錬金術は難しい。ゴーレム作成の技術習得に時間がかかると思っていたのだが、たった一カ月で魔石を加工する技術を身につけ、さらには体内にある魔力の認識まで済ませてしまった。

 子供だから吸収力が高いといっても限度はあり、前世では考えられないほど優秀な体だといえるだろう。いやちょっと過小評価しすぎか。正確には凡人がいくら努力しても決して越えられないほどの優秀である。と、俺は思っていたのだが、ルタスはいたって普通に接してくる。本を読めばすぐに理解できるのが当然という態度を崩さないのだ。

 改めて考えると、ここは異世界で多種多様な種族がいる。見た目が人間でも中身まで地球と同じと能力だとは限らない。エーテルや魔力、魔法、精霊といった超常的な存在も明らかになっているんだし、天才だと思えるほどの成長スピードが標準的である可能性も十分ある。前世の常識に引っ張られて間違った判断をしないように気をつけるよう。

 そうして天才だと傲らないよう、錬金術を学ぶ日々が続いている。

 俺が大きくなったからか、ルタスは家を出ることが増えた。今日も朝から素材の採取のために出かけてしまいお留守番をしている。

 いつもは本を読んで魔石の加工をしているのだが、少し飽きてしまった。今日は別のことがしたいな。どうしようかなと部屋を見ていると、竈が目に入った。イグニッションが使えるようになれば、料理がしやすくなるな。気晴らしに魔法でも覚えてみるか。

 よし、外に出て練習をしよう。

 魔法について書かれた本を片手に持ち、家から出ると裏手に回る。

 木の板にくくりつけた人の形をした的がいくつもあった。魔法練習場をルタスが用意してくれたのだ。

 的から二十メートル離れた場所に立つ。

 家から持ってきた本を開くと攻撃魔法が書かれていた。効果によって下級、中級、上級、最上級の四段階に分かれていて、今回覚えようとしているのは下級のアイスニードルである。長さ三十センチほどの氷でできた針みたいなものを飛ばす魔法だ。威力はそこそこあるみたいで、魔法抵抗力の低い動物や人間なら致命傷を与えられるほどである。護身用としては申し分ないだろう。

 体内に溜まっている魔力を意識して揺さぶる。

 お風呂に入った水が波立つような感覚だ。

 よし、良い感じ。このまま周囲のエーテルへ語りかけるように魔法名をつぶやく。

『アイスニードル』

 魔法は発動しなかった。

 体内の魔力が減った感じはしない。

 失敗したのだ。

「体内の魔力は正しく認識している。発音も問題なかったと、思う」

 何度も父親に確認してもらったので間違いは無いはず。

 魔法を発動させる三つの条件の内二つをクリアしているのだから、発動しない原因はエーテルへの語りかけだ。

 お願いすれば良い、なんて雑な説明しかされてないし、本にも具体的なことは書かれていない。ルタスは面倒くさがりな正確をしているので、詳しいことは何も言わないから困る。

「エーテルねぇ……」

 周囲にあるというのであれば空気みたいなものだろう。そんなのに、どう願えというのだろうか。

 心の中で「アイスニードルを発動させてください」と、つぶやいても魔法は発動しないので、表面的な態度では意味がないことまで分かっている。

 願うことは個人の希望や理想を伝えることだ。

 ということは、発動させてといった程度では足りないのだろう。

 魔法を発動させるのであれば、切実さがなければいけない……か?

