お祭りがあることを知っている人が多いためか電車の中はほぼ満員だった。公共交通機関をご利用くださいとよくお祭りのポスターに書かれている。菜穂と龍弥は進行方向の左側の出入り口付近にある鉄棒につかまる菜穂。窓の方に龍弥が立つ。
後ろにも乗客がたくさんいた。同じように浴衣を着た女性が多かった。下野と瑞紀は一緒にいたはずなのにおされて反対側の出入り口に追いやられていた。


「少し離れちゃったね」
「良いじゃねぇの、別に。2人の方が好都合」

 狭くて近距離になっていた。


「近いんだけど……」
「混んでんだから仕方ないっしょ」
「でも!」


 両手で離そうとする。パシッと両手を握って顔を近づけ額をくっつけた。


「これでいいか?」
「最悪!!」

 
 横に立っていた分厚いメガネをつけたオタク男子が興奮して鼻息荒くしていた。後ろの黒いリュックがバシバシ当たる。


「ほら、公共の場はやめてよ!!」
「ちっ、こっち見るんじゃねぇ!」

 くわっと牙を向けるように睨む龍弥、メガネ男子は怖がって小さくなっていた。菜穂が頬をパシッと叩いた。


「バカ!」


 そっぽを向いて、窓の外を見た。菜穂は手を離して、少し離れてしまった。龍弥はずっとメガネ男子をずっと
 睨み続けている。


(俺、絶対関係ない、絶対違う!!)
 
 メガネ男子の冷や汗が半端なく流れていく。目的地の本塩釜駅に到着した。やはり、乗客ほとんどが降車していく。ぞろぞろと改札口に向かっていく。菜穂は不機嫌になり、龍弥から少し離れて階段を行く。龍弥は後ろから数メートル離れて改札に向かう階段に行った。下野と瑞紀は改札口近くで2人を待っていた。


「ねぇ、なんで、2人ともバラバラなの?」
「……まぁ色々と」


  菜穂が先に到着してどもる。


「菜穂さん、オタクさんがお好きのようで……」
「違うわ!!」
「ふへぇ~」

 こちらも不機嫌そう。

「ちょ、着いて早々、喧嘩して大丈夫?まだ露店も見てないのに」
「私たちのことは気にしないでください。お2人はお2人で。ラブラブして良いですから。デートですし」
「俺らもデートじゃねぇの?」

 菜穂は龍弥を無視する。

「ま、いいか。そのうちおさまるっしょ。ほら、瑞紀行こう」
「うん。大丈夫かなぁ?」

 下野は瑞紀の手を繋いで、先に進む。塩竈港祭りは例年になく、観光客でごったかえしていた。流行りものの風邪で制限されていたため昨年は満足に開催されていなかったようで、今年は解禁の年で露店もたくさんならび、ステージが設けられて、和太鼓の演奏も
 派手やかに行われていた。菜穂は2人の後を追うようにゆっくり歩いていく。

 龍弥はまだ不機嫌そうに後ろから様子を伺う。途中、靴紐が解けて、しゃがんで結んでいると菜穂の姿を見逃してしまった。人混みに溢れて、どんどん混んできた。

 「菜穂! 菜穂!」

 走って追いかけて、今度は下野と瑞紀の姿を見失う。ほんの一瞬の出来事だった。お客さんはほとんどが
 お祭り目的の人で浴衣や甚平を着てる人が多かった。遠くの方で大音量の音楽が聞こえてくる。その頃、菜穂は下駄の鼻緒が外れて
 歩きにくくなっていた。履き慣れない下駄に苦戦して、その場にしゃがみこんで足の指と指を気にしていた。しゃがみながら
 小さなバックに絆創膏が無いかと探していた。車道の縁石を椅子がわりに座った。遠くから見たことある人が縁石に座ってるなと勘づいた龍弥は、少し歩いたところにあるコンビニに行って、今、必要なものを買ってきた。


