そんなことを聞かれても、僕にはわからないよ、という顔を乃蒼に向けた。僕だって解決策なんて知らない。答えを知りたいのはこっちのほうだと言ってやりたかった。けれど、彼女はそういう弱音を僕に吐きたかったわけじゃないだろう。それくらいわかっているし、僕も乃蒼の気持ちに応えてあげたかった。ただ、うまく言えないだけのことで。
「わからない。わからないけれど、ずっとここにいたらいいさ。そしたら、何も変わらない」
これらはすべて物語の中の話でしかない。そうなると決まったわけじゃない。乃蒼はずっとここにいればいい。ずっといてほしい。
返事はなかった、それが問題の先送りでしかないと僕はわかっていたし、彼女もわかっているのだ。
三分経った。二人でラーメンをすする。
「でも、私の目が覚めないことで、向こうの世界にいる誰かに迷惑がかかっているんだよね? きっと。病院の人とか。友だちとか。親戚とか」
家族という言葉を乃蒼は使わなかった。そこに彼女の本音が滲んでいるような気がして心が苦しくなった。
乃蒼の家庭環境は複雑だ。それが元で、彼女は自分のことで他者に負担をかけたくないと常に思っている。それがたとえ、並行世界の話だとしてもやはり気になるのだ。
「私は嫌だな。自分が寝ている間に、誰かに迷惑をかけているなんて」
「じゃあ、どうするの?」
「立夏は、どうしたらいいと思う?」
乃蒼はカップ麺の容器に割りばしをゆっくりと置いた。答えを探るように、静かな湖面を見つめるようにしてしばし静止していた。
「向こうの世界のことなら、向こうの世界の人たちがなんとかするさ。ここにいる君が心配することでもない。――乃蒼は、向こうの世界に帰りたいの? 僕一人をこの場所に残して?」
この先、物語の通りになると決まったわけでもないのに、僕は何に駄々をこねているのだろう。第一、自分本位な考え方だ。こんなのは僕のワガママでしかない。一番困惑しているのは彼女なのに。
「そういうわけじゃないけど」
案の定、困った顔をされた。
「私だって、このままでいられるならそうしたいよ」
「僕だってそうだよ。ずっと乃蒼のそばにいたい。だから……」
だから? その先は? もう、自分でも何を言おうとしているのかわからなくなっていた。ただ、彼女の手を離したくないという想いだけがあった。
「まずは、今できることをしよう」
「うん……」
薄っぺらい台詞だと自分でも思う。
人は、自分が信じてもいないことに、努力できるはずがない、という言葉がある。まさにそれと同じだ。この状況を打開するためには、今起きていることを正確に知らなくてはならないのだ。
食べ終えたカップ麺の空容器を片付けるため乃蒼が一度立った。
キッチンから戻ってくると、ノアが僕の真横に座る。心なしか、いつもより距離が近い。
乃蒼の今日の服装はミニスカートだ。嫌でも露出している太ももに目がいった。
乃蒼が髪をかき上げた。コロンの甘い匂いがした。僕の肩に乃蒼の頭が乗る。普段よりも大きく感じる息遣いに意識が引っ張られた。
不意に手を握られた。その柔らかさに驚いて隣を見ると、彼女と正面から目が合った。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、あらゆる角度から乃蒼の存在を感じる。頭の中が乃蒼で満たされて、くらくらしてくる。
「あのね立夏」
艶っぽい声だった。
「うん……」
「私ね、この二日間ずっと考えていたの。もしこのまま立夏と離れ離れになったらどうしようって。そう考えただけで不安になって」
潤んだ瞳が僕を見つめている。その目に吸い込まれそうになった。
「僕もだよ。僕もずっと乃蒼のことを考えていた。この二日間だけじゃない。もしかしたら、君と初めて出会った日からずっと」
「うん。私も、だよ」
