「お母さん、大丈夫?」
 完全に弱ってしまったお母さんは、今寝込んでいる。
 あの日、お父さんが危篤状態なんだと連絡を受けて私が病院に到着したらそのまま息を引き取ってしまった。
「子供を助けて死んじゃったなんて」
「本当にね、お父さんらしいけど……」
「うん、そうね」
 お母さんとお父さんに対して文句ばかり言い合っていると弟の和樹(かずき)が部屋に入ってきた。
「ちょっと和樹! なんでノックなしで入って来んのよ!? マナー違反よ」
「あぁ、ごめん……けどお客様が来たんだ」
 和樹は「綾波さんって人なんだけど」と付け加えて言った。
「綾波さん?」
 綾波さんなんて人、取引先の方でいたっけ?
「私が呼んだのよ、行くわ」
「お母さんのお客様?」
 お母さんは、部屋着にカーディガンを羽織り綾波さんがいる居間に向かった。
「絢、久しぶりだな」
 居間には、厳格な昭和の父という感じの白髪頭の男性がいた。
「お久しぶりでございます、お父様」
「君が奏和か? 大きくなったなぁ……絢の若い頃にそっくりだな」
 お母さんのお父さんってことだよね?ということは、お祖父ちゃんってこと……?それに、会ったことあったっけ
「奏和に会ったのはまだ小学校上がる前だったからな。覚えてないのも仕方がない。和樹に至ってはまだ赤ん坊の時だからなぁ」
「そうなんですか」
 お祖父ちゃんは「和弘君のこと大変だったな」とポツリと呟いた。
「絢子、支援の件だが受け入れよう」
「いいのですか?」
 お母さんは目を見開き、驚いた。
「お母さん、支援って何?」
「うん。一年くらい前からお父さんね、借金していたみたいなの。経営も上手くいってなくて……」
「え? そんな初耳なんだけど」
 お父さんが経営しているのは裁縫道具とかを売っているだけのこじんまりした店。
「話を戻すが、支援をする上で条件がある」
「条件ですか? なんですか?」
「奏和が結婚することだ」
 え、結婚って今聞こえた気がする。
「結婚って誰とですか? 私、恋人はいないんですけど」
「相手は俺が決めるから大丈夫だ。奏和は俺を信じればいい。奏和が結婚すれば、支援もするし和樹も大学の学費を払おう」
 私が結婚すれば実家も弟も助かるってことよね。幸い相手はいない。
「分かりました、お祖父ちゃん。私、お祖父ちゃんが選んだ相手と、結婚する。だから、支援をお願いします」
「もちろんだ、約束する」
「ありがとうございます」
 私がお辞儀をすると「待ってください」と低い声が聞こえた。
「姉ちゃんはそれで幸せになれるのか? 俺は反対だ。姉ちゃんには幸せになってほしい」
「和樹、ありがとう。でも、私は結婚するよ。和樹とお母さんの居場所を無くしたくないの。手芸店はお父さんとの思い出がいっぱい詰まってるんだもの。それに幸せになれないなんて誰が決めたの?」
「分かったよ。俺も無くしたくない。お祖父ちゃん、よろしくお願いします」
 和樹もお辞儀したことで私は結婚することが決まった。それから数日後、顔合わせの日程が決まったとお祖父ちゃんから連絡があった。

 ***
「奏和ちゃん、こっちだよ」
 顔合わせが決まった翌日、私は結婚することを報告するために誠さんに会うことになっていた。
「誠さんっ、わざわざありがとうございます」
「奏和ちゃんのためならどこだって行くよ」
 そう言う誠さんは、私服だからかいつも以上にキラキラしたオーラが出ていてかっこいい。
「いつもありがとうございます、誠さん。」
「俺も会いたかったから、会えて嬉しい」
 私は彼の向かい側に座れば「昼ごはんにはちょっと早いけど、モーニング食べる?」と誠さんにメニュー表を差し出して問いかけられる。モーニングメニューと書かれたページを横目に頷いた。
「トーストとフレンチトーストどっちがいい?」
「えっとフレンチトーストで」
「了解、じゃあ……卵とポテサラなら?」
「ポテサラで……」
 その後も二択で問いかけられてそれに私は答えていく。
「じゃあ、奏和ちゃんはフレンチトーストのBセットね」
「えっ、あそうですね」
「で、飲み物はクリームチャイラテでいい?」
「はい、大丈夫です」
 私が誠さんは?と問いかけようと思った時には店員さんを呼んでいて注文してくれた。
 注文し終わったあと、言おうと思ったのにすぐに飲み物とサラダがやってきてしまいフレンチトーストがやってくるまでパパッと食べてしまおうと食べ始めたらすぐに本命のフレンチトーストがやってきてしまって今言うのは諦めて食べることにした。
 もう言わないまま、このまま逃げてしまいたい。
「……奏和ちゃん?」
「あっ、ごめんなさい。ボーっとしてしまって」
「そうか、体調が悪いんじゃないんだな?」
「はい。体調はとてもいいです!」
 やっぱり言わないと、だって事後報告なんて失礼なこと出来ない。
 でも、私は願ってしまった。
 一度だけ、誠さんとデートがしたいと。だから……
「誠さん、お願いがあります」
「ん? お願い?」
「はい。私と、デートしてほしいんです」
 結婚のことを告げないまま、私は誠さんにお願いをした。