エルフに回復ポーションを渡した夜、父親はようやく帰ってきた。

 素材集めのついでに狩りもしていたらしく、背負い袋からは新鮮な肉が出てきた。俺が切り分けて晩ご飯に使う分だけをもらって塩といくつかの香草をすり込む。これで味付けは完了だ。キッチンに薪を入れてから、ルタスにイグニッションを使ってもらい火を付けて焼いていく。香ばしい匂いがして空腹が刺激され、涎が出そうになる。

 俺も早く魔法を覚えたいのだが、魔力を認識し、正しい発音で魔法名を唱え、周囲のエーテルに呼びかけなければ使えない。どれもまだできないので、イグニッションですら覚えるのは大分先になりそうだ。

「おい、腹が減った」
「もう少しで焼けるから待って」

 文句があるなら早く帰ってくれば良かったのに。素材集めに苦戦したのかな? 食料を持ってきてくれるので文句はないけど、俺はまだ子供だというのを思い出して少しだけ優しくして欲しいとは思った。

 肉の片面が焼けたのでひっくり返す。肉汁がしたたり落ちて火の勢いが強くなった。脂身が多いので豚系統の肉だろうか。空腹がさらに刺激されて胃が痛くなってきた。そういえば今日は何も食べてない。早く口に入れたいな。

 辛抱強くじっと我慢していると、ほどよく肉が焼けた。木皿に移してから塩を追加で振りかけてテーブルにもっていく。待っている間に父親は固い黒いパンやフォークとナイフ、さらにはコップまでを持ってきてくれていたようだ。

 子供に任せっきりだと思っていたけど、意外と働いてくれたので嬉しい。分かりにくいだけで優しさはあるのだろう。

 椅子に座るとルタスはナイフで肉を切る。

 俺も肉を切り分けて口に入れる。舌の上にのせると肉が溶けた。高級肉のように柔らかく、芳醇な旨みが口内に広がっていく。クセのない臭いは子供の舌でも食べやすく、この世界に来て初めて美味しいと感じる食事である。空腹が満たされ、多幸感に包まれて心が安らぐ。

「これは何の肉?」
「レッサードラゴンだ」
「!?」

 ファンタジー世界定番の魔物の肉を食べていたのか!

 美味しいのも納得できる。しっかりと味わおう。

 意識を舌に集中して肉を食べつつ、たまにサラダを食べて口の中をさっぱりさせる。二対一ぐらいの分配が飽きずにちょうど良い。

 パンだけは固いから美味しくはないけど気にはならなかった。

 肉を半分ほど食べ進めると先に食事を終えたルタスが口を開く。

「ミスリル水銀を作って何をするつもりだ?」
「ゴーレムを作る」
「ほぅ。お前はそっち方面に進むのか」

 錬金術のすべてを学ぶには、あまりにも人生は短い。一般的に専攻するジャンルを決めて研究を進めていく。俺は共にいるパートナーが欲しく、フィギュア作りの経験も活かせそうな方面を選んだのだ。

「ルーベルトは錬金術として大きな一歩を踏み出した。道を間違えず、真っ直ぐ進み、精進を続けろ」

 師匠のようなことを言うと笑顔になると頭を撫でてきた。息子として、そして錬金術師としても成長していると褒められたような気分になり素直に嬉しいと感じる。心が満たされたのだ。

 そうか……何でも良いから、俺は認められたかったんだな。

「ゴーレムを作るならコア製作も覚えないといけないな。魔石の加工はどこまで理解している?」
「魔石に魔方陣を刻んでゴーレム液を流し込むぐらい」
「その程度か」

 バカにしたのではなく、知識レベルを確認されただけなので不快感はない。

「魔方陣については本に書いてあるとおりに描けば基本動作はできるだろう。特殊なことをさせたいのであれば新しく自分で創り上げる必要はあるが、専門家でなければ時間がかかってしまう。他人の研究結果を盗み出した方が早い」

 色んなことをさせたかったので、新しい機能を付けられないと分かって残念だ。

「だが、これは一般的な話でお前は違う。錬金術の天才である、この俺がいる」
「どういうこと?」
「俺は、ゴーレム用の新しい魔方陣を生み出せる」
「!!」

 そういえばルタスは家で色んな錬金をしていた。知識も偏ってなく幅広い。特定のジャンルに絞らず研究を進めていたのか。

 今までの生活を振り返ると、天才という言葉に真実味があった。

「後でやりたいことをまとめておけ」
「うん。ありがとう」

 初めて父親としてルタスにお礼を言った気がする。

 恥ずかしかったが、向こうも同じようだった。頬をかきながら俺から顔を背けたのである。

「魔石を削ること自体は慣れるしかないから、今のうちに練習しておけ。魔石は倉庫にあるから小さい物なら好きなだけ使って良い」
「うん。そうする」
「ゴーレム液はポーションと作り方は似ている。使う材料が違うだけだ。すぐに覚えられるだろうが、ペルロ草には気をつけろ。採取してから三日以内に加工してゴーレム液にしないと効果が著しく落ちる。可能であればその採取してから二日以内に錬成させるのが望ましい。覚えておけ」
「わかったけど、そのペルロ草は近くに生えているの?」
「近くにはあるが、わかりにくい場所にある。俺が連れ行っても良いのだが……」

 他にやりたいことがあるのだろう。言い淀んでいる。

 ゴーレム用の魔方陣作成をお願いできるのだ。これ以上、時間を使ってもらったら悪い。例え息子であっても遠慮しなければいけないと思った。

「自分で探してみるよ」
「いいのか?」
「素材探しも錬金術師の仕事、だよね?」
「ああ。そうだ」

 考えを気にいってくれたみたいでニヤリと口角を上げた。

「お前は錬金術に向いているみたいだな」
「息子だからね」
「……そうだな。俺の息子だ。間違いない」

 かみしめるように言うと、皿を持って立ち上がってしまった。

 これから採取してきた素材の加工をするのだろう。仕事を見られるのはあまり好きじゃないみたいなので、食べ終わったら俺は錬金術の本でも読み進めるとしよう。