1
 その夢の中で、ミケナ・フロラは牢屋につながれていた。とっくにひととおりに乱暴されたあとで、破れた服を汚れた身体にひっかけて、金髪はボサボサに乱れている。
 やがて、下っ端の鮮魚人の看守がやってきて、また乱暴されてから、縄をつけて小突かれながら引きずり出される。水をかけられてから連れて行かれた場所は、魔族の宴会場。
 泣き叫んで抵抗しながら、両手を鎖で吊され。
 もう労働奴隷でも性暴力でもなく「食肉」。
 包丁を持った魔族の調理人が迫ってくる。これから活け作りのように、宴会の客たちの前で調理されるのだ。先に切り刻まれた犠牲者が血塗れで絶叫しているのを、魔族たちが笑って眺めている。

(大丈夫、私は死んでも別の世界でやり直せる!)

 ミケナ・フロラは気持ちを強く持とうとする。
 死んでもやり直せる、は妄想ではない。
 なぜなら彼女は何度も「タイムループ」しているからで、失敗したり死んだ場合には、別のパラレルワールドの過去に意識が飛ばされる。つまり復活してやり直せる。森林エルフで寿命が長いこともあって、およそ十年前後という長い時間だ。
 けれど、この現実は本物なのだ。
 それにタイムループが自分の妄想に過ぎないかもしれないという疑いもある。不完全ながら「知っている」から予測したり予知のようなことができるものの、それも完全にではない(毎回に展開が違っていたりするから)。もしかしたら単に軽度の予知能力があっただけで、それによって「自分はタイムループしている」というのが自分の思い込みでしかない可能性は否定できない。
 怖い。
 肌が粟立って、身体が震え出す。

「やめて、殺さないで。何でもします。奴隷になります。誰か、誰か私を買ってください!」

 命乞いの言葉が、恐怖の涙と一緒にすらすらと流れ出てくる。嫌っていたはずの魔族たちに「私を奴隷に買い取ってください」と哀願していた。
 でも、魔族の宴会客たちは笑うばかり。
 内股を熱い液体が流れる。足元が覚束ない。
 涙と鼻水にくしゃくしゃになった顔を左右に振って、拒否しようとする。でも無駄だ。刃物が肌に触れたとき、脱糞しながら絶叫していた。


2
「どうしたの? うなされてたよ?」

 揺り起こされると、カエデが心配そうに覗き込んでいる。ここは仮設住宅のテントの中だった。
 全身が汗みずくになっている。
 急に悪夢から、現実の安全な寝床に引き戻されて拍子抜けしてしまう。

「ごめん。ちょっと怖い夢を見ただけ」

 それがただの夢なのか、タイムループの過去の記憶なのか、ミケナ・フロラ自身にも、どちらとも言い切れない。もう何十回も同じ時間と似たようなプロセスをやり直しているような気もするけれど、それも自分の思い込みと既視感で妄想に陥っているだけかもしれない。
 けれど、今困ってしまうのは。
 いい年の大人の女がおねしょしてしまった。


3
 翌朝に、レト君に付き合って、またパトロールに出かける。

「油断しないで。今日は敵に会う気がする」

 記憶が正しければ、過去のタイムループで敵と出会った日の朝食やその他の様子と一致する。レトとカエデは半信半疑だったが、ミケナ・フロラは少し待って貰って、トラを引っ張ってきた。

「何だか、胸騒ぎがして。それに、レト君にお稽古やアドバイスにも、たまには一緒に」

 すると、やっぱりルパもついてくる。
 準備万端。
 これなら切り抜けられそうだ。

「あれ? トラさんたちも?」

 キョトンとしているカエデに、ミケナ・フロラは心の中で呟く。「こうしないと、あなたが攫われて、二日後に死体になって見つかるのよ」と。


4
 さらに翌日は、弓と投げ槍の訓練。
 近くの河原でチーム・レトリバリックの面々が「弓・投げ槍の練習中」の立て札。ルークス・アルケミスも参加して、今回はトラではなく、ミケナ・フロラが付き添い担当。
 ミケナは魔法で半透明の練習用の矢や投げ槍を形成して手渡す係。実戦用のものと違って、これならば間違って人に当たっても大丈夫。彼女からすれば、それも魔法スタミナの訓練にもなって一石二鳥。

「今後は、飛び道具も使えないとだし」

「そうね、頑張って」

 張り切るカエデだって、猪突猛進のように見えても色々と自覚はあるのだ。最近では救急救命や看護の研修なども定期的に受けている。
 彼女は優秀な戦士や戦闘員ではあるけれど(貴重な人材ではある)、それでもトップクラスと戦えるほど強いわけではないのだし、常に敵に捕獲されるリスクを背負っている(若い娘だから、魔族や盗賊などからすれば奴隷や食材としても価値が高いから)。ゆえにカエデに優先的に任されたり期待される役割としては、積極的に最前線や危険地帯に行くことよりも、味方エリアでの警備パトロールや守衛で安全を確保や補強する「婦警さん」のような役目・仕事や、集団での戦闘時に後方から飛び道具での弾幕を張るような配置になる。
 ミケナが最初にカエデのリスキーな「戦士希望」を止めなかったのは、基本技能として役に立つことの他に、もう一つの理由がある。それによって素敵な出会いがあるから。こうしてレトやルークスのような男の子と理想的な形で出会えた今(レトとの冒険チームの結成やドワーフ村落の脱出の護衛・案内でルークスとも知り合えた)、ミケナとしてはより現実的な路線への修正に賛成。

「今度、サキちゃんところでアドバイスや研修でも受けてみたら?」

「あ。あの人って、怪我の応急措置とか病人看護とかの研修もたまにやってたっけ?」

「そうよ、ウフフ」

 無邪気なカエデに、ミケナは含みのある笑顔。
 サキと関わることで「女らしく」なって知恵がついたり、より男を魅了しやすくなる。花嫁修業や世間知になる。いつぞや、ミケナ・フロラが見てきた別の未来では、しばらくサキのところにいてから後で、レトやルークスへの見る目や関わり方が変わっていた(耳年増になった?)。