「ただいま」

とても小さな声で
龍弥は家の玄関で、声を出した。

奥の方で夕飯の食器片付けをしていたいろはが様子を見に玄関まで来た。


「おかえり~。あれ、今日、22時までバイトじゃなかったの?ん?あれ、菜穂ちゃん!?」

 

 いろはは、龍弥がびしょ濡れのジャケットを玄関で脱ぐと、後ろには、菜穂の姿を見た。


 もちろん、菜穂もびしょ濡れていた。


「すごい、濡れてるんじゃん。待ってて、今タオル持ってくるから」

 
 いろはは、慌てて、奥の洗面所からフェイスタオルを2枚を持ってきた。

 
 台所の方で洗い物をしていた祖母の智美が声がして、エプロンで濡れた手を拭きながら、玄関にやってきた。


「あらあら、
 龍弥、今日、バイトはどうしたの?

 びしょ濡れじゃない。

 早く、シャワー浴びなさいよ。

 ん?龍弥、その子はどうしたの?
 風邪ひいちゃうじゃない。

 あんたより先にこの子をシャワー浴びて。

 いろは、服、貸してあげて。

 着替え持ってきてちょうだい」


「あ、あ、はいはい。今、持ってくるから」


 フラストレーションで智美は、即座に菜穂を優先して、シャワーを浴びさせた。


 女の子がびしょ濡れは、龍弥よりも可哀想と思ったらしい。


 いろはも慌ててタオルを菜穂の頭につけてお風呂場へ案内し、自分の部屋から適当に菜穂に合いそうな服を持って行った。

 
 サイズもちょうど同じだったようだ。



 玄関に取り残された龍弥は1人ポツンと残された。

 
 ジャケットを脱ぐと短い髪でも水がしたたり落ちる。



「ちっ…。男女差別だわ!俺のタオルが遠い……」



 なぜか気を抜いたいろはが廊下にぱさっとフェイスタオルを落としたらしく、床に寝転んで、背伸びをしないと取れないところにあった。


(濡れたままの足でいいならすぐに取るのに…ちくしょー足も濡れてるからタオルが欲しい)


 そこへ、良太が近くのトイレから出てきた。


「お?龍弥、帰ってきたのか?おかえり。ん?何してんの?」


「そこのタオル取って!!」


 あと少しで手を伸ばせば取れそうなところにタオルがあった。


 良太の足元にあったため、ついでに取ってもらった。


「ごめん」


 ワシャワシャと思いっきり、濡れた髪をタオルで拭いた。

 順番に腕や足も拭く。

 ようやく、家の中に入れた。


 「随分、雨が強かったようだなぁ。

  あれ、バイトは大丈夫だったの?

  まだ21時だけど?」


「今日、ちょっと色々あって、休んだ。 

 ばぁちゃん具合悪いことにしてるから  

 もし電話あったら
 
 適当に合わせててね」



「龍弥、
 ケータイとスマホ持っているから

 この電話には、

 かかってこないだろ」
 

 良太は固定電話を指さして言う。



「店長、女々しいから。

 後からネチネチ

 言ってくるかもしんねえの。

 本当ですか?って確認の電話で

 聞いてくるかも」



「面倒な店長がいるもんだなぁ。

 わかったよ」


「よろしく……」


 頭にタオルをほっかぶりして、

 龍弥はリビングのソファにくつろいだかと思うと、

 洗い物をする智美に声をかける。


「あのさ、あの、さっきの友達、

 親が出張行ってるの忘れてて、

 鍵持って帰ってくるの忘れて

 家入れなくなったんだって。

 いろはと同じ部屋で良いから、

 泊めてもいいよね?」

 

 龍弥は嘘も方便で

 菜穂の本当の話は伏せておいた。



「あー。そうなんだね。

 いろはなら、喜ぶんじゃないの?

 さっき、
 同級生だって嬉しくて

 キャキャしてたよ。

 明日土曜日だし、別にいいよ。

 気にしないで。ばあちゃんに任せな。

 お腹も空いてんだろ?

 今、お茶漬けでも作ってやるから」



「……おぅ。お願いします」

 
 拍子抜けして、

 
 驚く龍弥は、ほっと安心した。

 
 何も言わずにやってくれる智美が
 心強かった。


「それにしても、

 何か雄二くんと

 同じで出張とかあるんだねぇ。

 大変だねぇ。

 あの子は名前なんて言うの?」


「雪田菜穂だよ。同じクラスの子」


「ふーん。そうなんだ。珍しいね、

 龍弥が女の子連れてくるなんて、

 お赤飯炊くくらい

 めでたいことかしら?」


「別にめでたくないから。

 友達だから、ただの友達! 赤飯なんて炊かなくていいよ。

 俺、好きじゃないから」


「ただの友達を家に泊めるの?

