父親から回復ポーションの作り方を教えてもらってから二日が経過した。
どうやら作ったものは、どこかの店に卸す物ではなく、この森を管理しているエルフの国に直接納品するものらしい。金は受け取ってないみたいなので献上品みたいな扱いなんだろう。搾取されていると憤りを感じるが、エーテルが豊富な場所に住まわせてもらっている家賃代わりだと思って無理やり納得するしかなかった。
作った最高級の回復ポーションは百本を超え、すべて大きめな木箱に入れて倉庫に保管している。今日はエルフが受け取りに来てくれるらしいのだが、ルタスは素材を集めの外出をしているため、今日は俺が受付担当だ。
荷運びはエルフがやるらしいので、子供の俺で滞りなく納品できると思っているのだろう。まったく自分勝手なところは変わってないな。
相手が来るまで暇を潰したいので、本棚から錬金術の本を読む。文字は教わってないのになぜか分かる。転生した特典だからだろうか。都合が良いので文句はないが少し不気味だ。
本には一般的な錬金術のレシピが書かれていて、ポーション系の作り方や鉱物の錬成・精錬、他にも魔法生物系の作り方まで書いてあった。俺の目的は疑似生命体を創り上げることだから、ゴーレムの部分を読んでいく。
まず用意するのは体だ。よくあるのは岩、土、鉄といったものだが、動物の骨とかでも良いらしい。要は生物でなければ何でも良いのだ。形も人や動物に似せなくても大丈夫なみたいで、落とし穴を隠す蓋に使った錬金術師もいるらしい。そいつにはアイデア賞をあげよう。
残りの材料は命令権を付与するため必要な使用者の血液、そして魔物や人類の心臓部分にある石――魔石だ。別名エーテル貯蔵庫、もしくは魂の檻と呼ばれている。
ゴーレムを作る上で重要となるのが魔石の加工だ。
魔方陣を刻み特殊な液体を流し込んで完成するのだが、魔方陣の内容とゴーレム液の質によって性能が大きく変わる。具体的には魔方陣でできること、ゴーレム液のエーテル含有量によって腕力や判断能力に違いが出てくるのだ。俺が住んでいるエルフの森はエーテルが豊富なので、最高性能のゴーレムが作れることだろう。
せっかくなら今手に入る素材で一番良いやつを使いたい。
しかもちょっと変わったヤツだ。
アイデアはある。錬金術と関わりの深い材料、水銀をベースに体を作ることだ。エーテル含有量が80%を越えるとミスリル水銀になり、体内の魔力を流せば金属を越える硬さになるらしい。体の一部が武器や防具にもなる。ミスリル水銀以上にレアな素材が手に入らない限り、計画を変える必要はないだろう。
水銀については素材用の倉庫にたっぷりあったので問題ない。父親から使用許可も得ている。
問題はミスリル化する方法だが実は判明している。なんと、俺の寝床だった壺が使えるらしいのだ。あれは中にある物体や生物に周囲のエーテルを付与する魔道具らしく、水銀を入れて放置すればミスリル水銀になる、と本に書いてあった。
生まれてからずっと壺に入れられたのは父親の虐待ではなく、エーテルを入れて体内の魔力量を増やすためにやっていたのである。やっていた理由は判明したが、やはり子育てとしてはおかしいだろう。普通は思いついても実行まではしない。やぱりルタスは、ちょっとズレた人間であることは間違いないだろう。
本をパタンと閉じると倉庫へ行き、水銀がたっぷり入っている樽の前に立つ。あまり大きくないので子供でも移動させられそうだ。樽を持ち上げてリビングに戻るとベッド代わり使っていた壺に水銀を注いでいく。後はゴミが入らないように蓋をしておけば準備完了だ。
放置していればそのうちミスリル水銀となるだろう。
壺に手で触れる。ひんやりと冷たい感触があった。赤子にとっては極寒ぐらいの温度だっただろうに。ほんと、よく風邪を引かなかったよ。
「長年お世話になったな。お前とはお別れだ」
