12月25日の夜、いつもとは違う駅から電車に乗り込む。
これから息が詰まる大都市から離れてちょっとした旅行をする。頑張っている自分に対してのご褒美だ。

時期も時期で外はかなり寒くなってきている。
白い息を吐きながらホームで電車を待つ私の胸にはこれから始まる旅行への期待でいっぱいだ。

「1番線に列車が参ります」

アナウンスが流れた、ついに旅が始まるのだと興奮が収まらない。
ホームに電車が到着し誰よりも先に乗り込み、予約した指定席を探し席に座った。
窓側の席で外の景色が良く見える。もうすでに私の興奮は最高潮に達していた。

電車の発車時刻5分前になった。男性が乗り込んで来て私の席の隣に座った。
見た感じ私と同い年くらいの男性でどうやらかなり走って来たらしく息切れしていて汗も大量にかいている。
私は何かの縁だと思い「良かったらどうぞ」と飲み物を差し出した。
男性は礼をし飲み物を一気に飲み始めた。よほど疲れていたらしくものの数秒で飲み干してしまった。

話を聞くと年齢は私の一個上で会社員をしているらしい。彼もちょっとした旅行をするために電車に乗ったらしい。
どうやら寝坊をしてしまって電車の時間ギリギリになってしまったらしい。
よく見ると髪の毛が所々跳ねていたり服装が少し崩れていたりしている。
私はその話を聞いて少し笑ってしまった。彼は私が笑っているところを見ると少し恥ずかしそうにしていた。

少し気になり旅行の目的を聞いた。どうやら彼も同じで大都市で息が詰まり自分へのご褒美としてらしい。
それを聞くと私と彼は同じ境遇で目的も一緒で何か見えない縁を感じた。

私の目的地までかなりの時間がかかり彼と一緒なら楽しい旅行になりそうだと内心嬉しくなった。

「まもなく列車が発車いたします。」

アナウンスが流れ、電車が発車した。それにともない、窓外の景色が大都市から次第に離れていく。
なんだか新鮮な気持ちだ。何年ぶりかの旅行は疲れた心を癒すにはちょうど良い。
彼も同じように感じているのだろうか。隣の席を見ると、彼はウキウキしているように見える。

彼の姿を見ていると、失った"何か"を感じる。
あの頃に戻ってやり直せたらきっと今も楽しく暮らしていたのだろう。
彼を見ながらそんな事を考えているとふと、会社での陰口や孤独な日々とは違う、新しい出会いの予感が心を揺さぶった。
今夜だけ彼と一緒にいたいという欲望が心の中で膨らんでいた。私は勇気を出して、彼に向かってひと言口にする。

「いまから、今夜一日だけ付き合いませんか?」


―――何分経っただろうか、数分しか経っていないのに1時間ほど経ったように感じる。
私は自分の言ったことが恥ずかしくなり、撤回しようとしたその時、彼の口が開いた。

「いいですよ。」

返ってきたのはその一言だったが、私にとっては非常に重要な一言だった。

彼の返事に胸が高鳴り、私は少し驚いた。こんな突拍子な事をいうなんて、普段の私では考えもしなかったからだ。
電車が揺れを感じながら、同時に時間が過ぎていくのを感じた。
会話が自然と弾んでいく。
彼の笑顔が明るい雰囲気を作りだし、私は彼にますます惹かれていった。
こんな彼氏がいたらきっと毎日幸せなんだろうな。。

―――趣味の話になった。
彼の趣味は音楽を聴いたり、作曲したりすることらしい。
いつの頃だろうか、私も音楽を作曲したりしていた時があった。
今は作曲活動はしておらず、大好きな作曲家の曲を聴くだけなのだが今の私にはそれだけで十分だ。

