3時間のテスト授業を受けての下校時刻。
龍弥は昇降口前で、呼び止められた。
「白狼くん、帰るのってどっち方向だっけ」
まゆみが慌てて、外靴に履き替えて、走りよって声をかける。
まゆみは、白狼のことを今まで陰キャラだから関わりたくないとか言っていたくせに、包帯をして、髪が銀色にブリーチしている頭と巻いている包帯から見え隠れする思いっきり開けたであろうピアスの左耳を見えただけでこのありさま。
人を外見で判断するんだとまゆみのちょっと嫌な部分が見えて菜穂は意気阻喪した。
菜穂と一緒に過ごすのはもしかしたら、まゆみ自身をよく見せるためだったかもしれないと予測する。
そばかすと猫毛のくねくね髪。
垂れた眉、離れた目。小さな鼻。
メイクさえもできない自分のそばにいるだけでまゆみは引き立つから。
まゆみは、元々猫みたいに目も大きくて、鼻も高く、唇はぷっくりしてて、小顔で髪もふわふわにパーマして可愛いのに、どうして自分と一緒にいるのかだんだんわかってきたかもしれない。
菜穂は、嫌気がさして、2人の尻目にその場から立ち去った。
親友だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。
まゆみは音楽を聴いて無視し続ける白狼をめげずに話しかけると、ふと振り返ると菜穂が見えた。
まゆみは眼中にない。
そばにいるけれども、自分には、話しかける権利なんてない。
龍弥にとって学校にいる自分には、自信が無かった。
話しかけたとして、何ができるか。
何もできない自分を想像する。
首を振って、目の前の景色を見た。
下を向くと、まゆみが懇願するように何度も話しかけてくる。
面倒だなぁと思いながら、仕方なく、イヤホンを外して、受け答える。
「……何?」
「やっとこっち見て、話してくれた。あのさ、今、聴いてる曲ってなんなの?」
「えっと……。オルゴール……」
絶対に興味持たないだろうと思う曲を言ってみた。本当はJPOPの人気曲をオムニバス聴いていた。
確かに何の曲のタイトルかと聞かれても答えられない。
「ふーん。オルゴール……眠れるね!」
まゆみは、思いつく返事を絞り出した。その返事を聴いて頑張ってるなぁと思って、ふと笑みがこぼれた。
「んなわけないっしょ」
普通に会話してる。龍弥はただ一つのイヤホンをまゆみの耳に当ててみた。
「…なんだ。新曲だし、A b oじゃん。え、あと、有里…。うーんと、これは…。スピッシね。アニメの映画主題歌の。結構、メジャーな曲聴いてるね。オルゴールなんて、嘘じゃん」
昇降口から続く坂道を校門までまゆみと歩いた。
まゆみとは、クラスメイトだということはうっすら知っていたけど、こんなに話すのは初めてだった。
会話の内容としては、誰とでも話せる話題の音楽のことだった。
当たり障りない話で多少のストレス発散ができた。
好みの音楽の趣味は違っていたが、メジャーなものは聴いてるらしい。
好きじゃないものも聞くのは、話題に乗っからないと会話に入っていけないからというのは同じ理屈だ。
まゆみも表面上の付き合いも多く、人付き合いは薄く広くだと言っていた。
なかなか本音で話せる子はいないねとも。
どこか共感できるところがあった。
龍弥は、フットサルのメンバーは広く浅くを心がけているが、学校内の友人関係は一切の関係を築き上げていない。
むしろ、浅くも入っていない。
真っ平で過ごしていきたかったが、この様子ではフットサルクラブと同じような自分じゃない誰かを演じないといけないなと考え始めた。
その中でも菜穂の前では、2通りの自分を見られてしまう。
どれが本音で建前かバレてしまうことを恐れた。
いっそのこと、建前のままか、本音のままか。
たかが、クラスメイト。
されど、クラスメイト。
土曜日には、フットサルメンバーとのカラオケがある。
この耳につけた包帯を外すことはできない。もう、バレることを諦めて、どちらの自分で行くか明かすしかないんだろうなと考えていた。
「白狼くん! どこ見てるの?」
ぼーっと違うことを考えていた。まゆみは顔の目の前に手を振った。
「あ、ああ」
「そういや、その怪我。どうしたの?耳なのかなぁ。血、出たの?」
まゆみは心配そうに血が滲み出てるところに指差す。
「あ、これ。うん、まぁ、耳のけがだね」
