隠れ家に戻ると、セリーナと少女が待っていた。
 セリーナが、置いてあった本物の金のコインが入った袋を持った。
「家まで送っていく」
 マントで右手を隠したヴィアザが言った。
「ありがとう!」
「なに、念のためさ」
 ヴィアザはふっと笑った。

 貧困街の一角に、兄妹が住んでいる粗末なテントがあった。その前には、以前顔を出した少年がいた。
「お兄ちゃん!」
「レレ! 無事だったんだね!」
 レレと呼ばれた少女は駆け出して、少年に抱きついた。
 その様子を見たセリーナは、思わず微笑んだ。
「それから、これ」
 その場に両膝をついて、セリーナは持っていた袋を差し出した。
「これ……! 返したはず!」
 中身が金のコインだと分かると、少年は困ったような顔をした。
 ヴィアザはその隣に片膝をつき、少年に囁いた。
「もう、妹を買おうとしていた貴族は、いない。お前達が生きていくために、それを使え。ただし、遊びに使うんじゃないぞ? それに、貧困街で使っても意味がない。遠くはなるが、一般街にまで足を運べ。金の価値を一番分かっているのは、一般街に店を構える連中だ。決して、ここでは使うな。見せるな。勘づかせるな。……分かったか?」
「分かった! 気をつけるね。あ、忘れないうちに……。はい、これ!」
 少年は袋に手を突っ込んで、両手で包み込むように金のコインをそっと渡してきた。
 チャリッと音がして、ヴィアザは左手をマントで隠して、受け取った金のコインが五枚あるのを確認した。
「なぜだ?」
 ヴィアザは左手のコインを、見つめながら呟いた。
「助けてくれたお礼だよ! それにこうすれば、誰にも見られないし。噂話は、最後まで知ってるから」
「元気でな。どうしようもなく困ったら、またこい」
 ヴィアザは金のコインを仕舞うと、立ち上がった。
 少年とレレはうなずいて、袋を手に、テントへと入っていった。


「つけられている。振り返るな」
 テントを後にしたヴィアザが、ぼそっと言った。
「分かったけれど、いったい誰が?」
「少ししか見ていないが、身なりは普通だったから、一般街の人間かもしれん。とにかく歩き続けろ。俺が正体を暴く」

 ヴィアザはその場で、身体を反転させて歩き出した。
 つけている男に目星をつけ、スタスタと近づいていく。
「話がある」
 ヴィアザが男の腕をつかんだ。
「そうかい。場所を変えようぜ」
「黙れ。さっさといくぞ」
 ヴィアザは冷たく言い放つと、男の腕をぐいっと引っ張った。

「連れてきた」
 ヴィアザが言いながらドアを開け、セリーナがいることを確認し、男の腕を乱暴に離した。
「どこの誰?」
 セリーナが口を開くと、男が睨みつけてきた。
「それは、こっちの台詞だ」
「なぜそうなる?」
 ヴィアザが口を挟んだ。
「見たんだ。叫び声が響く家の中から、出てきたお前達を。武器も本物のようだし、誰なのか知りたいって思った」
「ふうん。俺はヴィアザ」
「あたしはセリーナ」
 二人はとりあえず名乗った。
「あの家に、なんの用があったんだ」
「依頼があったから動いただけだ」