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 暑い夏休みを終えてすぐの週末に高校の文化祭が開催された。部活を辞めた龍弥はほぼ、長期休みということでコンビニバイトのシフトを入れられていた。菜穂は、夏風邪にかかり高熱が続いて、咳がずっと止まらずほぼ家の中で過ごすという状態だった。ラインや電話で連絡は途絶えなかったが、休みが終わるまでほぼ会うことはなかった。いろはが噂を聞いてた龍弥の二股説は嘘情報で、流していたのは山口まゆみだった。3年の先輩と付き合っていたのを振られた腹いせに噂を流して、困らせようとしていた。
その噂が弁明の余地もなく校内で流れたまま、文化祭当日となってしまった。


「ちょっと、そこのファンデーション取って」

 山口まゆみは、机に並べた化粧品からファンデーションをとるよう、石田に言う。これから女装をする石田紘也と白狼龍弥は教室の中央に2つ並べて首にタオルをして座っていた。服装はおしゃれな今年流行りの浴衣だった。龍弥は、黒の背景に水色、紫の色の花が描かれた浴衣に薄いピンクの帯をしていた。紘也は、背景が白に黄色い花を描かれた浴衣で、帯はベージュ色をしていた。

「ファンデは良いね。あとは、つけまつげとアイシャドウとヘアスタイルは黒の長いカツラつけておくれ毛がある感じでアップで良いかな?」

 山口まゆみと齋藤美穂子は相談しながら2人をメイクしていた。結構、本格的だった。男子でも、普段から化粧水でお手入れしているらしく、ファンデのノリが良かった。ひげが気になったが、朝に丁寧に剃ってくるよう指示されていたため、思ったより目立っていなかった。


「ちょ、鏡貸して」

 龍弥は大きな鏡を借りて、顔を確認する。

「あのさ、アイライナーつけてよ」
「なんで、そういうのわかるの? 女子より詳しくなっちゃだめだよ」
「別にいいじゃん。今日のためにYouTubeで研究してきたんだよ。だって女装だろ? 男に見えちゃいかんだろう。あとさ、シャドウノーズって持ってる?」
「え…何か、メイクの試験受けてるみたい。持ってきてたけどさ。これ」
「はいはい。貸して。自分でするから」


 まゆみはじっと龍弥が作業するのを見学した。


「てか、私がメイクするより上手いんじゃないの? 将来はオカマバーで働くんですか?」


「違うわ。やるからには本気でやってるだけだって」
「龍弥くんの集中力半端ないね」
「ねぇ、まゆみちゃん、紘也くんはこんな感じでいいかな?」
「え、あー、うん。いいよ。紘也は適当で」
「は?真面目にやれよ。クラスの売り上げにかかってるんだろ?」
「あー、そうですね。はいはい、わかりました。」

 まゆみはイラっとしながら、紘也のメイクに集中した。そう言いつつも2人とも顔立ちは元々綺麗で後ろから見ても女子と言ってもおかしくはなかった。


「これで良くない?バッチリじゃん。女子に見える見える。あー。ただ、大股で絶対歩かないでね。
 すね毛見えたら最悪だから」
「りょ~かい」

 紘也は立ち上がり、敬礼のポーズをした。

「俺もこんなもんかな」
「はー、すごいじゃん。完成度高いね」

 まゆみと美恵子は、2人を惚れ惚れした。


「お客さんが来たらどんどん看板娘として注文受けてね。うちのクラスの一押しはお抹茶ですから。お茶菓子は大福とあんみつだよ」
「よし。石田。売り上げ貢献がんばるぞ」
「おう」
「あ!! でも、絶対低い声出しちゃだめだよ。男子ってバレるから。高い声出すか絶対喋らないで」
「そしたら、話さない方、良くね? キモいじゃん。高い声、無理して出したら」
「確かに。んじゃ、注文受けるのは私たちやるからそれぞれメニュー運ぶのをお願いしよう」
「うん。それがいい。んで、客引きチームは大丈夫なの?」
 
 龍弥たちは教室の窓をのぞいてガヤガヤと露店が並ぶ昇降口で呼び込みをする菜穂と杉本を見た。

「いらっしゃいませー。ぜひ、1年3組のお店にぜひどうぞ。甘味処 あんみつやです。綺麗な看板娘もいますよぉ」
 
 杉本がチラシを配りながら言う。その横にいたのは、クマの大きな着ぐるみをかぶった菜穂だった。手にはヘリウムガスを入れた
 風船をたくさん持っていた。小さな子どもたちや可愛い女の子に配っていた。
 