右耳の方をまゆみはそっと触れようとするが、龍弥はそれに気づいて、パチンと手を払って睨みつけた。
「ご、ごめん。まだ痛いから、触らないでくれるかな」
「あー、ごめんね。気になっちゃって…。私、帰る方向あっちだから。んじゃ、お大事にね」
まゆみはY字路の左側を指差して、去っていく。
龍弥は、不機嫌そうに、黙って、ポケットに両手を入れながら、右側の道路に歩いていく。
つくづく人間関係を築くのは面倒だなと感じる。
良いなぁと思ったり、嫌だと思ったり、信じていた人が裏切ったり、ため息がとまらない。
道端の石ころを蹴飛ばした。
石ころはコロコロと側溝の隙間に入っていく。次の石ころはサッカーのように何度も蹴り飛ばせる。
こんなことしたいわけじゃない
でもやってしまう
石ころ転がしの
暇つぶし。
自分は何したいのか。
右耳がかゆくなる。
****
1人部屋のベッドからドンっとずり落ちた。
カーテンから日が差し込んでいる。
今日は、何曜日で今、何時だっただろうか。
ベッドの下に落ちたスマホを探す。
埃っぽい床にいつ使ったものか分からないくちゃくちゃになったフェイスタオルに埋もれていた。
アラームが消えている。無意識に音を消していた。午前9:40の表示に目を見開いた。
今日の約束の時間は午前10時。あと20分しかない。慌てて、部屋のドアを開けて、階段を駆け降りた。
「あれ、お兄。珍しい。今日、バイト無いの?」
いろはが食卓で遅めの朝食を食べていた。
いつもの土曜日は朝早くに出て、バイトに出ていた。
今日は、カラオケの予定のため、バイトのシフトは入れてなかった。
頭にはまだ包帯が巻かれている。
スプレーシャンプーをして頭の匂いをごまかした。
外の庭では、祖母と祖父が庭の手入れと洗濯物を干していた。
こんな時間に起きることは滅多になかった。体が疲れているのだろうか。
「朝ごはん、いらないの? おばあちゃん、今朝はピザトースト作ってくれたみたい」
いろはは、自然に龍弥に話しかけるが、相変わらずまともに話さない。
冷蔵庫にある牛乳をコップ1杯飲んで、部屋に戻り、急いで上下の服を揃えて、着替えた。
「ねぇ、今日、お昼は外で食べるの?夕飯は?」
玄関で靴紐スニーカーを履きながら言う。鏡を見ながら、髪形を気にする。
「どっちもいらねぇ」
その一言を話すとフックにかけておいたヘルメットをかぶった。
バイクのエンジンをかける。
これからどこか出かけるんだろうと祖父母は何も言わずに見守っている。
グルッと駐車場で転回して、バイクを走らせた。
低い音から3段階にブゥーンとバイクの走る音が響き渡った。
駅前にあるカラオケの受付付近では、フットサルのメンバーがたまっていた。待ち合わせ時刻より少し遅れていたようだ。
いや、みんなが集まるのが早かったんだろう。
入り口の扉が半分開いていて、宮坂が、電子タバコを吸っているのが見えた。奥にも女子たちがいるのが、バイクから見えた。
駐車場にバイクとヘルメットを置いて、鍵をポケットに入れた。
バックを肩に背負い直した。きっとみんなに言われるのはどうしてフットサルに来なかったことと、包帯をしているんだと言うことだろう。
「ちいーす。みんな揃ってるんすか?」
なんでもない顔して中に入っていくみんなはジロジロとこっちを見る。
「お?え? 龍弥くん? 何、その頭。何したん? しばらく顔出さないなと思ったら、けがしてたの?」
宮坂が電子タバコの吸い殻を携帯灰皿に入れた。その質問には、冷や汗をかいて頷いた。
「え?返事ってそれだけ。いつもと違うね、どうしたん?疲れてる?」
宮坂はあっけに取られる。
(あ、やべ。学校と同じになってしまうや。えっと、フットサルでは…。ん、1週間ぶりでどんな感じだったか忘れたな…。)
「龍弥くん。来たんだね。君がいないとまとまらないから、困ってたよ。まだ受付すら、してないから、よろしくぅ」
齋藤瑞紀が話す。
「本当、そう。無理だよ。このメンバー。年上の人いるけど、年下メンバー多すぎてまとまらない?マジウケるんですけど……。ねぇ?」
「誰のこと言ってるの?亜香里ちゃん。絶対俺らのことディスってるよね。」
下野がお手洗いから戻ってきて、言い始める。このメンバーの最年長は、嫌われていて、まとめきれずにいた。
亜香里と相性がよろしくないようだ。
