「砂川!」
好きな人が私の名前を呼んでいる。高校で同じクラスの笹原くん。
「今日、一緒に帰らね?」
好きな人からのそんな誘いは最高すぎる。
「帰る!」と返事しようとした瞬間……目が覚めた。
そう、当たり前に夢である。
寝ぼけながらぼんやりと時計を見ると、まだ夜の9時。8時くらいからベッドに寝転がりながら、ゴロゴロしていたがいつの間にか寝落ちしてしまったのだろう。
いつもの私だったら一度立ち上がって水を飲みに行ったり、お手洗いに行ったりする。
それでも、今日は……さっきの夢の続きが見たすぎた。
私はどうかあの夢の続きを見させて下さいと願いながら、もう一度目を瞑った。
だってあの夢の続きが見られたら、きっと私と笹原くんは一緒に帰ってる。現実では一緒に帰ったことはない。
まず私は電車通学で、笹原くんは自転車通学。しかも、笹原くんの家と駅は反対方向。どう考えても、現実では起こらない夢。
だからこそ、夢を見させて欲しい。
そう願っていたのにもう一度寝ようと思っても寝付けない。
私は、半ばヤケクソ気味に起き上がった。
「夢くらい見させてくれても良くない……!?」
現実での私と笹原くんの関係は、ただのクラスメイト。たまに話したりするが、友達とまでは言えない。つまり、本当にただのクラスメイトである。
そんなただのクラスメイトの仲である笹原くんを何故好きになったのか。理由は、簡単で。
同じクラスにいれば、クラスメイトの会話が聞こえてくる時もある。笹原くんの友達は、隣のクラスの女子について話していた。そんな会話を笹原くんは始め何も言わずに聞いていた。
「隣のクラスの女子、結構レベル高くね!?」
「分かる。でも、上と下で差が激しくね?」
「あー、確かに(笑)。下はちょっとアレだよな」
女子が聞いていて、決して気持ちのいい会話ではないあの雰囲気。それでも、思春期の男子なんてそんなものだろうと諦めていた。しかし、そんな会話がヒートアップしそうになった頃、笹原くんが口を開いた。
「そんなことより、今日の放課後何して遊ぶ?久しぶりにカラオケ行きたくね!?」
さらっと話題を変え、尚且つ先ほどの会話を「そんなこと」と言い放つ。正直、最高すぎるほどに胸がときめいた。
それから、勇気を出してたまに挨拶程度の会話をするようになった。
初めての会話は、それはもう良くあるもので。
「笹原くんって、バスケ部だっけ?」
本当は知ってるけど、他愛のない会話ってそんなもの。
「そうだよ、砂川はテニス部だっけ?」
「うん!バスケ部って今週練習試合あるよね?頑張って!」
今もそれくらいの他愛のない会話だけしかまだ出来ない。それでも、私があの時勇気を出して話しかけなければ、その会話すらなかっただろう。だから、勇気を出した自分が嫌いではなかった。
それでも、距離はずっとただのクラスメイトのままで、偶然笹原くんの夢を見たのだって今日が初めてだった。だからこそ、夢の中だけでも一緒に帰りたかったのに……!