「僕はたぶん、乃蒼に嫉妬していた」
乃蒼が瞳を大きく見開いた。僕のカミングアウトが、意外だったのだろうか。でもすぐに、覚悟を決めた顔で「うん」と頷いた。
「高校時代、たぶん僕はうぬぼれていたんだ。有名な小説家を父に持っているのだから、僕は実力があるのだと。実際に、僕は決して下手ではなかったとも思う。けど、乃蒼は全然違った。そんな僕を、初見から置き去りにしていく存在だった」
「そんな、私は」
「いいんだ。それは僕が勝手にそう思っていただけで、乃蒼が悪いわけじゃない。乃蒼の小説があまり売れなかったときも、このあたりで一度壁にぶつかるべきなんだ、くらいのことを無責任に思っていた。間違いなく、それは醜い嫉妬の感情だった」
「それを立夏はずっと気にしていたの?」
「うん……ごめん」
でもね。
「同時に、すいすい傑作を書き上げていく乃蒼に憧れてもいたんだ。小説に向き合う姿勢からして違うことに気づいたとき、特に強くそう思った。だから、君と再びこうして出会えて嬉しかった。僕は、乃蒼と一緒に小説が書けて楽しかったんだ」
この先、世界がどうなってしまうかはわからない。
乃蒼のことを、忘れてしまうのかもしれないし、むしろそうなったほうがいいのかもしれない。
けれど、彼女への想いは本物だった。それだけは確かなことだった。
だから――僕は言う。
ずっと伝えたかったことを。
これまで彼女に言えずにいたことを。
「これで終わりにしたくない」
自分の気持ちをごまかすための贖罪なんかよりも、何よりも――。
彼女のために言ってやりたかった言葉だ。
「この先、乃蒼の元にどんな運命が降りかかってくるのかわからないけれど、どんなことがあっても僕が側にいる。側に……いてほしい」
「えっと、それは……」
乃蒼が少したじろいだ。
「ずっと前から好きでした」
やっと、言えた。
ずっと抱えてきた思いを告白したことで、気持ちが楽になっていた。
「――?」
乃蒼が息を呑む音を最後に、周囲から音が消えたように感じた。いや、それは気のせいだ。こんなにも、僕の鼓動の音がうるさいのだから。
乃蒼が瞳を瞬かせる。時間が静止したみたいに彼女はそれきり動きを止めた。
数秒ののち、勢いよく立ち上がって、彼女がトイレに駆け込んだ。
バタンという音がして、静寂がおとずれる。
なんだろう、これ。失敗してしまったのだろうか。
自己嫌悪していると、ややあってトイレから乃蒼が出てくる。手を洗う音がして、再び隣に座った乃蒼の顔は心なしか赤い。
えっと、立夏、と彼女が言った。
「もう一度言ってくれる?」
「うん」と僕は頷く。一言一句違わず先ほどの台詞を繰り返す。すると彼女は恥ずかしそうに頬を染めて俯きながら、囁くようにこう言ったのだ。
「私も、ずっと前から好きでした」と。
「ほんとに?」
「冗談でこんなこと言わないよ」
「良かった。ずっと片想いだと思っていたから」
「私も」
彼女が僕の肩に頭を預ける。その体温が愛おしい。僕も彼女の頭に自分の頬をくっつけた。お互いの吐息が感じられるほどの近さだった。
「ようやく、恋人同士になれたね」
乃蒼が言うので、僕は頷く。彼女を抱く腕の力を少し強めたら、同じだけ抱き返された。
二人の目が合う。ごく自然に二人の顔が近づいて、僕たちは初めてのキスをした。
――たぶん。このとき僕は焦っていたんだ。僕だけではなくてきっと乃蒼も。残されている時間が、決して多くないことをお互いに察していたから。
乃蒼が僕の手を握って自分の胸に押し付けた。柔らかい感触と心臓の鼓動を手のひらで感じる。それはとても速くて、とても熱い。
「ねえ、立夏。……私、今すごくドキドキしてる。どうしてかわかる?」
乃蒼の顔は真っ赤に染まっている。彼女が興奮しているのが伝わってくる。
「僕と同じ理由であれば、わかるよ」