大学生3人のリーダーは亜香里のようで、亜香里次第で事が動くらしい。
「あれ?滝田は?知らない?」
龍弥は周りを見て言う。
「ちびっこくんだよね。まだ来てないみたいですよぉ」
おもむろにメガネをハンカチで拭く優奈は、辺りを見渡して言う。
「ちょっと、龍弥くん。菜穂ちゃんも来てないよぉ」
宮坂が残念そうに言う。
「あ、確かにいない。誰か連絡先って…。俺、知らないんだった」
「実は…交換しちゃってました。ぼくぅ。なんつって。今、かけてみるわ」
宮坂が菜穂のライン電話を鳴らしてみた。電話に出ながら、慌ててカラオケのドアを開けたのは菜穂だった。
「はい? ん。あ、ごめんなさい。今、着きましたぁ。…ん?え、あ。あーーーー」
電話にも出て、ドアも開けて、集団の中に埋もれてる頭に包帯を巻いた龍弥を見つけて、案の定と言わんばかりに指をさした。
「菜穂さん、人を指さしちゃいかんよ」
宮坂が菜穂の指をそっとおろした。
「え、だって、宮坂さん。この人、え、双子の兄妹とかいないですよね。ドッペルゲンガーとかでもないですよね。昨日、学校で…ちょっと待って。やっぱそうだよ。うん。伊藤じゃないし」
「…はぁい。カラオケフリータイム8人でお願いします。お酒は無しで大丈夫です。はい、ドリンク制ですね、はい、みんな、メニュー見て、注文してねー」
いつの間にか、菜穂のことは完全にスルーする龍弥は、カラオケ店員に受付していた。ワンドリンク制ということで、メニュー表を手際よく、配り始める。
「え、だから、私の話、無視……」
「しっ!」
急に龍弥は菜穂の口元に静かにのポーズで指をあてる。
(はぁ?!)
菜穂は納得できない。この状況でスルーしようとしてるのか。怒りが込み上げる。
「はい、何、頼むの?」
「えっと…クリームソーダ」
「はい、クリームソーダね。俺は、黒烏龍茶かな。ちょっとお腹周りが気になり始めて…。ってはい、下野さんは?」
全然太ってもいないし、筋肉ムキムキのくせにお腹が出てると嫌味を言った。
龍弥は次々と注文を聞いて、先に受付を済ませておいた。
どさくさまぎれに菜穂は注文していた。なんだか、流されていることにイライラが止まらない。
「俺は、アイスコーヒー頼んでくれる?」
「okっす。えっと滝田はまだ来てないから、あとで連絡してみますね。他の女子は大丈夫っすか。ミルクティとルイボスティ、えっと梅昆布茶?渋いっすね。はい。注文はこんなもんかな。滝田の分は多分コーラってことで、よろしくお願いします」
店員は、タブレットで注文を承った。部屋番号は22号室に決まったようだ。
空いている希望の機種はジョイボイスしかなかったようだ。
「はいはい。みなさん、こちらです。行きますよぉ。22号室です」
龍弥はバスガイドのごとく、案内する。
「何それぇ、めっちゃうけるんですけどぉ」
亜香里に受けていた。
優奈と瑞紀は何とも思わずに去っていく。
「……」
菜穂はご機嫌斜めに先を進める。
「菜穂ちゃん、そんなムスッとしないでさ。楽しもう?」
宮坂が菜穂の肩を軽くぽんと叩く。
「は、はぁ」
ほぼ、はじめましての人が多い中、何だかぎこちない菜穂。来ない方が良かったかなと来て早々感じてしまった。
このメンバーで歌なんて歌えない。
「はい。次々、曲入れててね。あと、すぐに飲み物運んでくれるから。悪い、俺、滝田に電話してくるから。みんな先に歌ってて!」
マイクやタブレットをテーブルに並べると龍弥はドアを開けて、部屋の外に出て電話をかけた。
菜穂はチラチラと雰囲気になじめず部屋の外を気にする。そうしている中で、飲み物が到着した。
大学生3人のメンバーの中の2人は、ノリの意味も込めて大人数アイドルの曲を何曲か入れ始めた。
下野は、昔のバラードを1人で歌うようだ。
宮坂は最近のインディーズバンドの知らない曲を入れた。
どんどん曲数が増えていく。
菜穂は決めかねていた。目の前にタブレットが置かれる。クリームソーダのアイスの部分を食べようとした。そこへ、龍弥が電話を終えて、菜穂のクリームソーダのさくらんぼを持って行った。
「うまそ」
「ちょっ!私の楽しみのさくらんぼ奪わないで!」
「もう遅い」
舌をぺろっと出して、さくらんぼの種を出してみせた。
「うわ、汚い。ちょっとここに置いて」
たまたまあった小皿を差し出した。