 すごいハードル高いと思うけど、

 すごいね、龍弥」


 じっと見つめる智美。龍弥は耐えきれなくなって、自分の部屋に行く。


 菜穂がシャワーを終えるまで

 自分がシャワーできない。


 部屋の椅子に座り、

 バウンドボールを壁に投げては

 拾うを繰り返し、

 キャッチボールをしていた。



 龍弥にとっての部屋の中での暇つぶしだった。


 机の上には今日、課題を出された英語の教科書とノートが広げられていた。


 ノックする音が聞こえた。ドア越しにいろはが声をかける。



 「お兄!菜穂ちゃん、シャワー終わったよ。次入ったら?」



「おう。わかった」


 間を置いてから。


「あ、いろは!菜穂にばあちゃんお茶漬け作るって言ってたからって…いたの?」


 ドア開けるといろはの横にぴったりと菜穂がいた。


 菜穂が着替えた服はいろはがよく来ていた水色半袖と黒のハーフパンツのジャージだった。


 ハッと目をそらす龍弥。

 見てはいけないものを見たと視線を逸らした。


 菜穂は上の服がほぼびしょ濡れになってしまったため、ブラをしていなかった。


 いろはとブラのサイズが合わず、結局そのままだった。



 いろはより2サイズ大きかったようだ。


 さすがにブラまでは貸すことはできない。


 慌てて、視線を感じた菜穂は両腕で胸を隠した。



「ああ!!お兄、すけべだな。

 菜穂ちゃんの胸を見過ぎだわ。

 ごめんね、

 私のサイズじゃ菜穂ちゃん
 合わないから

 今、タンスから

 ナイトブラ探してみるから待ってて。
 すけべなあいつに見られるから

 ちゃんと隠してね」




「あ、ごめんね。逆にありがとう。

 私、全然気づいてなかったよ。

 本当に油断もできないよね」



「男ってやつは困ったもんだ」


 菜穂といろはは、龍弥を睨む。


「いろはちゃん、ナイトブラ持ってるの?」



「そうそう。結構、寝るとき楽ちんだよ。サイズも幅広いから、私とサイズ違くてもつけられるから。さすがにワイヤータイプはね、無理だったけど……」



「助かるぅ。ありがとね」


 2人は話しながら、居間の方へ廊下を歩いていく。


(元々悪いのはそっちだろうが。見られる前に隠せよ…たくっもう。)



 そう思いながら、後頭部後ろをチョップでたたきながら、鼻にティッシュをつめた。


 両方の鼻穴から鼻血が出たようだ。


 龍弥は言いかけたことが言えなかった。


 居間の方に行けば、
 自動的に祖母の智美が

 声をかけるだろうと、

 龍弥は鼻血を止めて、

 服を脱ぎ捨て、
 お風呂場のシャワーの蛇口を
 ひねった。


「菜穂ちゃんだっけ。いつも龍弥がお世話になってごめんね。絶対ご迷惑かけるわよね……」

 智美は低姿勢に言う。

「はい。雪田菜穂です。すいません、今日は突然にお邪魔してしまって…。龍弥さんにはこちらこそお世話になってます。フットサルでよくご一緒させてもらってまして……」



「え?! 菜穂ちゃん。フットサルしてたの?あれって男子だけじゃないの?」


 いろはがびっくりして言う。


「いつも行くフットサル施設は男女混合で人数が集まったら始まる感じで…。もちろん登録はするんだけどね。龍弥さんとは一緒の曜日に参加してまして…。」

 菜穂は、いろはに見られたり、智美に見られたりして、敬語になったりタメ口になったりしていた。困惑した。


「そうだったんだ。お兄はそういうの全然話さないからねぇ。初耳~。フットサルやってるのは知ってたけど、中学のサッカー部でいろいろあったからストレス発散解消におじいちゃんが最初に連れてったんだよね」


「あぁ、そうだ。それから、あんな身なりになってしまって、大丈夫かって逆に心配なったけど、龍弥は生き生きしてるから良いかと黙認してたんだ。でも、最近、学校の様子も変わって、良くなってますって担任の先生から聞いた時はほっとしたよ…。なぁ、ばあさん」



