香の頬を思いっきりたたいた。
「親に心配かけさせておいて、その態度!! 気に食わないのよ!! いつもいつもこっちはあんたが不自由しないようにと必死で稼いできてるのに、いないと思ったらこうやってみだらな行為? ふざけるんじゃないよ。まだ未成年なの。18歳にはまだ遠いの!! 誕生日まだ来てないの。どうして、そうやって私を苦しめる? 父さんの時だってさ!!!!!!」
母は、愛香の頬を赤くなるくらいにたたくと発狂して泣け叫んだ。誰にも頼れない。そばにいない。祖父母も亡くなり、兄は遠くに住んでいて、電話で知識として教わることしかできない。積もりに積もった思いが沸き起こる。離婚してから大黒柱として必死で稼ぎ、自分のことは後回し、あんなに親子で温泉に行くくらい仲良かった関係がいつの間にかぐちゃぐちゃのぼろぼろに変化したのか。高校になってからのお弁当が呪縛として母の心にしがみつく。鉛でできた鎖のようだ。親子のつながりをお弁当でと地域の教育で引き継がれてきたもの。そんなもの無くても親子はつながっているはずだ。帰る自宅があるし、日常の会話もする。一緒に服や食材の買い物もする。それだけではだめなのか。仕事に集中したいのにお弁当一つを作るだけで世のお母さまたちは頭悩ます。野菜を多くするのか。冷凍食品はなるべく野菜が入ったものにするのか。お肉はどれにするか。鶏肉か豚肉か。はたまたウィンナーかサラダチキンか。連日の仕事の上にこの考えるというミッションをこなすのだ。料理好きな人ならちゃちゃっとできる。日常的に作る人ならストレスにならないだろう。人間毎日作るのは無理難題。ストレス社会でどう発散してストレスを減らすかばかりを考えるのに、弁当に圧をかけられるのか。給食でなんでだめなのか。給食費を払えばいいだろう。お金の問題か。むしろ、料理の下手な母が作ったお弁当の方が不健康だろう。全部茶色の食品で埋める。コロッケ、フライドチキン、ウィンナー、サーモンフライ。茶色のキャンバスかと問いたい。
腹の足しになる。母親の愛情がある。いやいや、忙しい中でイライラして作った弁当はまずくなる。作った作らない、弁当箱出す出さないで親子喧嘩にもなる。負担減らそう。売ってるお弁当の方が断然、健康的な気がする。愛香の母親は、複雑な思いで高校生活を見届けてきた。仕事先では子供は高校生だから自立してるから大丈夫でしょうと上司に言われて、何度も嫌な思いをしていた。三者面談だって行きたい。将来のことだって本当は心配だ。でも、職場はうまいようにはいかない。シングルマザーで頼る人もいない。学校は後回しになる。そんなジレンマとたたかいながら、過ごしている。どうして、一瞬にして、子供とそばで向き合っている教師という人に娘を取られなくちゃいけないのか。相談もなしに行ってしまう。悲しかった。離婚した時も、愛香のことでもめた。親権はどうするか。ひとりっ子で大事に2人で育ててきた。夫にもこれからも娘と一緒にいたいと要望される。娘は母を嫌がったが、結局は母がいいだろうと法律が決めた。母は偉大だ。
泣き叫んでいる母を見て、愛香は、何とも思わなかった。無表情で同情の余地もない。
そうそれは母が愛香にしてきた態度。泣いても騒いでも、何も変わらない態度。腹立だしい。仕事で忙しいのもわかる。1人親だから頑張らないといけない。病気もできない。死んでもいられない。そんな思いが出て、たかだか泣いてる人を助けることもできなくなっていた。病院では全然そんな対応ではないはずなのに。
愛香の闇の部分が生まれていた。
千晃先生がそっと言い争う声に反応して起きて来た。
「……どうしたんですか」
「「…………」」
千晃先生はいつの間にかクローゼットから取り出した半そでシャツを着ていた。愛香の母の声が聞こえたからだ。
愛香と愛香の母は、じっと佇んで、何も言えなくなった。母は、さっきまで泣き叫んでいたのに、先生の前では泣けなくなったようだ。
壁掛け時計の針がカチコチと鳴り響いた。
「愛香! 愛香!! 中にいるんでしょう」
愛香の母の声がアパート全体に響く。朝っぱらから近所迷惑だ。愛香は、まだ千晃先生も起きない寝室のベッドから寝ぼけまなこのまま、玄関の方に移動した。もう、そのアパートの住人かというような恰好で馴染んでいた。
ドアの音にも反応しない千晃先生は、上半身は裸、下半身は、ラフなステテコのズボンをはいたままベッドで寝返りを打ちながら、熟睡していた。
やっとドアを開けた愛香に母は凝視した。
「愛香!! 何してるの?」
「……え? 何してるのって……今起きたばかり」
愛香は千晃先生の大きめなシャツをワンピースのように着ていた。その恰好を見て、母は大きなため息をつく。
「早く帰るわよ」
「え? なんで」
「……なんでって、自宅あるでしょう」
「…………」