「はいはい。ほらよ。……滝田、来ないんだってさ。風邪引いて熱あるから無理って言ってたわ」
「……そう」
ストローでズズッとクリームソーダを飲んだ。頬を膨らませて機嫌が悪い。
「はぁ~。マジあっちキツいんだわ」
「は?」
「香水キツいの。俺、あの匂い無理だ。ここなら平気だもんね」
黒烏龍茶を氷ごと飲んだ。
「……悪かったわね。オシャレじゃなくて」
皮肉に聞こえた菜穂はそんなことしか言えなかった。
「別にそんなつもりで言ってねえし。自意識過剰だな」
氷をバリボリ噛む龍弥。全然菜穂のことなんて言ってない。
「……帰りたい」
目がイキイキとしていない。
「菜穂ちゃん、来たばかりだよ。何か食べ物でも頼んだら?」
宮坂が気を使ってメニュー表を出してくれた。
「…フライドポテトと唐揚げが食べたい」
「はいはい。注文しておくよ」
今は、便利な時代のようで電話で注文でなく、手持ちのスマホを起動して、カラオケ店専用アプリで食事の注文ができるようになったようだ。早速、ポチッと押すとあと何分でお届けですと表示もしてくれた。
「めっちゃ便利ですね。楽じゃないですか」
「そうだね。これはスマホないと不便だよ、龍弥くん」
「そうっすね」
棒読みに答える。
「龍弥くん、全然曲入れてないよ。ほら、好きなの入れて」
亜香里がタブレットを手渡す。
「わかりましたよ。んじゃ、これで」
送信ボタンを押して、自分の番が来るのを待った。
相変わらず、さっきからずっと龍弥は菜穂の近くから離れようとしない。
香水の匂いがキツいからという理由でこっちにいるのいいけど、近距離すぎていやになる。
「ちょっとトイレ行ってきます」
菜穂は、宮坂に小さい声をかけて部屋の外に出た。
龍弥はどこにいくんだと様子が気になって,一緒に外に出た。
「おい、どこいくんだよ」
「トイレです!」
少しキレ気味に言うと、同じくして龍弥もトイレに行き、出入り口で鉢合わせする。
向い合うとそのままの白狼龍弥がメガネを外した状態で目の前にいた。
「あのさ、白狼龍弥なんだよね?」
「……誰それ」
「白々しい……」
「あ、そういや、これ、学校でも聞いたけど、やっぱり落としたんでしょう」
バックの小さなポケットに入れてたキーホルダーを出して問う。
心置きなく言えると思った龍弥は素で話す。
「返せよ!」
「やーだよ。本当のこと言わないと返せません」
「卑怯だぞ」
「どーぞ。ご自由に。私は返しません」
「いいさ。そうだよ、俺は白狼龍弥です。さぁ、これで文句ないだろ。返せって」
手の中にシャラッと落とす。
「なんでそんなにそれが大事なの」
「教えません。絶対教えるもんか」
自分のバックに大事そうにしまう龍弥。
「なになに、痴話喧嘩? 2人ともそんな仲良かったわけ?」
宮坂が部屋の外に出てきた。
「違います」
菜穂は言う。
「違うって」
龍弥は言う。
「ふーん。んじゃ、付き合ってないんだ?」
「そうですよ。付き合いませんよ。クラスメイトなんかと」
「クラスメイトなの?」
「ええ。まぁ、今知りましたけど」
「ほう、面白いね」
宮坂は、菜穂の横に立って、肩に手を添える。
「それじゃあ、俺は菜穂ちゃんと付き合っちゃおうかな。ね、いいでしょ。番号交換してるし、ねぇ、龍弥くん。全然問題ないよね??」
「…ああ。いいじゃないですか。俺は全然部外者ですし。ただのクラスメイトとフットサルの師弟関係ってだけですから。お気にせず……」
龍弥は無性にイライラして、元の部屋に戻って行った。
菜穂は宮坂に掴まれた肩が若干震えていた。
「菜穂ちゃんって、付き合うの初めてなの?」
「ええ、まぁ、そんなとこです」
肩の次は手足が震えてる。
「俺で大丈夫だった?」
「全然、問題ないですよ。本当、ありがとうございます」
緊張しすぎてカタコトになっていた。
「そっか。ありがとう」
宮坂はそっと額にキスをした。
慣れていない菜穂はザザッと壁の方まで体を避けた。鳥肌が立つ。
「菜穂ちゃんって面白いね。鳥みたい。ねぇ、今から抜け出さない? もう、いいでしょ。一緒に外行こう?」
「え、ああ。はい。行きましょう」
声がうわずっていたが、そのまま宮坂の言うとおりに着いて行った。
緊張しすぎて何を話していたか忘れるくらいだった。
その頃の龍弥は、思いっきりパンクな歌でシャウトしまくっていた。
