『デートしてください!』
 そんなお願いをした翌日、私は誠さんと出かけられることになった。優しい彼は、何も聞かず頷いてくれた。
「姉ちゃん、今日はどっか行くの?」
「え? どうして?」
「今日、めちゃくちゃお洒落してるから」
 確かに今日はいつも以上に頑張ってみた。
「変、かな?」
「可愛いよ、誰かと会うの?」
「うん。結婚の報告も兼ねて、ね。結婚しちゃったらもう、会えないから」
 言葉にするとグサグサくるのがわかるけど、でも自分で決めたことだ。それに誠さんと恋人同士になれる確率はとても低い。そもそも彼とは釣り合わない。
「そっか、楽しんで来なよ。母さんとじいちゃんにはなんとか誤魔化しとくから」
「ありがとう、和樹。じゃあ、言ってくるね」
 私は和樹に見送られながら家を出た。確か今日はおじいちゃんが顔合わせのことでやってくる予定だから、まぁ、それまでには帰宅予定だけど。

 家を出て家と誠さんの住んでいる場所の真ん中くらいにある駅に待ち合わせだ。
「あ、誠さんもういる」
 まだ時間の七分くらい前なのになんかこういうの本当にデートって感じがする。
「奏和ちゃん。いつ来たの!? 声、掛けてよ」
「誠さん、おはようございます」
 誠さんは早歩きでこちらにやってきて私に近づいた。
「おはよう、奏和ちゃん。今日はいつもと違う感じで可愛いね、髪もきれい」
「あ、ありがとう、ございます」
「いつも可愛いなと思っていたけど本当、可愛い」
「か、揶揄わないでくださいっ!」
 も、もう……誠さんはお世辞ばかり言うんだから。
「行こっか。まずはランチだね」
「そうですね」
 それから電車で三十分揺られて、歩いて十分ほどのところにあるお店に到着した。このお店は、テラス席もあってそこから見える景色が最高だとこの前テレビの美味しいもの特集で取り上げられていた。
「テラス席、空いていてよかったね」
「はい! 何、食べますか?」
「そうだなぁ……ここら辺は、海鮮が有名らしいし海鮮丼とかがいいかも。最近食べてないし」
 確かに、海鮮丼美味しそう。だけど、千二百円かぁ……高い。最後だしこれくらいバチは当たらないよね。
「私も海鮮丼にします」
「うん、そうしよう」
 誠さんは備え付けのタブレットを操作すると、注文をした。こうやって一緒に食べる料理を話をしながら一緒に決めるのは本当に楽しい。きっと誠さんとだから楽しいんだと思う。
「そういえば、奏和ちゃん何か話があるって言ってなかった?」
「あっ、はい……えっと」
「うん」
「あの、話は……後ででもいいですか?」
 今は、まだ、覚悟が出来てない……まだ無理だ。だって言ってしまったら泣いちゃう気がする。それに、もう少し、誠さんとデートを楽しみたい。
「そうだね、ごはん食べてゆっくり話そう」
「……はい」
 それから、料理が来るまでいつものようになんでもない話をたくさんした。もうこんな穏やかに話すことはないだろうなぁと思ったら急に悲しくなる。
「……奏和ちゃん、どうかした?」
「いえ、なんでもありません。あっ、来たみたいですよ」
 私は店員さんを見つけてそう言うと誠さんは「本当だ、お腹すいたね」と微笑みながら言った。
 頼んだ海鮮丼には王道のマグロや鰤、イカやたこ、卵焼きに鰹のたたきがきれいに並べられており真ん中には尾頭付きの甘エビがある。その見た目だけで食欲がそそられる。隣にはお味噌汁があり、味噌の良い香りがする。
「では、いただきます」
「いただきます」
 手を合わせると箸を持って食べ始める。マグロは脂がのっていて美味しいし、お刺身は分厚いから肉厚で本当に美味しい。ボリュームもいい感じで、赤味噌の味噌汁はアラの出汁が出ていて最高だった。
「美味しかったね、何かデザートとか頼む?」
「いえ、もうお腹いっぱいなので大丈夫です」
「そっか、じゃあこれで終わりにしようか」
 全て食べ終わり、少しゆっくりをしてお店を出た。お会計は、私がお手洗いに行っている間に済まされていてお金を出させてはくれなかった。
 次は近くにある景色がきれいだと有名な公園に向かった。平日だから人はあまり少なくて、混んではいなくて灯台まですぐに行けた。灯台から見える景色は絶景でたくさん写真を撮ってしまったくらいだ。