乃蒼が目を閉じて顔を寄せてくる。キスがしたいんだ、とわかったので僕のほうから唇を重ねた。それは、さっきよりも長くて、深くて、たまらなく気持ちがいいキスだった。
乃蒼をベッドに連れていき、組み敷いた。彼女の首筋にキスをしながら、服を脱がせていく。乃蒼も僕を受け入れてくれているらしく、背中をぎゅっと抱きしめてくれた。
「立夏……」
乃蒼が僕の名前を呼んだ。彼女の目を見たくて、僕は上体を起こす。
「立夏……私……わたし……」
「うん」
乃蒼は泣いていた。彼女の不安を拭うために、もう一度口づけをした。今度はやさしく唇に触れるだけのキスだった。彼女の顔を両手でそっと包むと、自分の額を乃蒼の額にくっつけた。
「きっと大丈夫」
そう言って笑いかけることしかできなかった。乃蒼は鼻をすすりながら小さく頷いた。
僕らはそれからずっとベッドの上で抱き合った。互いの存在を確かめ合うように、何度も唇を重ねた。二度、三度と回数を重ねて、徐々に激しくなっていった。そのたびに、僕は「乃蒼が好きだ」と告白した。彼女はそのたびに「私も立夏が大好き」と答えてくれた。それはとても甘やかな響きだった。
理性では抗えないほどの本能的な衝動に突き動かされながら、僕は乃蒼を愛したし、乃蒼も僕を愛してくれたと思う。
行為を終えたあとも、僕たちは抱き合ったままでお互いの熱を感じていた。その肌は溶け合ってしまいそうなほどに熱かったが、僕はしばらく乃蒼から離れたくなかった。それはたぶん、乃蒼も同じだったろうと思う。彼女はずっと僕の腕の中で震えていたから。だから僕は彼女を強く抱きしめたまま離さなかった。
「立夏。私の姿、見えてる?」
小さな声で、乃蒼が言った。
「……? 見えているよ。当たり前だろ」
「そっか。良かった」
「変な奴」
この先のことは考えたくなかった。今はただ、この温もりを手放したくないと思った。この瞬間だけは永遠であってほしいと願った。
――それは、とても熱くて長い夜だった。僕たちが体でつながったのは、これが最初で最後になった。
*
「わからない。わからないけれど、ずっとここにいたらいいさ。そしたら、何も変わらない」
これらはすべて物語の中の話でしかない。そうなると決まったわけじゃない。乃蒼はずっとここにいればいい。ずっといてほしい。
返事はなかった、それが問題の先送りでしかないと僕はわかっていたし、彼女もわかっているのだ。
三分経った。二人でラーメンをすする。
「でも、私の目が覚めないことで、向こうの世界にいる誰かに迷惑がかかっているんだよね? きっと。病院の人とか。友だちとか。親戚とか」
家族という言葉を乃蒼は使わなかった。そこに彼女の本音が滲んでいるような気がして心が苦しくなった。
乃蒼の家庭環境は複雑だ。それが元で、彼女は自分のことで他者に負担をかけたくないと常に思っている。それがたとえ、並行世界の話だとしてもやはり気になるのだ。
「私は嫌だな。自分が寝ている間に、誰かに迷惑をかけているなんて」
「じゃあ、どうするの?」
「立夏は、どうしたらいいと思う?」
乃蒼はカップ麺の容器に割りばしをゆっくりと置いた。答えを探るように、静かな湖面を見つめるようにしてしばし静止していた。
「向こうの世界のことなら、向こうの世界の人たちがなんとかするさ。ここにいる君が心配することでもない。――乃蒼は、向こうの世界に帰りたいの? 僕一人をこの場所に残して?」
この先、物語の通りになると決まったわけでもないのに、僕は何に駄々をこねているのだろう。第一、自分本位な考え方だ。こんなのは僕のワガママでしかない。一番困惑しているのは彼女なのに。
「そういうわけじゃないけど」
案の定、困った顔をされた。
「私だって、このままでいられるならそうしたいよ」
「僕だってそうだよ。ずっと乃蒼のそばにいたい。だから……」