 敵に襲われて死にかければ願いとしては充分だろうが、少しやり過ぎか。

 けど何もないところで必死さを出すのも難しい。

 木の枝を拾って上に投げる。頭に当たる直前で、『シールド』の魔法を発動させようとするが、何も変化がない。おでこに命中してしまう。

「いたッ!」

 目がチカチカする。自然と涙が出てきてしまい目を拭った。

「何をしているの?」

 声がした方を見ても誰もいない。

 幽霊……ではなく、家の陰に隠れたサリーがいた。

「魔法を覚えようとしているんだけど」
「枝を投げて?」

 馬鹿なことをしている自覚はあるので、さらに恥ずかしくなってしまった。

 頬が赤くなっているのを自覚する。

「危機が迫ればエーテルに願いが通じるかなって思って試したんだけど、上手くいかなかったみたいだ」
「魔法を使おうとしているの?」
「うん。でも一回も成功しないんだ」
「そういうことなら協力できるよ」

 魔法に長けたエルフであれば、父親より適切なアドバイスをしてくれるはずだ。一人じゃ行き詰まっていたので助かる。

 提案はありがたく受け入れよう。

「ありがとう。お願いしても良いかな」
「うん」

 姿を現したサリーは緑のワンピースを着ていた。靴は革靴で幼い姿にも似合っている。

 妖精のような美しい。

 思わず見蕩れていたのだが、それも一瞬のこと。彼女の周りに火の玉が浮かんで放ってきたのだ。

「え、ちょっと!」

 転げるようにして初発を回避すると、背後の的に当たって爆発した。直撃していたら死んでいた。

 命の危険を感じて背中に汗が浮かぶ。

「次、行くね」

 また火の玉が飛んできた。しかも時間差で二発同時に向かってくる。

 跳躍して一発目を回避したが足下で爆発されてしまう。空中に浮かんでしまい動けない。二発目が迫ってくる。

『アイスニードル!』

 慌てていたけど発音は正確だった。魔力も問題ない。が、発動はしなかった。

 腕で防御したが直撃してしまう。爆発によって吹き飛ばされて地面を転がる。全身が痛い。特に腕なんてもげてしまいそうだ。状態を見てみると肌が焼かれているどころか肉は吹き飛び骨が見えていた。

 命の危険どころじゃない。
 死に瀕している。

 サリーは笑っていて楽しそうだ。同じ魔法を使うのに飽きたのか、今度は火の矢を作り出した。しかも五本もある。

 しまったな。頼む相手を間違ってしまった。

 手を抜くつもりはないみたいだ。

 俺、恨まれるようなことしていたかな……。

「行くね」

 火の矢が放たれた。一本目が足に、二本目、三本目が肩と腹に突き刺さる。

 肉が焼け、骨が砕けた。

「ぐがががぁぁぁ」

 声を出すのは我慢したいが無理だった。

 今まで感じたことのない苦痛が全身を襲う。

 瀕死の重傷だ。死の一歩手前どころか片足突っ込んでしまっている。

 それでもサリーは止まらない。

 火の矢が眼前に迫ってきた。

 額を貫く軌道だ。

 二度目の人生の記憶は壺の中ばかりだ。最悪な記憶だな。

 錬金術を覚え始めたのに何も残せてない。友達すら作れないし、またこの世から忘れ去られてしまうのは嫌だなぁ……。俺は今度こそ何かを残したいのだ。それまで死ぬわけにはいかない。生きたいのだ!

『アイスニードル』

 氷で作られた針……なのか? 大木ほどの太さがあった。

 放たれると火の矢を飲み込みサリーにぶつかる。周囲に氷の嵐が発生した。地面や木、家が凍り付く。本で読んでいたよりも威力は高い気もするが、今はそれどころじゃない。命の危機は脱したが、少女を殺してしまったかもしれないのだ。

「サリーー!!」

 ボロボロの体は動かせず叫ぶことしかできない。

「あれがアイスニードルなの? 常識外れな威力だね」

 氷の嵐がなくなると視界がはれる。元気な姿のサリーが立っていた。周囲に青い膜が張ってあって『シールド』を使ったと分かる。

 飛び跳ねながら喜んでいて俺に抱きつき、押し倒されてしまった。

「エルフでもルーベルトほどの魔力を持っている人なんていないよ! すごい。すごい!」

 恥ずかしがり屋だと思っていたのだが、魔法になると人が変わるらしい。

 ケガが開いて意識が遠のいていく。

 そういえばなんでサリーは家に来たんだろう。些細な疑問すら解消せず、俺は抱擁されながら死んでしまうのか……。