「病院に着いたら、少女を探していたと思しき父親が居てな。少女と合流するとすぐに病院の中に入ってしまったので、結局少女の名前を聞けずに別れてしまった。おれもすぐに清水の車で父の元に戻ったが、夜半だったこともあってすぐ休むように言われた。だがそれでも心のどこかで少女のことが引っかかっていた。翌日には帰ってしまうので、その前にもう一度会えないかと考え、一夜明けた早朝にまた少女と別れた病院に向かったのだ。清水の制止も聞かずに、たった一人で……。そこから先の記憶が曖昧なのだ。おそらく病院に行く途中で何かが起こって、青龍の形代としてこの世界にやって来たのだろうな。気付いた時にはこの山に居て、師匠に介抱されていた」
「ということは、その女の子とは再会出来なかったんですね」
「そうなるな。その少女と少女の母親がどうなったのか気になるが、この世界に来た以上、最早知る術は存在しない。それならただ願うだけだ。あの日交わした約束の通りに、今も少女が笑って暮らしていることを。母親の病気が快癒したにしろ、しなかったにしろ、少女が幸せな日々を送っているようにおれは祈り続ける。青龍として務めを果たしていれば、いつかこの願いは少女に届くかもしれないからな。もっともその少女は約束どころか、おれのことさえ忘れているかもしれないが」
「きっとその子も覚えていると思います。もし忘れてしまったとしても、何かしらは心に残ると思います。私にも似たような記憶がありますよ。お母さんの病気を神頼みしに行った時、一緒に行ってくれた男の子との思い出。その子の顔や話した内容もすっかり忘れてしまいましたが、側にいてくれてとても心強かったです。もしかしたらその相手は蛍流さんだったかもしれませんね」
「お前が追憶の中の少女だったら、忘れるわけがない。こんなにも魅力的で可憐な目もあやなお前のことを……」
そこまで言い掛けたところで、恥ずかしくなったのか蛍流は顔を逸らすとわざとらしい咳払いをする。水も滴るような絶世の美男子である蛍流からの誉め言葉に海音もじわじわと恥ずかしさがこみ上げてくると、紅葉を散らした顔を見られないように横を向いたのだった。
「可憐なわけありませんよっ! 今まで彼氏さえいませんでしたし、告白でさえ一度もされたことはありません!」
「それは他の男の見る目が無いからだ。だが先程お前が言っていたように、過去にお前と会っていたら何かは心に残るだろうと思う。それかどうかは知らないが、お前とは不思議と初めて会った気がしないのだ。やはりどこかで会っているのかもしれないな」
「そうですか。私は何も覚えていなくて……。でも蛍流さんの手と触れ合う度に、どこか懐かしい気がするんです。安心すると言えばいいのか、落ち着くというのか……」
これまで蛍流の背に負われ、蛍流と手を繋ぎ、そして頬や頭を触れられもしたが、いずれも不快に感じられなかった。それどころか、とても心地良いとされ思っていた。男らしい大きく皮の厚い手にしては、小動物や真綿に触れる時のような、力を抜いた柔らかな触り方だからだろうか。
「もしかすると神頼みをしに行った時に会ったという少年が、お前を心配して手を握っていたのかもしれないな。この時のおれも病院に着くまで、少女の手をずっと握りしめた。車の後部座席に並んで座った時もな。少女が不安そうに震えながらおれの手を掴んでいたというのもあるだろうが、ただ単に頼られて嬉しかっただけかもしれない。それまであまり異性と触れ合うということをしてこなかったからな」
「へえ、意外です。女性の扱いが慣れているように思いましたが……」
「まさか。この間も清水に注意されたのを知っているだろう。生まれてこの方、異性と関係を持ったことはほとんど無いに等しい。自ら迎えると決めたものの、伴侶と上手くいくのかさえ心配していたのだ。お前が伴侶だったら、どれだけ良かったことか……」
その言葉に海音は声を飲むと瞬きを繰り返す。海音自身はずっと身代わりを哀れに思った蛍流が情けをかけて、ここに置いてくれているとばかり思っていた。いずれは追い出されることも、伴侶を騙った罪人として政府に渡される可能性も考えていた。
そんな覚悟をしていた分、何でも無い自分を必要としてくれているとは全く思いも寄らなかったので、どう言葉を返していいのか分からない。
「私が伴侶だったら、上手くいっていましたか? その……伴侶との関係を……」
「それだけじゃない。おれはお前に居場所を与えられる。青龍の伴侶という誰にも侵されない居場所をな。そうすれば、お前だってこの世界に来た意味と役割が分からないと泣かずに済むだろう」
和華の身代わりとして蛍流の元に来た次の日。この世界での身の置き場がない不安から泣き出した海音を蛍流が真摯に受け止めてくれた。「今はここがお前の居場所だ」と断言してくれた蛍流の言葉は今も胸に刻まれている。あれほどまでに心強い言葉を掛けられたことは、この世界に来てからこれまで一度たりとも無かった。