「はぁ……仕方ない。起きよ」
私はベッドから降りて、机に座る。目も覚めてしまったので少し勉強でもしようかと思ったが、やる気が起きない。
その時、携帯がピコンっと鳴った。携帯を開くと、クラスのグループにメッセージが入っている。
「まだ起きてるやつ、挙手ー!」
クラスで人気者の藤原くんが、明るく問いかけている。
「起きてる!」
「藤原、急に何!?」
藤原くんと仲の良い男子達が次々と返信していく。
「実は、めっちゃ今日星が綺麗に見えるんだよ!しかも、超良い場所見つけてさ!今から、来れるやつだけでも集まらね!?」
そんな藤原くんの問いに私はつい携帯に表示されている時間を確認してしまう。
「21:15」
いや、厳しいだろう。私たちはまだ高校生である。私がそんなことを考えていると、周りも同じことを思ったようで。
「いや、急すぎるわ!」
「藤原、今何時だと思ってんだよ!笑」
ああ、これは誰も集まらないやつだ……と、私が思っていると藤原くんも分かっていたようでまたピコンとメッセージが入る。
「絶対お前らはそう言うと思った!笑 しゃあねーから、俺だけでこの星空を満喫してやる!笑」
うちのクラス仲良いなと微笑ましく見ていると、藤原くんの友達が写真をグループのトークルームにアップする。
「これ、俺の家から見える星ー」
そのメッセージが皮切りになり、藤原くんの友達が写真をあげ始める。
「これ俺んち」
「俺の家から見える景色、絶景じゃね!?」
それに釣られ出したクラスメイトが次々と写真を送り始める。男子が8人ほど送ると、今度は女子も送り始めた。クラスで星空の写真だけ載せる人が多くなる。メッセージをつける人もいれば、つけない人もいる。
「お前の写真、全然星見えねーじゃん!笑」
「星が見えるように撮るのむずいんだよ!」
私は目立つ方ではないので写真を送らないでおこうと思ったが、せっかくだしそんなに綺麗な星空だけ見てみたかった。私は自分の部屋のカーテンを開ける。
「わぁ……!本当に綺麗!」
私は送るつもりはないが、記念に写真だけ撮ってみる。しかし、暗いこともあって全然星が映らない。これは確かに星が写真に映らない人の気持ちが分かる……。
写真を撮り終えてクラスのグループを見ると、さらに何人か写真を送っている。
送られた写真をパラパラと見ていると、一枚綺麗に星が見える写真があった。しかも、送った人の名前に目を向けると「笹原大輝」となっている。
「笹原くん、写真うま!」
私はついそう独り言を呟いてしまう。しかし、他の人の写真も沢山流れ始めて、誰も笹原くんの写真に触れない。
その時、ふと私の頭に打算混じりの考えが浮かぶ。
今まで笹原くんと個人のトークルームで話したことはない。というか、私が話しかける勇気がなかった。
でも今なら……というか今しかないかもしれない。
ねぇ、私。さっき見たの夢のように笹原くんともっと仲良くなりたいんでしょ?
なら、勇気を出さないと……!
私は「笹原大輝」と書かれたプロフィールをタッチする。「トーク」と書かれたボタンを少し震える指で押した。
「笹原くん、とっても写真上手だね!さっき、クラスのグループで見てびっくりした!」
勇気を出してそう送る。心臓に手を当てなくても、心拍が頭に響いているように感じる。
すると、すぐに既読がついて返信がくる。
「ありがと。砂川は写真送らないの?」
グループラインに写真を送らなかった私に笹原くんがそう聞いてくる。笹原くんの言葉に私はクラスのグループを開き、写真を送ろうかと頭によぎる。だって、今送ればきっと笹原くんも見てくれる。
でも、自分の写真を見返すとあまりに下手だった。その時、ふと先ほどの夢が頭をよぎった。
「砂川!今日、一緒に帰らね?」
私がそう誘って欲しいのは笹原くんだけのように、私が星空の写真を見て欲しいのも笹原くんだけ。
ならば、写真を送るのは……。
私はクラスのグループを閉じて、もう一度笹原くんとの個人のトークルームに戻る。
そして、先ほど撮った星空の写真を送った。
「めっちゃ下手だから、クラスに送るのは恥ずかしくて!笑」
そう一度送った後、さらに心臓が速なった。どうか、あと一歩だけ。あと、一歩だけ勇気を出して。私は震える手で文字を打つ。
「私めっちゃ下手だから、今度笹原くん教えてよ!笑」
最後に勇気を出しきれなくて、「笑」とつけてしまう。「私の馬鹿!」と頭の中で自分を怒っていると、笹原くんから短い返信。
「了解」
私は嬉しすぎて、その場で小さくジャンプしてしまう。つい飛び上がってしまうとはまさにこのことだろう。
「ありがとう!」と慌てて返した私に、笹原くんは「でも俺、砂川の写真結構好きだわ」と返してくれる。
私はもう一度、窓から星空を見上げる。そして、星空をしばらく見た後にカーテンを閉めた。
「さ!今度こそ、寝よ!」
もう、あの夢の続きは見られなくていい。
夢の続きは見られなかったけれど、現実の方も悪くはないから。
fin.
