「あーテストテスト、聞こえますか? 僕だよ、リアムだよ」
「うるさいわね、そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ! こちらはフェイ!」
「フェイの方がうるさいでしょ! わっ!」
「二人とも大声出さないで! こちらミラ!」
「ミラが一番大きいんじゃない……? ナージャです、お久しぶり……というほど時間は経っていない気もしますが」
「……相変わらずうるさいな、お前らは」
 久しぶりに会ったリアム達は、以前となんにも変わっていなかった。
 別れた時は色々とパーティーだのパレードだのと忙しく、更に王様から爵位なんかももらって色々とてんてこまいだったようだが、そちらも大分落ち着いたのだろう。
 彼女達の顔には血色が戻っていた。
 どことなしか貫禄のようなものも出てきているような気さえする。
(最後に会った時から……どれくらい経っただろうか?)
 多分半年は経ってないと思うんだが……俗世に離れて山ごもりをし始めるようになってから妙に時間の流れが早い気がする。
 なんだか父さんみたいなことを考えるようになってしまったな。
 このままだと俺はそう遠くないうちにおじいちゃんになってしまうかもしれない。
「ええい表に出ろリアム! 今すぐ戦って決着をつけるぞ!」
「よし、やってやる!」
「外に出てもただ星空が見えるだけだと思うんだけど……」
「たしかにこの場にいるような臨場感がありますので、気持ちはわからなくはないかと……」
 基本的にリアムは直情径行でフェイは脳筋なので二人は仲が良い。
 ただそれは俗に言う喧嘩するほどなんとやらというやつで、その分二人は喧嘩をすることも多く、そのせいでガチバトルに発展することも多かった。
 一度なんかパーティー分裂の危機になったことまであったほどで、その時は全力で戦ったせいで二人とも自分の得物を全壊させたんだよな……。
 あの時は喧嘩で俺の武器を壊すなと、拳骨と長時間の説教をくれてやったっけ……なんだか懐かしいな。
 数年も前のことなんだが、まるで遠い昔のことのようだ。
「にしてもすごいよねぇこの……『通信』の魔道具だっけ?」
「ですねぇ。まさかこうやって遠く離れたところから、顔を見ながらお話ができるなんて……」
 リアムとナージャの心からの賛辞に嬉しくなった俺は、つい照れてしまい鼻の上を擦る。
 自分が作った者を自分が認めている奴らに認められるというのは、何度味わっても悪くないものだ。
「――ってそうそう、今はフェイと喧嘩してる場合じゃないんだった!」
 どうやら本日の本題を思い出したらしいリアムが、ポンッと手を叩く。
 この『通信』の魔道具は魔力を使い光と音を擬似的に再現しているに過ぎないため、少しズレたタイミングで他の三人が首を縦に振る。
 四人が真面目な話に入ろうとしているので、俺も真剣な顔を作った。
「とりあえずナージャに言われた通り、エンポルド子爵領のルザネアの方に可能な限りの食料を送ってるよ。備蓄も解放した大盤振る舞いをしたし、商人達も焚きつけたから民間の二陣三陣もそう遠くないうちにつくと思う」
「うちのところもリアムと大体似たような感じかな。ただうちの場合は備蓄を解放するんじゃなくて、国で商人の在庫を買い上げてから流したわ。そのせいで文官がカンカンだったけど……命には替えられないものね」
「私んところもそうだ。難しいことは全部部下に任せたが、とりあえず食料を送れるだけ遅らせてもらったぞ! 金が余ってたから、私の私財も結構使った!」
「ちょっと……それ大丈夫なの?」
「んー、まぁうちのに止められなかったから、なんとかなるだろ!」
 『仮初めの英雄』の四人は、既に爵位をもらっている。
 リアムは家格を考えて彼女の家ただ一つにだけ送られる勇者の貴族、勇爵を。
 フェイとミラは王家の血のつながりがない中で最高位である侯爵の地位を。
 教会に身を置いているのであまり俗世の高い地位があっても困るナージャはわずかな土地をもらい子爵を。
 会議の参加メンバーは、俺を除いて全員貴族だ。