この世界にとっては居ても居なくても問題ないような部外者の海音でも、自分を受け入れてくれる居場所があり、蛍流たちと関わることでこの世界と関係を結べる。元の世界では当たり前のようにあったものが、実は難しいものだったことを知れたのも、ここが海音の居場所だと言ってくれた蛍流のおかげ。感謝しても足りないくらいだ。
「ということは、その女の子とは再会出来なかったんですね」
「そうなるな。その少女と少女の母親がどうなったのか気になるが、この世界に来た以上、最早知る術は存在しない。それならただ願うだけだ。あの日交わした約束の通りに、今も少女が笑って暮らしていることを。母親の病気が快癒したにしろ、しなかったにしろ、少女が幸せな日々を送っているようにおれは祈り続ける。青龍として務めを果たしていれば、いつかこの願いは少女に届くかもしれないからな。もっともその少女は約束どころか、おれのことさえ忘れているかもしれないが」
「きっとその子も覚えていると思います。もし忘れてしまったとしても、何かしらは心に残ると思います。私にも似たような記憶がありますよ。お母さんの病気を神頼みしに行った時、一緒に行ってくれた男の子との思い出。その子の顔や話した内容もすっかり忘れてしまいましたが、側にいてくれてとても心強かったです。もしかしたらその相手は蛍流さんだったかもしれませんね」
「お前が追憶の中の少女だったら、忘れるわけがない。こんなにも魅力的で可憐な目もあやなお前のことを……」
そこまで言い掛けたところで、恥ずかしくなったのか蛍流は顔を逸らすとわざとらしい咳払いをする。水も滴るような絶世の美男子である蛍流からの誉め言葉に海音もじわじわと恥ずかしさがこみ上げてくると、紅葉を散らした顔を見られないように横を向いたのだった。
「可憐なわけありませんよっ! 今まで彼氏さえいませんでしたし、告白でさえ一度もされたことはありません!」
「それは他の男の見る目が無いからだ。だが先程お前が言っていたように、過去にお前と会っていたら何かは心に残るだろうと思う。それかどうかは知らないが、お前とは不思議と初めて会った気がしないのだ。やはりどこかで会っているのかもしれないな」
「そうですか。私は何も覚えていなくて……。でも蛍流さんの手と触れ合う度に、どこか懐かしい気がするんです。安心すると言えばいいのか、落ち着くというのか……」
これまで蛍流の背に負われ、蛍流と手を繋ぎ、そして頬や頭を触れられもしたが、いずれも不快に感じられなかった。それどころか、とても心地良いとされ思っていた。男らしい大きく皮の厚い手にしては、小動物や真綿に触れる時のような、力を抜いた柔らかな触り方だからだろうか。
「もしかすると神頼みをしに行った時に会ったという少年が、お前を心配して手を握っていたのかもしれないな。この時のおれも病院に着くまで、少女の手をずっと握りしめた。車の後部座席に並んで座った時もな。少女が不安そうに震えながらおれの手を掴んでいたというのもあるだろうが、ただ単に頼られて嬉しかっただけかもしれない。それまであまり異性と触れ合うということをしてこなかったからな」
「へえ、意外です。女性の扱いが慣れているように思いましたが……」
「まさか。この間も清水に注意されたのを知っているだろう。生まれてこの方、異性と関係を持ったことはほとんど無いに等しい。自ら迎えると決めたものの、伴侶と上手くいくのかさえ心配していたのだ。お前が伴侶だったら、どれだけ良かったことか……」
その言葉に海音は声を飲むと瞬きを繰り返す。海音自身はずっと身代わりを哀れに思った蛍流が情けをかけて、ここに置いてくれているとばかり思っていた。いずれは追い出されることも、伴侶を騙った罪人として政府に渡される可能性も考えていた。
そんな覚悟をしていた分、何でも無い自分を必要としてくれているとは全く思いも寄らなかったので、どう言葉を返していいのか分からない。
「私が伴侶だったら、上手くいっていましたか? その……伴侶との関係を……」
「それだけじゃない。おれはお前に居場所を与えられる。青龍の伴侶という誰にも侵されない居場所をな。そうすれば、お前だってこの世界に来た意味と役割が分からないと泣かずに済むだろう」
和華の身代わりとして蛍流の元に来た次の日。この世界での身の置き場がない不安から泣き出した海音を蛍流が真摯に受け止めてくれた。「今はここがお前の居場所だ」と断言してくれた蛍流の言葉は今も胸に刻まれている。あれほどまでに心強い言葉を掛けられたことは、この世界に来てからこれまで一度たりとも無かった。
この世界にとっては居ても居なくても問題ないような部外者の海音でも、自分を受け入れてくれる居場所があり、蛍流たちと関わることでこの世界と関係を結べる。元の世界では当たり前のようにあったものが、実は難しいものだったことを知れたのも、ここが海音の居場所だと言ってくれた蛍流のおかげ。感謝しても足りないくらいだ。