好きな人が私の名前を呼んでいる。高校で同じクラスの笹原くん。
「今日、一緒に帰らね?」
好きな人からのそんな誘いは最高すぎる。
「帰る!」と返事しようとした瞬間……目が覚めた。
そう、当たり前に夢である。
寝ぼけながらぼんやりと時計を見ると、まだ夜の9時。8時くらいからベッドに寝転がりながら、ゴロゴロしていたがいつの間にか寝落ちしてしまったのだろう。
いつもの私だったら一度立ち上がって水を飲みに行ったり、お手洗いに行ったりする。
それでも、今日は……さっきの夢の続きが見たすぎた。
私はどうかあの夢の続きを見させて下さいと願いながら、もう一度目を瞑った。
だってあの夢の続きが見られたら、きっと私と笹原くんは一緒に帰ってる。現実では一緒に帰ったことはない。
まず私は電車通学で、笹原くんは自転車通学。しかも、笹原くんの家と駅は反対方向。どう考えても、現実では起こらない夢。
だからこそ、夢を見させて欲しい。
そう願っていたのにもう一度寝ようと思っても寝付けない。
私は、半ばヤケクソ気味に起き上がった。
「夢くらい見させてくれても良くない……!?」
現実での私と笹原くんの関係は、ただのクラスメイト。たまに話したりするが、友達とまでは言えない。つまり、本当にただのクラスメイトである。
そんなただのクラスメイトの仲である笹原くんを何故好きになったのか。理由は、簡単で。
同じクラスにいれば、クラスメイトの会話が聞こえてくる時もある。笹原くんの友達は、隣のクラスの女子について話していた。そんな会話を笹原くんは始め何も言わずに聞いていた。
「隣のクラスの女子、結構レベル高くね!?」
「分かる。でも、上と下で差が激しくね?」
「あー、確かに(笑)。下はちょっとアレだよな」
女子が聞いていて、決して気持ちのいい会話ではないあの雰囲気。それでも、思春期の男子なんてそんなものだろうと諦めていた。しかし、そんな会話がヒートアップしそうになった頃、笹原くんが口を開いた。
「そんなことより、今日の放課後何して遊ぶ?久しぶりにカラオケ行きたくね!?」
さらっと話題を変え、尚且つ先ほどの会話を「そんなこと」と言い放つ。正直、最高すぎるほどに胸がときめいた。
それから、勇気を出してたまに挨拶程度の会話をするようになった。
初めての会話は、それはもう良くあるもので。
「笹原くんって、バスケ部だっけ?」
本当は知ってるけど、他愛のない会話ってそんなもの。
「そうだよ、砂川はテニス部だっけ?」
「うん!バスケ部って今週練習試合あるよね?頑張って!」
今もそれくらいの他愛のない会話だけしかまだ出来ない。それでも、私があの時勇気を出して話しかけなければ、その会話すらなかっただろう。だから、勇気を出した自分が嫌いではなかった。
それでも、距離はずっとただのクラスメイトのままで、偶然笹原くんの夢を見たのだって今日が初めてだった。だからこそ、夢の中だけでも一緒に帰りたかったのに……!
