トンビが大空を飛んで鳴いていた。


今朝の天気は快晴になりそうだ。

額に手をあてて太陽の光をよけた。龍弥は一つ決断したことがあった。制服を着て、学校までの道のりを歩く。菜穂は後ろから龍弥のシャツを持ち、くっついて歩いていた。


「ねぇ、なんでそんな歩きしてるの?」
「だって、何かソワソワするから」
「意味わかんねー。シャツ伸びるからやめてくんねぇ?」

 イライラしながら、菜穂の右手をしっかりと左手でつかんだ。

「や」

 パッと手を外す。

「は?」
「恥ずいからやめる。学校のみんなに見られる」
「……」

(何を今更……。ん? なんだろう。昨日やったから恥ずかしさ倍増したってことなのか。謎だ)
 
 首をかしげてそのままサッカー部の部室へ向かう。少し離れて、菜穂は龍弥の後ろを着いていく。部員はまだ全員揃ってはいなかったが、大体のメンバーは来ていた。

「おはよう。龍弥くん。来てたんだね。無断欠勤でみんな心配してたんだよ。あれ、君、また髪色戻しちゃったの?」

 木村悠仁が声をかける。着替えが終わったところだった。


「おっす。あぁ、それは悪かったなぁって思って……。そうね、これ、戻したわ」

 申し訳なさそうに後ろ首に手を置いた。

「木村、顧問の熊谷先生って今日来るの?」
「うん。もうすぐくると思う。なんかあるの?」
「ちょっとね」

 すると後ろから池崎が入ってきた。

「おはようございます。って、龍弥、来たんか。え、お前、髪また、その色にして試合出れないじゃんか」
「あ、おう。池崎。久しぶり。この髪がいいんだよ」
「あ……」

池崎は、龍弥の真後ろにくっついて隠れる菜穂にハッと気づいた。龍弥のシャツを持つ手が震えた。
あやつり人形のように龍弥が菜穂の代わりを話す。

「おはよう。この間は、ごめんね…だってさ」
「あ、あー。いや、俺も驚かせたかなって思って。こっちの方こそ、ごめんな」

 言葉を発しにくそうに口パクで龍弥が言葉をあてる。

「大丈夫……だってさ」
「え、菜穂ちゃん。なんかあったの?」

 木村が横から声をかける。

「いやいや、こっちの話。大丈夫だから」

 龍弥はフォローするようにさえぎった。これを話したら、池崎の事件が全部みんなに広がることを恐れた。


「あ、そう」
「おーっす。みんな元気か」

 顧問の熊谷先生が部室の中に入って来た。一斉に挨拶する。

「おはようございます」
「みんな揃ってるな。あ、あれ、白狼、来てたんだな。ん? 髪、黒じゃないな。なんだ、そんなに悩みごとか?」
「先生、これ、白髪じゃないっす。銀色に染めたんす」
「は? 驚かすなよ。全部白髪になったかと心配したよ。って、そんな髪じゃ試合に出られないぞ」
「先生、その件でお話が」

 龍弥は部室の外へ部員みんながいないところへ先生を誘導する。

「ん?話ってなんだ」
「先生にはよく指導してもらってありがたかったんですが、申し訳ないんですけど、サッカー部を退部させてください」

 深々とお辞儀した。

「え、あ、それ本当? 急だねぇ。来週、早速また試合があって出てもらおうと期待してたんだけど、理由って聞いてもいいの?」
「えー、コンビニバイト先の店長にもっとシフト入って欲しいってことと、俺にはサッカーよりもフットサルがちょうどいいかなと
 思いまして……。やり続けたかったんですが、時間の使い方と体力の問題というか」
「白狼、全然、体動けてるしこの間の試合だってチームに貢献してたからな。別にダメなところ探すのが難しい……しいて言うなら髪色くらいだけどさ。残念だな。続けて欲しかったけどいろんな事情あるのを引き止められないしな。 わかった。あとで退部届の紙書いて、事務室に出しておいて」
「あ、先生」
「なんだ、雪田もか?」
「あ、実はそうなんです」
「どうせお前らはワンセットだろ。はいはい。仲良く退部届を出しておいて。わかりました。よし、今日も基礎練習から始めるぞ」