案外盛り上がっていた。
龍弥は昇降口前で、呼び止められた。
「白狼くん、帰るのってどっち方向だっけ」
まゆみが慌てて、外靴に履き替えて、走りよって声をかける。
まゆみは、白狼のことを今まで陰キャラだから関わりたくないとか言っていたくせに、包帯をして、髪が銀色にブリーチしている頭と巻いている包帯から見え隠れする思いっきり開けたであろうピアスの左耳を見えただけでこのありさま。
人を外見で判断するんだとまゆみのちょっと嫌な部分が見えて菜穂は意気阻喪した。
菜穂と一緒に過ごすのはもしかしたら、まゆみ自身をよく見せるためだったかもしれないと予測する。
そばかすと猫毛のくねくね髪。
垂れた眉、離れた目。小さな鼻。
メイクさえもできない自分のそばにいるだけでまゆみは引き立つから。
まゆみは、元々猫みたいに目も大きくて、鼻も高く、唇はぷっくりしてて、小顔で髪もふわふわにパーマして可愛いのに、どうして自分と一緒にいるのかだんだんわかってきたかもしれない。
菜穂は、嫌気がさして、2人の尻目にその場から立ち去った。
親友だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。
まゆみは音楽を聴いて無視し続ける白狼をめげずに話しかけると、ふと振り返ると菜穂が見えた。
まゆみは眼中にない。
そばにいるけれども、自分には、話しかける権利なんてない。
龍弥にとって学校にいる自分には、自信が無かった。
話しかけたとして、何ができるか。
何もできない自分を想像する。
首を振って、目の前の景色を見た。
下を向くと、まゆみが懇願するように何度も話しかけてくる。
面倒だなぁと思いながら、仕方なく、イヤホンを外して、受け答える。
「……何?」
「やっとこっち見て、話してくれた。あのさ、今、聴いてる曲ってなんなの?」
「えっと……。オルゴール……」
絶対に興味持たないだろうと思う曲を言ってみた。本当はJPOPの人気曲をオムニバス聴いていた。
確かに何の曲のタイトルかと聞かれても答えられない。
「ふーん。オルゴール……眠れるね!」
まゆみは、思いつく返事を絞り出した。その返事を聴いて頑張ってるなぁと思って、ふと笑みがこぼれた。
「んなわけないっしょ」
普通に会話してる。龍弥はただ一つのイヤホンをまゆみの耳に当ててみた。
「…なんだ。新曲だし、A b oじゃん。え、あと、有里…。うーんと、これは…。スピッシね。アニメの映画主題歌の。結構、メジャーな曲聴いてるね。オルゴールなんて、嘘じゃん」
昇降口から続く坂道を校門までまゆみと歩いた。
まゆみとは、クラスメイトだということはうっすら知っていたけど、こんなに話すのは初めてだった。
会話の内容としては、誰とでも話せる話題の音楽のことだった。
当たり障りない話で多少のストレス発散ができた。
好みの音楽の趣味は違っていたが、メジャーなものは聴いてるらしい。
好きじゃないものも聞くのは、話題に乗っからないと会話に入っていけないからというのは同じ理屈だ。
まゆみも表面上の付き合いも多く、人付き合いは薄く広くだと言っていた。
なかなか本音で話せる子はいないねとも。
どこか共感できるところがあった。
龍弥は、フットサルのメンバーは広く浅くを心がけているが、学校内の友人関係は一切の関係を築き上げていない。
むしろ、浅くも入っていない。
真っ平で過ごしていきたかったが、この様子ではフットサルクラブと同じような自分じゃない誰かを演じないといけないなと考え始めた。
その中でも菜穂の前では、2通りの自分を見られてしまう。
どれが本音で建前かバレてしまうことを恐れた。
いっそのこと、建前のままか、本音のままか。
たかが、クラスメイト。
されど、クラスメイト。
土曜日には、フットサルメンバーとのカラオケがある。
この耳につけた包帯を外すことはできない。もう、バレることを諦めて、どちらの自分で行くか明かすしかないんだろうなと考えていた。
「白狼くん! どこ見てるの?」
ぼーっと違うことを考えていた。まゆみは顔の目の前に手を振った。
「あ、ああ」
「そういや、その怪我。どうしたの?耳なのかなぁ。血、出たの?」
まゆみは心配そうに血が滲み出てるところに指差す。
「あ、これ。うん、まぁ、耳のけがだね」
