side:朝陽 * * *
「あっはははっ。」
桜はとうに散り、夏風を告げる匂いが鼻を突く。
教室には、いつも通りの甲高い女子の声が響いている。
窓を眺めればすぐに見える海。
潮風は俺たちの肌をくすぐった。
地平線のそのまた先に見える青空には、立派な入道雲が俺たちを見守っていた。
「だから、真夜は私のだよーだ!」
「真夜は私たちのでーす!!」
一部の席で一人の生徒を取り合う女子たち。
痛い痛い、と言いながら腕を両サイドから引っ張られる少女は少し顔を歪めていた。
けれど、何処と無くダルそうだった。
「真夜はどっちがいい?!」
「えー。……」
「絶対私だよね!」
「いーや、私だね。」
戸惑いながらも、彼女は正当な答えを出した。
「私は二人ともがいいなぁー。仲良くしよ?」
「「えー、ほんと可愛〜!」」
そう言って抱き合う女子達。
バカだな。
そんな日常の光景を、俺は机に座って眺めていた。
「ほんと真夜最高!!」
「真夜って、いつも明るいし元気だよね。人生楽しんでそう!!」
その一言を聞いた瞬間、俺はピクッと反応して少女を見た。
「当たり前じゃん、人生楽しんだ者勝ちでしょ。」
人生楽しんだ者勝ち、……ね。
「おっとおっと〜?何してるんですか、【谷城 朝陽】くーん。」
少し遠くから聞こえる声は、俺の前に座って、顔を覗き込んだ。明らかに茶化すような口調。
「もしや、あそこの女子の中に脈アリの人物が……?!」
……はぁ。
「んなわけねぇだろ、馬鹿らしい。脈アリってなんだよ。好きってことか?」
恋愛なんかしたことねぇよ。
いつ裏切るかも分からない人間を好きになろうとも思わねぇ。
「強いて言うなら、愛犬は好きだけどな。」
「クール天然出てるて、朝陽。」
あはははは、と笑いが起こる。
おかしなこと言ったか?
いつもいつものうるさい日常。
男子も女子も、互いに違う騒がしさを持っている。
俺は冷やかす男子を横に、もう一度女子の群れを見つめた。
あはは、と眉を下げて笑う少女。
群がる女子の中で、唯一椅子に座っているのがその少女。大人数は、その少女を囲むようにして群がっている。
いつもいつもいつも、俺は気がかりでならない。
女子の中心人物である【黒川 真夜】は、何処か普通の女子とはかけ離れた儚さを持っているんだ。
そして……───────異様に馴染むその笑顔は、毎度毎度、仮面にしか見えないんだ。
* * *
「はーい、じゃあこのプリントはちゃんと保護者に見せるようにー。」
担任の連絡が終わると、号令と共に放課後が来る。
射し込む夕日を浴びながら、俺は帰り支度をしていた。
【三者面談】と書かれたプリントをファイルに入れて、カバンにしまう。
「なー、朝陽。イツメンでカラオケ行かね?」
「行かね。」
「チッ、釣れねーの。お前居なかったら、イツメンじゃねーじゃん〜」
なぁ〜お願い、と俺の目の前にわざわざ来て手を合わせる友達。
「勝手に行っとけよ。金ねーの。」
そんな友達を押しのけて、俺は教室を出た。
カラオケばっか行ってどーすんだよ、金減るだけじゃん。
沿岸部の地域はかなりの田舎だ。
木々の茂る坂道を降りる。その度に体にかかる振動がウザく感じる。
ここの登下校中の坂道はかなりの高台にある。
学校自体が高台にあるから。
まぁ、そうだよな。そんな高台にある高校が避難場所として認定されてるのは、ここの地域が海に接しているから。
坂を降りるだけで、夕日に照らされてオレンジ色を靡かせる海が見える。
地平線の続く先は、夕日。
最初はみんなエモいとか写真を撮っていたけど、今となっちゃただのキツくてうんざりする坂道でしかない。
坂道の途中にある曲がり角を曲がって、俺は田んぼ道に入った。
辺りには稲が植えられた田んぼが広がる。
ほんと田舎だよな。まぁ、落ち着くから別にいいけど。
そんなことを呑気に考えている時、前方から何かが聞こえた。
「みゃー。」
猫の鳴き声。……を、猫の目の前で真似する少女の声。
前方に視線を下ろすと、ある一人の制服姿の少女が道端にいる野良猫に話しかけていた──────。
* * *