大学からの帰り道はずいぶんとオレンジがかった色に覆われ、昼間に現れていた熱気の残りが夏特有の生暖かさに変化していた。
 そこらじゅうの空気を目一杯に吸っても入ってくるのは焼き尽くされた酸素だけ。
 夕方に見渡す街の風景は疲れ切った身体を自宅へと運ぶ人達と、花火大会の会場へ浴衣姿で歩く人混みでごった返していた。
 本来ならば学生は皆、限られた青春と言う夏休みを満喫している真っただ中のはずなのだけれど。
 映画研究部を選んでしまった僕はこの季節だからこそ撮れるシーンのため止むを得ず、馬鹿みたいに晴れ上がった夏の日差しに首筋が焼かれるのを我慢してきた帰りだ。
 今みたく、ひぐらしの鳴く声がうるさい夏よりも、しんしんと音もなく雪が降る銀白の世界で起こる、ロマンティックな恋物語の方が僕は好みだけど、監督に言ったところで撮影を中断して脚本の変更などしないだろう。”もう”そこまでお願いする気力も無いが。
 辺りにいる人々は降りてくる雪よりも打ち上がってゆく花火の方が好きなのだろうか。
 「暑くないのか」「人混みが好きだったりして」などと考えながらビニール袋を手に提げ坂道を上る。
 六畳半のおんぼろアパートに入る時は必ず「ただいま」と言うようにしていた。その方が良いと思ったから。そんな律儀でお利口でどうでもいい所を褒めてくれた人がいたから。
 蒸した部屋に汗を掻いた身体のままでは気持ち悪く、コンビニで買ってきたビールも仕舞わずにお風呂場へと直行した。
 シャワーを頭から浴びると冷めた汗が流れていくのと同時に、どこか奥の片隅にあった記憶が浮かび上がってくる。
 「本当だったら、今日の花火は君みたかった……」

 
 真っ黒な空には星が一つも見当たらず、帰路で見つけた綿菓子のような白い雲はとっくに無くなっていた。
 残暑の余韻の籠もった蒸し暑い夜気の中には、鈴虫の音色、期待がこもったはしゃぐ声、コツコツと心地の良い下駄の音、音割れした放送音が響いている。
 生温くなったビールをベランダから飲みながら、ぼんやりと手を繋いで歩くカップルを見下ろす。
 羨ましいな。
 もしもあの日、あの時、君を止めていたら、君に話していたら、僕の隣に君が有り得たのかな。
 君と出会った僕はやる気のなかった勉強も身が入るようになった。将来の夢も決まったし挫けそうな場面だって不器用なりに頑張れた。
 ”恋”をした僕は強くなれたと同時に弱くもなった。
 未来がどれだけ大切なのか、君の世界の結末は幸せで終わるのか、僕と一緒で狭く窮屈にならないだろうか。
臆病さは治らなかったけれど、それ以上の後悔があるとしたら。
 ……たった二文字が言えなかった。
 
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