部屋を出た僕とジレッタは並んで通りを歩く。何だかこうして町を見るのは初めてのような気分だ。
これまでは食材とか、必要な物を買うくらいしか町に出ることはなかった。まぁ今日買うのも同じような物だが、これまでとはまた違った物ばかりだ。
今日くらいは行楽気分で散策しよう。というか、したい。
「まずは何から買う?」
隣を歩くジレッタに尋ねる。顎に人差し指を当てていつもの様に『ふむ』と思案する。
この思案顔が結構好きだった。その辺の人間には出せない1000年以上生きた者だけが出せる知識の宝庫を開いたような、そんな厳かでミステリアスな雰囲気。
ジレッタは何かを見つけて、伸ばしていた人差し指をスッと其方へ向けた。釣られるように見た先は小さなカフェだった。
「お腹空いた。まずは腹ごしらえにしよう」
「……」
なんのふむだったのか、小一時間問い詰めたかった僕ではあるが、僕もお腹が空いている。何せ昨日は何も食べずに寝てしまったし。
ジレッタの選んだカフェに立ち寄る。時間的にちょうどモーニングセットが頼めるようだったので、ジレッタと僕、同じものを2セット頼んだ。
「おまたせしました~」
女性店員さんが持ってきてくれたのはお手本のようなモーニングセットだった。
焼きたてのパン。スクランブルエッグ。ボイルしたウィンナーが2本と瑞々しい葉野菜のサラダ。それとコーヒー……ではなく何かの果実を絞ったジュース。
「いただきます」
まずはジュースで口の中を湿らせることから始めた。コップを手に取り、ふちに口を寄せてそっと口内に流し込むと、まるで果物をそのまま口の中にぶち込まれたかのようなフレッシュさが弾ける。
「旨いなこれ……」
「どれ……ん! 美味しい!」
パンを齧ろうとしていたジレッタが僕の反応を見てパンを置いてジュースに口を付け、唸る。
いや、本当に美味しい。ゴクゴクといきたいところだが、あまり酸味が続くのもそれはそれでつらい。
ということで手が伸びたのはウィンナーだった。2本ある内の1本へフォークを突き立てる。しかし激しい抵抗に合い、刺さらない。
流石はボイルの防御力。油断していた。フォークを左手に持ち替えて右手にナイフを持ち、側面でウィンナーの逃げ場を奪い、再びフォークを突き立てる。
無事に胴体へ槍の先が突き込まれる。これには流石のウィンナーも観念し、僕の口の中でパキッという悲鳴とジュワァァという辞世の句を並べた。
「このウィンナーも旨いよ。めちゃくちゃジューシー」
「本当にお前は美味しそうに食べるね」
誉め言葉だろうか。誉め言葉だろう。悪口な訳がない。
そんなことより食事だ。ウィンナーをウィンナーだけで消化してしまうのはあまりにももったいない。
ということで手が伸びたのはパンだ。簡単な丸型のパンだが、こういうパンは大好きだ。何せ真ん中から割ることができる。これがパンの醍醐味だ。
パリパリの表面にゆっくりと力を入れ、割ると白いふかふかとした生地が見えてくる。みっちりと詰まったふかふかはしっかりとした作業ができている証だ。
それを見た僕は居ても立っても居られず割いた断面に齧りつく。パリ、とした皮部分が前歯に衝突し、ふわっとした生地へ下顎が軟着陸した。
そのまま食い千切ると……もう言葉もない。幸せが口の中いっぱいに広がった。
「パンも旨いよ……旨すぎて泣きそう」
「空腹は最高のスパイスとはよく言ったもんだな……」
あまりにも美味しくて本当に泣きそうだった。だって徹夜明けの飯抜きだもの。何でも旨いよ。
だがこのカフェの料理はそんな余計な工作をしなくとも十二分に旨かった。あんまり旨いので気付かなかったが、店の外には人が並んでいた。こんだけ旨かったらそら並ぶわな……。
じっくり味わいたいところだが、パンを摂取したことで胃も少し落ち着いたのか、神経の昂りも徐々にいつも通りになってきた。となると今度は並ぶ人達を早く座らせてあげたくて急ぐ自分が出てきた。
スクランブルエッグをフォークで掬う。プルプルとした身はところどころ半熟で旨い。薄味なのは良い調整だ。他の味が強いし、しかし塩味は欲しい。其処でこのスクランブルエッグは非常に有難い。口に入れたらふわりと蕩けて卵の旨味が広がっていく。パンに乗せても旨い。
サラダも優秀だ。どうしても我々は肉食なところがあるから、だからこそ野菜をと思っているのだがこのサラダに関しては一生食べたいくらいシャキシャキで最高だった。しかも掛かっているドレッシングが旨いの何のって。まろやかな味わいのゴマドレッシングに近い雰囲気を感じる。