 特にナージャ以外の三人に関しては広大な領土と大量の領民を抱えており、食料の生産量は当然ながらとてつもなく多い。
 そのため彼女達に食料支援を頼んだのだ。
 ちなみに今回も、まだまだ恩を返し足りないと言っていたジュリアの雷特急便でお願いした形である。
 流石にこの小屋での人力生産だと、急場しのぎにしかならないからな。
「で、どういう訳なのかな? 一応ある程度は聞いてるけど、本人の口から一度詳しい話を聞かせてもらえると助かるんだけど……」
「ああ、それじゃあ少し遠回りになるかもしれないが聞いてくれ」
 手紙では食料支援とそのざっくりとした理由しか説明していなかったため、とりあえずビビがやってきたあたりからエルフの里を救援し、そのままドワーフの里を助けることに至った一連の流れを話していく。
 現地に行って色々と動いていたらしいナージャに適宜フォローをしてもらいながら話し終えると、三者三様の反応が返ってくる。
「流石ラックだね! 人助けをせずにはいられないその在り方、すごく素敵だと思う!」
 リアムには手放しで褒められ、
「ラック……お前はまた相変わらずとんでもないことばかりしているなぁ。でも今のラック、こっちにいた時よりずっと活き活きとした顔をしてる気がする」
 フェイからはそう言って笑われた。
 ちょっと鏡を見て自分を確認するが……そんなに変わっただろうか?
 俺自身としては何かを変えた記憶はないんだが……たしかに色々と変化はあった。
 ジルというもふもふがいることで動物と触れあう時間を取るようになり。
 押しかけ女房的な感じでシュリがやってきたことで生活時間を規則的なものに変えられ、きちんと食事も取るようになった。
 ここ最近は忙しいのは事実だが、自分が好きなことをする時間はきちんと取れているし、山暮らしを初めてからというもの俺のインスピレーションは爆発するばかりだ。
「あなた、自分がしたことがどれだけのことなのかわかって……ないのよね、はぁ……」
 ミラからは何故か呆れられてしまった。
 どれのことを言っているかわからないくらいには心当たりしかないので、とりあえず黙っておく。
「でも僕達の食料が届くまで間に合うの? 今はなんとかなってるみたいだけど、どうしてもかさばるものだし時間がかかっちゃうと思うんだけど……」
「ああ、それに関してはだな……」
 ミスリル製の包丁とフライパンの効果を説明してやると、流石にめちゃくちゃ驚かれた。
 事前に全てを話しているナージャだけが、うふふといつもと変わらぬ微笑を浮かべている。「い、いや、食材の回復って、そんなむちゃくちゃな……」
「それ……大丈夫? 世界の摂理とかに反してない?」
「ラックの取り合いで戦争が起きるわよ……もしかしてあなたって、世界に混沌をもたらす魔王の隠し子だったりする?」
 皆してひどい言い草である。
 きっと映像越しに見た俺の口は、見事なまでにへの字に曲がっていることだろう。
 俺が気が弱いシャイボーイだったら間違いなくメンタルがブレイクしていたに違いない。
「もちろん普通に『回復』の魔道具としても使うことができる。少なくとも魔物相手には部位欠損も治せることは確認しているから、他にいくらでも使いではある。色々と使えるだろうと思い一応四人分用意したんだが……必要はないみたいだな」
「どうやら三人とも要らないみたいなので、私に四本いただけると助かります」
「ちょっと待ちなさい、そこの腹黒シスター! 前言撤回! 神様仏様ラック様!」
「僕もほしいよ! せっかくのラックが新しく作った包丁なら使ってみたいもん!」
「もちろん私もほしいぞ!」
 四人がまたやいのやいのと騒ぎ出したので、俺は黙って腕を組んでその様子を見守ることにした。
 どうやら四人は魔石を使っている様子もないので自前の魔力でなんとかしているようだ。
 今こうして口げんかをしている一分一秒の間にもものすごい魔力量を使っているはずなんだが、四人の顔色はまったく変わってはいなかった。
 流石魔王を討伐したパーティーのメンバーのことはある。
