◇◇◇

「え……」
気がつけば、そう声が漏れていた。
死神? 連れていかれる?
「どういうこと?」「信じたくない」そんな風に思った。
心臓が謎に鳴っている。意味がわからない。
だって、僕と藤はつい数時間前に出会ったばかり。特に大きな繋がりはない。他人のことなんて、どうでもいい。
どうでもいい、はずなのに。
「っ!」
その時、僕の頭の中で、“何か”が弾けた。
ずっと邪魔してた、“プライド”という感情。
それが、消えた。
すると、

「君が、環くんかしら?」

女の人の、声が響いた。
そして、それと同時に“朝焼けの間”がフッと明るくなる。
腰ぐらいまでの、長い黒髪。紅梅色の着物と、同じ色の瞳。
「こんばんわ。初めまして、環くん。私は、東雲(しののめ)(すずな)。みんなからは、シノさんって呼ばれてる」
「あ……初めまして。一ノ瀬環です」
「知ってる。少し前に藤がきて、あなたのことを教えてくれたの。……不思議な服を着てたんですって?」
「う……」
「ふふっ。でも、大丈夫。着物、似合っているわよ」
「あ、ありがとうございます」
どこかぎこちなく言葉を発する僕に対し、シノさんは和やかな笑顔でそう言った。
まるで、朝焼けのような、優しく穏やかな人。
「いきなりお客さんなんて、初めは驚いたけれど、藤の紹介ならって了承したの。……環くんが、いい子そうでよかったわ」
シノさんはそう言い、安心したように笑った。
「藤は、信頼されてるんですね」
僕がそう言うと、シノさんは一瞬、困ったような顔をしてから、優しくも、どこか切ない笑みを浮かべた。
「そうね。……けれど、藤には、不思議な事情があるから」
「不思議な事情?」
「そう。絶対に抗えない、村の為の仕来(しきた)り」
そう言いながらも笑うシノさんの顔は、どこか困ったように歪んでいた。
そして、気がつけば、僕の口は動いていた。
「……あ、あの! もし違ったら、ちょっと、ごめんなさいですけど……いいですか?」
「…? いいわよ」
ハッとした時には、もう手遅れだった。
「その、仕来りっていうのは、もしかして、死神に関係してたりしますか……?」
僕の口は、滑るどころか走っているレベルに言葉を発していた。
シノさんは驚いたように言った。
「環くん、知ってたの?」
「あ、えっと、さっき、誰かがそのことを話しているのが聞こえて……。それで……」
「……そう、なの」
ブツブツと言い訳をするように僕は言う。
シノさんは少し厳しげな顔をして、僕に聞いた。
「知りたい? 藤のこと」
「…! はい!」
僕は今日の中で1番、はっきりした声で返事をした。
「じゃあ、教えてあげる」
シノさんは僕をまっすぐに見て、話し始めてくれた。

「藤の……この村のことを」