「そうなのよぉ。

 ずっと、龍弥は、暗い顔して、

 はげてもないのに

 黒いウィッグかぶるし、

 分厚い伊達めがねとかして
 
 本当にどうしちゃったんだろう
 って思ってたの。

 そしたら、うちにいる時と
 同じ格好で学校行くって
 言ってるから、心の底から喜んだわ。

 確かに派手だから、
 徐々に直して欲しいけど、

 菜穂ちゃんはなんでかわかる?」



「……そうだったんですか。私には詳しくはわからないですけど。まぁ、私が龍弥さんに喝は入れさせてもらいましたが……」


「え、喝? 何をしたの?」



「聞いてくださいよおー」


 

 女性3人は、龍弥の話で盛り上がっていた。その頃、シャワーを終えた龍弥は頭にタオルをかけて、こちらにやってきた。


「ねぇ、話してんの? 声大きくてあっちにまで聞こえてんだけど。」


「お兄、菜穂さんに平手打ちされてたの?」


「な?! いつの話、持ち出してるんだよ」


「だって、龍弥が、その格好になった理由って行ったら、きっかけはそこしか思い出せなくて……」



「……」


 何も言いたくなくて、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで一気に飲み干した。


「龍弥も頑固でね。話さないところあるから本心がわからないのよ。でも、ここ数ヶ月は話すようになったね。だいぶ。安心したわ」


「ほんと、ほんと。分厚い壁があって、オーラも怖くて、家にいるときなんて話もできなかったんだよ。でもやっぱ、菜穂ちゃんと一緒に過ごすようになったからじゃない?お兄が素直になったのは」


「私は別に何もしてないですよ。ただ、フットサルとか、クラス一緒でってだけですし……」


 智美は菜穂の両手をガシッと握った。


「本当にありがとうね。これからも龍弥のことよろしくね」


「私からもお兄のこと、菜穂ちゃん、お願いします。私には手に負えないから」

 智美の上に手を添えるいろは。円陣を組んでるようになっている。


「ねぇ、全部聞こえてるんだけど?」


「え!いたの?龍弥」


「さっきからずっといるわ。俺、もう寝るから。明日もバイトあるし」


「お茶漬けは?」


「もういい。ダイエットしてるから食べない」

 
 そう言いながら、ぐぅーとお腹の鳴る音が響いたが、聞こえてないだろうと慌てて、部屋にもどる。



「お腹空いてるくせに食べないんだね。多分、ここで食べるの恥ずかしいんだよ」


「あぁ、なるほど。
 女子に囲まれるからね」

 祖母の智美も頬杖をついて言う。

 女子と言えない年齢ではあるが。

 笑いが響きわたる。


 いろはと菜穂も同じ部屋に移動することにした。

 智美手作りの鮭のお茶漬けはあっという間に平らげたようだ。





「菜穂ちゃん、菜穂ちゃん。何だか、修学旅行みたいじゃない?」


「そうだね。面白いよね」


そう言いながら、恋バナに花を咲かせて、疲れていたのか先に寝たのはいろはの方だった。滅多に外泊することはない菜穂は何だか眠くなかった。


 よく言う枕が合わなかったのか、頭を向ける方角のせいか、ふとんが違うからかなど原因を探すが、何度も寝返りを打っても寝付けなかった。

 スマホをポケットに入れながら、ベッドに寝るいろはを背に廊下に出て、菜穂はお手洗いをお借りした。

 水洗トイレの流れる音が響く。


 ガチャと開けると、トイレの横の壁に背と左足をつけて龍弥が立っていた。


「わ、びっくりした。驚かさないでよ」


「何、おばけかと思った?ちょ、俺もトイレだから避けて」


 慌てて入れ替わりでトイレに行く。

 菜穂は手洗い場で石鹸つけて手を洗った。


時刻は午前1時。

菜穂と龍弥以外はすでに寝静まっていた。

外では、車が水たまりの上を走る音が聞こえた。


洗い終えると龍弥も続けて手を洗う。


「あのさ、さっき、おばあちゃんにうちの両親出張だって言ってたんだよね。ごめん、気を使わせて…本当のこと言えないよね。ベラベラと……」



「何、ベラベラ言って欲しかったわけ?」



「ううん。ありがとうってこと」



「ふーん。ああ、そう」


 蛇口をきつくしめた。

 ゴボゴボと排水溝の音がする。



「まだ眠れんの?」


「……そうだね。落ち着かないかな」


「ベランダ行く?」


「うん」


 龍弥は自分の部屋の窓をカラカラと開けて、ベランダに置いていたベンチに菜穂を座らせた。


「ちょっと、座って待ってて」


 机の脇にある引き出しから、何やら細長いものを持ってきた。


「あった。ほら、これ、百均で買ってた。何か懐かしくて。」


 「ただいま。」

とても小さな声で
龍弥は家の玄関で、声を出した。

奥の方で夕飯の食器片付けをしていたいろはが様子を見に玄関まで来た。


「おかえり~。あれ、今日、22時までバイトじゃなかったの?ん?あれ、菜穂ちゃん!?」

 