あの頃は私なりに頑張っていた、でも壁はとても高かく限界を感じた。友人に私の作った音楽を聴いてもらったことがあった。
友人は「凄いじゃん」「才能あるよ」なんて言ってくれるけど、全然足りない。。
ネットで曲を投稿しても全然売れない。フォロワーの中では曲を出すたびに喜んでくれる人が一定数いて、それだけで満足だった。
でも尊敬している作曲家の人は一曲投稿したらすぐに何万再生といく。
私は嬉しく思う反面自分の力のなさに絶望する。
努力で埋められない壁があるのをその時体感した。

結局私は音楽を諦めた。
彼の話を聞いていると、昔の私が目の前に見えてくる。
あの頃は挑戦すること全てが楽しく、活気に満ち溢れていた。
まさしく目の前の彼のようだった。

どうやら現在彼は会社員をしながらも隙間時間で少しずつ作曲をしているらしい。
実際に彼の音楽を聴かせてもらった。彼の音楽は心に寄り添うようで、聴いていてとても癒された。
これが昔の私が求めたものだと感じた。聴く人を魅了する音楽。聴く人を幸せにする音楽。
そんな音楽を作る彼はまさしく理想だった。

約5分程の曲を聴き終えたとき、私の目からは自然と涙がこぼれた。
「本当にいい曲だった。感動した。」
そんな短い感想しか言えなかったけど、それは確かに本心からの素直な感想だったと思う。
それを聞いた彼はあまり表情には出さなかったが、内心ではかなり喜んでいるように見えた。
彼の姿を見ていると昔に失った挑戦する楽しさを思い出した気がした。

―――仕事の話になった。冒頭でも話した通り彼の仕事は会社員らしい。

彼は顔をしかめた。
「最近の仕事は本当に厳しいんだ。仕事の納期も迫っていて、残業も当たり前の状況だよ。」
彼の声には疲労感が滲んでいた。本当に大変だということが伝わってくる。

私は彼の言葉に同情し、それと同時に自分の職場の厳しさも思い出した。
「私の会社でも似たような感じだな。上司や周りは助けてくれないし、そればかりか陰口ばっかり、仕事の納期もどんどん迫ってきて厳しい。それのせいでストレスが溜まる日々。」

彼は私の話を聞き少し驚いたような表情を見せたが、すぐに理解してくれた。
「そっちも大変なんだね。でも辛いときは自分を解放するのも大切だよ。自分のやりたいことをする時間を確保するのも大切だね」

彼の言葉に胸が締め付けられるような思いを感じた。彼の辛さも私と同じ、いやそれ以上のものなのかもしれない。
そして、音楽という共通の情熱が、私たちを支えているのかもしれないと感じた。

仕事の厳しさを分かち合った私たちは、お互いの立場に対する理解を深めた。
彼の声から伝わる疲労感には、私も共感せずにはいられなかった。そして、彼が言ったように、やりたいことを大切にすることの重要性を再確認した。

私はなんだか少し彼に甘えたくなった。
偶々出会っただけで、今夜一日だけの関係だけど、彼の話を聞いていると私のことを理解してくれそうだと感じたからだ。

「頭を撫でて」とふと口に出した。彼は少し戸惑った様子で私を見つめたが、少し考えた後やさしく頭を撫でてくれた。

私はその温かく優しい手の触れ心地に自然と涙がこぼれた。彼の優しさに触れ、心が安らぐような気持になった。
彼は私のことをなんにも思っていないかもしれないけど、出会ったばかりの私に寄り添ってくれる彼に感謝の気持ちでいっぱいになった。

「ありがとう」と微笑んで言うと、彼もニコッと笑った。その笑顔が私の心にさらなる温かさと優しさを与えてくれた。

その後、私たちは改めて音楽の話題に戻った。
最近ハマっている曲や昔好きだった曲、さまざまな曲を共有し、その数だけ音楽を聴いた。
彼と一緒に音楽を聴きながら、心が音楽に共鳴し、私たちの距離が一層縮まっていくのを感じた。
この短い時間でもうすでに、彼との関係が特別なものに感じられた。
こんな時間がずっと続けばいいのにと思ったが、そうはいかない。
今夜だけの期限付きの関係だ。彼もそれ以上は望んではいないだろうと思う。