だから? その先は? もう、自分でも何を言おうとしているのかわからなくなっていた。ただ、彼女の手を離したくないという想いだけがあった。
「まずは、今できることをしよう」
「うん……」
薄っぺらい台詞だと自分でも思う。
人は、自分が信じてもいないことに、努力できるはずがない、という言葉がある。まさにそれと同じだ。この状況を打開するためには、今起きていることを正確に知らなくてはならないのだ。
食べ終えたカップ麺の空容器を片付けるため乃蒼が一度立った。
キッチンから戻ってくると、ノアが僕の真横に座る。心なしか、いつもより距離が近い。
乃蒼の今日の服装はミニスカートだ。嫌でも露出している太ももに目がいった。
乃蒼が髪をかき上げた。コロンの甘い匂いがした。僕の肩に乃蒼の頭が乗る。普段よりも大きく感じる息遣いに意識が引っ張られた。
不意に手を握られた。その柔らかさに驚いて隣を見ると、彼女と正面から目が合った。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、あらゆる角度から乃蒼の存在を感じる。頭の中が乃蒼で満たされて、くらくらしてくる。
「あのね立夏」
艶っぽい声だった。
「うん……」
「私ね、この二日間ずっと考えていたの。もしこのまま立夏と離れ離れになったらどうしようって。そう考えただけで不安になって」
潤んだ瞳が僕を見つめている。その目に吸い込まれそうになった。
「僕もだよ。僕もずっと乃蒼のことを考えていた。この二日間だけじゃない。もしかしたら、君と初めて出会った日からずっと」
「うん。私も、だよ」
「僕はたぶん、乃蒼に嫉妬していた」
乃蒼が瞳を大きく見開いた。僕のカミングアウトが、意外だったのだろうか。でもすぐに、覚悟を決めた顔で「うん」と頷いた。
「高校時代、たぶん僕はうぬぼれていたんだ。有名な小説家を父に持っているのだから、僕は実力があるのだと。実際に、僕は決して下手ではなかったとも思う。けど、乃蒼は全然違った。そんな僕を、初見から置き去りにしていく存在だった」
「そんな、私は」
「いいんだ。それは僕が勝手にそう思っていただけで、乃蒼が悪いわけじゃない。乃蒼の小説があまり売れなかったときも、このあたりで一度壁にぶつかるべきなんだ、くらいのことを無責任に思っていた。間違いなく、それは醜い嫉妬の感情だった」
「それを立夏はずっと気にしていたの?」
「うん……ごめん」
でもね。
「同時に、すいすい傑作を書き上げていく乃蒼に憧れてもいたんだ。小説に向き合う姿勢からして違うことに気づいたとき、特に強くそう思った。だから、君と再びこうして出会えて嬉しかった。僕は、乃蒼と一緒に小説が書けて楽しかったんだ」
この先、世界がどうなってしまうかはわからない。
乃蒼のことを、忘れてしまうのかもしれないし、むしろそうなったほうがいいのかもしれない。
けれど、彼女への想いは本物だった。それだけは確かなことだった。
だから――僕は言う。
ずっと伝えたかったことを。
これまで彼女に言えずにいたことを。
「これで終わりにしたくない」
自分の気持ちをごまかすための贖罪なんかよりも、何よりも――。
彼女のために言ってやりたかった言葉だ。
「この先、乃蒼の元にどんな運命が降りかかってくるのかわからないけれど、どんなことがあっても僕が側にいる。側に……いてほしい」
「えっと、それは……」
乃蒼が少したじろいだ。
「ずっと前から好きでした」
やっと、言えた。
ずっと抱えてきた思いを告白したことで、気持ちが楽になっていた。
「――?」
乃蒼が息を呑む音を最後に、周囲から音が消えたように感じた。いや、それは気のせいだ。こんなにも、僕の鼓動の音がうるさいのだから。
乃蒼が瞳を瞬かせる。時間が静止したみたいに彼女はそれきり動きを止めた。