「旨いなぁ……あ、狡いぞジレッタ! なんだそれ!」
「ふふふ……これが長年生きた者の知恵よ」
ジレッタはあろうことか、その場の食材でサンドイッチを作っていやがった。
パン、サラダ、スクランブルエッグ、ウィンナーと揃えばどうしたってサンドイッチじゃないか。くそ、何で気付けなかった。
手元の皿を見る。しかしもうあとは一口ずつ残っているだけだった。大事に大事に急いで食べ過ぎた……。
「ほら出るぞ」
「しかも歩き食いかよ! 羨ましすぎる……」
行儀は悪いが、悪ければ悪いほど旨いのは自然の摂理だ。僕は残った料理を食べ終え、席を立つ。
カウンターで料金を払ってごちそうさまを伝えるとすぐに店を出た。並んでいるのは5~6人か。待たせてしまって申し訳ない気持ちはあるが、それよりも楽しい食事ができたことの方が大きかった。
朝食を終えた僕たちは通りを歩く。隣のジレッタは旨そうにサンドイッチを食べている。狡い。
「しかし旅立つって決めておいてあんな良い店見つけるのは因果なもんだよな」
「行きたくなくなった?」
「ちょっとね」
あれを毎朝食べられたら……そんな幸せな夢を見てしまう。見てしまいたい。
だが考えていたことを決めたなら、やるのが三千院侘助だ。
「しかし自分の技術を磨く為と思って頑張ってたけど、適度な息抜きというのは必要なんだと思い知ったよ」
「私を見ろ。適度に働き、適度に休む。これが生きる上で肝要なんだよ」
「ほんと、身に染みたというか、舌に染みたというか」
楽しすぎてまだ朝食を取っただけなのに満足感が凄い。
これから買い物を沢山しなきゃいけないというのに、だ。ひょっとして僕はこういう休日を望んでいただけなのでは?
「ほら行くぞ。まずはあの店だ」
「服屋さんか。旅だものな」
ジレッタに促されて歩き出す。旅に出ればもっと色んなものを見られるはずだ。学べるはずだ。今日みたいな日が続く……はずだ。
その為にも進まなければならない。停滞が悪いと言う訳ではないけれど、歩くことも、戻ることも、転ぶことも全部ひっくるめて進むってことだと今は思う。
これまでは食材とか、必要な物を買うくらいしか町に出ることはなかった。まぁ今日買うのも同じような物だが、これまでとはまた違った物ばかりだ。
今日くらいは行楽気分で散策しよう。というか、したい。
「まずは何から買う?」
隣を歩くジレッタに尋ねる。顎に人差し指を当てていつもの様に『ふむ』と思案する。
この思案顔が結構好きだった。その辺の人間には出せない1000年以上生きた者だけが出せる知識の宝庫を開いたような、そんな厳かでミステリアスな雰囲気。
ジレッタは何かを見つけて、伸ばしていた人差し指をスッと其方へ向けた。釣られるように見た先は小さなカフェだった。
「お腹空いた。まずは腹ごしらえにしよう」
「……」
なんのふむだったのか、小一時間問い詰めたかった僕ではあるが、僕もお腹が空いている。何せ昨日は何も食べずに寝てしまったし。
ジレッタの選んだカフェに立ち寄る。時間的にちょうどモーニングセットが頼めるようだったので、ジレッタと僕、同じものを2セット頼んだ。
「おまたせしました~」
女性店員さんが持ってきてくれたのはお手本のようなモーニングセットだった。
焼きたてのパン。スクランブルエッグ。ボイルしたウィンナーが2本と瑞々しい葉野菜のサラダ。それとコーヒー……ではなく何かの果実を絞ったジュース。
「いただきます」
まずはジュースで口の中を湿らせることから始めた。コップを手に取り、ふちに口を寄せてそっと口内に流し込むと、まるで果物をそのまま口の中にぶち込まれたかのようなフレッシュさが弾ける。
「旨いなこれ……」
「どれ……ん! 美味しい!」
パンを齧ろうとしていたジレッタが僕の反応を見てパンを置いてジュースに口を付け、唸る。
いや、本当に美味しい。ゴクゴクといきたいところだが、あまり酸味が続くのもそれはそれでつらい。
ということで手が伸びたのはウィンナーだった。2本ある内の1本へフォークを突き立てる。しかし激しい抵抗に合い、刺さらない。
流石はボイルの防御力。油断していた。フォークを左手に持ち替えて右手にナイフを持ち、側面でウィンナーの逃げ場を奪い、再びフォークを突き立てる。
