作業台に魔石をおくと彫刻刀のような刃物で溝を作る作業を始めるとする。

 この体のスペックは非常に高いらしく、一度見たものは記憶できるため本を見る必要はない。

 まずはどのゴーレムにも必ず入る『基本動作』『命令遵守』は描くのだが、非常に簡素で円形に数文字刻めば完成だ。三十分で終わってしまう。

 続いて『外部干渉拒否』の魔方陣を描く。これを入れておかないと外部から魔石の魔力を操作できてしまうため、ゴーレムの機能停止、最悪は命令権を奪われることもありえる。パソコンでいうファイヤウォール的な役割を果たしてくれる重要な機能なのだが、魔方陣が非常に複雑なので描くのに苦労した。なんと丸一日かかってしまった。安売りしているタイプだと入ってないことも多いんだろうな。

 一般的な能力を持たすのであれば、ここで終わらすのだろうけど僕が欲しいのは戦闘用だ。魔石にはまだ余裕があるので他の機能も追加したいけど、さすがに寝食を忘れてゴーレムを作るわけにはいかない。本日の作業はこれまで。

 疲れたので風呂に入ってそのままベッドで寝てしまった。

 翌朝。父親は帰ってこなかった。便りがないのは元気な証拠だ。きっと生活のために頑張っているんだろうと思うことにして作業を再開する。

「今日も頑張りますか!」

 作業台の近くにある椅子に腰を下ろす。

 彫刻刀と魔石を持って目をつぶる。

 思い出しているのはゴーレム用の魔方陣が描かれた本だ。父親お手製らしく世に出回ってないものもある。『光線』といったビームみたいなのを出す機能も付けられるみたいだけど、一度使ったら魔石にためた魔力が空になるので数日は動けなくなるみたいだ。必殺技として初号機に搭載させたい気持ちはあるけど、現時点では実用的じゃなさそうと思って実装は見送る。

 その代わり魔力によって硬度が変わる素材の特徴を使用した『魔力操作』『部位変形』を入れよう。

 普段は魔力を使わず軽量モードで運用しながら、戦闘が発生すると『魔力操作』によって硬度を高め、さらに『部位変形』で体の一部を武器に変えるつもりだ。地味だけどスケイル銀の特性を上手く使えるので特別感があって良い。しかもそこまで複雑じゃないから、今回の魔石に描く余裕もあるというのもポイントは高かった。

 これらは半日かけて描き込み、余ったスペースに『剣士』の効果を含めた魔方陣を彫っていく。これを入れるだけで熟練の剣士みたいな動きができるようになるらしい。便利プログラム……いや、異世界風に言えばスキルか。

 まあ名称はともかく、夜になって当初予定していた機能をすべて入れたので、溝にゴーレム液を流し込んで放置する。瓶の三分の一ぐらいしか使わなかった。残りは別のゴーレムを作るときに使うとしよう。

 完全に乾くまで二日かかった。やはり父親は帰ってこない。

 さすがに少し心配だが、ようやく素材が揃ったので今はゴーレム作りに専念したい。明日までに帰ってこなければ探しに行こうと思いつつ錬成板を床に置いた。

 魔石を持ちながら魔力を込めていく。ぐんぐんと吸い取られていって途中でとまった。これで魔力が切れるまで俺の命令しか聞かなくなる。

 錬成板にある上の円には魔石を、下の円にはスケイル銀の鉱石を設置した。

 成人男性ほどの大きさを狙うなら鉱石はかなりの量が必要となるが、錬金術によって素材を圧縮しているので顔ぐらいのサイズしかない。

「ついにゴーレム作っちゃいますか」

 手をこすり合わせながら言うと、錬成板に手を置いた。

 魔力と一緒に完成のイメージも流し込んでいく。ベースは人間だ。二本の足、二本の手、体と頭がある。細かな造形はできないので全身はつるりとした見た目にする。

 そう、俺が作ろうとしている見た目はマネキンだ。ただし腕や足といった部分は球体関節人形を参考にしている。これでスムーズに体が動かせるようになるはずだ。

 光が収まると俺がイメージした通りのゴーレムが立っていた。

 声を発する機能は入れてないので無言でいる。俺の命令を待っているのだ。

「錬成板を作業台の上に置いてくれ」

 首をかくんと縦に振ると錬成板を持ち上げて、命令通りに傷つかないよう作業台へ置いた。

 魔石に刻んだ『基本動作』『命令遵守』は問題なく動作している。ゴーレムの左胸に手を当てて体内の魔力を乱そうとするが、邪魔されてしまって上手くいかなかった。『外部干渉拒否』も正常稼働中だ。魔力を流し込むと魔石は消費した分を補充できたので、変な悪さもしていない。

「初めてにしては良い感じじゃないか」
「何がだ?」

 入り口から声がしたので振り返ると父親が立っていた。

 相変わらず顔色が悪く病人みたいなのだが、今日はよりいっそう死に近づいている気がする。疲れていそうだ。

「おかえり」
「ゴーレムを作ったのか」

 俺の挨拶なんて無視して部屋に入ると、できたばかりのゴーレムに触れた。

「合成した鉱石を使ったか? ミスリル銀が入っていそうだが……ベースは何だ?」
「この前見つけたドラゴンっぽい鱗」
「よい選択だ。材質だけ見れば最高級品レベルだぞ」

 レベルの高い錬金術師に褒められて嬉しくなった。

「動作確認はどこまでやった?」
「基本動作、命令遵守、外部干渉拒否だけ。戦闘機能も入れているけど、まだ未確認だよ」
「ふむ」

 父親はゴーレムに触りながら、ぶつぶつと魔法名を唱えた。

 ここまでは聞こえてこないので何をしているか分からない。終わるまで待つけど意外と時間がかかっていた。椅子に座って作業台に肘をつき、顎を乗せる。

 まだ何かを見ているみたいだ。

 数日もの間、エルフと何を話していたのだろう。聞けば教えてくれるだろうか。無理だろうな。

 あまり細かいことを言わない性格だ。察しろ、もしくは自分で調べてろ、なんて言われて終わりだろう。長い付き合いになってきたのでなんとなく分かる。

「入れた機能は剣士、魔力操作、部位変形か。すべて正常に動いている。問題ない」
「よくわかったね?」
「ゴーレムメンテナンス用の魔法を使ったからな」
「魔石に『外部干渉拒否』があるからで、魔石の情報なんて読み取れないでしょ? どうやったの?」
「透視系の魔法を使って覗き込んだだけだ」
「えー。そんなことで回避できるんだ……」
「なんにでも裏技がある」

 性能を把握して満足した父親は、一方的に言うと部屋に入ってしまった。

 透視防止なんて魔方陣はなかったので、今回の方法は防ぎようがない。ま、じっくり見なければ解析なんてできないだろうから問題はないだろうけど、実力の差を見せつけられたようで少し悔しかった。

 いつか絶対にすげぇと言わせてやる。