「いったぁ。もう、下駄じゃなくてサンダルにすれば良かった」

 菜穂は独り言をブツブツ言いながら、右足の親指と人差し指に出来た靴擦れに絆創膏を貼っていた。下を見ていると、目の前に
 ポンポンとプラスチックで出来たサンダルが転がってきた。

「ほら、これ履けばいいだろ。」

 菜穂が顔を上げた。龍弥がコンビニで売ってた黒いサンダルを買ってきていた。外し忘れていた値札がぶら下がっていた。

「ちょ、高いじゃん、これ。なんで2700円もすんの?」
「いらないなら、返してくっけど?」
「……」


 龍弥は黙って菜穂の下駄を脱がして買ってきたサンダルを両足にはかせた。 持っていたビニール袋に鼻緒が外れた下駄を入れてくれた。

「あ、ありがとう」
「いーーーーえ」

 
 嫌味くさくお辞儀をしながら言う。菜穂は腹が立った。


「ったくよぉ。手間がかかるお嬢様ですね。そんなおしゃれしないでサンダル普通に履いてくればいいだろうよ。長距離移動ってわかってたんだろ?」
「……だって、浴衣着てデートするって初めてだったんだもん。全身コーディネートは
 やっぱり下駄かなって思ってたし。せっかくおばあちゃんに買ってもらってたものだったから。
 履かないとって思って。龍弥の前で着るのも 初めてだったから」

 その話を聞いて少し頬を赤らめる龍弥。泣きそうになる菜穂。

「んじゃ、次着る時は近いところでな。下駄は歩くのひどいから。今は、それあるからいいだろ」
「うん」
「機嫌直せって。露店に行ってりんご飴食べるって言ってただろ?ほら」


 縁石に座っていた菜穂は龍弥の差し出した手に引っ張られて体を起こした。素直にごめんって謝ればいいのに龍弥はそれが言えずに何もなかったように切り替えた。指を絡めた左手で菜穂の右手をがっちりと繋いで誘導した。黙って着いていく。本当は関係性の元の戻し方がわからなかっただけ。逆に鼻緒が切れてラッキーとさえ思った菜穂だった。

「下野さんたち、どこ行っちゃった?」
「もう、露店の方に着いちゃったんじゃねぇの? 花火見る時だけ合流すれば良いと思うけど、ライン送っておくわ。
 あっちも2人きりの方がいいと思うんだよね」
 
 龍弥は下野にラインで花火打ち上げの時に合流でと送った。

「瑞紀、龍弥くんたちとバラバラになったんだけど、花火上がる時に合流しようって言われたよ。連絡来たってことは
 仲直りしたのかな、多分」
「そうなんだ。私は別にいいよ。ねぇねぇ、やきそば買おうよ」
「はいはい。あとは? りんご飴とかいちご飴あるよ」
「私、甘いのあんまり好きじゃないんだよね。焼き鳥とかチーズハットクの方がいいかな」
「瑞紀、お酒好きだもんね。つまみの方がいいわけね。んじゃ、それも買っておこうか」

 下野はもう、瑞紀の事は知り尽くしているようだ。さすがは27歳、付き合う人数もそれなりだが、
 長続きしない分、経験は多い。 ある程度、女性のことは、知ってるようだ。

「てかさ、龍弥くんたちっていつから付き合ってたの? 最近は全然会ってなかったけど」
「何か、行ってる学校が一緒だったらしいよ。俺らが知らない2人がいる訳だね。フットサルで見てる
 龍弥くんと菜穂ちゃんは学校では違うっぽいよ」
「え?!学校一緒? 最初、会った時違う高校ですって言ってたよね?」
「そうそう。龍弥くんが菜穂ちゃんに素性を知られたくなくて嘘ついてたんだって」
「す、素性?」
「龍弥くんも何か訳ありのようでね。高校のサッカー部にすぐに入らなかった理由もあるみたいで。
 まぁ、菜穂ちゃんが全部暴いちゃったみたい。面白いよね」
「へぇー、そうなんだ。まぁ、あまり龍弥くんのことは興味ないけど。ねぇ、次、いつ康二の家に
 行っていいの?」
「え、部屋散らかってるしなぁ。瑞紀の方は?」
「ウチは女子寮だから男子禁制だって言ってるじゃん。家行けないなら、泊まりに行こうよ。温泉とかいいよね」
「泊まり?まぁ、急だね。どっちでもいいけど。今旅行に行けるほどお金が……。今日の分はあるけどさ。来月でもいい?」
「温泉の泊まりは来月でもいいけど、今日は?? 行っちゃだめなの?」
「いや、ダメじゃ無いけど部屋片付けるの手伝ってくれたらいいよ」
「どれくらい?」
「飲みかけのペットボトル5~6本とカップ麺の残骸が1週間分と
 洗濯物の山が3つ分かな。タンスにしまえてないから」
「てかさ、その本数とかわかってるなら片付けなよ」