数秒ののち、勢いよく立ち上がって、彼女がトイレに駆け込んだ。
バタンという音がして、静寂がおとずれる。
なんだろう、これ。失敗してしまったのだろうか。
自己嫌悪していると、ややあってトイレから乃蒼が出てくる。手を洗う音がして、再び隣に座った乃蒼の顔は心なしか赤い。
えっと、立夏、と彼女が言った。
「もう一度言ってくれる?」
「うん」と僕は頷く。一言一句違わず先ほどの台詞を繰り返す。すると彼女は恥ずかしそうに頬を染めて俯きながら、囁くようにこう言ったのだ。
「私も、ずっと前から好きでした」と。
「ほんとに?」
「冗談でこんなこと言わないよ」
「良かった。ずっと片想いだと思っていたから」
「私も」
彼女が僕の肩に頭を預ける。その体温が愛おしい。僕も彼女の頭に自分の頬をくっつけた。お互いの吐息が感じられるほどの近さだった。
「ようやく、恋人同士になれたね」
乃蒼が言うので、僕は頷く。彼女を抱く腕の力を少し強めたら、同じだけ抱き返された。
二人の目が合う。ごく自然に二人の顔が近づいて、僕たちは初めてのキスをした。
――たぶん。このとき僕は焦っていたんだ。僕だけではなくてきっと乃蒼も。残されている時間が、決して多くないことをお互いに察していたから。
乃蒼が僕の手を握って自分の胸に押し付けた。柔らかい感触と心臓の鼓動を手のひらで感じる。それはとても速くて、とても熱い。
「ねえ、立夏。……私、今すごくドキドキしてる。どうしてかわかる?」
乃蒼の顔は真っ赤に染まっている。彼女が興奮しているのが伝わってくる。
「僕と同じ理由であれば、わかるよ」
乃蒼が目を閉じて顔を寄せてくる。キスがしたいんだ、とわかったので僕のほうから唇を重ねた。それは、さっきよりも長くて、深くて、たまらなく気持ちがいいキスだった。
乃蒼をベッドに連れていき、組み敷いた。彼女の首筋にキスをしながら、服を脱がせていく。乃蒼も僕を受け入れてくれているらしく、背中をぎゅっと抱きしめてくれた。
「立夏……」
乃蒼が僕の名前を呼んだ。彼女の目を見たくて、僕は上体を起こす。
「立夏……私……わたし……」
「うん」
乃蒼は泣いていた。彼女の不安を拭うために、もう一度口づけをした。今度はやさしく唇に触れるだけのキスだった。彼女の顔を両手でそっと包むと、自分の額を乃蒼の額にくっつけた。
「きっと大丈夫」
そう言って笑いかけることしかできなかった。乃蒼は鼻をすすりながら小さく頷いた。
僕らはそれからずっとベッドの上で抱き合った。互いの存在を確かめ合うように、何度も唇を重ねた。二度、三度と回数を重ねて、徐々に激しくなっていった。そのたびに、僕は「乃蒼が好きだ」と告白した。彼女はそのたびに「私も立夏が大好き」と答えてくれた。それはとても甘やかな響きだった。
理性では抗えないほどの本能的な衝動に突き動かされながら、僕は乃蒼を愛したし、乃蒼も僕を愛してくれたと思う。
行為を終えたあとも、僕たちは抱き合ったままでお互いの熱を感じていた。その肌は溶け合ってしまいそうなほどに熱かったが、僕はしばらく乃蒼から離れたくなかった。それはたぶん、乃蒼も同じだったろうと思う。彼女はずっと僕の腕の中で震えていたから。だから僕は彼女を強く抱きしめたまま離さなかった。
「立夏。私の姿、見えてる?」
小さな声で、乃蒼が言った。
「……? 見えているよ。当たり前だろ」
「そっか。良かった」
「変な奴」
この先のことは考えたくなかった。今はただ、この温もりを手放したくないと思った。この瞬間だけは永遠であってほしいと願った。
――それは、とても熱くて長い夜だった。僕たちが体でつながったのは、これが最初で最後になった。
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