半開きだった窓を閉じ、カーテンを引いた。深夜も深夜。日入りと日の出、どちらが近いかと言われれば日の出の方が近い時間。できれば漏れ出る音は最小限に控えたい。
椅子に座らせたフェイスレスの正面、ベッドの上に腰を下ろすとジレッタも僕の隣に並んだ。
被っていたフードを外したフェイスレスには銀色の大きな猫の耳が生えていた。頭髪も耳と同じ銀色で、肩で綺麗に切り揃えていた。
彼女はワーキャットと呼ばれる獣人種だそうだ。よく見れば背中側に尻尾がゆらゆらと揺れていた。猫にしては少し強靭な気もするが、可愛らしかった。
「ニャルと言います」
「侘助だ」
「ジレッタ」
軽く自己紹介をする鍛冶師と魔竜と怪盗。改めて考えても不思議過ぎる組み合わせだった。
できればお茶でも出してあげたいところだが、そんな気の利いたものはこの部屋にはなく、仕方なく何もないままに話し合いが始まった。
「じゃあニャル、聞かせてくれ。何故傭兵団に卸す予定だった剣を奪ったのか」
「はい」
瞬き一つ。ニャルはあまり抑揚のない声で話し始めた。
「竜牙工房に依頼をした傭兵団は、実は山賊です」
「……話を聞いた時は一瞬、そういうこともあるかと思ったが、本当に賊だったとは」
「実に巧妙な連中です。依頼も達成しているので悪事が見抜けないんです」
「それを君は見抜いた、と」
「はい。隠れ家も知っています」
隠れ家まで……あまりにも用意周到過ぎる。
となるともしかしたら彼女は単独でその傭兵団……いや、山賊を倒すところまで視野に入れいていたのかもしれない。
「先程は仕返しと言いましたが、貴方の神刀緋心の噂は耳にしています。その刀なら私でも山賊を殺しきれると思って盗もうとしました」
「いや、まぁ、何でも斬れるっちゃあ斬れるけれど、多対一には殆ど関係ないと思うが」
いくら武器を上手に扱えても立ち回り一つでいくらでも窮地は訪れる。
そういう意味で答えたのだが、ニャルは首を横に振った。
「そうではないのです。私はワーキャットではありますが膂力の問題ですぐに武器を壊してしまうのです」
「あー……なるほど。確かに、そういう理由ならこの緋心は丈夫だから使えるかもしれないな」
「しかしそうなるとお前はこれまでどうやって戦ってきたんだ?」
ジレッタの疑問は僕も抱いたものだった。
「相手の武器を奪って戦ってきました。あとは拾った物とかですかね」
「随分と場当たりな戦い方だな……」
「それでも何とかやってこれましたので」
音もなく鍵を開けて侵入してくるくらいだ。その実力は本物のようだ。
色々と聞きたいことは多い。しかし一番気になることがまだ聞けていなかった。
その質問の回答も予測し、心の準備をしてから僕はニャルにその質問をした。
「ニャル」
「はい」
「緋心を無事に盗めた後は、やはり山賊を殺しに行くつもりだったのか?」
「はい。盗んだ後にすぐに。夜明けまでに終わらせるつもりでした」
予測通りの回答だった。しかしそれをしっかりと受け止め……僕は天井を見上げてふーっと息を吐いた。
「わかった。すぐに行くとしよう」
「? 貴方が行くのですか?」
「違う。僕も、行くんだ」
覚悟は今決めた。
1人の犠牲で終わらせられるかもしれなかったこの事件。1人で済めば被害が少なくて良かったね、なんて話ではなく、かと言って多くの犠牲が出ちゃったけど1人救えたから良かったね、なんて話でもない。
どちらにしても被害者が出てしまうことが問題だった。そしてそれに加担しているということも問題だった。
これはニャルが解決したら終わりという話ではなくなった。首を突っ込んでしまった僕の責任でもあった。
「何故?」
「僕が招いたことでもある。その始末はつけないとな」
「そうですか。じゃあ行きましょうか」
立ち上がったニャルが窓を開け、窓枠に足を掛けた。そっと肩を掴み、ドアを指差した。
「其処は出入口じゃないから」
「……そうですね」
□ □ □ □
この城下町は城から伸びる円形の防壁に囲まれた町だ。普通は城を中心に置くものだが、城の背後には城よりも高い山がそびえている。
安全が確保されている分、住む者たちに土地をということでこのような造りになっているそうだ。
そんな町に住む人間は安全を確保されている代わりに無断で防壁の向こうへ行くことは禁止されている。
そりゃそうだ。中は安全、外は危険。誰だって分かる話だ。許可を得てギリ外出可能な世の中なのだ。
無断でこっそり出て怪我しました何で守ってくれないんですか、なんて言われた日には誰だって兜を地面に叩きつけて思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、肩を怒らせて帰ってしまうだろう。
