それから二時間後、セリーナが泣きやんだ。
「大丈夫か?」
 身体をそっと離し、ヴィアザが声をかけた。
「う、ん」
 セリーナは顔を拭った。
「俺の話は明日にしよう。ゆっくり休め」
 言いながら椅子に座った。
「ありがとう」


 翌朝、ヴィアザが目を覚ました。
 ベッドに視線を向けると、泣き疲れて眠っているセリーナがいた。
 そっとベッドに腰かけ、泣いた痕の残る頬を撫でた。
「ん……」
 セリーナが目を開けた。
「よく寝れたか」
「ええ。ひょっとして、目、まだ腫れてる?」
 ヴィアザがうなずいた。
「あれだけ泣いたんだから、仕方ないわね」
「まだ動くな。俺じゃあないんだから」
「お互い怪我人でしょうに」
「それは認める」
 ヴィアザとセリーナは、顔を見合わせて笑いあった。

「……古傷塗れなのは、上半身だけではない」
 ヴィアザは笑みをかき消して言うと、日の光が入ってこないことを確認。ワイシャツを脱いだ。
あらわになった両腕にも、深い傷が数多く刻まれていた。
「もう、諦めたよ」
 突き放すように言った。
「なにを?」
 セリーナは涙をこらえた。
「俺は誰も愛してはいけないし、愛されてはならない。小さな幸せでさえ、手にしてはならない。そういうモノに限って、掌から零れ落ちていくのだから。俺に惚れたという人がいたなら、突き放すことしか、できない。それが、俺なりの返事だ」
「なんで……?」
 セリーナは涙を流している。
「どうしてだ?」
 無表情で、疑問を口にした。
「愛されてはならない、なんてこと、絶対にない。人であろうがなかろうが、みな生きているんだもの。その資格は、始めから持っているのよ?」
 セリーナは泣いた。
「そんなの、俺には必要ない。人を殺しているからこそ、俺は闇の中に身を置いていなければならない。光は眩しすぎて、嫌なんだ」
 ヴィアザは本音を口にした。
「あたしも、光は苦手よ。終わりがないというの? あなたの抱える闇には」
 セリーナが、嗚咽を噛み殺した。
「終わりなどない。俺の命ひとつで、償えるとも思っていない。俺の両手は鮮血に染まりすぎて、誰かを想うことすらも、できないんだ。……俺を縛る鎖からは完全に逃れられない」
 ヴィアザは低く言い放った。その声には強い諦めと、拒絶が込められていた。
「なんでっ! なんでよっ! 自分が傷ついて辛いなら、どうしてそれを表に出さないのよ!」
「表に出さないと、覚悟を決めたからだ。誰も俺の話など、聞いてはくれないしな」
 普段とまったく変わらない無表情で、言ってのけた。