 いろはは、龍弥がびしょ濡れのジャケットを玄関で脱ぐと、後ろには、菜穂の姿を見た。


 もちろん、菜穂もびしょ濡れていた。


「すごい、濡れてるんじゃん。待ってて、今タオル持ってくるから。」

 
 いろはは、慌てて、奥の洗面所からフェイスタオルを2枚を持ってきた。

 
 台所の方で洗い物をしていた祖母の智美が声がして、エプロンで濡れた手を拭きながら、玄関にやってきた。


「あらあら、
 龍弥、今日、バイトはどうしたの?

 びしょ濡れじゃない。

 早く、シャワー浴びなさいよ。

 ん?龍弥、その子はどうしたの?
 風邪ひいちゃうじゃない。

 あんたより先にこの子をシャワー浴びて。

 いろは、服、貸してあげて。

 着替え持ってきてちょうだい。」


「あ、あ、はいはい。今、持ってくるから。」


 フラストレーションで智美は、即座に菜穂を優先して、シャワーを浴びさせた。


 女の子がびしょ濡れは、龍弥よりも可哀想と思ったらしい。


 いろはも慌ててタオルを菜穂の頭につけてお風呂場へ案内し、自分の部屋から適当に菜穂に合いそうな服を持って行った。

 
 サイズもちょうど同じだったようだ。



 玄関に取り残された龍弥は1人ポツンと残された。

 
 ジャケットを脱ぐと短い髪でも水がしたたり落ちる。



「ちっ…。男女差別だわ!俺のタオルが遠い…。」



 なぜか気を抜いたいろはが廊下にぱさっとフェイスタオルを落としたらしく、床に寝転んで、背伸びをしないと取れないところにあった。


(濡れたままの足でいいならすぐに取るのに…ちくしょー足も濡れてるからタオルが欲しい。)


 そこへ、良太が近くのトイレから出てきた。


「お?龍弥、帰ってきたのか?おかえり。ん?何してんの?」


「そこのタオル取って!!」


 あと少しで手を伸ばせば取れそうなところにタオルがあった。


 良太の足元にあったため、ついでに取ってもらった。


「ごめん。」


 ワシャワシャと思いっきり、濡れた髪をタオルで拭いた。

 順番に腕や足も拭く。

 ようやく、家の中に入れた。


 「随分、雨が強かったようだなぁ。

  あれ、バイトは大丈夫だったの?

  まだ21時だけど?」


「今日、ちょっと色々あって、休んだ。 

 ばぁちゃん具合悪いことにしてるから  

 もし電話あったら
 
 適当に合わせててね。」



「龍弥、
 ケータイとスマホ持っているから

 この電話には、

 かかってこないだろ。」
 

 良太は固定電話を指さして言う。



「店長、女々しいから。

 後からネチネチ

 言ってくるかもしんねえの。

 本当ですか?って確認の電話で

 聞いてくるかも。」



「面倒な店長がいるもんだなぁ。

 わかったよ。」


「よろしく…。」


 頭にタオルをほっかぶりして、

 龍弥はリビングのソファにくつろいだかと思うと、

 洗い物をする智美に声をかける。


「あのさ、あの、さっきの友達、

 親が出張行ってるの忘れてて、

 鍵持って帰ってくるの忘れて

 家入れなくなったんだって。

 いろはと同じ部屋で良いから、

 泊めてもいいよね?」

 

 龍弥は嘘も方便で

 菜穂の本当の話は伏せておいた。



「あー。そうなんだね。

 いろはなら、喜ぶんじゃないの?

 さっき、
 同級生だって嬉しくて

 キャキャしてたよ。

 明日土曜日だし、別にいいよ。

 気にしないで。ばあちゃんに任せな。

 お腹も空いてんだろ?

