「俺たち結婚しようと思ってるんだ」
そんな一言と共に、私の初恋は終わった。
ひと学年上の幼馴染。優しくて、かっこよくて私の憧れだったひと。
その憧れはいつしか恋心へと変わって、振り向いて欲しくて必死だった学生時代には幸せな思い出が詰まっている。
メイクもファッションも勉強して、ダイエットもして。
それは全部貴方に綺麗だって言って欲しかったから。
私のことを妹みたいに思っていると言った貴方に意識して欲しかったから。
社会人になって、自分の力で生きていくようになってからはもっと自分磨きを頑張った。
頑張ったら頑張った分だけ報われると思ってた。
勉強も運動も頑張ればその分成果が出たから、恋も一緒だって思ってた。
だけど現実はそんなに甘くない。
貴方じゃない男の人ばかり惹きつけてそれなのに貴方はちっとも私に振り向いてくれなくて。
努力も恋も実らなかった。
「……っおめでとう。いと」
やっと絞り出したおめでとうはその言葉にそぐわない程震えていて情けなかった。
***
「茉白さん1番強いお酒ください」
行きつけのバーのカウンター席。
ロングカクテルを飲み干して、低い位置で綺麗な黒髪をまとめたマスター茉白さんに告げる。
空になったグラスの中で溶けかかった氷がカラリと音を立てる。
「えぇ?日向ちゃんお酒弱いでしょ。もう結構飲んでるし」
「いいんです。ください」
「ねえ、今日変よ?」
「変でいいです。今日はいっぱい飲むって決めてきたんです」
「…なんかあった?」
「失恋です」
「ヤケ酒?ここは居酒屋じゃないのよ。これ飲んだら帰りなさい」
茉白さんの玲瓏な声と共に差し出される紫のお酒が注がれたカクテルグラスが視界に入ってきてそれを手に取る。
「綺麗」
「ブルームーンって言ってね?ジンがベースになってるのよ」
「ジン……?度数は?」
「29くらい。高めね」
「ふーん」
口元にカクテルグラスを寄せてグッと喉に流し込む。
手元には一気に空になったグラス、心には虚しさが残るだけ。
カクテルを一気飲みするのはマナー違反だと、絃が初めて私をここに連れてきたときに教えてくれたのを思い出した。
「日向。ここにいたんだ」
大好きな声が聞こえて、大好きな彼が来てくれたんじゃないかって期待して。
そんなわけないのに声がした後ろを振り向いた。
「……なんだ。音か」
「なんだってなんだよ。……アイツじゃなくて悪かったな」
「絃のふりして喋りかけてきた癖に」
「お前俺のこと嫌いじゃん」
「嫌いだよ」
「でも見ただけで俺だってわかるんだな」
双子の兄のフリをして話しかけてきて、私が騙されると思ったんだろうか。
大好きな幼馴染と、大嫌いなこいつ。
2人は一卵性の双子で、初恋の人とこの憎らしい男はまさに瓜二つ。
私じゃなかったらきっと、騙されていた。
「……好きな人じゃないことぐらいわかる。音だからわかったんじゃない。絃じゃなかったからわかっただけ」
「そうかよ」
「なんでいるの」
「お前がどうせどっかでヤケ酒してると思って迎えにきてやったんだろ。いつもの居酒屋にはいなかったからじゃあここだと思って」
「何それ。馬鹿にしにきたの間違いでしょ。笑いにきたんでしょ」
「ちげぇよ。傷心中の日向がどっかで潰れてたらよくねぇと思ったんだって」
「余計なお世話!頼んでない」
「頼まれなくてもするわこんくらい」
「…っは、やさしいね?これでまんぞく?もう帰って」
「お前も帰るんだよ」
「いや。あんたとなんか帰らない」
「危ねぇだろ。帰るぞ」
嫌だと駄々を捏ねても結局手を引かれて、勝手に会計を済まされて。
そのまま店の外に出た。
「ありがとうございました!もういいから。タクシー捕まえて帰る」
