タピもちドリンクを飲みながら皐月は言う。

「これ飲んだら、イルカショー見るっしょ?」
「うん、見たいよね」

菜穂が言う。

「時間は何時からだろう」

皐月が聞く。池崎はスマホの時計を確認した。


「11時から始まるみたいだな。あと15分くらい?」
「もうすぐだから、座って待っておこう」
「うん」

 菜穂は座る席順に悩んだ。龍弥の隣行ってまた避けられても嫌だと思い、つっつーと、皐月の横に行って座った。池崎と龍弥が隣になった。

「なぁ、なんでお前が隣なの?」

龍弥が言う。

「んじゃ代わる?」

池崎が問う。

「やっぱ、そのままでいいや」

龍弥は立ち上がって代わろうとしたら、気持ちが変わったらしく、池崎の腕を引っ張って、座らせた。左から菜穂、皐月、池崎、龍弥の順番になっていた。


(なんで、池崎の隣なんだよ)
(この2人、デートしに来たんじゃないの? なんで俺ら巻き込まれてる?)

「菜穂ちゃんって、それ、ピアス開けたばかりでしょう」
「うん、そう。なんでわかるの?」
「ちょっと、穴の周りが赤くなってるよ。炎症起きてるのかも」
「うそ、あとで消毒しないと。教えてくれてありがとう」
「高校生って大変だよね。勉強難しくなるし、部活も中学よりもハードでしょう。私、訳あって、部活に行ってないんだけどさ」
「ん? そうなの?」
「いろいろあってね」
「それはいいとして、菜穂ちゃんって白狼くんと付き合ってるの?」
「そう……だけど」
「どうやって付き合うってなったの?」
「うーん、フットサルで会って、話すようになって、本当は学校もクラスも一緒だったってびっくりして……」
「え? なになに。それ、どういうこと? めっちゃ面白い。なんでびっくりするの? 知らなかったってこと?」
「うん。龍弥がね……」

話そうとすると歓声と拍手がわき上がる。イルカとアシカとトレーナーさんたちが立ち並んでいた。これからイルカとアシカショーの始まるようだった。むすっと機嫌悪そうに龍弥は体を横に向けて横目でイルカショーを見始めたが気持ちが乗らなくてその場から立ち去った。

「え、おい。今から始まるのにどこ行くんだよ!?」
「えー、せっかく見れるのにもったいないなぁ」

 池崎と皐月は、龍弥の行動が納得できなかったようだ。菜穂は、イルカショーを楽しみたかったが、それよりも何よりもやはり龍弥の行動が気になって立ち上がって様子を見に行った。辺りを探しに行くと龍弥は自動販売機が立ち並ぶベンチの前で座って缶ジュースを飲んでいた。緑のアロエジュースだった。飲み物はいつものお気に入りなんだと少し笑みがこぼれた。少し遠く離れたところから後ろ向きに声をかけた。

「イルカ……にも興味ないの?」
「……別に」

 アロエを飲み終えたかと思うともう1本ミルクティーの缶を買って黙って菜穂の近くのベンチに置いた。

(飲んでいいってことなのかな)

「ありがとう」
「ん」

 龍弥も隣じゃなく少し離れたところに座った。何か思うところがあるようだ。

「あのさ、俺、疲れてるんだよね。きっと。サッカーの試合で気を使ったから」
「ふーん。疲れてるなら別にここ来なくても良いんじゃないの? ずっとつまんない顔して見て回るの面白くないよ」


 菜穂は、ミルクティーの缶のプルタブを開けて、一口飲んだ。


「それって、気を使えってこと?」
「そうじゃないけど、無理しなくていいってことだよ」
「わかった。俺、AIのように返事するわ。『めっちゃ、楽しいね』」

 棒読みで話し出す龍弥に何だか腹が立つ菜穂。

「そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「俺さ、菜穂にありのままでいいって言ってるのに、俺は気を使わなきゃいけないの? こうやって、外見気にするので精一杯なんだよ。心くらい本音で過ごしてもいいだろ」