愛香の母は、ズカズカとリビングの方へ歩いていく。まだ千晃先生は寝室で寝ている。
「男子のわりには綺麗にしてる方ね。あなたのお父さんより」
「……お父さんと比べるの?」
「……」
「んで? その先生はどこにいるの? 愛香は昨夜はどこで寝たの?」
聞かれたくない質問に愛香は下唇を嚙む。
「何それ。言えない事情でもあるわけ? どーせ、寝室で寝て、親には言えないことでもしてたんでしょうけど! 悪いのは教師の方だからどう頑張っても愛香には罪にならないけど、児童生徒性暴力防止法が適用されるって警察の兄が言っていたわ」
「え?! おじさんに聞いたの? なんで? そういうこと聞くの? デリケートなことじゃん。こういうときになるとお父さんじゃなくてすぐおじさんに頼るんだから、卑怯だよ!!」
「……!!!」
愛香の母は、愛香の頬を思いっきりたたいた。
「親に心配かけさせておいて、その態度!! 気に食わないのよ!! いつもいつもこっちはあんたが不自由しないようにと必死で稼いできてるのに、いないと思ったらこうやってみだらな行為? ふざけるんじゃないよ。まだ未成年なの。18歳にはまだ遠いの!! 誕生日まだ来てないの。どうして、そうやって私を苦しめる? 父さんの時だってさ!!!!!!」
母は、愛香の頬を赤くなるくらいにたたくと発狂して泣け叫んだ。誰にも頼れない。そばにいない。祖父母も亡くなり、兄は遠くに住んでいて、電話で知識として教わることしかできない。積もりに積もった思いが沸き起こる。離婚してから大黒柱として必死で稼ぎ、自分のことは後回し、あんなに親子で温泉に行くくらい仲良かった関係がいつの間にかぐちゃぐちゃのぼろぼろに変化したのか。高校になってからのお弁当が呪縛として母の心にしがみつく。鉛でできた鎖のようだ。親子のつながりをお弁当でと地域の教育で引き継がれてきたもの。そんなもの無くても親子はつながっているはずだ。帰る自宅があるし、日常の会話もする。一緒に服や食材の買い物もする。それだけではだめなのか。仕事に集中したいのにお弁当一つを作るだけで世のお母さまたちは頭悩ます。野菜を多くするのか。冷凍食品はなるべく野菜が入ったものにするのか。お肉はどれにするか。鶏肉か豚肉か。はたまたウィンナーかサラダチキンか。連日の仕事の上にこの考えるというミッションをこなすのだ。料理好きな人ならちゃちゃっとできる。日常的に作る人ならストレスにならないだろう。人間毎日作るのは無理難題。ストレス社会でどう発散してストレスを減らすかばかりを考えるのに、弁当に圧をかけられるのか。給食でなんでだめなのか。給食費を払えばいいだろう。お金の問題か。むしろ、料理の下手な母が作ったお弁当の方が不健康だろう。全部茶色の食品で埋める。コロッケ、フライドチキン、ウィンナー、サーモンフライ。茶色のキャンバスかと問いたい。
腹の足しになる。母親の愛情がある。いやいや、忙しい中でイライラして作った弁当はまずくなる。作った作らない、弁当箱出す出さないで親子喧嘩にもなる。負担減らそう。売ってるお弁当の方が断然、健康的な気がする。愛香の母親は、複雑な思いで高校生活を見届けてきた。仕事先では子供は高校生だから自立してるから大丈夫でしょうと上司に言われて、何度も嫌な思いをしていた。三者面談だって行きたい。将来のことだって本当は心配だ。でも、職場はうまいようにはいかない。シングルマザーで頼る人もいない。学校は後回しになる。そんなジレンマとたたかいながら、過ごしている。どうして、一瞬にして、子供とそばで向き合っている教師という人に娘を取られなくちゃいけないのか。相談もなしに行ってしまう。悲しかった。離婚した時も、愛香のことでもめた。親権はどうするか。ひとりっ子で大事に2人で育ててきた。夫にもこれからも娘と一緒にいたいと要望される。娘は母を嫌がったが、結局は母がいいだろうと法律が決めた。母は偉大だ。
泣き叫んでいる母を見て、愛香は、何とも思わなかった。無表情で同情の余地もない。
そうそれは母が愛香にしてきた態度。泣いても騒いでも、何も変わらない態度。腹立だしい。仕事で忙しいのもわかる。1人親だから頑張らないといけない。病気もできない。死んでもいられない。そんな思いが出て、たかだか泣いてる人を助けることもできなくなっていた。病院では全然そんな対応ではないはずなのに。
愛香の闇の部分が生まれていた。
千晃先生がそっと言い争う声に反応して起きて来た。
「……どうしたんですか」
「「…………」」
千晃先生はいつの間にかクローゼットから取り出した半そでシャツを着ていた。愛香の母の声が聞こえたからだ。
愛香と愛香の母は、じっと佇んで、何も言えなくなった。母は、さっきまで泣き叫んでいたのに、先生の前では泣けなくなったようだ。
壁掛け時計の針がカチコチと鳴り響いた。