―――高校時代の話になった。

彼と私は互いに高校時代の思い出を語り合った。
彼はサッカー部に所属していたらしく、試合や合宿での楽しさ、先生に怒られたエピソードなどを振り返った。
私は吹奏楽部に所属しており、部活動でのイベントや大会について振り返った。

「懐かしいな、あの頃は無邪気に楽しんでいたな」

彼がそう言うと、私も微笑みながら同意した。

「私も、気になったことには何でも挑戦して、そのたびに失敗してたな」

二人で高校時代の経験を語り合い互いに頷く。高校時代は未来への希望と可能性に満ちた時間だった。
挑戦し、失敗し、学び、成長していく。あの頃は無邪気さと純粋さを改めて感じる。
私たちは自分で思っていたよりもたくさんの経験をしてきたようだ。
彼と高校時代について語り合う中でそう感じた。

「でも、その失敗が今の自分を形作っているんだなって思う」

そういうと彼も納得そうに頷いた。

「確かに、僕も同じことを感じてる。あの頃の経験が、今の自分に生きる力を与えてくれているんだなと思う」

彼の言葉に、私も納得し頷く。
二人で過ごすこの時間は、ただ懐かしい思い出を語り合うだけじゃなくて、お互いのことを知ったりそこから成長と未来について考える有意義なものだと深く実感する。
彼の方を見るときっと同じようなことを考えているんだと感じる。

いつぶりだろうか。こんな楽しい会話をするのは。
社会で荒波に揉まれ、疲れ果てた私の心を癒してくれる。
今の彼はそんな存在だ。

「ねぇ、もし時間が戻せるなら、何をやり直したい?」

私は彼に突然の質問を投げかけると、彼は少し考えて答えた。

「難しいな、でも、もし可能ならもっと色々なことに挑戦してたかな。今の僕では時間が足りなすぎるよ」

彼の率直な答えに私は微笑んだ。

「私も同じ気持ち、もっとたくさん色んなことをしとけばよかったな」

私が答えると彼も微笑んでくれた。

私と彼は高校時代の思い出を振り返りながら、お互いの過去をさらに深く理解し合っていた。
それぞれの挑戦と失敗が、今の私たちを形作っていることを感じながら、互いの距離がどんどん縮まっていくのが分かった。

「話を聞いてくれてありがとう」と私が言うと、彼も微笑み返した。「お互い、まだまだこれからだね。これからの未来どうなっていくかな。今日君と出会えて良かったな。」

その言葉により一層彼との関係が特別なものになりつつあることを感じた。
でも、まだ伝えたいことがあった。

「もし時間が戻せるなら、もっと早く出会いたかったな」

彼は少し驚いたような表情を見せた。そんな彼に私は続けて言った。
「今の自分と向き合う勇気が持てたのも、あなたと出会えたおかげだな」と小さく笑った。

彼は少し沈黙した後、ゆっくりと近づいてきて、私の手を取った。

「僕も同じことを思っている。君と出会えて本当に良かった」

その言葉に私の心は一層彼の温かさ、優しさに包まれていくのを感じた。
本当に、いつまでも一緒にいたい。そう心から願った。

―――彼との会話が自然と途切れ、私たちはそのまま静かになった。
「ねぇ、同じイヤホンで聴こうか?」私はそう言い片方のイヤホンを差し出した。
彼は少し恥ずかしそうにしながらもイヤホンを受け取り、耳に付けてくれた。

彼のお気に入りのプレイリストが流れている。
駅を過ぎるたび、音楽と共に見える景色が私たちの間に広がっていく。
彼の笑顔が、窓越しに映る街並みと混ざり合って、私の心を穏やかにしていく。

