「あー、また空振り」
マッチングアプリで知り合った相手が、ドタキャンしてきた。
服の写真送って、待ち合わせの時計台の前で立って待ってたんだけど、相手は1時間ほど経って「ごめん、忘れて」と言って、私はブロックされた。
時刻は、18時半。
また、同じこと起きたよ。
やっぱり、向いてないのかな。
相当心に来た。
もう、いいや。
そう思った時、横で同じく待ち合わせをしていたであろう人が、深くため息をついた。
「はぁ」
20代前半ぐらいだろう。
27歳の私と違って若そうに見える。
1時間近く待っていたことを私は知っている。
思わず私は声をかけた。
「大丈夫ですか」
「え?あ、あぁ、…大丈夫です、ただ彼女に振られちゃって、ほか行かれちゃってもう、別れ告げてブロックしちゃいました」
連絡先をブロックする理由なんて、色々あると思ってたけど、なんと悲しい出来事なのかと、お兄さんの気持ちが胸に刺さった。
「実は私も、マッチング相手にドタキャンされちゃって、頑張って恋愛始めようと思ったんですが、どうも相手に好かれてないみたいで、みんなドタキャンするんです、わたし、そんなにブスなんですかね」
聞かなくてもいいことまで口に出してしまった。
「そんな!こんな綺麗な女性なのに」
お兄さんは、私のことを綺麗だと言った。
驚いた。
言葉はお世辞に聞こえるのに、今までドタキャンしてきた人は、なんだったのかと思えるほど、彼は真面目な顔をしていたから。
「ほんとに、そう思うんですか」
それでも私は気になった。
「はい、これから少し話しません?良ければ少し呑みませんか?」
「え、いいんですか私で」
「ぜひお願いします。少し話したいんです。ほら、俺たちドタキャンされてますし、なんか食いたいですし、行きません?」
「私でよければ」
私たちは、焼き鳥を食べに居酒屋に入ることにした。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」
「2名で」
「奥のテーブル席どうぞ!」
奥のテーブル席に案内され、荷物を隣の席に置いて、向かい合って座った。
机の上には店員さんが持ってきたお冷が2つ。
「何食べます?適当に盛り合わせセットとかにしときますか?」
「そう、ですね。でも私ねぎま食べたいです」
「おいしいですよね、5本盛り合わせセットタレと塩とねぎま頼みますか。お酒は何いきます?」
「じゃあ、梅酒ソーダで」
「いいですね、じゃあ俺は生で」
「ビール飲めるんですね、私飲めなくて」
「自分も最近飲めるようになりました」
そう言って彼は「すいません」と店員さんを呼んだ。
彼はスムーズに頼み終えると、しばらくしてお酒が先に届いた。
「じゃあ、この出会いも何かの縁なので、この出会いを祝って」
───カコンッ
グラスとジョッキを合わせて、乾杯した。
ふたくち程度飲むと、私は口を開いた。
「彼女さんと、長かったんですか」
聞いてもいいのだろうか。
でも気になってしまった。
「半年記念だったんですよ、今日」
「え、それなのにほか行かれたんですか?あっ…ごめんなさい失礼なこと言って」
私は口に手を当てた。
「あーいえ、全然いいんです。事実ですから」
「ほんと、ごめんなさい」
私は顔を少し下げて謝る。
「気にしないでください」
私は顔を上げる。
彼は、少し寂しそうに笑っていた。
「私恋人できたことなくて、この歳まで来ちゃったんです、あ、もう27歳なんですけど、おばさんですよね」
「そんなことないですって、出会った時も言いましたけど、ほんと綺麗な女性だと思いますよ、少なくとも俺は好きです、あなたみたいな女性」
そんなこと言われると思ってなくて、目を見開いて、また驚いてしまった。
「ほら、そういう素直なところ、可愛いと思います。俺なんかが何言ってんのかって思うのかもしれないですけど」
「そこまでまっすぐ言われたことなくて、少し照れくさいですね」
彼はまっすぐと私と目を合わせて、思うことを伝えてくれた。
「喜んでくれたなら良かったです。元気なさそうだったから」
「あなたの彼女になれる人が少し羨ましいです、こんな素直でいい子、中々いないですよ。元カノさんは、惜しいことしましたね」