「アホか。もう危ないだろ、うち泊まってけ」
「絃は」
「今朝でてった。やっと同棲するんだと」
「………そう」
勝手に手を繋いで歩き出した音の手を振り払う気も起きなくてそのまま着いていく。
家とは反対方向に足を進めて、夜風に吹かれて酔いがだんだんと覚めていく。
「……ねぇあんたは絃に彼女がいるって、婚約者がいるって知ってたんだよね」
「知ってたな」
「なんで教えてくれなかったの」
「絃がお前にはまだ言わないでほしいって言ったから」
「ブラコンかよ」
「ちげぇよ」
「………滑稽だったでしょ」
「何が」
「私が絃を好きだってことも知ってたんだから。どうせ私の話聞きながら心の中では笑ってたんでしょ。馬鹿にしてたんでしょ」
大嫌いなヤツの前で泣くなんて嫌なのに、自分がみっともなくて、恥ずかしくて、思い返すだけで滑稽で。
情けなくて涙が溢れ出す。
「そんなことねぇよ」
「嘘言うな」
「もったいねぇとは思ったけど、でも笑ったことなんかない」
突然立ち止まる音の背中にぶつかって、顔を上げる。
気がつけば何度も来たことがある家についていて、鍵がガチャリと回った。
まっすぐな目が私を見ていて、逃げるように玄関へと足を踏み入れる。
「嫌い」
まっすぐな目が嫌い。
どう頑張っても私は絃の視界に入れなかったのに。こいつは私を見てくれるから。
同じ顔、同じ声。同じ優しさ。
なのに違っていて、違うところだっていっぱいあるのに同じだから。
だから私は音が嫌いなんだ。
「知ってるよ。知ってる」
「なんで優しくすんの?絃と同じ見た目で、優しくしないで」
「ごめんな。そっくりで」
理不尽な文句なのに。ただの八つ当たりなのに。
それなのに大きなあったかい手が私の頭を撫でる。
子供扱いするなって振り払いたいのに心地よい気がして、浮かせた手のひらで頬を伝う涙を拭った。
「せっかく俺が絃とそっくりだからさ、代わりになってやってもいいよ」
「馬鹿じゃないの」
「お前だって気づいてんだろ?気づいてて俺と一緒にいたんだろ」
「何が」
知らない。知らない。私は知らない。
こいつが実は女嫌いだとか。音が優しいのは私にだけだとか。私を特別に思ってくれているとか。
今までに聞いたたくさんの彼の想いに気づかないフリをするのは。
自分が今までどれだけ彼の想いを蔑ろにしてきたか、目を逸らしてきたのかわかっているから。
最低な自覚があったから。今彼を利用してこの傷を癒したら、自分がどこまでも最低な人間だと認めるようで怖いから。
結局自分のことばかり。私を気にかけてくれる人の気持ちさえ無下にし続けて報われなくて当たって。
最低だ。
「好きだよ。こんなタイミングで言ったらつけ込むようで最低かも知れないけど」
「嫌い」
「知ってる。でも、お前が綺麗になるたびに俺のためだったらよかったのにって思ってた」
「大っ嫌い」
「……泣け泣け。ハンカチ代わりになるくらいは俺でもできる」
「絃に、可愛いって…言ってほしかったのっ全部絃のため!絃の隣が、っ似合うようになりたくてっ頑張ったの、!音のためなんかじゃない」
「それも知ってる。日向が俺を好きになることなんかないって俺はちゃんとわかってるよ」
「…ぅ、あぁ…じゃあなんで」
「それでも好きなんだよ。だからお前は申し訳ないとかそんなことは思わなくていい」
薄い胸板に顔を埋めて声も抑えずに子供みたいに泣きじゃくるととん、とんと背中を軽く叩かれる。
顔を上げると音の優しい目と視線が絡み合って、雰囲気に流されるままそっと口付けて。
好きでもない、むしろ大嫌いな人としたキスは苦しくて、しょっぱくて。
甘さなんかひとかけらもなかったのに、今までで一番幸せだった。