 今、お茶漬けでも作ってやるから。」



「……おぅ。お願いします。」

 
 拍子抜けして、

 
 驚く龍弥は、ほっと安心した。

 
 何も言わずにやってくれる智美が
 心強かった。


「それにしても、

 何か雄二くんと

 同じで出張とかあるんだねぇ。

 大変だねぇ。

 あの子は名前なんて言うの?」


「雪田菜穂だよ。同じクラスの子。」


「ふーん。そうなんだ。珍しいね、

 龍弥が女の子連れてくるなんて、

 お赤飯炊くくらい

 めでたいことかしら?」


「別にめでたくないから。

 友達だから、#ただ__・__#の友達! 赤飯なんて炊かなくていいよ。

 俺、好きじゃないから。」


「ただの友達を家に泊めるの?

 すごいハードル高いと思うけど、

 すごいね、龍弥。」


 じっと見つめる智美。龍弥は耐えきれなくなって、自分の部屋に行く。


 菜穂がシャワーを終えるまで

 自分がシャワーできない。


 部屋の椅子に座り、

 バウンドボールを壁に投げては

 拾うを繰り返し、

 キャッチボールをしていた。



 龍弥にとっての部屋の中での暇つぶしだった。


 机の上には今日、課題を出された英語の教科書とノートが広げられていた。


 ノックする音が聞こえた。ドア越しにいろはが声をかける。



 「お兄!菜穂ちゃん、シャワー終わったよ。次入ったら?」



「おう。わかった。」


 間を置いてから。


「あ、いろは!菜穂にばあちゃんお茶漬け作るって言ってたからって…いたの?」


 ドア開けるといろはの横にぴったりと菜穂がいた。


 菜穂が着替えた服はいろはがよく来ていた水色半袖と黒のハーフパンツのジャージだった。


 ハッと目をそらす龍弥。

 見てはいけないものを見たと視線を逸らした。


 菜穂は上の服がほぼびしょ濡れになってしまったため、ブラをしていなかった。


 いろはとブラのサイズが合わず、結局そのままだった。



 いろはより2サイズ大きかったようだ。


 さすがにブラまでは貸すことはできない。


 慌てて、視線を感じた菜穂は両腕で胸を隠した。



「ああ!!お兄、すけべだな。

 菜穂ちゃんの胸を見過ぎだわ。

 ごめんね、

 私のサイズじゃ菜穂ちゃん
 合わないから

 今、タンスから

 ナイトブラ探してみるから待ってて。
 すけべなあいつに見られるから

 ちゃんと隠してね。」




「あ、ごめんね。逆にありがとう。

 私、全然気づいてなかったよ。

 本当に油断もできないよね。」



「男ってやつは困ったもんだ。」


 菜穂といろはは、龍弥を睨む。


「いろはちゃん、ナイトブラ持ってるの?」



「そうそう。結構、寝るとき楽ちんだよ。サイズも幅広いから、私とサイズ違くてもつけられるから。さすがにワイヤータイプはね、無理だったけど…。」



「助かるぅ。ありがとね。」


 2人は話しながら、居間の方へ廊下を歩いていく。


(元々悪いのはそっちだろうが。見られる前に隠せよ…たくっもう。)



 そう思いながら、後頭部後ろをチョップでたたきながら、鼻にティッシュをつめた。


 両方の鼻穴から鼻血が出たようだ。


 龍弥は言いかけたことが言えなかった。


 居間の方に行けば、
 自動的に祖母の智美が

 声をかけるだろうと、

 龍弥は鼻血を止めて、

 服を脱ぎ捨て、
 お風呂場のシャワーの蛇口を
 ひねった。


「菜穂ちゃんだっけ。いつも龍弥がお世話になってごめんね。絶対ご迷惑かけるわよね…。」

 智美は低姿勢に言う。

「はい。雪田菜穂です。すいません、今日は突然にお邪魔してしまって…。龍弥さんにはこちらこそお世話になってます。フットサルでよくご一緒させてもらってまして…。」



「え?! 菜穂ちゃん。フットサルしてたの?あれって男子だけじゃないの?」


 いろはがびっくりして言う。


「いつも行くフットサル施設は男女混合で人数が集まったら始まる感じで…。もちろん登録はするんだけどね。龍弥さんとは一緒の曜日に参加してまして…。」

 菜穂は、いろはに見られたり、智美に見られたりして、敬語になったりタメ口になったりしていた。困惑した。


「そうだったんだ。お兄はそういうの全然話さないからねぇ。初耳~。フットサルやってるのは知ってたけど、中学のサッカー部でいろいろあったからストレス発散解消におじいちゃんが最初に連れてったんだよね。」


「あぁ、そうだ。それから、あんな身なりになってしまって、大丈夫かって逆に心配なったけど、龍弥は生き生きしてるから良いかと黙認してたんだ。でも、最近、学校の様子も変わって、良くなってますって担任の先生から聞いた時はほっとしたよ…。なぁ、ばあさん。」



