「紬くんおはよう」
朝、奏が挨拶をしてきた。
「…おはよう」
だが、俺はそれに対して素っ気なく返して、そのまま横を通り過ぎてしまった。
あれから2日たった。ある程度気持ちの整理はついたが、奏が俺のことをどう思っているか、それを考えるだけで怖くなって避けてしまう。
話さないといけないことは分かっている。
だけど、もしかしたら奏が目の前からいなくなってしまうかもしれない。それが嫌で、未だ向き合わないといけない現実から逃げいた。

それは放課後、いつもの図書室に向かわずにそのまま帰ろうとしている時だった。
「あれ?」
下駄箱から1枚の手紙が落ちてきた。
(一体なんだ?)
内容は、今すぐに第二図書室に来て、というものだ。差出人は不明だけど、これは奏が入れたものだと何となく俺には分かった。
このまま帰ってしまう選択肢もあった。
が、そんな事していいのか、これ以上逃げるのは本当に自分が望むことか、と自分に問いかけた。
(もうこれ以上クズになってたまるか)
そして俺は覚悟を決めて、第二図書室へと向かった。

「ふぅ〜」
(覚悟を決めろ自分)
俺は深呼吸して、ドアを開けた。
ガラガラガラガラ
「え…」
俺の目に映ったのは、夕陽に照らされながら穏やかな笑みを浮かべる奏だった。
「あら、紬くんよく来たわね」
「あ、あぁ」
俺はてっきり怒ったり、呆れられたりしてると思っていた。
だけど、今の奏はそれとかけ離れた表情をしていた。
「どうしたの?そんなぼ〜として」
「あ、いや、何でもない気にしないで」
「そう?」
(って、見惚れてる場合か!)
そう自分を心の中で一喝し、俺は、奏の前の席に座って、本題を話す。
「あの時は、急に帰ってごめんな」
「良いわよ、別に」
奏の反応に安堵していると、彼女が口を立て続けに動かした。
「あなたは一体何があったの?。あの柏崎とかいう男や、クラスの男子が言ってたこと、無理に、とは言わないから、教えてくれない?」
奏が心配そうな表情を浮かべながら、顔を覗く。
正直、この件は触れたくなかった。
嫌な思い出、ずっと忘れていてしまいたいようなことだ。
だけど、俺のことを心配してくれる目の前の女の子に、黙って隠し通すなんて無理だ。
「奏、今から話すことは誰にも言わないでくれ」
「分かってるわ」
奏は真っ直ぐ真剣な眼差しでこちらを見る。
そして俺は、未だ重たい口を気合いで動かした。
これは俺が人を信用しなくなった話、そして大好きだったあの子が目の前から突然消えてしまった話。