プロローグ

 哘乃蒼(さそうのあ)が死んだ。
 あの日から、気がつけばもう半年が過ぎようとしている。
 彼女が死んだのは昨年の秋のことで、死因は、バス事故に遭遇したことによる出血性ショック死だった。遺体の損傷がひどく、葬儀の前に火葬を行い、遺骨の状態で弔問客(ちょうもんきゃく)を迎える骨葬(こつそう)というかたちが取られたのだという。
 僕は葬儀に参列することができなかったので、すべて友人から聞いた話だ。彼女と親しかった同世代の男女と、故人を(しの)んで何度か思い出話に花を咲かせたが、事故から半年が過ぎた今となっては、口にするものはほとんどいない。
 まるで彼女は最初からいなかったかのように、普段通りの日常が流れている。みんながみんな、そうであるとは限らないが、すでに大半の人はあの事故のことを忘れてしまったのだろう。
 だが、僕はそうではなかった。
 いまだに、彼女の死を引きずっているのだった。

 あの日の光景を、今でも忘れることができない。
 福岡にあるコスモス畑を見に行こうよと、あの日僕は乃蒼と約束をしていた。僕と乃蒼はバスに乗って、福岡を目指していた。
 僕たちを乗せているバスは、高速道路を速度を上げながら走っていく。いつの間にか、雨が降り出していた。フロントガラスを、ワイパーが乱暴にこすっていた。予定より遅れているのだろうか、右に左に車線変更を繰り返し、そのたびに車体が大きく左右にゆれた。
 ――それは、バスが佐賀県と福岡県の県境付近を走っていたときのことだった。
 なんだか怖いね、と乃蒼が呟いて、僕は異口同音に返した。
 しかし、恐怖は別のところから襲ってくる。
 バスの前方で、ブレーキランプが複数点灯した。事故による渋滞が発生していて、バスが急減速をした。渋滞を避けるため、ハンドルを切ってバスが車線変更をしたとき、後ろから迫っていたワンボックスカーが止まれずに突っ込んできたのだ。
 キキキキー!! という盛大なスキール音の直後にガッシャーン!! という音と激しい衝撃と振動が襲ってくる。
「キャーーーーーー!!」という悲鳴が近くで遠くで上がり、車体が大きく揺れて体が投げ出されそうになって。しかし、浮遊感はすぐに収まった。
 僕の隣、窓際の席に座っていた乃蒼が、僕の体を受け止めるみたいに抱きしめていたから。
 彼女の名前を呼んだ。
 彼女の背中に、ガラスの破片がいくつも刺さっていた。
 彼女が口から血を吐いて、強い衝撃が全身を襲って――そこから僕の意識は途切れている。
 次に目が覚めたとき、僕は病院のベッドの上にいた。僕もひどい怪我を負っていて、一週間近く生死の境をさまよっていたのだという。
 それは、乃蒼の火葬と葬儀とがすべて終わったあとのことで。
 あの日、乃蒼は僕を庇って死んだのだ。
 あの日のことを、僕は今でもずっと引きずっている。
 どうして、僕だけが生き残ってしまったのかと、後悔し続けているんだ。

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