冷えた空気の中に男臭さが混じる。嫌な空気だ。

 洞窟は円形に広がっており、山賊達は適度な距離をあけて満遍なく雑魚寝していた。
 これを始末していく為には入口から三方向に広がって奥へ進むことになった。
 ジレッタが右。ニャルが左。僕が真ん中だ。

「こういう場合、大抵一番奥にリーダーが居る。最短で到着するのは侘助だろうから、気を引き締めてな」
「了解」

 緊張から返事が単調になる。これから行うのは殺人だ。首の後ろがチリチリする。
 まずニャルが音もなく離れ、続いてジレッタが動き出した。残った僕も、ゆっくりと前へと進む。

「……っ」

 すぐに1人目の元へと着いた。気持ち良さそうに眠る其奴の首を緋心で切り離す。できるだけ素早くだ。余計な痛みは与えたくなかった。
 靴が噴出した血で塗れた。気にしてる心の余裕はない。すぐに次の男の首を刎ねた。

 刎ねて、刎ねて、刎ねて。自分の行いに果たして正義があるのかと疑問に思った。
 やっていることは彼らと一緒だ。殺人だ。理由に関しても概ね違いはない。生きる為だ。
 ならばこの作業によって摘まれる命の価値は? 僕の命と彼らの命、どちらが軽い?

 答えは両方軽い、だ。人の命を奪った者の命は等しく重みは同じになる。
 しかしそう考えると王侯貴族の命の重みはどうなるのだろう。戦争がなかった訳ではないはずだ。先祖が大量殺人を行い、英雄と呼ばれている者もいるだろう。
 そんな人間は命が重いはずだ。例え戦という場で殺人という職務をこなしていても。

 ―――駄目だ。思考で頭をいっぱいにしようとしても気が紛れない。

 心が痛い。重い。嫌だ。辛い。苦しい。やりたくない。帰りたい。許してくれ。許してください。僕は悪くない。僕は悪くない。僕は悪くない。否。否。否。悪いに決まっている。殺人だ。悪くない訳がない。殺人者だ。犯罪者だ。極悪人だ。否定できない。理由付けできない。生まれ持った精神が認めてくれない。言い訳を受けれ入れてくれない。僕の意志が僕の意志を拒む。それでも手は止められない。他の誰かが死なないように。殺すしかない。殺したくない。殺すしかない。血で塗れた靴が気持ち悪い。この刀はよく斬れる。帰りたい。帰りたい。殺したくない。殺さなきゃいけない。死にたくない。

「侘助」
「ッ!?」

 突然声を掛けられ、思わず緋心を振り上げた。

「侘助!」
「ハッ……!?」
「落ち着け……お前、顔が真っ青だぞ」
「わ、悪い……」

 声を掛けてくれたのはジレッタだった。僕は危うく相棒を斬り捨てるところだったのか……。
 思わず俯いてしまう。いくら自分がいっぱいいっぱいだったとしても、この場で自分の名を呼ぶのは味方だけだ。少し考えれば分かるだろう……いや、それくらい僕は参っていたのかもしれない。
 顔を上げて周囲を見ると、洞窟の中心を少し進んだくらいの場所に居た。歩いてきた後には首と胴を切り離された死体が無数に転がっている。

「まだ、一番奥じゃないのにどうして?」
「早く済んだから手伝いに来たんだ。心配だったしね」
「ごめん……ありがとう」

 自分が一番自分のことを分かっていると思っていたが、思っていた以上に追い詰められていたようだ。
 ほぅ、と息を吐く。自分の中につっかえていた何かが出ていった気がする。ジレッタも半分背負ってくれると言ったんだ。半分くらいは、自分で背負おう。

 そう決意を新たにした、その時だった。

「んぁ……なんだ、誰かしょんべんでもちびったか……?」

 僕が歩いてきた背後で、声がした。
 バッと振り返ると其処には殺しそびれた山賊が顔半分を仲間の血で染めながら体を起こしている姿が見えた。
 瞬間、踵を返して緋心を左肩へと振り上げる。