無事に胴体へ槍の先が突き込まれる。これには流石のウィンナーも観念し、僕の口の中でパキッという悲鳴とジュワァァという辞世の句を並べた。
「このウィンナーも旨いよ。めちゃくちゃジューシー」
「本当にお前は美味しそうに食べるね」
誉め言葉だろうか。誉め言葉だろう。悪口な訳がない。
そんなことより食事だ。ウィンナーをウィンナーだけで消化してしまうのはあまりにももったいない。
ということで手が伸びたのはパンだ。簡単な丸型のパンだが、こういうパンは大好きだ。何せ真ん中から割ることができる。これがパンの醍醐味だ。
パリパリの表面にゆっくりと力を入れ、割ると白いふかふかとした生地が見えてくる。みっちりと詰まったふかふかはしっかりとした作業ができている証だ。
それを見た僕は居ても立っても居られず割いた断面に齧りつく。パリ、とした皮部分が前歯に衝突し、ふわっとした生地へ下顎が軟着陸した。
そのまま食い千切ると……もう言葉もない。幸せが口の中いっぱいに広がった。
「パンも旨いよ……旨すぎて泣きそう」
「空腹は最高のスパイスとはよく言ったもんだな……」
あまりにも美味しくて本当に泣きそうだった。だって徹夜明けの飯抜きだもの。何でも旨いよ。
だがこのカフェの料理はそんな余計な工作をしなくとも十二分に旨かった。あんまり旨いので気付かなかったが、店の外には人が並んでいた。こんだけ旨かったらそら並ぶわな……。
じっくり味わいたいところだが、パンを摂取したことで胃も少し落ち着いたのか、神経の昂りも徐々にいつも通りになってきた。となると今度は並ぶ人達を早く座らせてあげたくて急ぐ自分が出てきた。
スクランブルエッグをフォークで掬う。プルプルとした身はところどころ半熟で旨い。薄味なのは良い調整だ。他の味が強いし、しかし塩味は欲しい。其処でこのスクランブルエッグは非常に有難い。口に入れたらふわりと蕩けて卵の旨味が広がっていく。パンに乗せても旨い。
サラダも優秀だ。どうしても我々は肉食なところがあるから、だからこそ野菜をと思っているのだがこのサラダに関しては一生食べたいくらいシャキシャキで最高だった。しかも掛かっているドレッシングが旨いの何のって。まろやかな味わいのゴマドレッシングに近い雰囲気を感じる。
「旨いなぁ……あ、狡いぞジレッタ! なんだそれ!」
「ふふふ……これが長年生きた者の知恵よ」
ジレッタはあろうことか、その場の食材でサンドイッチを作っていやがった。
パン、サラダ、スクランブルエッグ、ウィンナーと揃えばどうしたってサンドイッチじゃないか。くそ、何で気付けなかった。
手元の皿を見る。しかしもうあとは一口ずつ残っているだけだった。大事に大事に急いで食べ過ぎた……。
「ほら出るぞ」
「しかも歩き食いかよ! 羨ましすぎる……」
行儀は悪いが、悪ければ悪いほど旨いのは自然の摂理だ。僕は残った料理を食べ終え、席を立つ。
カウンターで料金を払ってごちそうさまを伝えるとすぐに店を出た。並んでいるのは5~6人か。待たせてしまって申し訳ない気持ちはあるが、それよりも楽しい食事ができたことの方が大きかった。
朝食を終えた僕たちは通りを歩く。隣のジレッタは旨そうにサンドイッチを食べている。狡い。
「しかし旅立つって決めておいてあんな良い店見つけるのは因果なもんだよな」
「行きたくなくなった?」
「ちょっとね」
あれを毎朝食べられたら……そんな幸せな夢を見てしまう。見てしまいたい。
だが考えていたことを決めたなら、やるのが三千院侘助だ。
「しかし自分の技術を磨く為と思って頑張ってたけど、適度な息抜きというのは必要なんだと思い知ったよ」
「私を見ろ。適度に働き、適度に休む。これが生きる上で肝要なんだよ」
「ほんと、身に染みたというか、舌に染みたというか」
楽しすぎてまだ朝食を取っただけなのに満足感が凄い。
これから買い物を沢山しなきゃいけないというのに、だ。ひょっとして僕はこういう休日を望んでいただけなのでは?
「ほら行くぞ。まずはあの店だ」
「服屋さんか。旅だものな」
ジレッタに促されて歩き出す。旅に出ればもっと色んなものを見られるはずだ。学べるはずだ。今日みたいな日が続く……はずだ。
その為にも進まなければならない。停滞が悪いと言う訳ではないけれど、歩くことも、戻ることも、転ぶことも全部ひっくるめて進むってことだと今は思う。