「病気に振り回される人生だったな……」

 俺は生まれたときから体の弱い子供だった。

 ちょっと運動しただけで高熱を出して、何度も入退院を繰り返してしまう。全力で走るなんてもってのほか。スポーツなんて論外だ。欠陥品を産んだことを認めたくないのか、両親は俺に関わるようなことはしなかった。家族の温かさを感じたことはない。

 だから病院だけでなく家でも常に一人だった。

 人よりほんの少し多くの本を読み、動画を見て、ゲームで遊ぶ。それもしばらくして飽きてしまったので、フィギュア作りに没頭していく。物作りというのは有り余る時間を消費するのに都合が良く、暇だと思ってしまうことはかなり減った。

 けど俺が手に入れたのはそれだけ。他には何もない。授業は休みがちでテストの結果は平均点以下ばかり。運動だって苦手だ。秀でたものなんてなにもなく、努力しようとしても体力がないので続かない。常に体内に毒が回っているような状況だから本気ってのは一度も出せたことがなかった。常に体の限界を感じていたのだ。

 だから大好きなフィギュア作りも熱中できて楽しめたけど、結果的に完成した数は少ない。

 普通って、こんなに難しかったんだな。

 絶望している中、生きていても意味のない人生は、やはり病によって終わった。

 全身を蝕む病魔。

 貧血に発熱、頭痛や吐き気が続き、しだいに骨が痛くなる。

 病名は覚えてないけど免疫力が大きく低下するみたいで、重度の肺炎を患って息苦しい。

 生まれたときからスタートラインはマイナスで、何かを成すことはできなかった。

 歴史に残るような人間になりたいとまでは言わないから、せめて友達の一人ぐらいは欲しかった。

 もっと頑丈で優秀な体さえあれば、そんなものも作れたのかな。

 もうすぐ死ぬだろうと分かっても両親は見舞いに来ることはなく、強い孤独を感じながら短い人生を終えてしまった。


 * * *


 目を開いたら丸く切り取られた天上があった。

 穴の中にいるみたいだ。

 起き上がろうとしても体は思うとおりに動かない。手足、首、頭といった体のパーツをつなぐ神経が切断されているような感覚。無理に動かそうとしたら激痛が走る。

 死ぬ直前の苦痛に似ていて呼吸をするだけで辛い。

 泣き出したいのに声すら出せず、静かに涙をポロポロとこぼす。

「生きているか?」

 男性の声が聞こえた。穴の上から覗き込んで俺を見ている。

 年齢は四十代ぐらいだろうか。無精髭が生えていて目に隈がある。頬はこけていて顔色が悪く、お世辞にも健康的だとは言えない。死ぬ直前の俺に似ていた。

 手を伸ばしてくると俺の体を持ち上げる。

 穴から出されると見たことのない家だった。山小屋みたい。

 男は隅にある作業台みたいなテーブルへ俺を置く。

 頭を横にされたので、さっきまでいた場所が視界に入った。

 どうやら大きな壺に入れられていたみたいなのだ。なんでそんな場所に寝ていたんだと疑問が浮かぶのと同時に、さらに気になる点が見つかった。高校生の俺が入れないサイズなのだ。そもそも作業台もあまり大きくない。なのにちゃんと横になれている。その事実に違和感を覚えた。

 体が縮ん――いたッ!

 頭が割れそうなほどの激痛に襲われた。

 考えがまとまらない。

 男が手鏡を持って戻ってくると、俺の姿を写してくれる。

「これが見えるか?」

 驚いたことに映っている姿は赤子だった。短い金髪にくりっとした蒼い目。愛嬌があって、自分のことながら可愛らしいと思ってしまった。髪や目の色が男と一緒だから彼は父親なのだろう。

 日本じゃない場所に生まれ変わったのか?

 にしては、俺は未知の言語をなぜか理解できている。

 どういうことだ?