右耳の方をまゆみはそっと触れようとするが、龍弥はそれに気づいて、パチンと手を払って睨みつけた。
「ご、ごめん。まだ痛いから、触らないでくれるかな」
「あー、ごめんね。気になっちゃって…。私、帰る方向あっちだから。んじゃ、お大事にね」
まゆみはY字路の左側を指差して、去っていく。
龍弥は、不機嫌そうに、黙って、ポケットに両手を入れながら、右側の道路に歩いていく。
つくづく人間関係を築くのは面倒だなと感じる。
良いなぁと思ったり、嫌だと思ったり、信じていた人が裏切ったり、ため息がとまらない。
道端の石ころを蹴飛ばした。
石ころはコロコロと側溝の隙間に入っていく。次の石ころはサッカーのように何度も蹴り飛ばせる。
こんなことしたいわけじゃない
でもやってしまう
石ころ転がしの
暇つぶし。
自分は何したいのか。
右耳がかゆくなる。
****
1人部屋のベッドからドンっとずり落ちた。
カーテンから日が差し込んでいる。
今日は、何曜日で今、何時だっただろうか。
ベッドの下に落ちたスマホを探す。
埃っぽい床にいつ使ったものか分からないくちゃくちゃになったフェイスタオルに埋もれていた。
アラームが消えている。無意識に音を消していた。午前9:40の表示に目を見開いた。
今日の約束の時間は午前10時。あと20分しかない。慌てて、部屋のドアを開けて、階段を駆け降りた。
「あれ、お兄。珍しい。今日、バイト無いの?」
いろはが食卓で遅めの朝食を食べていた。
いつもの土曜日は朝早くに出て、バイトに出ていた。
今日は、カラオケの予定のため、バイトのシフトは入れてなかった。
頭にはまだ包帯が巻かれている。
スプレーシャンプーをして頭の匂いをごまかした。
外の庭では、祖母と祖父が庭の手入れと洗濯物を干していた。
こんな時間に起きることは滅多になかった。体が疲れているのだろうか。
「朝ごはん、いらないの? おばあちゃん、今朝はピザトースト作ってくれたみたい」
いろはは、自然に龍弥に話しかけるが、相変わらずまともに話さない。
冷蔵庫にある牛乳をコップ1杯飲んで、部屋に戻り、急いで上下の服を揃えて、着替えた。
「ねぇ、今日、お昼は外で食べるの?夕飯は?」
玄関で靴紐スニーカーを履きながら言う。鏡を見ながら、髪形を気にする。
「どっちもいらねぇ」
その一言を話すとフックにかけておいたヘルメットをかぶった。
バイクのエンジンをかける。
これからどこか出かけるんだろうと祖父母は何も言わずに見守っている。
グルッと駐車場で転回して、バイクを走らせた。
低い音から3段階にブゥーンとバイクの走る音が響き渡った。
駅前にあるカラオケの受付付近では、フットサルのメンバーがたまっていた。待ち合わせ時刻より少し遅れていたようだ。
いや、みんなが集まるのが早かったんだろう。
入り口の扉が半分開いていて、宮坂が、電子タバコを吸っているのが見えた。奥にも女子たちがいるのが、バイクから見えた。
駐車場にバイクとヘルメットを置いて、鍵をポケットに入れた。
バックを肩に背負い直した。きっとみんなに言われるのはどうしてフットサルに来なかったことと、包帯をしているんだと言うことだろう。
「ちいーす。みんな揃ってるんすか?」
なんでもない顔して中に入っていくみんなはジロジロとこっちを見る。
「お?え? 龍弥くん? 何、その頭。何したん? しばらく顔出さないなと思ったら、けがしてたの?」
宮坂が電子タバコの吸い殻を携帯灰皿に入れた。その質問には、冷や汗をかいて頷いた。
「え?返事ってそれだけ。いつもと違うね、どうしたん?疲れてる?」
宮坂はあっけに取られる。
(あ、やべ。学校と同じになってしまうや。えっと、フットサルでは…。ん、1週間ぶりでどんな感じだったか忘れたな…。)
「龍弥くん。来たんだね。君がいないとまとまらないから、困ってたよ。まだ受付すら、してないから、よろしくぅ」
齋藤瑞紀が話す。
「本当、そう。無理だよ。このメンバー。年上の人いるけど、年下メンバー多すぎてまとまらない?マジウケるんですけど……。ねぇ?」
「誰のこと言ってるの?亜香里ちゃん。絶対俺らのことディスってるよね。」
下野がお手洗いから戻ってきて、言い始める。このメンバーの最年長は、嫌われていて、まとめきれずにいた。
亜香里と相性がよろしくないようだ。