「此方です」
なので僕たちはこれから怪我をしたとしても誰にも何も言えない。自業自得の真っただ中へと突入する。
ニャルは防壁の古い部分に隙間があるのを見つけていた。小柄な彼女なら通るのも余裕だが、僕やジレッタはギリギリといったところだ。
「あとでこっそり塞がなきゃな……モンスターが入ってきてしまう」
「怪盗もな」
「此処から北西に向かいます」
「北西っていうと……」
町の北側、城がある方面には難攻不落の山脈が西から東へと続いている。
北西に向かえば自然と山にぶつかる。が、その前に麓に広がる森に入ることになる。
モンスターの出現も多く聞く場所だ。と言ってもドラゴンとかそういう危険なものは居ない。新兵の練習にも使われるくらいの場所だった。
「森の奥、山の麓にある洞窟が山賊の根城です。これから其処へ向かいます」
「向かいますって、結構あるぞ。僕はてっきりもっと近場かと」
「全力で向かい、全力で殺し、全力で戻ればお仕事には間に合うんじゃないですか?」
まったく他人事だな……しかし武器を得た山賊が鑑賞を続けるとも思えない。すぐにでもお仕事を始めるだろう。
夜が明ける前に方を付けなければ……。
僕の隣でニャルが両手を地面につける。なるほど、ワーキャット……獣人だから最速と言えば四つ足になるのか。其処は動物チックなんだな。
なんて思っているとザワザワと銀の髪が逆立ち、ぶわりと黒いローブが揺れてニャルの体が一気に膨張した。
瞬きすら許さぬ一瞬で、ニャルは巨大な銀色の虎の姿へと変化していた。
「? 早く行きますよ?」
「お、おおう。行くか!」
あんなに小柄だったのに今は僕よりも大きな巨体だ。こんな虎に襲われたら勝ち目なんてないだろう。
グッと地面を踏み込んだかと思えば、まるでロケットのように森へ向かって走り出した。太く強靭な尻尾を見送りながら、頬を掻いた。
「……僕たちも行くか」
「あれに付き合うにはかなり力を送るけど大丈夫?」
「やるしかないでしょ。頼むわ」
言い終わると同時にジレッタの力が流れ込んでくる。身体強化の力だ。正確にはただ竜の力が無理矢理ぶち込まれているだけだが。
肌が灼熱し、体内の水分が押し出され、肌の表面で湯気となっていくのが分かる。
緋心を握りなおし、走り出す。世界陸上も真っ青な速度で僕たちはニャルの後を追い、夜更けの森に突入した。
椅子に座らせたフェイスレスの正面、ベッドの上に腰を下ろすとジレッタも僕の隣に並んだ。
被っていたフードを外したフェイスレスには銀色の大きな猫の耳が生えていた。頭髪も耳と同じ銀色で、肩で綺麗に切り揃えていた。
彼女はワーキャットと呼ばれる獣人種だそうだ。よく見れば背中側に尻尾がゆらゆらと揺れていた。猫にしては少し強靭な気もするが、可愛らしかった。
「ニャルと言います」
「侘助だ」
「ジレッタ」
軽く自己紹介をする鍛冶師と魔竜と怪盗。改めて考えても不思議過ぎる組み合わせだった。
できればお茶でも出してあげたいところだが、そんな気の利いたものはこの部屋にはなく、仕方なく何もないままに話し合いが始まった。
「じゃあニャル、聞かせてくれ。何故傭兵団に卸す予定だった剣を奪ったのか」
「はい」
瞬き一つ。ニャルはあまり抑揚のない声で話し始めた。
「竜牙工房に依頼をした傭兵団は、実は山賊です」
「……話を聞いた時は一瞬、そういうこともあるかと思ったが、本当に賊だったとは」
「実に巧妙な連中です。依頼も達成しているので悪事が見抜けないんです」
「それを君は見抜いた、と」
「はい。隠れ家も知っています」
隠れ家まで……あまりにも用意周到過ぎる。
となるともしかしたら彼女は単独でその傭兵団……いや、山賊を倒すところまで視野に入れいていたのかもしれない。
「先程は仕返しと言いましたが、貴方の神刀緋心の噂は耳にしています。その刀なら私でも山賊を殺しきれると思って盗もうとしました」
「いや、まぁ、何でも斬れるっちゃあ斬れるけれど、多対一には殆ど関係ないと思うが」
いくら武器を上手に扱えても立ち回り一つでいくらでも窮地は訪れる。
そういう意味で答えたのだが、ニャルは首を横に振った。
「そうではないのです。私はワーキャットではありますが膂力の問題ですぐに武器を壊してしまうのです」
「あー……なるほど。確かに、そういう理由ならこの緋心は丈夫だから使えるかもしれないな」
「しかしそうなるとお前はこれまでどうやって戦ってきたんだ?」
ジレッタの疑問は僕も抱いたものだった。
「相手の武器を奪って戦ってきました。あとは拾った物とかですかね」
「随分と場当たりな戦い方だな……」