 ちなみに俺も自前の魔力でなんとかしている。
 俺はまぁ……鍛冶ばっかりしてきたから魔力量だけならかなり多いからな。
 ただこの使用量だと現状では量産しても使える人間はごく一部に限られそうだ……多分だけど下手な魔石を使っただけでは、魔力の補充より消費の方が早くなってしまうだろう。
「さて、そろそろいいか? もちろん一人に一組ずつ渡させてもらうんだが……多分だが食料生産に使うより、普通に高性能な『回復』の魔道具として使ってもらった方が効果は高いだろう」
「え、そうなの?」
「長いこと使ってわかったんだが、どうやらこいつらには欠陥があるらしくてな……」
「ラックが作るものなのに、そんなことがあるんだな」
「たしかに、かなり珍しい気がするわね……」
「いや、俺はそんなご大層な人間じゃないぞ。まぁ厳密に言うと、欠陥ではないんだが……」
 俺は何日もの間この『回復』の包丁とフライパンを使ってきてわかってきたことを説明していくことにした。
 最初この包丁を作った時、俺はこの世界から飢餓そのものがなくなる、いわゆる永久機関的なものを発明してしまったのではないかと考えていた。
 けれど流石に世の中、そこまで甘くはなかったのだ。
「この包丁とフライパンは……使えば使うだけ、食料を『回復』させる機能だけが失われていくんだ」
 フェイの言っている世界の摂理に反しているという言葉は、実は案外的を射たりする。
 大量に食料を生産するようになってわかったことなんだが……『回復』効果には回数制限のようなものがある。
 それが何故かはわからない。
 少なくとも魔力情報を確認する限りでは回数の使用の度に情報が劣化するようなヘマはしていないし、やはり何度検算をしてもメンテナンスをしなくても数年は使えるもののはずなんだが、この包丁を全力で使うと一ヶ月もしないうちにまったくエンチャントのないただのミスリル包丁に戻ってしまうのだ。
 この原因はなぜなのか。
 幸いというか大して頭を使わずにできるミスリルの包丁とフライパンの量産作業をする中で考えることに頭を回すだけの余裕があったため、俺は思索にふけることができた。
 そして恐らくという但し書きのつくものの、一応の推測ならつけることができた。
 これが正しいのかどうか、聖職者であるナージャに聞いてみることにしよう。
「そもそもの話、神聖文字でエンチャントとして発揮させることのできる『回復』は本来であれば祝祷術で行うことの範囲に入っている。俺はこれが神の領分をあまり侵しすぎるな……という神様からのメッセージなんだと解釈した」
 薬草類から作り出すことのできるポーション類では祝祷術には敵わない。魔道具で発揮されるエンチャントの効果も同様だ。
 だが神聖文字を使って魔力素描を行った場合、部分的にだがナージャが行使できる祝祷術レベルの回復効果を発揮させることができてしまう。
 この世界には複数の神が実在している。祝祷術を使用可能とするのは光の神グレイスフィールの領分だし、鍛冶とクラフトを司るのは火の神であるヘパイストスの領分だ。
 ここからは俺の予想……というか完全に妄想になってしまうんだが。
 多分だけど……ヘパイストス側が、グレイスフィールに配慮をしたのではないだろうか。
 もしエンチャントで祝祷術を全て賄うことができるのなら、人が神に祈る必要などなくなってしまう。
 鍛冶の神でもあるヘパイストスからしても、それは避けたかったのではないだろうか。
「それなのにある程度は効果を発揮してくれるのは……俺が鍛冶の頂をほんのわずかにでも覗くことができたから、そのご褒美なんじゃないかな……なんていう風に思ったり」
 当初は無限にできるだろうと思い戦々恐々としていたわけだが、実は内心でホッとしていたりもする。
 ミスリル製の包丁を定期的に打ち直す必要が出てきてしまったのは面倒だが、無限回復編が始まることに比べればこちらの方がずっといい。
 俺は映っている映像の中で右上に見えているナージャの姿を見る。