そんな一言と共に、私の初恋は終わった。
ひと学年上の幼馴染。優しくて、かっこよくて私の憧れだったひと。
その憧れはいつしか恋心へと変わって、振り向いて欲しくて必死だった学生時代には幸せな思い出が詰まっている。
メイクもファッションも勉強して、ダイエットもして。
それは全部貴方に綺麗だって言って欲しかったから。
私のことを妹みたいに思っていると言った貴方に意識して欲しかったから。
社会人になって、自分の力で生きていくようになってからはもっと自分磨きを頑張った。
頑張ったら頑張った分だけ報われると思ってた。
勉強も運動も頑張ればその分成果が出たから、恋も一緒だって思ってた。
だけど現実はそんなに甘くない。
貴方じゃない男の人ばかり惹きつけてそれなのに貴方はちっとも私に振り向いてくれなくて。
努力も恋も実らなかった。
「……っおめでとう。いと」
やっと絞り出したおめでとうはその言葉にそぐわない程震えていて情けなかった。
***
「茉白さん1番強いお酒ください」
行きつけのバーのカウンター席。
ロングカクテルを飲み干して、低い位置で綺麗な黒髪をまとめたマスター茉白さんに告げる。
空になったグラスの中で溶けかかった氷がカラリと音を立てる。
「えぇ?日向ちゃんお酒弱いでしょ。もう結構飲んでるし」
「いいんです。ください」
「ねえ、今日変よ?」
「変でいいです。今日はいっぱい飲むって決めてきたんです」
「…なんかあった?」
「失恋です」
「ヤケ酒?ここは居酒屋じゃないのよ。これ飲んだら帰りなさい」
茉白さんの玲瓏な声と共に差し出される紫のお酒が注がれたカクテルグラスが視界に入ってきてそれを手に取る。
「綺麗」
「ブルームーンって言ってね?ジンがベースになってるのよ」
「ジン……?度数は?」
「29くらい。高めね」
「ふーん」
口元にカクテルグラスを寄せてグッと喉に流し込む。
手元には一気に空になったグラス、心には虚しさが残るだけ。
カクテルを一気飲みするのはマナー違反だと、絃が初めて私をここに連れてきたときに教えてくれたのを思い出した。
「日向。ここにいたんだ」
大好きな声が聞こえて、大好きな彼が来てくれたんじゃないかって期待して。
そんなわけないのに声がした後ろを振り向いた。
「……なんだ。音か」
「なんだってなんだよ。……アイツじゃなくて悪かったな」
「絃のふりして喋りかけてきた癖に」
「お前俺のこと嫌いじゃん」
「嫌いだよ」
「でも見ただけで俺だってわかるんだな」
双子の兄のフリをして話しかけてきて、私が騙されると思ったんだろうか。
大好きな幼馴染と、大嫌いなこいつ。
2人は一卵性の双子で、初恋の人とこの憎らしい男はまさに瓜二つ。
私じゃなかったらきっと、騙されていた。
「……好きな人じゃないことぐらいわかる。音だからわかったんじゃない。絃じゃなかったからわかっただけ」
「そうかよ」
「なんでいるの」
「お前がどうせどっかでヤケ酒してると思って迎えにきてやったんだろ。いつもの居酒屋にはいなかったからじゃあここだと思って」
「何それ。馬鹿にしにきたの間違いでしょ。笑いにきたんでしょ」
「ちげぇよ。傷心中の日向がどっかで潰れてたらよくねぇと思ったんだって」
「余計なお世話!頼んでない」
「頼まれなくてもするわこんくらい」
「…っは、やさしいね?これでまんぞく?もう帰って」
「お前も帰るんだよ」
「いや。あんたとなんか帰らない」
「危ねぇだろ。帰るぞ」
嫌だと駄々を捏ねても結局手を引かれて、勝手に会計を済まされて。
そのまま店の外に出た。
「ありがとうございました!もういいから。タクシー捕まえて帰る」