「俺は一途だったんですけどね、もういいんです。お姉さんと知り合うためのきっかけだったと今は思ってます」
彼はそう言い放って、つくねを口に運んだ。
私も話を聞きながら、ねぎまを口に運ぶ。
ねぎは甘くて、とろとろとしていた。
そしてお酒の弱い私は、グラスを半分飲んだぐらいで、酔いが回ってきて、頭の中もクラクラとしていた。
気づけば少しづつ呂律が回らなくなってきて、彼にだる絡みしていた。
「お兄さんはもっと伝えても良かったと思います!わたしなら言っちゃいますね、思うこと、もっと伝えてから切るなら切ればよかったと思うけどなぁ」
「ちょっと飲み過ぎですよ、そうですかね、もう寄り戻す見込みはないので、伝える必要も無いかと思ってました」
「それもそうかぁ…」
そう言いながらグラスを回して中の氷を揺らす。
「お兄さんは本当にこれでよかったんですか?」
「もう未練は無いと言ったら、あの時引き止めてればとか、過去のことも思うことはありますが、もう関係を続けたいとは思えません」
「お兄さんがそれでいいならいいんですけどねー?でぇも、そんな控えめなお兄さんがわたしはすきです!ほっとけないです!」
あれ、私何言ってるの。
「そんな心許したら持ち帰りされちゃいますよ、気をつけないと」
「お兄さんならいいです!」
私はそう言い放って机に腕を乗せて、その腕に顔をつける。
「俺はそんな、初めての恋人がそんな相手なんて嫌ですけどね、俺ならもっとゆっくりお互いを知ってからにします」
お兄さんは、私の顔にかかった乱れた長い髪に触れて、耳にかけた。
触れた手が優しくて、さっきまで感じることが無かった心臓がドキドキしてきた。
何この感情。
初めての感覚。
私は起き上がった。
「お兄さん、名前…聞いてもいいですか、いや、ですか」
「聞いてどうするんですか」
「私じゃだめですか」
「ちょっと考えさせて貰ってもいいですか」
そう言って彼は立ち上がった。
どこに行くのかと思ったら御手洗の入口へと入っていった。
「あー、絶対嫌われた。嫌われた以外にないよね」
もう、帰ろう。
私は会計のお金を確認し、財布からお金を取りだした。
4000円のお金を机の上に置き、伝票で飛ばないように押さえた。
初めに置かれたお水を飲み干すと、私は店を出た。
もう忘れよう。
しばらく恋は諦めよう。
私には無理だ、出来るわけない、私は失礼な言葉が多すぎる。
一気に踏み込みすぎるんだ。
ふらふらと駅に向かって歩き出した。
「あー、飲みすぎた。弱いのに」
しばらく歩いていると、後ろから声をかけられた。
さっきの人じゃないかと思ったけど、違った。
「かわいいね、そこの君ホテル行かない?」
それもいいか。
投げやりになってしまった私の心は、私には救える気がしなかった。
「いいよ、今日だけなら」
私は腰に腕を回されて、ホテル街へと連れてかれる。
「おい!まてよ、俺の彼女に何してる、触んな」
さっきのお兄さんが、走って私に触れる男から切り離してくれた。
そしてお兄さん脳での中へと引き寄せられたわたしは、先程感じたドキドキへと、脈が飛び始めた。
「なんだよ、彼氏持ちかよ」
そう言って、変な男は暗い細道へと消えて行った。
「遅くなってごめん」
彼は、私を強く抱きしめた。
「怖かったでしょ」
そう彼が言うと、私は涙が出てきた。
「こわかったんだ、私。分からなかった、もうどうでも良くなってた」
「自分大切にしなきゃ、俺が変なこと言い残してくから、勘違いしちゃったんだよね、ごめん」
私もう終わりだと思ってた。
ちがったんだ。
「お兄さんとは釣り合わないとおもう」
私は突き放した。
「それを決めつけるのは良くない。俺が一緒にいたい人は、俺が決める、友達からでいい、少しづつお互いのこと知ろうよ」
彼はやっぱり優しかった。
「私、そんなの言われたの初めて…私彼氏なんて出来たことないよ?いいの?」
「今日一緒にいて俺はお姉さんが居なくなって、もうお別れなのかと思って、超焦った、これ逃したら俺恋愛出来ないって思った」
彼は、抱きしめていた私から少し離れて、私の頭を撫でながら目を見て言った。
「そんなふうに思ってくれてたんだ」
「だから、俺と一緒にいて欲しい、2人幸せになろう」
そう言って私の手を取った彼は、目を細めてくしゃりと笑った。
「私で良ければ」