俺の寝床はなくなったので、これからはベッドで寝ることになる。ルタスと同じ部屋なのはちょっと嫌だが他に場所がないので諦めるしかない。
「錬金術師はいるか?」
感傷的な別れをしていると外から声が聞こえた。
これから魔石の加工について勉強しようと思ってたのにタイミングが悪い。
ドアを開けて来訪者を見上げると、長い耳に金髪のエルフの男と離れたところに少女がいる。気が弱いのか俺には近づかず、荷馬車から覗くようにして見ていた。
「お前誰だ?」
「錬金術師ルタスの息子、名前はルーベルトです」
不遜な態度は気になったがエルフの怒りは買いたくない。素直に返事して軽く頭を下げた。
「あの男に子供なんていたか……?」
雑な育児をされていたので、周囲に俺の存在を伝えてなくても不思議には思わない。むしろイメージ通りで安心するぐらいだ。やばい、少し毒されてきたな。
「数年前からいました」
「……ふむ、そういうことか」
思い当たる節があったみたいで、エルフの男は納得してくれた。
疑われても息子だと証明する手段がなかったので助かったよ。
「父は素材集めに出かけてしまったため、回復ポーションの納品は代わりに私がします」
「妙に賢いな。ルタスより物わかりが良さそうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
初対面だというのに、エルフの男は立場が上という態度を崩さない。それが気にいらなかったので、適当に返事してから室内に置かれた木箱まで移動する。
さっさと仕事を終わらせて帰ってもらおう。
「こちらにご依頼の品があります。中身は確認されますか?」
「念のためな」
ズカズカとエルフの男が入ると、ガラス管を取り出して検品していく。
時間がかかりそうだったので、玄関にまで来たエルフの少女に近づいてみた。
他人と話すのは緊張するが、相手は五歳前後の子供だと思えば気は楽である。精神年齢はこちらが上なのだから、気負わず役者だと思って立ち回ろう。頑張れ、俺!
「こんにちは。俺はルーベルト。君のお名前は?」
「……サリー」
「サリー! 可愛い名前だね」
褒めたら頬が赤くなった。顔を下に向ける。
恥ずかしがっているみたいで、初々しい感じがする。お世辞抜きにかわいい。エルフの男とは違って人間である俺とも対等に話してくれそうだ。これはお近づきになるチャンスじゃないか?
「その……ありがとう」
「どういたしまして。俺はここで錬金術の勉強をしているんだけど、サリーは何かしているの?」
「回復ポーションの荷運び……それと……薬草の採取……とか……しているよ」
「そうなんだ! 薬草には詳しいの?」
「うん」
「だったら今度、薬草採取するときに俺も連れて行ってくれないかな?」
「いいの? 退屈だと思うよ」
「そんなこと、絶対にない。錬金術に使えるかもしれないし、絶対に楽しいって!」
転生して数年。実は家の周りしか知らないのだ。
素材集めはルタスだけがやっているので、俺は錬成しかしたことがないのだ。
素材集めの機会が欲しくてサリーの肩にてを置いて強引に迫る。
「わ、わかったから。連れて行くから……」
「よかった! ありがとう!」
思っていたとおり押しに弱いタイプだった。こういった人は約束を守ろうとするので、連れて行ってくれることだろう。
肩から手を離して数歩離れる。
「楽しみにしているから」
念押しするとエルフの男が木箱を担いで戻ってきた。
重いと思うんだけど……意外と力があるんだな。
「確認した。本数、品質共に問題ないから持って帰るぞ」
「はい。よろしくお願いします」
受取書みたいなものなんて存在しないようで、エルフの男は荷台に積み込んでいく。サリーも小さい体を使って手伝う。二人は家族のようには見えないので、仕事仲間という感じだろうか。
俺は手伝わない。作業が終わると荷馬車が去るのを見送る。