「アホか。もう危ないだろ、うち泊まってけ」
「絃は」
「今朝でてった。やっと同棲するんだと」
「………そう」
勝手に手を繋いで歩き出した音の手を振り払う気も起きなくてそのまま着いていく。
家とは反対方向に足を進めて、夜風に吹かれて酔いがだんだんと覚めていく。
「……ねぇあんたは絃に彼女がいるって、婚約者がいるって知ってたんだよね」
「知ってたな」
「なんで教えてくれなかったの」
「絃がお前にはまだ言わないでほしいって言ったから」
「ブラコンかよ」
「ちげぇよ」
「………滑稽だったでしょ」
「何が」
「私が絃を好きだってことも知ってたんだから。どうせ私の話聞きながら心の中では笑ってたんでしょ。馬鹿にしてたんでしょ」
大嫌いなヤツの前で泣くなんて嫌なのに、自分がみっともなくて、恥ずかしくて、思い返すだけで滑稽で。
情けなくて涙が溢れ出す。
「そんなことねぇよ」
「嘘言うな」
「もったいねぇとは思ったけど、でも笑ったことなんかない」
突然立ち止まる音の背中にぶつかって、顔を上げる。
気がつけば何度も来たことがある家についていて、鍵がガチャリと回った。
まっすぐな目が私を見ていて、逃げるように玄関へと足を踏み入れる。
「嫌い」
まっすぐな目が嫌い。
どう頑張っても私は絃の視界に入れなかったのに。こいつは私を見てくれるから。
同じ顔、同じ声。同じ優しさ。
なのに違っていて、違うところだっていっぱいあるのに同じだから。
だから私は音が嫌いなんだ。
「知ってるよ。知ってる」
「なんで優しくすんの?絃と同じ見た目で、優しくしないで」
「ごめんな。そっくりで」
理不尽な文句なのに。ただの八つ当たりなのに。
それなのに大きなあったかい手が私の頭を撫でる。
子供扱いするなって振り払いたいのに心地よい気がして、浮かせた手のひらで頬を伝う涙を拭った。
「せっかく俺が絃とそっくりだからさ、代わりになってやってもいいよ」
「馬鹿じゃないの」
「お前だって気づいてんだろ?気づいてて俺と一緒にいたんだろ」
「何が」
知らない。知らない。私は知らない。
こいつが実は女嫌いだとか。音が優しいのは私にだけだとか。私を特別に思ってくれているとか。
今までに聞いたたくさんの彼の想いに気づかないフリをするのは。
自分が今までどれだけ彼の想いを蔑ろにしてきたか、目を逸らしてきたのかわかっているから。
最低な自覚があったから。今彼を利用してこの傷を癒したら、自分がどこまでも最低な人間だと認めるようで怖いから。
結局自分のことばかり。私を気にかけてくれる人の気持ちさえ無下にし続けて報われなくて当たって。
最低だ。
「好きだよ。こんなタイミングで言ったらつけ込むようで最低かも知れないけど」
「嫌い」
「知ってる。でも、お前が綺麗になるたびに俺のためだったらよかったのにって思ってた」
「大っ嫌い」
「……泣け泣け。ハンカチ代わりになるくらいは俺でもできる」
「絃に、可愛いって…言ってほしかったのっ全部絃のため!絃の隣が、っ似合うようになりたくてっ頑張ったの、!音のためなんかじゃない」
「それも知ってる。日向が俺を好きになることなんかないって俺はちゃんとわかってるよ」
「…ぅ、あぁ…じゃあなんで」
「それでも好きなんだよ。だからお前は申し訳ないとかそんなことは思わなくていい」
薄い胸板に顔を埋めて声も抑えずに子供みたいに泣きじゃくるととん、とんと背中を軽く叩かれる。
顔を上げると音の優しい目と視線が絡み合って、雰囲気に流されるままそっと口付けて。
好きでもない、むしろ大嫌いな人としたキスは苦しくて、しょっぱくて。
甘さなんかひとかけらもなかったのに、今までで一番幸せだった。