「そのちょっとが出来ないの。最近、仕事の残業多かったから余裕なくて。久しぶりに休みとか残業なしって
 なるとすぐ瑞紀に呼ばれるから結局片付けないで出かけるからさ」
「何か、それって私のせいにされてる?」
「んじゃ、今度から俺の家に来る回数増やしてくれるかな。そしたら片付けておくよ」
「私、ハウスキーパーではないよ?」
「わかってるよ。手伝ってくれたら、ご飯作ってごちそうするから」
「本当??んじゃ行くぅ。何、作ってくれるの?」
「そうだなぁ、オムライスとか豚のしょうが焼きとか。そんなに凝ったものは作れないけど」
「十分、十分。楽しみにしてるね」


 顔を見合わせながら、ニコニコと2人は露店が並ぶ道を歩いていた。





「え!!焼きそば高い。450円もする」
「まぁ、高いけど、ここで食べるからおいしいんだよ」
「だって、お母さんが作る焼きそば豚肉、もやしとキャベツ入れて原価価格1人150円行くか行かないでしょう。このお店の焼きそばって時々麺と紅生姜しか入ってない時あるよ。あと青のりと」
「菜穂って意外とケチだな。確かに具材とかまばらに入るけど露店で作るおじさんのやきそばはうちで食べるより美味しいって。
 お金じゃないのよ。あと、このお祭りの雰囲気も一緒に買うって言ったら安いもんだよ」
「まぁ、確かに。ちょっとしか入ってないのにすごい食べた気がする。不思議だよね」


「わたあめも同じでさ。ざらめがスプーンいっぱい入れるか 入れないかであんな大きな袋に入るだろ? それで1000円とか取られてさ。それでも、家で作るわたあめとは違う要素あるよな。入れる袋とか、浴衣で持つって感じ。って、さっきからなんで、俺はお祭りのフォローしてんだよ。いや、もう、全部おごるからさ、お金のことは言わないでくれない? せっかくの楽しいお祭り台無しだから。菜穂は何食べるか決まったの?」


「う、うん。ごめん。えっと……りんご飴かな」

 下唇を噛む菜穂。別に台無しにするつもりで話してるわけじゃないのにとご不満だった。


「わかった。買ってくるから待ってて」

 龍弥は、りんご飴の露店で自分の分と合わせて 2つ折り財布からお金を出して2本買った。りんご飴を持った龍弥が
 物珍しかった。ふっと頬にえくぼができる。

「俺さ、気になるのあるんだけど、菜穂も食べる? チーズハトック。チーズがのびる韓国の食べ物だけど、
 チーズ好き?」
「うん。とろけるチーズよく食べるよ」

すぐ近くにあった露店に声をかけて2本購入した。


「まだ持てるよな。あと、どうする? 焼き鳥とか、焼きそばとかうーん、フランクフルトもあるね」
「持ってるの食べてからじゃだめ?」
「あぁ、そっか。うん。いいよ。食べようか」

龍弥たちは縁石に椅子代わりに座って、露店で買ったチーズハトックを食べた。


「あつっ、でも、うまい」
「すごーい、のびるよ」


 楽しそうに食べていた。何気ないそんなひとときが微笑ましかった。龍弥はお祭りなんて、小学生の時以来来たことがなかった。ほとんど部活が忙しくてお祭りのことなんて考える余裕もなかった。菜穂は母の沙夜の付き合いで露店を回ったりすることは会ったがデートでは来た事はなかった。新鮮で嬉しかった。
 
