side:叶翔   * * *
 
 潮風漂う渚の手前。
 海の何処までも続く地平線を眺められるブロック塀の上に、先輩は座っていた。
 背筋は丸まって、何処か肩は震えている。
 近づく俺の方を向いてはくれないけれど、俺が真後ろにいることはわかっているぽかった。
「……葉月先輩。俺のことが嫌いですか。」
「えぇ。」
 きっぱりと断られる。
 けれど、意外とダメージは少なかった。
「どうしても好きになれないですか。」
「……えぇ。」
 そこまで告げた時、俺は彼女の腕に手を伸ばし、振り向かせた。
「なら──────LINEの返信なんかしませんよね。」
 葉月先輩の腕を引いて顔を覗き込む。
「ッ……。」
 彼女は酷く泣いていた。
 弱々しく、いつもの凛々しさは何処へ行ったのか。
 俺が惚れた勇敢な先輩は、もう、どこにでも居るか弱い女の子のように思えた。
 ……先輩も、普通の人なんだ。だから、
「本当に……。強がるのは得意なのに、さらけ出すのは苦手ですよね。」
「……。」
 何も言わず、俯いて顔を歪める葉月先輩。
「俺、死んじゃうんですか」
 目も合わせられず、かっこ悪いほど弱い声で俺は聞いた。
「そうよ……。もう時期死ぬのよ……。」
 悲しそうに呟く先輩。
 この瞬間から、先輩の中で何かの糸がプツンと切れた気がした。
 人前で気持ちをあまり出さない先輩。
 けれど、泣いた先輩の口からは、ポロポロとたくさんの言葉が溢れ出てきた。
「……ずっと前から。……会った時から、あんたの死期には気づいてた……、そういう体質なのよ、昔から……。」
「っ、」
 体質。先輩は、人の死期を予知してしまう体質────。
「あんたは、群れずに凛々しい私が好きだって言っていたけれど、そんなの……、ただの私の自己防衛よ……。」
 ほぼ声になっていない声に、俺は必死に耳を傾ける。
 幼き少女のように先輩は泣き喚きながら言葉を振り絞るように並べた。
「死なれるのが怖い……。私をひとりおいてどこかへ行っていしまうのが嫌だ……。いつもいつも……私の周りの人達は、大事な人ほど私を残していっちゃうの……。なら、人との関わりをなくして、最初から一人で生きていくほうが最適でしょ……ッ?!」
 正解のない正解を探し求めるように俺に叫んだ。
「葉月先輩……。」
 俺は、何も言葉が思い浮かばなかった。
「……なのに、あんたはずっと私に付き纏ってきて……ッ、離れても離れても、一生しがみついてきて……ッ。私を苦しめてるとも知らないでッ!!!」
 全てに絶望したようにその場に崩れ落ちた。
 先輩の涙が下のコンクリートに染みていく。
「……葉月先輩は俺のこと好き?」
 そんな先輩を、俺は見つめることしか出来なかった。
「……なんで今聞くのよ。……きよ、……──────好き。好きに決まってるじゃない……ッ。いくらあんたを拒んでも、私の心は正直だった。私だって普通の女子高生。あんなにアタックされて……、惚れないわけ無いでしょ……。日々を過ごしていく度に、常にあんたを目で追うようになって、……ッ。」
 先輩は、本当に恋をしている普通の女子のように本音を呟いた。
「……あんたが思ってる以上に、私は誠人じゃないのよ……。自分が悲しまないように現実から逃げてる臆病者……。」
 泣き続ける先輩。
 ……先輩、そんなことを一人で抱え込んで……。
 それが脳裏に過った時、俺は自然と体が動いた。
「ッ……。」
「葉月先輩は怖いんですよね。……俺は一人にさせませんッ……。今までの葉月先輩の周りがどうだったかわ分かりませんけど、俺は絶対に葉月先輩を孤独にはさせない。」
 そう言って、先輩の肩を包み込もうとした時だった。
「─────無理なのよ!!」
 弾かれた。
「今までもそんなこと言って、お母さんは死んじゃった……ッ、あんなに忠告したのに……。」
 世界の全てに威嚇するように、先輩は俺を睨みつけた。
「どう足掻いたって、どう藻掻いたって、無理なものは無理なの……!!決まった運命は…─────何も変えられない!!!」
 そこまで叫んだ時、先輩は力ない声を出した。
「私だって、こんなはずじゃなかったに……。」
 全てに絶望して泣きわめく先輩。
「こんな能力がなければ、今すぐにでも……、あんたの胸に飛び込みたいわよ……ッ。私は普通の人間として、人を信じれる世界だったら良かったのに……。あんたも……、死期が近づいてなければ……。普通の恋愛が出来てたかもしれないのに……。普通に────過ごせてたかもしれないのに……。ッ。」
 しくしくと静かに泣く先輩を見ていると、もう動けずには居られなかった。
「……ごめんなさい、俺何も知らなかった。先輩がそんな思い詰めてること、わかってなかった。」
 咄嗟に抱きしめた時、もう先輩は抵抗する力も無くなっていた。
「……離してよ……。温もりを覚えさせないでよ……。どうせ……、どうせあんたも離れていくくせに……」
 いつまでも否定してくる先輩に、俺はきっぱりと断った。
「離れない。俺、絶対に離れません。先輩を手放さない。絶対に、……──────逆らってみせるから。」
 
 俺が惚れた、先輩の美しさ。
 その裏に隠れた本性は、ただ弱くて、別れや孤独を怖がる、金盞花のような可憐な女の子だった。
 綺麗な満月が俺たちの上に昇った時。
 俺の恋は終わりを告げて、それは"永遠の誓い"へと形を変えた。