午前9時。
サッカーグランウドに部員達が集まった。顧問の熊谷先生を中心に基礎練習と
部員同士での試合をしていた。端っこの白いテントでマネージャーの
恭子が1人スポーツドリンクを作っていた。

「今日は、1人で作らないといけないのかぁ…。菜穂ちゃんいないの寂しいなぁ」

 ブツブツ独り言を言っていると、コートの端の方で1人歩いてる人を見た。

「あれ、ん? あれって……」

 恭子は気になって駆け寄った。

「池崎くんじゃん。あれ、入院中とかじゃなかったの? 大丈夫?」

 暴行事件を詳しくわかっていない恭子はただ単に体調を崩して入院していると思っていた。


「……治療して、良くなった感じっす」

 
 状況を読んで、合わせた返事をした。入院なんてしたこともない。
 
「そうなんだ。良かったね。何、復活するって感じ?
 白狼くんって知ってる? 最近、部活に入ってくれたんだけど中学の時エースだったんだって。
 強力な助っ人来たから今年は県大会行けそうだよ。池崎くんも戻ってくればいいのに」

「あぁ。そうなんすか」


 池崎は、恭子と一緒にグランウドで動く部員たちの中に一際激しく、仲間に合図しながら、ボールをゴールに蹴っている龍弥を見た。

 チームをよく見ていて、1人でやっていない。パスを回して、声をかけて、立ち振る舞いもよく考えてやっている。サッカーはチームワークでする競技で1人独占で動いてはいけない。周りの状況をよく見ないとできない競技だ。池崎の場合は、ゴールすることだけ考えていて周りから反感買うことが多い。確かに攻め入るのも大事だが、1人ではできないのである。ゴールキーパーのことを見つつ、周りのチームの動きも把握しなければならない。サッカーが好きだ。でも、ボールを足で転がしてゴールにただ単に入れるだけなら1人で何度でもできる。他の人間のことも考えるなんて頭脳力がないとできないものだ。
龍弥は、ボール以前に周りをよく見て、どういう動きをする人かまで確認してから相手が喜ぶことまで把握してからシュートに持ち込む。ある意味接待ゴルフならぬ、接待サッカーをしているようなものだ。でも、自分のしたいシュートはやらせてもらうという良いところはしっかり頂くという戦略だった。チーム全体もまとまりがあった。
龍弥だけじゃなく、木村も同じやり方でボール回しをすることが多いが、龍弥ほどはよく見ていない。池崎のことも、そこまで把握し
きれてなかった。把握できていたら、暴行事件まで達していなかったのかもしれないが、木村はそこまでの領域まで首つっこんで人のやり方を変えるとかしないタイプだった。龍弥の場合は相手に変だなと違うなと思うことがあれば、すぐに言いに行くし、直すところは直そうと粘り強く人に対しても熱かった。

比べたら、木村も人に言うが、良いところだけ褒めてダメだと思うところはスルーしている。キャプテンという肩書きがある
3年の福田勇気はあくまで肩書きでほぼリーダーとして活躍しているのは木村の方だった。まとめるのがうまい人に役回りを
譲ろうと考えるキャプテンだった。木村が生徒会で留守の時だけ渋々、前に出て指示する役をしていた。

「恭子先輩。うちのサッカー部ってキャプテンいるのに、何か木村がキャプテンみたいになっちゃってますもんね。変ですよね」


「まぁ、そうね。福田くん、ナヨっとしてるから自信ないのよ。木村くんは1年でもしっかりまとめ役しててすごいよ。
 今の時代は年功序列って無いらしいからね。できる人がやっていいじゃないの?熊谷先生が勝手に決めたキャプテンだから。
 …でも、今見てると木村くんより白狼くんの方が一歩リードみたいな様子よね。世代交代ならぬ、リーダー交代かしら」

「……白狼が中学の時、リーダーしてたの知ってますから。俺、他校だったんですけど、
 中総体の試合で会ったんですよ。敵のリーダーでも俺にも挨拶してくれて、その時からずっと試合一緒にやってたんですけどね。あいつ、すごいなって思うっすよ。みんなのこと見てて、敵でもなんでもちゃんと考えるって。普通、敵って言ったら、嫌な態度取りそうじゃないっすか。白狼は戦えることが嬉しいらしくてすごい笑顔で言ってくるんですよね。俺も、ああいう可愛げな性格になりたいもんす」

「池崎くん、どこをどう見て、白狼くんが可愛いの? 結構、荒いわよ。口とか悪いし。ほら」
「福田先輩、そっち違うって言ってんでしょうが!!」
「はぁ?」
「こっちパスくださいよ」
「ったくよ。人使い荒いってーの」

 そう言いながらもゴール前シュートにもち込んだ。なんだかんだでチームみんなでグータッチで勝利を喜び合った。
 なんだろう、この感覚はフットサルと同じじゃないだろうか。素の自分を学校でもかなり出せるようになってきてるようだった。

 「口は悪いけど、ゴールにはシュートできてますね。言いたいこと言いまくってるただのあほだったのかな。見間違いかな。
  俺の勘違いか」

 池崎は目をこすった。確かに口が悪かったが、部員同士和気藹々と接してる。膝カックンしたりされたり、ポカポカ軽く頭を叩かれたり、両脇のこちょこちょ攻撃をされたりする龍弥。フォワードとしての指示は出すが、試合終わりの軽くいじられるのは多少受け入れているようだ。言葉が関係してるわけじゃない。相手を思って話してるのかが重要だったりするのかもしれない。


