初雪は静かに降り始めた。それは僕のコートに落ちて、しばらく戸惑い、そして消えていった。
 星は見えなくなり、鉛色の空がずっと多く広がっていた。「はぁ」と白い息を吐くと今までの虚脱した気持が、少しずつふるい落ちてゆく。凝固したものが暖かい春風みたいなものに当って弛緩してゆくような状態に似ていると思った。
 十一月ともなれば街の木々は鮮やかな色彩で飾られる。
 その中を凛として歩いていた一ノ瀬白雪(いちのせしらゆき)は言葉では伝えきれない程の幻想的な美しいさがあった。

 「はいカット!……よし。OK。今日の撮影は以上となります。雪も降ってきましたので速やかに解散してください。報告事項などは後日まとめて連絡します。それではお疲れさまでした」
 
 監督の無駄に大きな声と拍手が聞こえ、周りにいた数人の部員が「お疲れ様でした」とそれに倣った後、各々が撤収作業へと移った。
 売れない女優と売れない脚本家の作る売れない映画。それでも、何としてでも作りたかった。
 監督もよく僕なんかの無茶なお願いに嫌な顔せず引き受けてくれたものだと改めて今の状況に感激していた。
 いつだったかの日に監督から”面白い”とは何か聞かれた事があった。僕は売れる物が面白いとそう答えた。世の中にある映画や小説、アニメ、漫画、ゲームは売れているから知られている。その逆もまた然りだ。
 知られているから有名作品としてテレビやネットに取り上げられる。そこから面白いと言われるようになるのではないかと。
 けれど監督は首を縦に振らなかった。「(たちばな)。もう少しよく考えてみろ」とだけ言い残し答えを教えては貰えなかった。今もまだ見つけ出せていない。
 結局、”面白い”の答えって何だろう……。 

 「海心(かいしん)
 「え?あ、白雪。お疲れ様。どうだった、撮影の方は」
 「うん。特に問題はない……けど……」
 
 どこか歯切れの悪い返答だった。普段の白雪ならばどこが良かったか具体的に説明しろだの、駄目だしを求めては逆切れしたり、けれど素直に受け取ったりと撮影後でも自分の演技と本気で向き合っているのに。
 今日の白雪はどこか変と言うか、不安そうに感じた。
 
 「……何かあったの?」

 池にいる鯉のように口をパクパクと動かすだけで、白雪は何も言わずそのまま俯いてしまった。
 静かだった雪も本降りに変わり始めた。
 何処か落ち着いて話せる場所へ移動しなければ、白雪が風邪でも引いてしまっては撮影が止まってしまう。
 そんな事になったら僕の責任だ。

 「取り敢えず、場所かえよっか」
 「……うん」