「……っ! おお、お前はなんだっ!?」
「……本当に久し振りだ。渇いてきたな」
 ヴィアザは突然刀を鞘に納めると、手袋を外してポケットに仕舞った。よく見ると、全部の指に鋭い爪が生え、口許にも変化が。鋭い牙がすっと生えていた。そんな姿でも、美しさは健在というか、それがさらに増したような印象がある。
 男に向かって駆け出した。
「なっ……!」
 先ほどよりもかなり素早い動きだったため、目では追えなかった。
 ヴィアザは男の背後を取ると、太い両脚を素手で握り潰した。
「ぎゃああああっ!」
 男が倒れ、血が顔にかかった。
 鮮血で真っ赤に染まった両手についたそれを、舌で舐めると、恐ろしいほど冷笑を浮かべ、目を閉じると、赤い目がぎらりと輝き始めた。
 それは、吸血鬼としての力を解放したことを示している。
 目が輝いている間は、ヴァンパイア本来のパワーとスピードを得ることができる。
 冷たい目で動けなくなっている男を見下ろした。
 両肩に爪を突き立て、首に噛みついた。
 思いきり血を啜った。
 続いて、右手を突き刺し、心臓を引き摺り出して、噛みついた。
 首とは比べ物にならないほどの血が溢れ出してきたため、残すまいと血とともに心臓を()った。
 ヴィアザは、周りを取り囲んでいる、かなりの数の人間に気づいた。
 一人一人、心臓を喰らってから、四肢を斬り刻んで、血を啜り出した。
 数人の男達の血を飲んでも、喉の渇きが治まらなかった。
 ――まだ、足りないというのか。
 ヴィアザはそう思いながらも、渇きには抗えず、容易く人間の身体を解体し、血を求めて動き出す。
 血をすべて失った肉塊がゴロゴロと転がっている。
 それはどう見ても、人ではないなにかが暴れたとしか思えない。
 ヴィアザは大勢の人間の血を啜ること、二時間。
 数にして五十人くらいか。ヴィアザは、途中から数えるのをやめ、ただ血を飲み、心臓を、肉体を、喰らい続けた。
 自分が殺した骸の血までも飲み干した。
 爛々と輝いていた赤い目を閉じると、それまでの輝きが失せた。
 爪と牙が元に戻った。
 たまたま、近くにあった井戸で水を汲んで、手と口を洗った。

 そこへセリーナがやってきた。
「なにがあったのよ? いったい……」
 肉塊の異変に気づいたのだろう。驚きながら尋ねてきた。
「ここにいた人間、大体五十人だろう。かなり久し振りに人間の血を飲みたくなってな。喰い散らかした」
 ヴィアザは淡々と言うと、無表情で手袋を嵌め、フードを目深に被ると、全滅したヘドナ家を後にした。