「はぁ……仕方ない。起きよ」
私はベッドから降りて、机に座る。目も覚めてしまったので少し勉強でもしようかと思ったが、やる気が起きない。
その時、携帯がピコンっと鳴った。携帯を開くと、クラスのグループにメッセージが入っている。
「まだ起きてるやつ、挙手ー!」
クラスで人気者の藤原くんが、明るく問いかけている。
「起きてる!」
「藤原、急に何!?」
藤原くんと仲の良い男子達が次々と返信していく。
「実は、めっちゃ今日星が綺麗に見えるんだよ!しかも、超良い場所見つけてさ!今から、来れるやつだけでも集まらね!?」
そんな藤原くんの問いに私はつい携帯に表示されている時間を確認してしまう。
「21:15」
いや、厳しいだろう。私たちはまだ高校生である。私がそんなことを考えていると、周りも同じことを思ったようで。
「いや、急すぎるわ!」
「藤原、今何時だと思ってんだよ!笑」
ああ、これは誰も集まらないやつだ……と、私が思っていると藤原くんも分かっていたようでまたピコンとメッセージが入る。
「絶対お前らはそう言うと思った!笑 しゃあねーから、俺だけでこの星空を満喫してやる!笑」
うちのクラス仲良いなと微笑ましく見ていると、藤原くんの友達が写真をグループのトークルームにアップする。
「これ、俺の家から見える星ー」
そのメッセージが皮切りになり、藤原くんの友達が写真をあげ始める。
「これ俺んち」
「俺の家から見える景色、絶景じゃね!?」
それに釣られ出したクラスメイトが次々と写真を送り始める。男子が8人ほど送ると、今度は女子も送り始めた。クラスで星空の写真だけ載せる人が多くなる。メッセージをつける人もいれば、つけない人もいる。
「お前の写真、全然星見えねーじゃん!笑」
「星が見えるように撮るのむずいんだよ!」
私は目立つ方ではないので写真を送らないでおこうと思ったが、せっかくだしそんなに綺麗な星空だけ見てみたかった。私は自分の部屋のカーテンを開ける。
「わぁ……!本当に綺麗!」
私は送るつもりはないが、記念に写真だけ撮ってみる。しかし、暗いこともあって全然星が映らない。これは確かに星が写真に映らない人の気持ちが分かる……。
写真を撮り終えてクラスのグループを見ると、さらに何人か写真を送っている。
送られた写真をパラパラと見ていると、一枚綺麗に星が見える写真があった。しかも、送った人の名前に目を向けると「笹原大輝」となっている。
「笹原くん、写真うま!」
私はついそう独り言を呟いてしまう。しかし、他の人の写真も沢山流れ始めて、誰も笹原くんの写真に触れない。
その時、ふと私の頭に打算混じりの考えが浮かぶ。
今まで笹原くんと個人のトークルームで話したことはない。というか、私が話しかける勇気がなかった。
でも今なら……というか今しかないかもしれない。
ねぇ、私。さっき見たの夢のように笹原くんともっと仲良くなりたいんでしょ?
なら、勇気を出さないと……!
私は「笹原大輝」と書かれたプロフィールをタッチする。「トーク」と書かれたボタンを少し震える指で押した。
「笹原くん、とっても写真上手だね!さっき、クラスのグループで見てびっくりした!」
勇気を出してそう送る。心臓に手を当てなくても、心拍が頭に響いているように感じる。
すると、すぐに既読がついて返信がくる。
「ありがと。砂川は写真送らないの?」
グループラインに写真を送らなかった私に笹原くんがそう聞いてくる。笹原くんの言葉に私はクラスのグループを開き、写真を送ろうかと頭によぎる。だって、今送ればきっと笹原くんも見てくれる。
でも、自分の写真を見返すとあまりに下手だった。その時、ふと先ほどの夢が頭をよぎった。
「砂川!今日、一緒に帰らね?」
私がそう誘って欲しいのは笹原くんだけのように、私が星空の写真を見て欲しいのも笹原くんだけ。
ならば、写真を送るのは……。
私はクラスのグループを閉じて、もう一度笹原くんとの個人のトークルームに戻る。
そして、先ほど撮った星空の写真を送った。
「めっちゃ下手だから、クラスに送るのは恥ずかしくて!笑」
そう一度送った後、さらに心臓が速なった。どうか、あと一歩だけ。あと、一歩だけ勇気を出して。私は震える手で文字を打つ。
「私めっちゃ下手だから、今度笹原くん教えてよ!笑」
最後に勇気を出しきれなくて、「笑」とつけてしまう。「私の馬鹿!」と頭の中で自分を怒っていると、笹原くんから短い返信。
「了解」
私は嬉しすぎて、その場で小さくジャンプしてしまう。つい飛び上がってしまうとはまさにこのことだろう。
「ありがとう!」と慌てて返した私に、笹原くんは「でも俺、砂川の写真結構好きだわ」と返してくれる。
私はもう一度、窓から星空を見上げる。そして、星空をしばらく見た後にカーテンを閉めた。
「さ!今度こそ、寝よ!」
もう、あの夢の続きは見られなくていい。
夢の続きは見られなかったけれど、現実の方も悪くはないから。
fin.