「姉ちゃん、すごい綺麗だよ」
 あれからあっという間に時は過ぎ、一年も経ってしまっていた――あの日、誠さんと出かけた日のことは今も鮮明に覚えている。
 あの後、私は本当に誠さんと行為をしてしまった。
 彼の触れる手が熱くて、気持ちよくて、幸せで……ずっとこのまま誠さんといたくて。
 だけど、目が覚めて身に纏うものがないままの自分を見て怖くなった。私は着替えをして彼が目の覚めないうちに一人で帰った。本当は、最後に誠さんと話をしてさよならをしたかったけど目を合わせて話をすると泣いてしまいそうだったから。たった、一言メモに書いて置いて帰ったくらいだ。
「というか、お相手誰なんだろうね。じいちゃんも教えてくれなかったし」
「和樹、お祖父様でしょう? 仕方ないわよ、あっちには好きな人がいて忘れられないらしいし。あれから一回も会ってくれなかったんだから……いいのよ」
 私だって、誠さんのこと忘れられないのだから同じだ。それに仮面夫婦だとしても家族が幸せになるのならそれでいい。
「そっか」
「うん、そろそろ迎えにくるんじゃないかしら」
 今日は結婚式。大きな神社で神前式をすることになっている。入籍は式が終わったら提出する予定だ。
 和樹と話をしていれば、ドアのノックがされて案内係の巫女さんが迎えにきてくれた。
「藤間様、お時間がまいりましたのでお願いします」
「……はい」
 返事をすると巫女さんに付いていく。その先にいるであろう結婚する相手と初対面するから少しだけ緊張する。いい人だといいなぁ
 お相手の方に近づいたが、彼は私を見ない。この結婚が本当に嫌なんだろうなと思いながらも「藤間奏和、です」と名前だけ言う。反応ないんだろうなと少しだけ寂しく感じていると「……ぇ」と微かに声が聞こえた。
「奏和、ちゃん……?」 
 その声は私の知る声で、私の名を呼んだ。私を「ちゃん」付けで呼ぶ人はあまりいない、唯一誠さんだけだ。
「ま、誠さん……?」
 男性の顔を見れば、やはり誠さんでなんでここに誠さんがいるのかどうして今まで会ってくれなかったのか……頭の中はいろんな想いがグルグルと回る。
 だが今話をする時間はなく、すでに雅楽の演奏が始まっていて今から参進の儀だ。斎主様と巫女さんの先導で歩かないといけない。私たちが進まないと参列してくださる方が歩くことができないのだ。だから、私は色々考えてしまっていた脳内を一旦思考を止めて歩き出した。

 それから、式が始まり三献の儀が始まる。小中大の三種類の盃でお神酒を飲み交わし夫婦の永遠の契りを交わすというものだ。一の盃、二の盃、三の盃が終わると指輪の交換をして誓詞を二人で読み上げて順調に式は終了した。

 ***
 式が終わり、披露宴も無事に終わった。
「じゃ、姉ちゃん。俺は帰るよ」
「うん。ありがとう、和樹」
 私は衣装から私服の大人しめのワンピースに着替えて化粧も落としてナチュラルメイクをしてから最後の最後までいてくれた和樹を建物の玄関までお見送りをして別れると控室に戻る。確か、彼が来てくれるらしい。
 色々聞きたい。なぜ、会ってくれなかったのか……とか。だけど、言えなかったとしたら私のせいだ。私があの日、メモだけ置いて帰ったことも要因のような気がする。
「けど、好きな人ってどういうことなんだろう。総合的に考えると、あの時の『好き』って本音ではないのかもしれない」
 はぁ、とため息を吐くとドアのノック音の後に「誠です」と聞こえてきた。それに返答をすると彼が入ってきた。以前のようなしっかりした感じの服ではなくグレーのパーカーにジーパンを履いていて、この結婚に乗り気じゃなかったことを示している感じだった。
「……奏和、ちゃん。帰ろっか」
「はい……あの、誠さん」
「家に着いたら話そう。まぁ、色々と」
 そう言って誠さんは私の手を繋ぐと、空いてる手で荷物を持ってくれてここから出た。受付の人にお礼をして建物から出ると、すぐ近くにある駐車場に向かった。
 そこに停まっていたのは、以前も何回か乗せてもらっていた白色の車に近づくと助手席のドアを開けてくれた。
「ありがとう、誠さん」
「うん。ドア閉めるね」
 誠さんは私がちゃんと座ったのを確認するとドアを閉めてから運転席のドアへ回り運転席へ座った。

「――おめでとうございます、十六時三十四分受理いたしました」
 神社を出て一時間、一度新居に行って婚姻届を記入した。そして、私と誠さんは無事婚姻届を提出をした。