大学生3人のリーダーは亜香里のようで、亜香里次第で事が動くらしい。
「あれ?滝田は?知らない?」
龍弥は周りを見て言う。
「ちびっこくんだよね。まだ来てないみたいですよぉ」
おもむろにメガネをハンカチで拭く優奈は、辺りを見渡して言う。
「ちょっと、龍弥くん。菜穂ちゃんも来てないよぉ」
宮坂が残念そうに言う。
「あ、確かにいない。誰か連絡先って…。俺、知らないんだった」
「実は…交換しちゃってました。ぼくぅ。なんつって。今、かけてみるわ」
宮坂が菜穂のライン電話を鳴らしてみた。電話に出ながら、慌ててカラオケのドアを開けたのは菜穂だった。
「はい? ん。あ、ごめんなさい。今、着きましたぁ。…ん?え、あ。あーーーー」
電話にも出て、ドアも開けて、集団の中に埋もれてる頭に包帯を巻いた龍弥を見つけて、案の定と言わんばかりに指をさした。
「菜穂さん、人を指さしちゃいかんよ」
宮坂が菜穂の指をそっとおろした。
「え、だって、宮坂さん。この人、え、双子の兄妹とかいないですよね。ドッペルゲンガーとかでもないですよね。昨日、学校で…ちょっと待って。やっぱそうだよ。うん。伊藤じゃないし」
「…はぁい。カラオケフリータイム8人でお願いします。お酒は無しで大丈夫です。はい、ドリンク制ですね、はい、みんな、メニュー見て、注文してねー」
いつの間にか、菜穂のことは完全にスルーする龍弥は、カラオケ店員に受付していた。ワンドリンク制ということで、メニュー表を手際よく、配り始める。
「え、だから、私の話、無視……」
「しっ!」
急に龍弥は菜穂の口元に静かにのポーズで指をあてる。
(はぁ?!)
菜穂は納得できない。この状況でスルーしようとしてるのか。怒りが込み上げる。
「はい、何、頼むの?」
「えっと…クリームソーダ」
「はい、クリームソーダね。俺は、黒烏龍茶かな。ちょっとお腹周りが気になり始めて…。ってはい、下野さんは?」
全然太ってもいないし、筋肉ムキムキのくせにお腹が出てると嫌味を言った。
龍弥は次々と注文を聞いて、先に受付を済ませておいた。
どさくさまぎれに菜穂は注文していた。なんだか、流されていることにイライラが止まらない。
「俺は、アイスコーヒー頼んでくれる?」
「okっす。えっと滝田はまだ来てないから、あとで連絡してみますね。他の女子は大丈夫っすか。ミルクティとルイボスティ、えっと梅昆布茶?渋いっすね。はい。注文はこんなもんかな。滝田の分は多分コーラってことで、よろしくお願いします」
店員は、タブレットで注文を承った。部屋番号は22号室に決まったようだ。
空いている希望の機種はジョイボイスしかなかったようだ。
「はいはい。みなさん、こちらです。行きますよぉ。22号室です」
龍弥はバスガイドのごとく、案内する。
「何それぇ、めっちゃうけるんですけどぉ」
亜香里に受けていた。
優奈と瑞紀は何とも思わずに去っていく。
「……」
菜穂はご機嫌斜めに先を進める。
「菜穂ちゃん、そんなムスッとしないでさ。楽しもう?」
宮坂が菜穂の肩を軽くぽんと叩く。
「は、はぁ」
ほぼ、はじめましての人が多い中、何だかぎこちない菜穂。来ない方が良かったかなと来て早々感じてしまった。
このメンバーで歌なんて歌えない。
「はい。次々、曲入れててね。あと、すぐに飲み物運んでくれるから。悪い、俺、滝田に電話してくるから。みんな先に歌ってて!」
マイクやタブレットをテーブルに並べると龍弥はドアを開けて、部屋の外に出て電話をかけた。
菜穂はチラチラと雰囲気になじめず部屋の外を気にする。そうしている中で、飲み物が到着した。
大学生3人のメンバーの中の2人は、ノリの意味も込めて大人数アイドルの曲を何曲か入れ始めた。
下野は、昔のバラードを1人で歌うようだ。
宮坂は最近のインディーズバンドの知らない曲を入れた。
どんどん曲数が増えていく。
菜穂は決めかねていた。目の前にタブレットが置かれる。クリームソーダのアイスの部分を食べようとした。そこへ、龍弥が電話を終えて、菜穂のクリームソーダのさくらんぼを持って行った。
「うまそ」
「ちょっ!私の楽しみのさくらんぼ奪わないで!」
「もう遅い」
舌をぺろっと出して、さくらんぼの種を出してみせた。
「うわ、汚い。ちょっとここに置いて」
たまたまあった小皿を差し出した。
