あぁ、嫌だ。
学校へ向かう足取りが重い。
空も、私の心を表すかのような曇天。
また、あの子を見なきゃいけない。
あの子達を見なきゃいけない。

私と正反対な、素直で、純粋無垢で、とっても愛らしい女の子。
私の親友。

大好きな、それでいて大嫌いな、私の心友。

夜空(よぞら)!おはよーっ!!」

語尾に星印でもついているんじゃないかと疑いたくなるほど、活発な声。
当然、あの子しかいない。

「おはよ、水雫(みしず)。」

水に雫、か。
可愛い子に与えられた特権みたいな名前。
どす黒い感情が心の奥からにじみ出てくる。
それを敏感に感じ取ったのか、不思議そうな顔をしてあの子は言う。

「おーい、どしたの?まーた推し燃えちゃった?」

「なにをどうしたらそうなるの?理解不能だわ。残念ながら、私の推しが最後に燃えたのは3ヶ月前よ。それから全然復帰しないけれど…どうせこのまま活動休止ルートですよ…。」

「わー!!ごめんって!!今日帰り、クレープおごるから許してっ!?」

「はいはい。いい加減学びなさいよ?ってか許さないとそちらの彼ピッピ様に殺されるし。」

「ありがとっ!!やっぱやっさしーよね!夜空は。てか彼ピッピて。なんでだろーね。日向(ひなた)くん、他の子には優しいのに…。大方、夜空がなんかしちゃったんじゃないの??一回謝ってみたら?なーんてね。」

「冗談じゃないわよ。水雫の大事な大事な彼氏様じゃなきゃ、今頃蹴り倒してるわ、あんな奴。」

「だーからそういうとこだってー。絶対。そろそろ直しなよ??」

「嫌。」

「えー??せっかく可愛いのにもったいない…。」

「そんな話しかしないのであれば、私は先に行くわね。」

「えっ!?ちょ、待ってよー!!」

慌てて追いかけてくるあの子を見ると、亡くなった犬を重ねてしまう。
せっかく可愛いのに、か。
あんたに言われたって嬉しくなれるわけがないでしょ、と呟く。

「ん?なんか言ったー??」

「なんでもない。」

「そっかー。あ、そうだ、聞いてくれない??この前ね、日向くんが・・・以下略」

また始まった…。とうんざりする私を、もう一人の私が呆れながら見ている。
確かにしょうがない。
この学校(せかい)に、あの子の居場所はない。
ただ一つ、私の隣を除いて。

「はいはい、惚気もそこまでにしてくれる?あとその糞男、一応は私の元彼だからできるだけ名前を聞きたくないんだけど。」

「そーいやそーだったね、忘れてた!一体全体どーしたら今や犬猿の仲の2人がラブラブカップルだったって信じればいいのさー。」

「こっちこそ知りたいわよ。若気の至り、ってやつかしらね。」

「えー!!ジジくさいよー。」

「うっさい。置いてくわよ。」

「ちょ、待ってよー!!」

足早に歩き去る私と、それを追いかけるあの子。
ついさっき、同じ台詞(セリフ)を聞いた気がするのは私の思い違い…?
あんな風に無神経な発言ばかりしているから、孤立しているんでしょうね。

ブスのバカは辛い。
だけど、美人のバカはもっと辛い。

美味しい蜜のおこぼれを求めてやってくる蟻たちへの対処ができなければ、自らの美しさでその身を滅ぼす。
それが美人に生まれた者の宿命。

だというのにっ…!!
あの子は、能天気に周りに迷惑を振りまいてっ…!!

怒りが顔に現れる前に、どうにか自分を落ち着ける。
本当に、あの子の見た目以外の魅力が理解できない。
胸が嫌悪感で一杯になる。

その時、私は現実世界へと引き戻された。

「おい。」

振り向くと、そこにいたのはあの子の彼氏、蒼衣日向(あいひなた)

天川夜空(あまかわよぞら)、いや、今はもう姫川夜空(ひめかわよぞら)か。」

「なんの用??あなたと私は、もう既に他人でしょう??」

最大限低い声で威圧する。

「いい加減にしろ。これ以上、俺に迷惑をかけるな。用件はそれだけだ。意味は分かってるよな?」

「水雫のことでしょう??当然分かっているわ。上手くやると言っているでしょう。」

「なら良い。」

なら良い、ですか。
全然顔は良さそうじゃありませんけどね。

心のなかで嫌味を言ってみるが、やはり私に嫌味の才能はないようだ。

いつの間にか、空は晴れていた。