 菜穂はそう言われて、息をのんだ。思っても見ないことだった。外見のコンプレックスありまくりの菜穂にとっては衝撃的だった。

「人間さ、良い時とダメな時あるだろ。どうして、俺の本音を受け止めてくれないんだよ。本当のこと言って何が
 いけないんだよ。そんなに俺と一緒にいるの嫌なら常に楽しいって思える奴と付き合えば良いじゃないの? 池崎とか」

 龍弥の左頬に衝撃が走る。これで頬を叩かれたのは2回目だ。今度は自分は悪くないと思ったのか。何も言わずに龍弥は菜穂を睨みつけて早々に水族館を出て行った。小さな子どもの駄々をこねているみたいだ。


 菜穂の叩いた手はまた痛かった。楽しくない。初めての水族館デート。ここにしなきゃよかった。自分が楽しくしようと思ったことがいけなかったのか。龍弥の体調を考慮していなかったからか。本音であれは好きとかこれは嫌いとか話してくれて、最初に謝ってくれていたのに。自分は嫌だけど、連れてきたんだぞとアピールされた。俺様気質で腹が立つがそれで犠牲にしてでも連れてきたかったんだろうなと振り返る。でも一緒にいる時くらい笑ってて欲しかった。お互い様なのかもしれない。池崎がいることで良かったのか悪かったのかわからない。菜穂は嫌な気持ちのままイルカショーは見れないなと池崎と皐月に帰ることを告げた。

「ごめんね。ちょっと調子悪くて、龍弥と一緒に先帰るね」
「そっか。また、いつか会おうね、菜穂ちゃん!」
「そうだね。またあそぼ。んじゃ、池崎くん。明日、部活でね」
「あ、ああ」

 何となく、喧嘩して帰るって話になったんだろうと予測する。少し声がうわずっていたのを見逃さなかった。

「雪田!」
「……」

 話しかけないでオーラをアピールされた。ごくんと唾を飲んで

「気をつけて帰れよ!」
「うん」

 菜穂は無理に笑顔を作って帰って行った。ため息をついて座り直す。

「お兄、どしたん?」
「別に何でもないよ」
「菜穂ちゃん、狙ってるんでしょ?」
「なっ!?……んなわけないだろ」
「なんだ、違うの? 私、頑張って時間作ってあげたのに?」
「へ?」
「白狼くんのこと気引かしたでしょう。2人の時間たくさんあったのに何も行動しなかったの?」
「皐月、お前、何を考えて?! まさか、龍弥に会った瞬間から演技してたってこと?」
「うーん、かっこいいって話は本当だけどさ。話を振るのは無理して頑張ったかな?」

 イルカが高く高くジャンプして水飛沫が舞う。

「マジか。お前なぁ。そんな余計なことしなくていいんだぞ。俺は、別にそんなんじゃないから」
「まぁ、まぁ。 顔に書いてるよ。菜穂ちゃん好きって」
「ば、嘘だろ」
「嘘に決まってるって。ばーか」

「ち、ちくしょう。兄ちゃんにそんなこと言っていいと思ってるのか? ん?」

 頬をタコのように萎ませて苦しくさせた。

「やめてください。もう言いません」

 兄妹のじゃれ合いが何度も続いていた。イルカたちも交差してジャンプする。虹が一瞬見え隠れしていた。


****


 先にスタスタと1人で帰る龍弥。本当は菜穂と一緒に帰りたかった。
 でも、自分のことをわかってくれてると信じていたのに 池崎と過ごしてる時の方が笑っていたし、悔しかった。