「雪田、大丈夫か? 結構暑いから休憩する時声かけて」
「あ、うん。今は大丈夫」

 モゴモゴとクマのアタマをかぶりながら言う。

「てか、炎天下で呼び込みマジきついよな」
「…………」


もう話すことができない。とりあえずは近寄ってきた可愛いお友達に風船を配ることに集中した。

「雪田、悪い。俺、無理だ。トイレ行ってくる。このチラシ、よろしく頼んだ」
「え、あ、ちょっと杉本くん!」


 チラシを無理矢理、ぬいぐるみの手に与えられた菜穂。持ちにくい上にどこにあるか見えない。とりあえず、手探りでチラシを
 配った。

「お願いしま~す」

暑くて声が震える。1人で呼び込みって酷すぎる。何とか通りかかったお客さんは
チラシを受け取ってくれた。あんみつ目当ての人が多いらしく、興味を示してくれた。

「ありがとうございます」

途中、ヤンキーのような2人組に

「何、このクマ。ウケんだけど」

 バシッと叩かれる。混み合っていてまた違う誰かに叩かれてドンとぶつかった。あまりにもぶつかるため、菜穂は耐えきれなくて、学校の昇降口の中に入って行った。持っていた赤、青、黄色の3つの風船は空高く飛んでいってしまった。
 近くにいた男の子が空を指さして

「お母さん、風船、飛んでいったよ」
「そうだね。クマさん、離しちゃったからかな?」

そのクマさんに入っていた菜穂は、ラウンジに向かって、ベンチに座った。ふーと息を吐いて、頭のかぶりものを外した。クマさんが気になった男の子とお母さんが様子を見にきていた。頭のかぶりものを外していることに驚いたお母さんは、男の子の目元を隠して、どこか行ってしまった。それに気づいた時には既に遅い。菜穂は、動けずにモタモタしているとさっきのヤンキーに爆笑されていた。
中が女子だったことに驚いていた。ツボにハマったらしくずっと笑っている。恥ずかしくなってかぶりものを頭にかぶろうとしたら、なかなかうまくかぶれなくなった。

 泣きたくなった。
 顔を隠したいのに隠せない。

 その頃、お客さんがすでに殺到していた甘味処あんみつやは、てんてこ舞いだった。龍弥は知らないメガネをかけたお腹タプンタプンのおじさんに顔を近づけられ、ふがふが鼻息を荒く、じっと見つめられる。キャバクラや風俗と勘違いされているのかそれほど女子っぽいということか。イライラして、声を出さないつもりが舌打ちをしてしまった。

 一瞬にして、男だと気づいたおじさんは怖がって逃げて行った。


 紘也の方は他校の女子高校生に男子だということがバレて写真を一緒に撮ってくださいと言われていた。

「かっこいいよねぇ。女装似合いますね」

 恥ずかしいそうにぺこりと頭を下げる。



 ふぅとため息をつく龍弥は、元は男子なのにキラキラと綺麗で本物の女子みたいになっていて他クラスのまゆみの
 友達の坂本秋菜と佐藤美鈴が惚れ惚れしていた。

「龍弥くんにあんみつ運んでほしいです!」
「あ、私も」
「はいはい。龍ちゃん、注文入りましたよ」


 龍弥はおしとやかにあんみつを乗せたトレイをテーブルまで運んだ。歩き方や仕草も研究してきたようで
 なりきっている。すると、

「こんにちはー。あれ、龍弥くんってどっちかな」


やって来たのは、フットサルで一緒の下野康二と齋藤瑞紀だった。


「嘘、マジ、女子になってるし」

 瑞紀はそれらしい方を見ると仕草や格好が女子そのものにびっくりしていた。


「げっ」


 下野と瑞紀を見て思わず、声が出た龍弥。


「ちょっと声、出さないで」


 まゆみは肘打ちして止める。


「いらっしゃいませ。ご注文どうぞ。」
「えー、んじゃせっかくだからあんみつを2つお願いします」
 
下野は席について、あんみつを注文する。

「はい、かしこまりました」

まゆみは龍弥にあんみつ2つ持っていくように指示を出した。

(てか、なんで2人来てるんだよ。頼んでないのに……。俺、女装やるって言ったかな?)

 最高の作り笑顔であんみつ2つを運ぶとすぐに2人にスマホでパシャパシャ撮られた。


「う、眩しい」


 フラッシュが眩しかった。声を出してしまう。

「ちょっと、龍弥くん。喋ったらダメだよ。せっかく女子になってるんだから」
「本当完成度高いね。IKKOさんなれるんじゃない?」
「ならんわ」
「あ」

それを聞いて2人は爆笑する。

「やっぱ、喋るとボロ出るね。声太いし、男だし」
「だね」


 恥ずかしくなった龍弥は持っていたトレイを持ち場に置いて教室を立ち去った。

「ちょっと、龍弥くん、まだ仕事残ってるよ!!」
「便所!!」

 トイレのふりして、逃げ出した。廊下に会う人会う人に声をかけられるし、足止めをくらって逃げられなくなる。たまたま持っていた汗を拭くようの手拭いを頭にほっかぶりして、菜穂がいるであろう昇降口付近に向かった。昇降口に行く途中のラウンジのベンチでクマのぬいぐるみの頭をつけようと何度も挑戦していたがかぶれなさそうにしている菜穂がいた。


龍弥は見つけてすぐに何度も挑戦してかぶれなかったのにカポッとはめてくれた。そうかと思ったら、手をつかんで、ひっぱって連れて行く。息を荒くして、菜穂はどこに行くんだろうと思った。ひょっとこみたいな手拭いかぶりしている。せっかく綺麗な浴衣を着ているのにと菜穂は残念がった。