「そういや、花火って20時からだよな。まだ18時半だけど、結構時間あるよな」
「そうだね。ここで時間潰すにはちょっとね」
「神社にでも行く?」
「歩いて行ける?」
「そこまで遠くない。10分前後で着くよ」

 
 龍弥と菜穂は露店の食べ物を満喫するとお客さんが目的とする場所の反対方向へ歩いた。ちょうど最寄りの本塩釜駅にもどる形だった。

「なんて神社だっけ」
「塩竈神社だよ。来た事ない?」
「うん、あんまり」
「俺、高校の時に祖父母に受験合格するようにって祈願しに来たのよ。確か、学問の神様だよな?」
「あー、そうだったんだ。うちは定義山に毎年行ってたから。塩竈神社のことは知らなかったかな」
「あれでしょう。三角油揚げの西方寺ね。行ったことある。小学生の時かな。知ってるよ」
「龍弥の家はいろんなところ行くんだね」
「両親が生きてた時はね。亡くなった後は祖父母だけどさ」
「あ、ごめんね。思い出させたね。そんなつもりじゃなかったのに」
「いいよ、気にしてない。小学生の時はいろんなところ行ったのは事実だから。俺にとってはいい思い出。
 連れてってくれてよかったと思うよ。本当の親じゃないのに喜ぶだろうって連れてってくれたんだから」
「え??? 亡くなったご両親って本当の親じゃないの?」
「……うん。俺、里親だったからさ。本当のお母さん知らないんだ。でも育ててくれたお母さんが本物だって言い聞かせてる。もう、俺が2歳くらいから一緒だから」
「そうなんだ」

 長く神社まで続く通路を歩いた。少し沈黙が続き、先に龍弥が歩いていると、後ろから菜穂が抱きついた。


「おい、やめろって、公共の場は嫌だって言ってただろ」
「誰もいないよ。すごい遠くにいるお客さんに見えるわけないっしょ。少しこのままでいたい」
「う、うん」


さっきと言ってることが違う菜穂に複雑な思いをして、龍弥は後ろから抱きつかれる菜穂の腕の上に手を添えた。


「龍弥って強いね。私だったらそういう状況になったらメンタル崩壊やばそう。通常の生活送ってないよ」
「……強くない。強く無いけど、強い気持ちでいようと必死に耐えてるだけ。本当は綱渡りしてるみたいにいつもギリギリなとこ過ごしてる。ガラスのように脆いんだよ、俺は。いつおかしくなっても変じゃない」
「大丈夫、大丈夫。龍弥なら大丈夫」


 背のびして菜穂は龍弥の額を何度も撫でてあげた。幼い龍弥をなだめる母のようにヨシヨシしてあげた。鳥居のすぐそばで立ち止まる。龍弥は菜穂の撫でる腕を掴んで、頬を赤くして、顔をのぞくようにそっとキスした。試し撃ちのようにキラキラ星が光る夜空にドンッと大きな花火が打ち上げられた。打ち上がった花火がバラバラと大きな音を立てて落ちていく。赤と青の混ざった花火だった。顔から離れると額と額をくっつけて、お互いにはにかんだ。何も言わなくても何か繋がった気がした。離していた手をまた繋ぐ。来た道を振り返って、空を見る。

 
「もう、花火の時間始まったのかな」

 風が少し吹いていた。こぼれ落ちた髪をかきあげて耳にかけた。


「まだじゃないの?」
「今18時30分だよ」
「そうだよね。20時からなのに」
「戻ろうか。下野さんたちのところ行こう」
「うん」

 まばらにお客さんが行き交っていた。神社にお参りに行こうとしたら すでに閉庁になっていた。花火を見ようとする
 お客さんがどんどん集まってきていた。迷子にならないように握っていた手が強くなった。