「そうなのよぉ。

 ずっと、龍弥は、暗い顔して、

 はげてもないのに

 黒いウィッグかぶるし、

 分厚い伊達めがねとかして
 
 本当にどうしちゃったんだろう
 って思ってたの。

 そしたら、うちにいる時と
 同じ格好で学校行くって
 言ってるから、心の底から喜んだわ。

 確かに派手だから、
 徐々に直して欲しいけど、

 菜穂ちゃんはなんでかわかる?」



「……そうだったんですか。私には詳しくはわからないですけど。まぁ、私が龍弥さんに喝は入れさせてもらいましたが…。」


「え、喝? 何をしたの?」



「聞いてくださいよおー。」


 

 女性3人は、龍弥の話で盛り上がっていた。その頃、シャワーを終えた龍弥は頭にタオルをかけて、こちらにやってきた。


「ねぇ、話してんの? 声大きくてあっちにまで聞こえてんだけど。」


「お兄、菜穂さんに平手打ちされてたの?」


「な?! いつの話、持ち出してるんだよ。」


「だって、龍弥が、その格好になった理由って行ったら、きっかけはそこしか思い出せなくて…。」



「……。」


 何も言いたくなくて、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで一気に飲み干した。


「龍弥も頑固でね。話さないところあるから本心がわからないのよ。でも、ここ数ヶ月は話すようになったね。だいぶ。安心したわ。」


「ほんと、ほんと。分厚い壁があって、オーラも怖くて、家にいるときなんて話もできなかったんだよ。でもやっぱ、菜穂ちゃんと一緒に過ごすようになったからじゃない?お兄が素直になったのは。」