 今日は何だか調子が悪くて、気の利いたセリフも浮かばない。優しくなんてできなかった。ましてや、池崎兄妹が近くにいては
 イチャイチャもできない。やきもちもあるし、やりたいことのできないストレスがたまっていた。どうして素直に言えなかったんだろうと後悔した。ただ、気になったのは菜穂のありのままを受け止めているのに自分が本音を言ったら嫌な顔されることに嫌悪感を感じた。ずっと笑っていなくちゃいけないのか。楽しくしなくちゃいけないのか。好きじゃないものに好きだと嘘をつかないといけないのか。後ろから見守る保護者のようにしていてはいけなかったのか。

 付き合うと言ってからうまくいかないことの方が多い。いっそのこと友達に戻った方が気持ち楽になるのか。うまくいかないんではなくて不安でたまらないのかもしれない。好きなのに同じ分量で好きでいてくれるのか。離れていても想っててくれるかとか。それ以上のことを望みたいのに先に進めないことにもどかしさでいっぱいだった。


 その日を境に菜穂との連絡を途絶えた。学校の部活にも顔を出さなくなった。本音をぶつけられていた人に裏切られた気がして心が押しつぶされそうになっていた。ムシャクシャして龍弥はせっかく黒に染めた髪をブリーチして銀色にまた染め直した。もう、真面目な自分になんてなれない。本当の自分を隠したい。悪さをする自分でいい。もう、素直になれないんだから。反抗したくても反抗できない。育ての親はいない。産みの親もいない。祖父母はいても親以上の一線は越えられない。
 本音で言い合えると思って一緒に過ごした菜穂ももう、信じることができなくなった。
 また、殻に閉じこもってしまった。左耳のピアスの穴がもう一つ増えた。全部で6つの穴が完成した。安全ピンで開けた。今回の出血は多かった。うまくまっすぐ開けられなかったからか。消毒液を慌ててつける。応急処置で絆創膏をつけた。ベッドに豪快に寝転んだ。もう疲れた。
 
 何のために誰のために頑張っているのかわからない。また部活じゃなくてフットサルとコンビニバイトの1週間に戻そうと龍弥は部活から逃げた。

 もちろん、部員のメンバーや顧問の先生、コーチには話してはない。そして、菜穂や池崎も知らない。その行動に移そうと決めてから3日は経った。

「ねぇ、菜穂ちゃん。白狼くん、なんで来ないのかな」

 恭子先輩がスポーツドリンクを作りながら話す。

「何で、ですかね。風邪でも引いたんじゃないですかね?」
「随分簡単な返事だな。心配じゃないのかよ? 彼氏じゃん?」

 池崎が後ろからニョキと顔を出した。

「ラインしても返事ないもん。元気なんじゃないの?」
「何、池崎くん。随分2人のこと知ってるよ、みたいな言い方ね」
「そんなことないっすよ。雪田も薄情なやつだな」
「放っておいて」


菜穂はパチンとスポーツドリンクが入ったピッチャーの蓋を閉じた。
数時間後のフットサル場で龍弥は下野、滝田、瑞稀を交えたメンバーで楽しんでいた。
 

「今日、なんで菜穂ちゃんいないの?」

 下野は言う。

「本当、菜穂さんいてくれると楽しいのに」
 
 滝田も言う。

「てか、なんでそう言うの?」
「2人の喧嘩見てるの楽しいからに決まってるじゃん。ね、下野さん」
「ああ、もう、名物だね。見ないと禁断症状になるかも」
「まさか。んなわけあるか」

 ベンチに膝を抱えて顔を埋めた。部活でやってる自分よりやっぱりこのフットサルしてた方が心が安定してる。無理してたのかな。気の合うメンバーが多いからか。ここに菜穂がいないと張り合えない。ため息が止まらない。

「ほら龍弥くんフットサルしようよ。」

 下野が声をかけた。すると龍弥のスマホが鳴る。持っていたボールを滝田の方に投げて、慌てて電話に出ようとする。立ち上がってラウンジの方に向かう。電話の相手は今1番話したかった人からだった。
 ラインのコールが鳴り響く。