「どういうこと?」
 隠れ家に着くなり、セリーナが尋ねた。
「復讐の第一段階がすんだ。お前の心は大丈夫なのかと思ってな」
「大丈夫よ」
 セリーナは即答した。けれど、内心ではこう思っていた。
 ――命は大事だ。だが、奪うのはとても容易(たやす)いこと。そしてそんなことで生きている自分は、決して太陽の下、光溢れる中で生きていてはダメな人間だ。
 自分の中で、なにか大事なモノを無くしたかのような、鬱々(うつうつ)とした闇を自覚しつつも、セリーナはなにも言わなかった。
「とりあえず、セッリー家のことは調べておく。帰って休め」
 セリーナはうなずくと、隠れ家を後にした。


 ヴィアザは一人、ワインを杯に注ぎ、顔をしかめた。
 昔話をしていた彼女の顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。涙が枯れ果てたのか、静かな声で淡々としていた。家族を奪われただけでなく、なにも知らされないまま、誰かのいいように使われて。気づけただけよかったのかもしれないが、負の連鎖からは逃れられていない。二十年も、この国の闇の中で生きる。しかも、貧困街出身の女が、たった独りで。とても辛かったはずだ。自分を責めたりもしただろう。どうにもできなくて、泣いた夜だってあったはずだ。それでも、闇の中で、もがいてきたのか。哀しいことだ。復讐を遂げた後、彼女の心の支えとなるモノが、ない。なにかひとつでいい。見つかればいいと思うしかない。
 ――いつか、俺のことも話してみたい。ありのままの俺を知ったら、彼女はどんな顔をするのだろう? 俺は過去に縛られている。囚われている。逃れようがない。生きている間、背負い続けなくてはいけない、とても重い、罪。……今はまだ、話すときではない。
 ヴィアザは暗い顔で、杯に視線を落とした。

 ヴィアザの通り名〝闇斬人(やみきりびと)〟の由来は、黒衣を纏っていることと、もうひとつ。人を殺していく様が、一匹の狼に見えるからだ。敵であれば、容赦なく殺す。そんな強い想いをひしひしと感じさせるのだ。
 この男の振るう刀には、迷いや隙がない。それだけでなく、容赦がない。


 そのころ、セリーナは自分のテントに戻ると、腰に巻いていたベルトとリヴォルバーを外し、ベッドに寝転がった。
 ただ、とても疲れた。
 ヴィアザの戦い方を思い出す。
 自分が痛みを背負ってでも、相手を殺すことだった。痛みがなければ、殺してはならないのではないか、とすら思えてしまう。
 なぜそこまで、自分に残酷になれるのか、セリーナにはまったく分からなかった。
 怪我をしても痛そうな顔ひとつしなければ、弱音も言わない。すべてを隠してしまっているのかもしれない。そんな状態なのに、独りにはしておけないというか、放っておけなかった。あの美しい顔の裏になにを隠しているのか、気になって仕方がない。
 考えるのは諦めて、目を閉じた。