「今宵は、百の妃を所望する」

 家臣と皇后、百人の妃たちが一堂に会する玉座の間。水を打ったように静まり返るその中で、低い声はよく響いた。
 その場にいる誰もが目を見開き、自分の耳を疑った。

 後宮が開かれてはや半年。

 一度も妃を(ねや)に呼ばなかった皇帝が、今はじめて妃を所望した。
 後宮内の者皆が、待ち望んでいた瞬間だ。
 だがその妃が、有力家臣の娘である一の妃でも、稀代の美女と(うた)われる二の妃でもなく、よりによって百の妃とは――。

 冷たい床にひれ伏したまま、(リン)(ファン)は恐ろしさに震えていた。
 考えもしなかった事態に、胸の鼓動が痛いくらいに鳴っている。
 どうして自分が皇帝の寝所に呼ばれたのか、まったく意味がわからない。
 皇帝の寵を争うために存在するこの後宮で、自分だけはそれを望んでいないというのに……。

 ――ひとつだけわかるのは。

 皇帝の寝所にはべる時、彼の寵愛を受けるその時が、自分と彼の最期の時。
 今宵、皇帝の寝台が、血に染まるということだけだった――。