「眼球は動いている。反応はしているが、返事はできないか。前例がないからこれが正常なのかわからんな。赤子とは難しい」

 この俺を未知の生物だと思っているみたいだ。明らかに子育てになれていない。

 頭をボリボリとかいた男は再び俺を抱きかかえると、大きな壺の中に戻した。

 布団やマットレスなんて敷かれてないので陶器の固い感触が襲いかかってくる。

 育児の知識はないみたいだから親切な俺が教えてやる。

 これ、虐待だぞ。

 頼む、母親よ、早く気づいてくれと祈るけど、何日経っても父親しか出てこない。

 全身の痛みに耐えながら哺乳瓶らしきものを口に突っ込まれ、自力でげっぷを出した。これをしないと呼吸が苦しくなるんだよな。完璧な食事をさせたと思い込んでいる父親に、おむつを替えてもらいベッド代わりの壺に戻される。

 そんな日々が続いているのだ。

 時間はかかったが、ようやく母親はおらず、未熟な父親だけに育てられていると察した。

 地獄だな。

 転生しても試練は続くようだ。

「今日も生きているか?」

 まったくもって愛情を感じない挨拶をされると、壺から取り出されて抱っこひもでおんぶされた。

 結構な日数が経過したようで、首が据わって周囲を見渡せるようになっている。また目覚めたときに感じていた痛みは薄れていて、発熱や頭痛、吐き気なんてものはなく健康そのものだ。

 新しい体はポンコツじゃない。

 それだけでワクワクしてくる。贅沢は言わないから普通の生活が送れるぐらいの頑丈さはあってくれよ。

 父親は俺を背負いながら作業台の近くの丸い椅子に座り、赤黒い水晶らしきものを削り始めた。

 暇なのでいつも通り周囲を見る。

 部屋には小さな炉があって今は火が落ちているけど、たまにフラスコに入った液体を沸騰させている。お茶でも湧かしているのだろうか? 謎だ。

 また別の場所にはすり鉢が置かれていて、乾燥した草を細かく砕くこともあった。他にもよく分からない魔方陣の描かれた板もある。もしかしたらこの世界には、魔法的な何かがあるんじゃないかと期待感が湧いてくる。板を見る度に胸は高まっていた。

 ドアが二つあって一つは寝室につながっていることは分かっている。もう一つは食料の他、鉱石や草、液体の入った瓶、毛皮、骨など素材らしき物が置かれていた。多分、大きな倉庫だと思う。

 どう考えても日本じゃない。少なくとも海外だ。ここは、どこなのだろう。異世界だったら良いな。

 外に出してもらえることはなく、父親は一人でよく分からない作業をしているせいで、全く情報が集まらない。そういえば何の仕事しているのだろう。

 どうやって金を稼いでいる?

 もっと情報が欲しい。父親よ。息子に構ってくれ。

 手足を動かして必死にアピールするけど気づかれることはなかった。

 赤黒い石を削るのに集中して無視されているみたいだ。

 やはりこの男は子育てに向いていない。

「あー、だぁーーっ!」

 声を出しても変わらない。放置である。

 次第にお腹が減ってきたので本気で泣いてみるけど無視は続く。

 あ、やばい。結構つらい。

 さらにお漏らしをしてしまったみたいで、おむつが濡れて不快感が高まっていく。

 けど気づいてくれない。

 子育てに慣れてないことまでは許すけど、さすがにこれは酷いだろ。

 殺すつもりか?

 死にたくないので全力で暴れるが、疲れて寝てしまった。

 結局、この日は仕事を終えた父親が夜になってようやく、俺が空腹だというのに気づいてくれた。雑に哺乳瓶を口に突っ込まれ、温いミルクを飲むこととなる。

 赤子に一日一食生活を強要するなんて……よく死ななかったなぁ。

 頑丈な体を手に入れたと考えれば悪い気はしないが、寝床は相変わらず大きい壺の中だし不満は残る。せめてベッドを用意して欲しい。頭の形が悪くなりそうで心配だよ。

 ちなみに、おむつは替えてもらえなかった。

 途中で面倒になったみたいで、下半身を露出したまま壺に戻されたのだ。死ななければいいやなんて思われて草である。

 この男、父親の自覚があるのだろうか?

 多分、ないだろうな。