 これ以上喋らせない。首だ。首を、首を刎ねなきゃ。

 そんな殺気に気付いたのか、山賊の男はフッと僕の方へと顔を向け、瞬時に状況が理解できたのか、顔面を恐怖で歪め、口を大きく開いた。

「てっ、敵しゅっ……」

 すべて言い終わる前に刀を振り払う。左から右へと一文字に薙いだ一閃は見事に盗賊の首を切り離した。
 しかし喋らせてしまった。噴き上げる血も気にせず、周囲を警戒する。洞窟内の大半は始末出来ていたはずだ。
 ジレッタ側もニャル側も、起き上がる者はいない。だが僕の方は。8割方終わらせてたとは言え、残りがある。それに山賊の頭領も。

「う……?」

 ふと、岩が動くのが見えた。一番奥に転がっている岩が、ゴロリと動いて横から縦へと形を変えた。
 しかも岩は更に立ち上がった。優に2メートルは超えるそれがジッと此方を見ていた。

「なんだぁ……てめぇら……」
「!?」

 岩が喋った! いや、岩じゃない! あれが頭領だ。あれが、人間……?
 頭領から目を逸らさず、ジレッタの傍に近付く。いつの間にかニャルも合流していたらしく、剣を握り締めて頭領を睨んでいた。
 ふと視線がニャルの持つ剣へと吸い寄せられた。握り締めている柄にヒビが入っている。木製か。なるほど、獣人種の握力とは恐ろしいな。

「ニャル」
「なんですか?」
「これ使え」

 開いた手の平の上に魔力を集めて指を弾く。鉄へと変換し、現れたのは小型の剣。ダガーだ。鉄100%だがニャルの力なら十分振り回せるだろう。
 受け取ったニャルは器用に手の中でクルクルと回し、ギュッと握り締める。先程まで握っていた剣と違って悲鳴を上げることはなかった。

「ふぅん……もう1本出せますか?」
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ」

 同じ工程でもう1本出してやると右手と左手に持ち、身を屈めた。
 このやり取りの間、頭領は眠い目を擦りながら足元を手の平で撫でまわしていた。何をしているのか、分からない。
 その隙にシバいてやりたかったが、得体が知れない相手だ。慎重にもなる。

「あれ、何なんだ? 人間か?」
「オークと人間の混種、と言ったところか。だいぶモンスター寄りだが」
「人間寄りとモンスター寄りがあるのか?」
「母体の差だね」

 てことは……オークから生まれたのか!?
 オークが人間を、ってのは聞く話だが逆は初耳だった。どういう状況だよ……もしかしてオークって意外と人間と交流あるのか?

「んぁ、あったあった」

 頭領が何かを見つけた。地面を撫でまわしてたのは何かを探していたからか。
 此方に背を向け、屈みこんで何かを掴む頭領。見つけた何かを持って僕たちの方へ振り返った時、その手に握られているものが見えた。

「うわぁ……」
「鬼に金棒、だな」

 ニャルの嫌そうな声。ジレッタの絶妙な例え。頭領が持ち出してきたのは立派な薙刀だった。
 あの巨体なら膂力も十分。そしてリーチと威力が半端じゃない薙刀。なるほど、鬼に金棒だ。あれをダガーで相手しろというのも酷な話だ。
 だが金属が相手なら僕の出番だ。と言っても腐食させてしまうにはあまりに惜しい。でも元の形さえ分かれば、再現可能だ。

「インゴットにして再現しようとしているなら無理だぞ」
「え?」
「あれには魔術的な施しがある。バラしたら戻せないな」
「そういうのもあるのか……鍛冶一如じゃ無理だな」

 腐らせるしかない、か。緋心を鞘に戻し、手の中に魔力とは別の力を集める。ジレッタの権能だ。
 手の平の上で赤錆の粒子が渦巻く。非常に体に悪そうなそれこそ、【腐食の権能】。全ての金属を錆びさせる悪魔的な力だ。

「まずは手ぶらにする。僕より前には出ないでくれよ」
「了解」
「よく分かりませんが、了解」

 さて、最後の戦いだ。僕が始めた戦いだ。僕の手で終わらせるとしよう。