 いつもにこにことしているナージャにしては珍しく、笑みを消して真面目な顔をしている。 おとがいに手をやりながら少し右上を見るそれは、彼女が考え事をしている時の癖だった。「恐らく……ラックさんの言っていることは間違っていないと思います」
 考えを整理しているからか、ゆっくりと話し始める。
「これは教会内でも知っている者の極めて少ない情報なのですが……実は古代文明が滅びた原因の一つは、神への冒涜であったとされています」
「……なるほどな」
「つまり……どういうこと?」
「私にもさっぱりわからないな!」
 今よりはるかに優れているとされる古代文明。
 その技術の一端に触れたからこそ、文明の差が今と比べるとどれだけ違っていたのかがよくわかる。
 神聖文字による表現の幅と古代魔族文字による異常なまでの出力量。
 この二つを使えば一時的にとはいえ他神の領域を侵すことすら可能だ。
 恐らく光の神グレイスフィールだけではない。
 古代人達は風の神であるロキや水の神であるミルヴァスなど、いくつもの神の領域を冒したのだろう。
「そしてそれが……神達の逆鱗に触れたと」
「はい。神への敬意を失った古代人達は、神域に至り神をも超越しようと企てたとされています。現状を見れば、その結果がどうなったのかは推して知るべし、というやつですが……」
 神は決して優しいだけの存在ではない。
 そして神の叡智は俺達の及ぶべきところではない。
 しかしなるほどな……あれ、でもだとすると俺の現状ってもしかしなくても、相当にマズくないか?
「……もしかして俺って、そのうち神罰で死んだりするか?」
「いえまさか、領分を侵されたグレイスフィール様でさえ、あなたのことは快く思っているようですよ。何せ実は先日、そういう神託が下りましたから」
「ほっ、それなら良いんだが……」
 ナージャクラスの聖職者になると、神から神託を受けるくらいは朝飯前だ。
 以前一度だけだが、神をその身に下ろしたこともあると言っていたし。
「ラックさんの作り出した金物が正しく効果を発揮させていることこそ、あなたの鍛冶の腕が神域に至り、神様から認められたことの証明です。ですのでもっと誇っていただいても大丈夫、とのことです」
 神域、か……言われても流石にピンとこないな。
 俺は自分が才能があると思ったことは一度もない。
 ただ生まれてこの方、愚直に真っ直ぐ鍛冶と向き合い続けてきただけだ。
 それを神から認めてもらえたというのは、なかなかどうして悪くはない。
 あまり派手なことをしすぎたらマズいだろうが、俺が自身で鍛冶の道を探究するくらいなら、きっと神様もお目こぼししてくれることだろう。ヤバかったらナージャを通じて、話もしてくれるはずだしな。
 ということでその後は喧嘩が起きるようなこともなく、時折雑談も交えながら近況報告をして、今後の話を決めていく。
 俺にできるのは頑張って『回復』のエンチャントのついた金物と『収納鞄』を作ることくらいなものなので、とりあえず話を聞いて頷いておくくらいのことしかできない。
 応援体勢は無事に整い、食糧不足に関してはなんとかできる目算も経った。
 王国が全体的に豊作だったこともあり、そこまで苦労することなく食料は供給することができるらしい。
 とりあえず今しばらく耐えれば、俺の出る幕はなくなりそうだった。
 俺が再び山ごもりのスローライフを送れるようになるのも、そう遠い話ではなさそうだ。
「ドワーフの里で起こっている不作の理由はわかったのか?」
「一応いくつかあたりはつけている……という感じですかね。そのあたりの話はその後リアム達としようかと」
「……おう、そうか」
 この中では俺だけが『仮初めの英雄』のメンバーではないし、故に貴族でもなかった。
 出会った頃とは違い、彼女達は王国の中でしっかりとした立場を持っている。
 俺がいては話せないこともあるのだろう。
「それじゃあ……またな」
 少しの寂しさを感じながら、『通信』の魔道具の電源を切る。
 うつむき加減だった俺は四人の口角がわずかに上がっている時に、この時は気付けなかったのだった――。