「私は別に何もしてないですよ。ただ、フットサルとか、クラス一緒でってだけですし…。」


 智美は菜穂の両手をガシッと握った。


「本当にありがとうね。これからも龍弥のことよろしくね。」


「私からもお兄のこと、菜穂ちゃん、お願いします。私には手に負えないから。」

 智美の上に手を添えるいろは。円陣を組んでるようになっている。


「ねぇ、全部聞こえてるんだけど?」


「え!いたの?龍弥。」


「さっきからずっといるわ。俺、もう寝るから。明日もバイトあるし。」


「お茶漬けは?」


「もういい。ダイエットしてるから食べない。」

 
 そう言いながら、ぐぅーとお腹の鳴る音が響いたが、聞こえてないだろうと慌てて、部屋にもどる。



「お腹空いてるくせに食べないんだね。多分、ここで食べるの恥ずかしいんだよ。」


「あぁ、なるほど。
 女子に囲まれるからね。」

 祖母の智美も頬杖をついて言う。

 女子と言えない年齢ではあるが。

 笑いが響きわたる。


 いろはと菜穂も同じ部屋に移動することにした。

 智美手作りの鮭のお茶漬けはあっという間に平らげたようだ。





「菜穂ちゃん、菜穂ちゃん。何だか、修学旅行みたいじゃない?」


「そうだね。面白いよね。」


そう言いながら、恋バナに花を咲かせて、疲れていたのか先に寝たのはいろはの方だった。滅多に外泊することはない菜穂は何だか眠くなかった。


 よく言う枕が合わなかったのか、頭を向ける方角のせいか、ふとんが違うからかなど原因を探すが、何度も寝返りを打っても寝付けなかった。

 スマホをポケットに入れながら、ベッドに寝るいろはを背に廊下に出て、菜穂はお手洗いをお借りした。

 水洗トイレの流れる音が響く。


 ガチャと開けると、トイレの横の壁に背と左足をつけて龍弥が立っていた。


「わ、びっくりした。驚かさないでよ。」


「何、おばけかと思った?ちょ、俺もトイレだから避けて。」


 慌てて入れ替わりでトイレに行く。

 菜穂は手洗い場で石鹸つけて手を洗った。


時刻は午前1時。

菜穂と龍弥以外はすでに寝静まっていた。

外では、車が水たまりの上を走る音が聞こえた。


洗い終えると龍弥も続けて手を洗う。


「あのさ、さっき、おばあちゃんにうちの両親出張だって言ってたんだよね。ごめん、気を使わせて…本当のこと言えないよね。ベラベラと…。」



「何、ベラベラ言って欲しかったわけ?」



「ううん。ありがとうってこと。」



「ふーん。ああ、そう。」


 蛇口をきつくしめた。

 ゴボゴボと排水溝の音がする。



「まだ眠れんの?」


「……そうだね。落ち着かないかな。」


「ベランダ行く?」


「うん。」


 龍弥は自分の部屋の窓をカラカラと開けて、ベランダに置いていたベンチに菜穂を座らせた。


「ちょっと、座って待ってて。」


 机の脇にある引き出しから、何やら細長いものを持ってきた。


「あった。ほら、これ、百均で買ってた。何か懐かしくて。」


 龍弥は線香花火の束を袋から出して、ライターを机の引き出しから取った。

 10本の花火を1本ずつほぐして分けてから、自分と菜穂の分の3本ずつ分けた。残りの花火は机の上に置いておいた。


「ほら、やれば?」



「線香花火…しばらくやってなかった。ライターってマッチじゃないんだね。」


「ああ…。」



(ライターを使う理由って大体わかると思うけど…未成年だからタバコを内緒で吸っているなんて大きな声では言えないし、黙っておこう。)


 タバコの代わりに引き出しに入れていたラムネ味の棒付き飴を舐め始めた。

 菜穂にもいちご味の棒付き飴を渡す。

 白い棒ははたからみたら、
 タバコ吸ってるって見られても
 おかしくないものだ。


「手に持ってて。火、つけるから。」


「うん。」


 線香花火はオレンジの丸を作ったかと思うとパチパチと花開いて勢いよく、広がっていって、少し手ブレがするとポトンと落ちてしまった。


「あぁ~。落ちちゃった。」



「もう一回すれば?まだ残ってるでしょう。」


「うん。火、つけて。」


 シュッとライターの音が聞こえると、また塊の丸ができた。

 3秒ほど花がパチパチと開いた。
 
 ポトっと落ちた。

 さっきよりも早かった。

「線香花火って一瞬だね。あっという間に終わっちゃう。」


「花火に学ぶことは、今の瞬間を見逃すなってことだと思うな。打ち上げ花火もずっと空に残ることはないからな。」


「……龍弥。」


「ん?」



 龍弥は机に残っていた花火を面倒になって3本をくっつけて一気に終わらせようとした。


 今を大事にと言ってる割にはささっと終わらせるってどういうことだと矛盾に思える。



「これ、無駄にしてるって思ってるだろ?実は、この線香花火を3本一緒にすることによってより強力になって、落ちにくく、長く見られるわけ。良いだろ?」




「3本の矢作戦みたいなってことね。」



「そうそう。
 なぁ、今、何か言いかけた?」


 パチパチと花火が鳴る。



「うん。」



「なに?」



 3本の線香花火も遂には
 ボタっと下に落ちた。



 遠くの方でバイクの走る音が
 聞こえる。

 ぼーっとした時間が流れる。



「私、龍弥のこと好きになっちゃダメかなぁ…。」





「……は?え?幻聴?」





「嘘、言ってないよ。」





「……俺はやめておけって。木村いるだろ。安定の次期生徒会長にしろよ。」

 