「この曲、好きなんだ。昔からずっと。気に入ってくれるといいけど」彼はそう言うと、微笑んで私に視線を向けた。

私も微笑み返した。「いい曲だね。私もすごく気に入っちゃった。」
彼は嬉しそうに笑ってくれた。

彼のイヤホンから流れるメロディに耳を傾ける。
一緒に音楽を聴いているだけ、ただそれだけ、でもたったそれだけで私たちの心はこの瞬間確かに繋がりあっているのだと分かった。

そんな私たちの間には、音楽が織りなす特別な空気が流れていた。
まるで、音楽が私たちをつなぎ、心を開かせてくれる魔法をかけているかのようだ。
音楽が私たちを引き合わせ、そして私たちを見守って微笑んでいるように思えた。
いつまでもこの時間が続けばいいのに、と思わずにはいられなかった。

―――2時間ほど経っただろうか。音楽を聴きながら過ごしていただけなのに、時間の経過は早いと感じた。
私たちはお互いに音楽で繋がり、音楽で語り合った。
音楽を通じて、私たちの心は共鳴し合っていた。

窓外の景色を見ると、周囲はすっかり暗くなっていた。遠くの街の光が色鮮やかに光っている。
まるで一つのアートだ。
素敵な音楽、素敵な彼、素敵な景色、今の私はとても幸せだと心から感じた。
隣を見ると彼は疲れていたのだろう、ぐっすり眠っている。

彼とのこのひとときは、まるで時間が止まってしまったかのようだった。
そして、その時間の中で私は彼にますます惹かれた。彼も同じように感じてくれていたらいいな、と願った。

―――時計を見ると秒針は24時を過ぎていた。

「まもなく列車が到着します」

アナウンスが流れた。それと同時に彼が目を覚めた。
突然のアナウンスが私たちを外の世界に引き戻した。

「もうここで、降りるんだ。」私が告げると、彼も時計を確認した。

「もう、ここでお別れか。」彼は少し寂しそうに言ったが、笑顔を見せてくれた。
「でも、本当に楽しかった。ありがとう。」

私も彼に微笑み返した。「こちらこそ、ありがとう。今夜だけの付き合いだったけど、本当に幸せだった。」

「また会える日を楽しみにしてる。」そう言い、彼は手を差し出してきた。

「またいつか会えたら、今度こそ本当に付き合おう」そう言い彼の手を握りしめた。

「「さようなら」」

互いになにも言わなくても、その瞬間は永遠に心に刻まれるものとなった。

数秒間彼の手を握り、やがてゆっくりと手を離した。
電車のドアが開く音が響き、最後の挨拶を交わした。

彼の笑顔が駅のホームを明るく照らし、私の心を温かく包み込んだ。
まだ私の旅行は始まったばかり、ホームの先に広がる新しい世界に胸を躍らせ電車を降りた。
そして振り向き、彼に手を振った。

やがてドアがしまり窓越しに彼の姿を見送った。
電車のスピードは速く、彼の姿がどんどん遠くに消えていく。
でも、自然と悲しくはなかった。

窓の外に彼の姿が見えなくなるまで、私は彼と過ごしたひとときを振り返った。
今夜一日だけの長くて短いような時間だけの付き合いだったけど、私と彼が繋がるのにはそれほど時間は必要なかったみたいだった。
彼と私の心は今夜初めて会ったと思えないほど深く繋がっていた。

今夜の彼との出会いが私の人生に新たな色を添え、これからも続くかけがえのない思い出となることを心から願った。


―――ホームを出ると新しい世界が広がっている。
少し目を閉じ、何気ない事を祈り歩き出した。

まだ人生始まったばかり、何があるか分からない。

彼にまた出会えるかどうかは、誰にも分からない。

これからどうなっていくのかも、誰にも分からない。

だから私は精一杯生きる。

彼に勇気をもらったから。

そして願う

「これからの人生が良い方向に進んでいきますように。。」

「また彼と出会えますように。。」