side:叶翔   * * *

「〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜♪」
「……なんかお前、いい事あった?」
 全校合同体育の後の廊下は、異様に湿気ていて、地味に汗の匂いが漂っていた。
 青春の匂いだな〜。
 そんな中、鼻歌を刻む俺を見て、友達がそう言ってきた。
「え、わかる??」
 すると、一気に口角が飛んでいきそうなほどにやけてしまった。
「は、キモ。」
「え、ヒド。」
 いつも通りの前ぶりをかまして、俺は本題に入った。
「いや実はさ〜、この前、葉月先輩と帰っちゃったんだよね〜!」
 ルンルンで言う俺を前に、一気に空気が変わる友達。
「え、まじかよお前!!あの秋来野先輩と?!」
 秋来野先輩、……いわゆる、葉月先輩の苗字だ。
 ふふん、やっぱりこの実績はタダならぬ価値らしい。
「お前、とうとうそんなラインまで……」
「いやぁ、めっちゃ癒されたわ〜。」
「どうだった?」
 若干興味津々にニヤケながら聞いてくる友達。
「ん?ほとんど顔みてくれなかった。」
「っははは!!」
 その瞬間、吹き出す友達。
「だろうな!」
 ……んなにおかしいかよぉ……、一緒に帰れただけでもすごいだろうが……。
 予想はしていたものの、返ってきた爆笑に意外と落ち込む俺。
「おい、十六夜(いざよい)!」
 その時、廊下の遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。
 十六夜。俺の苗字だ。そんな俺の苗字を呼ぶのは、体育教師の先生。
「なんですかー」
 少し遠くにいたもので、少々大きな声を出す俺。
「体育で使った道具の片付けをしてもらいたいんだが。」
「え〜……。」
 肩をガックリと落とす俺。
 いや、体育の先生から声かけられた時点で、やな予感はしてたけどさぁ……。
「なんだ、嫌なのか。」
 体格はいいのに、無駄に俺より小さい身長の先生を見下ろした。
「嫌に決まってるじゃないですかぁ、なんで俺ですか?」
「ちなみに、三年の秋来野が一人で今。片付けしてるんだがな。」
「・・・え、なんで先生その事知ってんの?」
「有名だぞ。職員会議の前はよくこの話で持ち切りだ!」
 はっはっはっ、と大袈裟に笑う先生。
「行かなくていいのかぁ〜?二人っきりだぞ、叶翔っ。」
 後ろで、面白がりながらポンッと肩に手を置く友達。
「行くしかないっしょ。」
 そのまま俺はやばいフォームでガンダした。
「「お達者でー。」」

side:叶翔   * * *

「せ〜んぱぁ〜〜〜い!!!」
 ぴょんぴょん飛び跳ね、手を振りながら、俺は先輩の元に走った。
「ゲッ……、なんであんたがここに……」
「え。"ゲッ"てなに、"ゲッ"て。」
 悲しいんですけど、俺。
「別に。何しに来たのよ。」
 そう言いながら先輩は体育で使った道具を倉庫にしまっていた。
「先輩が一人で片付けしてるって言うから、手伝いに来たんですよぉ〜!」
「・・・。」
 "お節介"、とでも言うようなジト目で見てくる先輩。
 はぁー、可愛いー。
「さっさと終わらせたいの。手伝うなら早く手伝って。」
「はぁーい!」
 額の前でピン、と手を張って敬礼をする。
 ……文句一つも言わず、片付けをする先輩。本当に優しい方だなぁ。
 綺麗で美しい。季節外れの金木犀だな。
 ……いや、金木犀と比べるのは差がありすぎて金木犀が可哀想だ。
「……後ひとつね。」
 ふぅ、っと一息ついて落ち着く先輩。
「これ、どこの棚ですか?」
「……。」
 俺の問いかけに、黙って倉庫の配置を探る先輩。
 口数の少ない先輩も可愛い。
「……あ、あった。」
 そう言って先輩が指さした場所は……、
「「・・・一番奥 だね。」
        ですね。」
 無駄に重くてデカい道具は、二人がかりでも少し厳しい。
「先輩、先入ってください、支えとくんで。」
「え、大丈夫?潰れない?」
 お、珍しく先輩が心配してくれてる。
「俺の筋肉、舐めてもらっちゃあ困りますよ〜!」
「あ、そう。」
「グヘェ……!!」
 そう言って一瞬で手を離す先輩。
 ちょ、ヒドイですよォ……。
 俺もそのまま奥に行くため、倉庫に入った。
「ストッパーないんで、ちょっと一旦閉めますね。」
「えぇ。」
 目的の棚の目の前までたどり着く。
「「……せーのっ、」」
 ボフッと音を立てて置かれた道具によって少し埃が舞った。
「はぁ、やっと帰れますね。」
 そう言って、ドアノブに手を伸ばした時だった。
「……。」
 ガチャガチャとドアノブを回す。
「どうしたの?」
 回すの逆?いや、あってる。……いや、やっぱ違う?
「……開きません。」
「は?」
 え。……漫画でよくあるテンプレストーリーの訪れでしょうか・・・?