こうして回復ポーションの納品は無事に終わったのだった。
どうやら作ったものは、どこかの店に卸す物ではなく、この森を管理しているエルフの国に直接納品するものらしい。金は受け取ってないみたいなので献上品みたいな扱いなんだろう。搾取されていると憤りを感じるが、エーテルが豊富な場所に住まわせてもらっている家賃代わりだと思って無理やり納得するしかなかった。
作った最高級の回復ポーションは百本を超え、すべて大きめな木箱に入れて倉庫に保管している。今日はエルフが受け取りに来てくれるらしいのだが、ルタスは素材を集めの外出をしているため、今日は俺が受付担当だ。
荷運びはエルフがやるらしいので、子供の俺で滞りなく納品できると思っているのだろう。まったく自分勝手なところは変わってないな。
相手が来るまで暇を潰したいので、本棚から錬金術の本を読む。文字は教わってないのになぜか分かる。転生した特典だからだろうか。都合が良いので文句はないが少し不気味だ。
本には一般的な錬金術のレシピが書かれていて、ポーション系の作り方や鉱物の錬成・精錬、他にも魔法生物系の作り方まで書いてあった。俺の目的は疑似生命体を創り上げることだから、ゴーレムの部分を読んでいく。
まず用意するのは体だ。よくあるのは岩、土、鉄といったものだが、動物の骨とかでも良いらしい。要は生物でなければ何でも良いのだ。形も人や動物に似せなくても大丈夫なみたいで、落とし穴を隠す蓋に使った錬金術師もいるらしい。そいつにはアイデア賞をあげよう。
残りの材料は命令権を付与するため必要な使用者の血液、そして魔物や人類の心臓部分にある石――魔石だ。別名エーテル貯蔵庫、もしくは魂の檻と呼ばれている。
ゴーレムを作る上で重要となるのが魔石の加工だ。
魔方陣を刻み特殊な液体を流し込んで完成するのだが、魔方陣の内容とゴーレム液の質によって性能が大きく変わる。具体的には魔方陣でできること、ゴーレム液のエーテル含有量によって腕力や判断能力に違いが出てくるのだ。俺が住んでいるエルフの森はエーテルが豊富なので、最高性能のゴーレムが作れることだろう。
せっかくなら今手に入る素材で一番良いやつを使いたい。
しかもちょっと変わったヤツだ。
アイデアはある。錬金術と関わりの深い材料、水銀をベースに体を作ることだ。エーテル含有量が80%を越えるとミスリル水銀になり、体内の魔力を流せば金属を越える硬さになるらしい。体の一部が武器や防具にもなる。ミスリル水銀以上にレアな素材が手に入らない限り、計画を変える必要はないだろう。
水銀については素材用の倉庫にたっぷりあったので問題ない。父親から使用許可も得ている。
問題はミスリル化する方法だが実は判明している。なんと、俺の寝床だった壺が使えるらしいのだ。あれは中にある物体や生物に周囲のエーテルを付与する魔道具らしく、水銀を入れて放置すればミスリル水銀になる、と本に書いてあった。
生まれてからずっと壺に入れられたのは父親の虐待ではなく、エーテルを入れて体内の魔力量を増やすためにやっていたのである。やっていた理由は判明したが、やはり子育てとしてはおかしいだろう。普通は思いついても実行まではしない。やぱりルタスは、ちょっとズレた人間であることは間違いないだろう。
本をパタンと閉じると倉庫へ行き、水銀がたっぷり入っている樽の前に立つ。あまり大きくないので子供でも移動させられそうだ。樽を持ち上げてリビングに戻るとベッド代わり使っていた壺に水銀を注いでいく。後はゴミが入らないように蓋をしておけば準備完了だ。
放置していればそのうちミスリル水銀となるだろう。
壺に手で触れる。ひんやりと冷たい感触があった。赤子にとっては極寒ぐらいの温度だっただろうに。ほんと、よく風邪を引かなかったよ。
「長年お世話になったな。お前とはお別れだ」