 熊谷先生はホイッスルを鳴らして、練習を始めた。深々とお辞儀をして、龍弥と菜穂はサッカー部を後にした。


「えー、菜穂ちゃん、辞めちゃうの? 色々教えたかったのに」
「恭子先輩、私の代わりに適任の子、紹介しますから」
「えー、本当? 期待しちゃうよ。ありがとうね」


 龍弥と菜穂は事務室にサッカー部の退部届を出して、ついでに転部先は写真部と記載した。龍弥は週3回のフットサルと週4日コンビニのバイトの1週間で毎週木曜日だけの活動の写真部に戻る形となった。菜穂も龍弥と同じに書類を書いた。提出用ボックスに用紙を入れた。

「これで良かったんだよね」
「あぁ。でも、少しでもサッカーできたから俺は満足したよ。むしろバイトは辞めたくないんだよね。進学するのにお金貯めないといけないし菜穂との交際費が削られるから金欠になるし。ほら、財布が空っぽ」

 ポケットに入ってた財布を空っぽってあることをアピールした。

「嘘だぁ。たまたま小銭無いだけでしょう」
「あ、バレた?」

 お札が入るところに2万円は入っていた。

「コンビニの募金箱に全部ぶっ込んでるからな。小銭はなるべく多くは入れないようにしてる。でも今月バイト入るの少ないから
 給料日が怖いわ」
「それは死活問題だね。スマホとガラケー持ちをとりあえず辞めたら?」
「あ、まぁ、そろそろ、スマホだけでいいか。人間関係 別に分けて過ごす必要もないな」
「自信ついたの?」

 
 靴箱で靴に履き替える瞬間、菜穂は龍弥の顔をのぞいた。きらりと龍弥があげたピアスが光った。


「うん。別に面倒なら既読スルーすればいいなって思って。必要な時、必要な人だけと交流とれば良いかって、体は1つしかないし、耳は2つあるけど聞ける声は1つだけだもんね。」
「えらいえらい。」
「子ども扱いすんなって。」

 菜穂の両脇をくすぐった。逃げ回る菜穂。
 そのじゃれあいを遠くからのぞいていたのは合宿帰りのいろはだった。
 ご機嫌の龍弥を見て、ふぅーとため息をついて安心していた。
 あんなに人と関わることを拒絶していた龍弥は菜穂と出会って、カツラも外して堂々と人と話すことができている。
 蚊の飛ぶ声よりも小さかった声量が通常通りになって、祖父母との交流も良くなった。
 雪田菜穂の力はすごいなあっと感心していた。 

「いろは、何見てるんの?」
「んー、お兄が、彼女とじゃれ合ってるなって思ってあんな人じゃなかったのに菜穂ちゃんと一緒にいるお兄が違う人みたいって思ってた」
「え、あの人、白狼龍弥でしょう。3組の」
「え、うん。お兄ちゃんだから」
「うん。知ってるけど、なんか噂で山口まゆみと付き合ってるって話もあって、本当は誰と付き合ってるの?」
「え、何、その噂。いつの話?」
「昨日か一昨日か」
「最近じゃん。お兄、今の彼女と2ヶ月前から付き合ってた気がしたよ。あ、彼女の名前は雪田菜穂っていうんだけどね」
「えー、おかしいな。聞き間違いかな。だから、二股じゃないとか言う人いたんだとか言ってたよ」
「そうなの? それどこからもれたんだろう。お兄にあとで聞いてみる」
「うん。まぁ、噂だけどね」
「うん」

 弓道の荷物が入った袋を背負い直して、校舎を後にした。何だか複雑な気持ちになったいろはだった。