龍弥はしゃがんでいた体を起こし
立ち上がってベンチに座り直した。


舐めてた飴を手でつかんで
どれくらいの大きさになったか調べる。




「それって、無理ってこと?」




「……うん。」


無表情で答える。飴をくわえなおした。


「……わかった。ごめん、忘れて。」


 ショックだった菜穂は顔を伏せた。

 菜穂は立ち上がってベランダから部屋の中へ行く。



「もう寝るね。おやすみ。」



「おやすみ。」


 外を見ながら、言葉だけ送った龍弥。
 本当のことを言えなかった。


 本当は
 今すぐにでもぎゅーと
 後ろから抱きしめたくなるくらいな
 気持ちがあった。


 もちろんそれ以上のことも
 望んでいた。


 でも、できなかった。




 学校で木村と一緒に過ごす菜穂ははにかんでいて、恋人同士らしい過ごし方をしているのをよく見ていた。


 自分といる時はいつも喧嘩ばかりで恋人らしいやり取りなんて、出来てない。


そんなんで付き合うなんて、無理だと龍弥は自信をなくしていた。


 菜穂を幸せにするのは、自分じゃなくて木村なんだとそう感じていた。

 
 それでも自分の気持ちを押し殺して、やり過ごすのは辛かった。

 
 本来ならば、隣にずっといてほしい。

 でも、自分にはその度量はきっと持ち合わせていないんだ。

 あいつには笑っていてほしい。

 自分といてもきっと笑えない。


 頬に涙を伝った。

 声を殺して静かに泣いた。

  
 これでいいんだ。

 これでと自分に言い聞かせた。

 
 舐めていた飴をバリバリと噛んで棒をゴミ箱に捨てた。


 ベッドに横になり、タオルケットを体にかけて、落ち着いて眠ることはなかったが、寝返りを何度も繰り返した。



 そのまま、夜が明けた。
  

 
 龍弥は線香花火の束を袋から出して、ライターを机の引き出しから取った。

 10本の花火を1本ずつほぐして分けてから、自分と菜穂の分の3本ずつ分けた。残りの花火は机の上に置いておいた。


「ほら、やれば?」



「線香花火…しばらくやってなかった。ライターってマッチじゃないんだね」


「ああ……」



(ライターを使う理由って大体わかると思うけど…未成年だからタバコを内緒で吸っているなんて大きな声では言えないし、黙っておこう)


 タバコの代わりに引き出しに入れていたラムネ味の棒付き飴を舐め始めた。

 菜穂にもいちご味の棒付き飴を渡す。

 白い棒ははたからみたら、
 タバコ吸ってるって見られても
 おかしくないものだ。


「手に持ってて。火、つけるから」


「うん」


 線香花火はオレンジの丸を作ったかと思うとパチパチと花開いて勢いよく、広がっていって、少し手ブレがするとポトンと落ちてしまった。


「あぁ~。落ちちゃった」



「もう一回すれば?まだ残ってるでしょう」


「うん。火、つけて」


 シュッとライターの音が聞こえると、また塊の丸ができた。

 3秒ほど花がパチパチと開いた。
 
 ポトっと落ちた。

 さっきよりも早かった。

「線香花火って一瞬だね。あっという間に終わっちゃう」


「花火に学ぶことは、今の瞬間を見逃すなってことだと思うな。打ち上げ花火もずっと空に残ることはないからな」


「……龍弥」


「ん?」



 龍弥は机に残っていた花火を面倒になって3本をくっつけて一気に終わらせようとした。


 今を大事にと言ってる割にはささっと終わらせるってどういうことだと矛盾に思える。



「これ、無駄にしてるって思ってるだろ?実は、この線香花火を3本一緒にすることによってより強力になって、落ちにくく、長く見られるわけ。良いだろ?」




「3本の矢作戦みたいなってことね」



「そうそう。
 なぁ、今、何か言いかけた?」


 パチパチと花火が鳴る。



「うん」



「なに?」



 3本の線香花火も遂には
 ボタっと下に落ちた。



 遠くの方でバイクの走る音が
 聞こえる。

 ぼーっとした時間が流れる。



「私、龍弥のこと好きになっちゃダメかなぁ……」





「……は?え?幻聴?」





「嘘、言ってないよ」





「……俺はやめておけって。木村いるだろ。安定の次期生徒会長にしろよ」

 

龍弥はしゃがんでいた体を起こし
立ち上がってベンチに座り直した。


舐めてた飴を手でつかんで
どれくらいの大きさになったか調べる。




「それって、無理ってこと?」




「……うん」


無表情で答える。飴をくわえなおした。


「……わかった。ごめん、忘れて」


 ショックだった菜穂は顔を伏せた。

 菜穂は立ち上がってベランダから部屋の中へ行く。



「もう寝るね。おやすみ」



「おやすみ」


 外を見ながら、言葉だけ送った龍弥。
 本当のことを言えなかった。


 本当は
 今すぐにでもぎゅーと
 後ろから抱きしめたくなるくらいな
 気持ちがあった。


 もちろんそれ以上のことも
 望んでいた。


 でも、できなかった。




 学校で木村と一緒に過ごす菜穂ははにかんでいて、恋人同士らしい過ごし方をしているのをよく見ていた。


 自分といる時はいつも喧嘩ばかりで恋人らしいやり取りなんて、出来てない。


そんなんで付き合うなんて、無理だと龍弥は自信をなくしていた。


 菜穂を幸せにするのは、自分じゃなくて木村なんだとそう感じていた。

 
 それでも自分の気持ちを押し殺して、やり過ごすのは辛かった。

 
 本来ならば、隣にずっといてほしい。

 でも、自分にはその度量はきっと持ち合わせていないんだ。

 あいつには笑っていてほしい。

 自分といてもきっと笑えない。


 頬に涙を伝った。

 声を殺して静かに泣いた。

  
 これでいいんだ。

 これでと自分に言い聞かせた。

 
 舐めていた飴をバリバリと噛んで棒をゴミ箱に捨てた。


 ベッドに横になり、タオルケットを体にかけて、落ち着いて眠ることはなかったが、寝返りを何度も繰り返した。



 そのまま、夜が明けた。