「お疲れさま~」

 試合を終えて、コートの上にみな疲れて座っているところを恭子が飲み物を配りに行った。池崎もさらっと飲み物を
 配り始めた。変な空気が流れる。


「あれ、池崎? 来たんだな?」

 龍弥がタオルで汗をふきながら近づく。


「あ、ああ。ほら、飲み物」
「さんきゅー。でも、女子からじゃないのって何かなぁ……」
「贅沢言うなよ」
「え、あ、君ら知り合いなの?」

 大友が声をかける。

「そう、大友覚えてない? 中総体で試合した相手の選手。池崎が中心になってたやつ。あ、大友は名前知らないか。」
「うん。名前は知らなかったけど、顔は覚えてたかも。目の下のほくろ。珍しいし、まつげ長いなっていう感じで覚えてた。池崎だったんだな。ごめんな、気づかなくて……」
「いいよ、別に」
「なんで、また。今日、来たんだ?」

 話を続けようとしたら、後ろから顧問の熊谷が声をかけた。

「あれ、池崎。もう、大丈夫なのか?」
「え、ああ、まぁ、そうなんですけど……」
「先生!!すいません、呼んだの俺なんです」


 龍弥が間を入って話し出す。


「え、白狼が? 何、知り合いだった?」
「中学の時にちょっと」
「そうだったのか」


後ろの方でキャプテンの福田とその取り巻きがコソコソと話し出す。

「ねぇ、なんであいつ来てるの?」
「しごいたの覚えてないのか」
「よくのうのうとここに顔出せたよな」
「辞めたんじゃなかったのか」


4人で話しているのを、龍弥は後ろから声をかける。

「何言ってるんですか? 言いたいことあるなら本人に言えば良いんじゃないすか?」
「うわ、なんだよ。白狼びっくりするじゃねぇか」
「いや、コソコソと話してるからどうしたのかなって思って」
「いや、ムカつくんだよな。辞めたくせに来るから」

 突然、大きな声で言う福田。

「なんで辞めたんですか? あれ、入院して辞めたんじゃなかったんですか?」

 龍弥はどんどん質問する。


「あ、あのね、白狼くん。入院じゃないんだよね」

 聞かれたくなかったのか、モゴモゴする福田。

 近くにいた顧問の熊谷が、まずいと感じたのか口を挟む。

「池崎は、病気で入院して、退部になったんだ。そうだよな?池崎。」

 うまく丸めようとするという魂胆か。熊谷先生も理由を知っているはずだ。 

「……」


「俺、本当のこと知ってますよ。暴行事件あったって。本当ならば、警察に届けなきゃいけないレベルだったん
 じゃないっすか? 袖で隠してるけど、刃物で怪我させられたみたいで」


 池崎は真夏だというのに長袖の白いシャツを着ていた。ハッと気づいて、まくっていた袖をのばした。


「どうしてそれを」


 熊谷先生は隠していた事実を暴かれて目を丸くした。


「池崎から聞きましたよ」
「警察には言いませんから条件があるんですけどいいですか」
「え、それって脅し?」
「脅しも何も隠してる方が。犯罪じゃないですか。お互いにWINーWINな関係でいたいじゃないですか。ねぇ、熊谷先生」
「あ、ああ。条件って何だよ」
「池崎を部活にもう一度入れてほしいんですけど、できますか」
「本人が戻りたいって言うならば別にそれは」
「池崎、どう?」
「……まぁ、戻れれば、戻りたいけど」
「良いじゃないですか。それで大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
「一つ提案がありまして、俺がフォローするんで、
 池崎はミッドフィルダーじゃなくディフェンダーで変更お願い 
 できますか?」
「俺が、ディフェンダー? やったことないけど」
「まぁ、何とか大丈夫だから。あとで、教える」


ミッドフィルダーは中間の位置攻守ともに貢献するポジションである。
ディフェンダーはゴールを守る役割がある。
龍弥は池崎が真ん中に下がることにより、チーム全体の役割を見てほしいという考えがあった。


後ろからチームワークを学んでほしいという意味が込められていた。


「すいません、勝手に決めてしまって申し訳ないんですけど、もし池崎がミスしたりしたら、俺に言ってください。教え方が間違っていたことで俺のミスになるので、よろしくお願いします」

部員全員に声をかける龍弥。何となく、保護者のような視線で複雑な表情を浮かべる池崎。

「まぁ、それなら別にやりやすいか?」
「直接あいつに言わないならストレスも減るか。」
「こっちから言うとすぐキレて手に負えないからな。」


 血の気が多かった池崎のようだ。指摘すると自分は悪く無いって怒る始末。性格が見えていた龍弥は対策を自分が引き受ける形で部員全員が納得していた。


「それならOKっすね。よし、池崎、来週から部活に来いよ。な?」

龍弥は池崎の肩をぽんと軽く叩いて励ました。池崎のことは解決したが、菜穂のことは大丈夫かなんて、その時は頭になかった。とりあえず、一件落着したなとほっとした龍弥だった。ベンチで汗を拭く木村は本当に大丈夫かなと心配になって龍弥と池崎を見ていた。龍弥は本当の池崎の性格を知らないんじゃないかと思った。


太陽がギラギラと真上で輝いていた。
今日は雲がひとつもなく、
じわじわと暑かった。