 それから駅への帰り道、もうすぐ別れの時間が近づいていた。
「あ、あの……誠さん」
 言うなら今しかない、たった一言「結婚するんです」って言えばいいだけなのに。結婚の二文字が出ない。
「どうした? 奏和ちゃん」
「わ、私……」
 深呼吸をして一文字目の“け”が出かけた時、タイミングが悪く雨がポツポツ降ってくるのがわかった。
「あ、雨ですね……雨宿りしないと」
「そうだね、あそこに行こうか」
 誠さんが指差したのはこじんまりとした喫茶店だ。今人気の昭和レトロの喫茶店だ。だが、そこに向かおうとしたがいきなり大雨になって行き先変更して近い屋根がある場所へ走った。
「降ってきちゃったなぁ……雨予報じゃなかったのにね」
「そう、ですね」
 ブラウスだから肌に張り付いて気持ち悪い。このまま家まで我慢はきついな……と思ってキョロキョロすると、今いる場所の建物はまさかのホテルだった。このままじゃ、お互い風邪をひいてしまうと思った私は、誠さんにここに入ろうと提案してしまった。

「デイユースプラン、あってよかったですねっ」
 あああ……! 気まづい!
 どうしよう、自分でもとっても大胆なことをしてしまったと思ってる。だけど、入ってしまったしもう戻れない。まだ、言う前で良かったのかもしれない。なんせ、結婚すると言ってからだったら婚姻前の人が異性と二人きりだなんて見聞が悪いし。
「ふ、服乾かしましょう! あ、誠さんシャワー浴びてきてくださいっ」
「奏和ちゃんが先に入って、体が冷えてしまうよ」
「あ、ありがとうございます」
 お言葉に甘え、備え付けの部屋着を持ちバスルームに向かう。濡れてしまった服を脱ぎ、ハンガーにかけてから温かいシャワーを浴びてすぐに部屋着を着た。

 ***
 私がバスルームから出て居室に行くと、部屋のエアコンを除湿にした。夕方までに服が乾くといいのだけど
「奏和ちゃん、寒くない? 大丈夫?」
「大丈夫です。シャワー浴びてあったかくなりましたし」
「そっか、良かった。服を二時間ほどのランドリーサービスに出そうと思うんだ。まだ雨が降ってるし、どうかな」
「そう、ですね……このまま干してもいても乾かなそうですしね」
 私が同意すると、誠さんは電話で連絡をしてくれてすぐにスタッフさんが服を取りに来てくれた。彼の言う通り、二時間ほどで出来るらしくそれまでは部屋で待つことにした。備え付けでポットもある。コーヒーもあるし、ティーパックの紅茶も緑茶もあるから飲み物には困らなそうだ。
「そういえば、奏和ちゃん。話があるって言ってたよね。なんの話?」
「あ、はい。あのですね、順序立てて話をすると先日、父が亡くなりまして……」
「え?」
「それで、父が借金していることがわかってお金の工面のために私、け、結婚することになりました」
 言ってしまった……もう今までみたいに親しくは出来なくなっちゃった。そう考えていたら悲しくて寂しくて思わず俯いた。
「結婚? 誰と?」
「それは、分からないんですけど……祖父に言われて、援助の条件が私の結婚なんです」
「……っ……」
「ごめんなさいっ……誠さんに失礼なことをしてしまって。不誠実でした」
 最後にデートなんて自己満足だ。自分勝手な行動。
「なんで」
「ごめん、なさい」
「違う、何で今まで言ってくれなかったの? 俺、頼りなかったかな」
「違いますっ! わたしが、傷つきたくなかっただけです」
 これは本当だ。もし、想いを伝えて振られてしまったら立ち直れないし身分も釣り合わないのだから。
「俺は、奏和ちゃんが好きだ。出会った時からずっと」
「えっ?」
「これから、俺は最低なことをする。結婚してしまう君を抱きたい」
「え、どういう――んんっ」
 ……ことですか?と聞き返そうとしたのだがそれは彼のキスによって叶わなかった。