「はいはい。ほらよ。……滝田、来ないんだってさ。風邪引いて熱あるから無理って言ってたわ」
「……そう」
ストローでズズッとクリームソーダを飲んだ。頬を膨らませて機嫌が悪い。
「はぁ~。マジあっちキツいんだわ」
「は?」
「香水キツいの。俺、あの匂い無理だ。ここなら平気だもんね」
黒烏龍茶を氷ごと飲んだ。
「……悪かったわね。オシャレじゃなくて」
皮肉に聞こえた菜穂はそんなことしか言えなかった。
「別にそんなつもりで言ってねえし。自意識過剰だな」
氷をバリボリ噛む龍弥。全然菜穂のことなんて言ってない。
「……帰りたい」
目がイキイキとしていない。
「菜穂ちゃん、来たばかりだよ。何か食べ物でも頼んだら?」
宮坂が気を使ってメニュー表を出してくれた。
「…フライドポテトと唐揚げが食べたい」
「はいはい。注文しておくよ」
今は、便利な時代のようで電話で注文でなく、手持ちのスマホを起動して、カラオケ店専用アプリで食事の注文ができるようになったようだ。早速、ポチッと押すとあと何分でお届けですと表示もしてくれた。
「めっちゃ便利ですね。楽じゃないですか」
「そうだね。これはスマホないと不便だよ、龍弥くん」
「そうっすね」
棒読みに答える。
「龍弥くん、全然曲入れてないよ。ほら、好きなの入れて」
亜香里がタブレットを手渡す。
「わかりましたよ。んじゃ、これで」
送信ボタンを押して、自分の番が来るのを待った。
相変わらず、さっきからずっと龍弥は菜穂の近くから離れようとしない。
香水の匂いがキツいからという理由でこっちにいるのいいけど、近距離すぎていやになる。
「ちょっとトイレ行ってきます」
菜穂は、宮坂に小さい声をかけて部屋の外に出た。
龍弥はどこにいくんだと様子が気になって,一緒に外に出た。
「おい、どこいくんだよ」
「トイレです!」
少しキレ気味に言うと、同じくして龍弥もトイレに行き、出入り口で鉢合わせする。
向い合うとそのままの白狼龍弥がメガネを外した状態で目の前にいた。
「あのさ、白狼龍弥なんだよね?」
「……誰それ」
「白々しい……」
「あ、そういや、これ、学校でも聞いたけど、やっぱり落としたんでしょう」
バックの小さなポケットに入れてたキーホルダーを出して問う。
心置きなく言えると思った龍弥は素で話す。
「返せよ!」
「やーだよ。本当のこと言わないと返せません」
「卑怯だぞ」
「どーぞ。ご自由に。私は返しません」
「いいさ。そうだよ、俺は白狼龍弥です。さぁ、これで文句ないだろ。返せって」
手の中にシャラッと落とす。
「なんでそんなにそれが大事なの」
「教えません。絶対教えるもんか」
自分のバックに大事そうにしまう龍弥。
「なになに、痴話喧嘩? 2人ともそんな仲良かったわけ?」
宮坂が部屋の外に出てきた。
「違います」
菜穂は言う。
「違うって」
龍弥は言う。
「ふーん。んじゃ、付き合ってないんだ?」
「そうですよ。付き合いませんよ。クラスメイトなんかと」
「クラスメイトなの?」
「ええ。まぁ、今知りましたけど」
「ほう、面白いね」
宮坂は、菜穂の横に立って、肩に手を添える。
「それじゃあ、俺は菜穂ちゃんと付き合っちゃおうかな。ね、いいでしょ。番号交換してるし、ねぇ、龍弥くん。全然問題ないよね??」
「…ああ。いいじゃないですか。俺は全然部外者ですし。ただのクラスメイトとフットサルの師弟関係ってだけですから。お気にせず……」
龍弥は無性にイライラして、元の部屋に戻って行った。
菜穂は宮坂に掴まれた肩が若干震えていた。
「菜穂ちゃんって、付き合うの初めてなの?」
「ええ、まぁ、そんなとこです」
肩の次は手足が震えてる。
「俺で大丈夫だった?」
「全然、問題ないですよ。本当、ありがとうございます」
緊張しすぎてカタコトになっていた。
「そっか。ありがとう」
宮坂はそっと額にキスをした。
慣れていない菜穂はザザッと壁の方まで体を避けた。鳥肌が立つ。
「菜穂ちゃんって面白いね。鳥みたい。ねぇ、今から抜け出さない? もう、いいでしょ。一緒に外行こう?」
「え、ああ。はい。行きましょう」
声がうわずっていたが、そのまま宮坂の言うとおりに着いて行った。
緊張しすぎて何を話していたか忘れるくらいだった。
その頃の龍弥は、思いっきりパンクな歌でシャウトしまくっていた。
案外盛り上がっていた。