俺の寝床はなくなったので、これからはベッドで寝ることになる。ルタスと同じ部屋なのはちょっと嫌だが他に場所がないので諦めるしかない。
「錬金術師はいるか?」
感傷的な別れをしていると外から声が聞こえた。
これから魔石の加工について勉強しようと思ってたのにタイミングが悪い。
ドアを開けて来訪者を見上げると、長い耳に金髪のエルフの男と離れたところに少女がいる。気が弱いのか俺には近づかず、荷馬車から覗くようにして見ていた。
「お前誰だ?」
「錬金術師ルタスの息子、名前はルーベルトです」
不遜な態度は気になったがエルフの怒りは買いたくない。素直に返事して軽く頭を下げた。
「あの男に子供なんていたか……?」
雑な育児をされていたので、周囲に俺の存在を伝えてなくても不思議には思わない。むしろイメージ通りで安心するぐらいだ。やばい、少し毒されてきたな。
「数年前からいました」
「……ふむ、そういうことか」
思い当たる節があったみたいで、エルフの男は納得してくれた。
疑われても息子だと証明する手段がなかったので助かったよ。
「父は素材集めに出かけてしまったため、回復ポーションの納品は代わりに私がします」
「妙に賢いな。ルタスより物わかりが良さそうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
初対面だというのに、エルフの男は立場が上という態度を崩さない。それが気にいらなかったので、適当に返事してから室内に置かれた木箱まで移動する。
さっさと仕事を終わらせて帰ってもらおう。
「こちらにご依頼の品があります。中身は確認されますか?」
「念のためな」
ズカズカとエルフの男が入ると、ガラス管を取り出して検品していく。
時間がかかりそうだったので、玄関にまで来たエルフの少女に近づいてみた。
他人と話すのは緊張するが、相手は五歳前後の子供だと思えば気は楽である。精神年齢はこちらが上なのだから、気負わず役者だと思って立ち回ろう。頑張れ、俺!
「こんにちは。俺はルーベルト。君のお名前は?」
「……サリー」
「サリー! 可愛い名前だね」
褒めたら頬が赤くなった。顔を下に向ける。
恥ずかしがっているみたいで、初々しい感じがする。お世辞抜きにかわいい。エルフの男とは違って人間である俺とも対等に話してくれそうだ。これはお近づきになるチャンスじゃないか?
「その……ありがとう」
「どういたしまして。俺はここで錬金術の勉強をしているんだけど、サリーは何かしているの?」
「回復ポーションの荷運び……それと……薬草の採取……とか……しているよ」
「そうなんだ! 薬草には詳しいの?」
「うん」
「だったら今度、薬草採取するときに俺も連れて行ってくれないかな?」
「いいの? 退屈だと思うよ」
「そんなこと、絶対にない。錬金術に使えるかもしれないし、絶対に楽しいって!」
転生して数年。実は家の周りしか知らないのだ。
素材集めはルタスだけがやっているので、俺は錬成しかしたことがないのだ。
素材集めの機会が欲しくてサリーの肩にてを置いて強引に迫る。
「わ、わかったから。連れて行くから……」
「よかった! ありがとう!」
思っていたとおり押しに弱いタイプだった。こういった人は約束を守ろうとするので、連れて行ってくれることだろう。
肩から手を離して数歩離れる。
「楽しみにしているから」
念押しするとエルフの男が木箱を担いで戻ってきた。
重いと思うんだけど……意外と力があるんだな。
「確認した。本数、品質共に問題ないから持って帰るぞ」
「はい。よろしくお願いします」
受取書みたいなものなんて存在しないようで、エルフの男は荷台に積み込んでいく。サリーも小さい体を使って手伝う。二人は家族のようには見えないので、仕事仲間という感じだろうか。
俺は手伝わない。作業が終わると荷馬車が去るのを見送る。
こうして回復ポーションの納品は無事に終わったのだった。