「それでも何とかやってこれましたので」
音もなく鍵を開けて侵入してくるくらいだ。その実力は本物のようだ。
色々と聞きたいことは多い。しかし一番気になることがまだ聞けていなかった。
その質問の回答も予測し、心の準備をしてから僕はニャルにその質問をした。
「ニャル」
「はい」
「緋心を無事に盗めた後は、やはり山賊を殺しに行くつもりだったのか?」
「はい。盗んだ後にすぐに。夜明けまでに終わらせるつもりでした」
予測通りの回答だった。しかしそれをしっかりと受け止め……僕は天井を見上げてふーっと息を吐いた。
「わかった。すぐに行くとしよう」
「? 貴方が行くのですか?」
「違う。僕も、行くんだ」
覚悟は今決めた。
1人の犠牲で終わらせられるかもしれなかったこの事件。1人で済めば被害が少なくて良かったね、なんて話ではなく、かと言って多くの犠牲が出ちゃったけど1人救えたから良かったね、なんて話でもない。
どちらにしても被害者が出てしまうことが問題だった。そしてそれに加担しているということも問題だった。
これはニャルが解決したら終わりという話ではなくなった。首を突っ込んでしまった僕の責任でもあった。
「何故?」
「僕が招いたことでもある。その始末はつけないとな」
「そうですか。じゃあ行きましょうか」
立ち上がったニャルが窓を開け、窓枠に足を掛けた。そっと肩を掴み、ドアを指差した。
「其処は出入口じゃないから」
「……そうですね」
□ □ □ □
この城下町は城から伸びる円形の防壁に囲まれた町だ。普通は城を中心に置くものだが、城の背後には城よりも高い山がそびえている。
安全が確保されている分、住む者たちに土地をということでこのような造りになっているそうだ。
そんな町に住む人間は安全を確保されている代わりに無断で防壁の向こうへ行くことは禁止されている。
そりゃそうだ。中は安全、外は危険。誰だって分かる話だ。許可を得てギリ外出可能な世の中なのだ。
無断でこっそり出て怪我しました何で守ってくれないんですか、なんて言われた日には誰だって兜を地面に叩きつけて思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、肩を怒らせて帰ってしまうだろう。
「此方です」
なので僕たちはこれから怪我をしたとしても誰にも何も言えない。自業自得の真っただ中へと突入する。
ニャルは防壁の古い部分に隙間があるのを見つけていた。小柄な彼女なら通るのも余裕だが、僕やジレッタはギリギリといったところだ。
「あとでこっそり塞がなきゃな……モンスターが入ってきてしまう」
「怪盗もな」
「此処から北西に向かいます」
「北西っていうと……」
町の北側、城がある方面には難攻不落の山脈が西から東へと続いている。
北西に向かえば自然と山にぶつかる。が、その前に麓に広がる森に入ることになる。
モンスターの出現も多く聞く場所だ。と言ってもドラゴンとかそういう危険なものは居ない。新兵の練習にも使われるくらいの場所だった。
「森の奥、山の麓にある洞窟が山賊の根城です。これから其処へ向かいます」
「向かいますって、結構あるぞ。僕はてっきりもっと近場かと」
「全力で向かい、全力で殺し、全力で戻ればお仕事には間に合うんじゃないですか?」
まったく他人事だな……しかし武器を得た山賊が鑑賞を続けるとも思えない。すぐにでもお仕事を始めるだろう。
夜が明ける前に方を付けなければ……。
僕の隣でニャルが両手を地面につける。なるほど、ワーキャット……獣人だから最速と言えば四つ足になるのか。其処は動物チックなんだな。
なんて思っているとザワザワと銀の髪が逆立ち、ぶわりと黒いローブが揺れてニャルの体が一気に膨張した。
瞬きすら許さぬ一瞬で、ニャルは巨大な銀色の虎の姿へと変化していた。
「? 早く行きますよ?」
「お、おおう。行くか!」
あんなに小柄だったのに今は僕よりも大きな巨体だ。こんな虎に襲われたら勝ち目なんてないだろう。
グッと地面を踏み込んだかと思えば、まるでロケットのように森へ向かって走り出した。太く強靭な尻尾を見送りながら、頬を掻いた。
「……僕たちも行くか」
「あれに付き合うにはかなり力を送るけど大丈夫?」
「やるしかないでしょ。頼むわ」
言い終わると同時にジレッタの力が流れ込んでくる。身体強化の力だ。正確にはただ竜の力が無理矢理ぶち込まれているだけだが。
肌が灼熱し、体内の水分が押し出され、肌の表面で湯気となっていくのが分かる。
緋心を握りなおし、走り出す。世界陸上も真っ青な速度で僕たちはニャルの後を追い、夜更けの森に突入した。