規則正しいリズムで鉄を打つ音を聞くと爺ちゃんが田舎の小屋で鍛冶仕事をしていた光景が瞼に浮かぶ。其処で僕は仕事中の爺ちゃんに声を掛けた。
なんて言ってたっけな……そうそう、『何でお家作るのやめたの?』と聞いたんだ。
そしたら爺ちゃんはこう言った。
「丁寧な家を作るだけなら人手は多い。でも鍬や包丁を丁寧に作る人は本当に少ないんだ。だから俺は鉄を打つんだ」
って言った。
だから爺ちゃんが格好良かった。僕も爺ちゃんみたいになりたいって、そう思ったし、そう言った。爺ちゃんは笑ってるだけだったけれど。
それからしばらくして、爺ちゃんは山の中に消えていったんだ。
「侘助、鉄が冷めているよ」
「……」
「侘助!」
「えっ!? あっ……ごめん」
「どうしたの。体調でも悪いのか?」
ジレッタが僕の顔を覗き込む。体調は問題ない。規則正しい生活のお蔭ですこぶる健康だ。
悪いのは仕事中に昔のことを思い出していた僕だ。
「問題ないよ。ちょっと考え事をしてしまって。もう一度最初からしようか」
鉄を鋏で掴んで炉の中に入れる。灼熱した炭が放つ粒子のような炎に炙られ、鉄はゆっくりと温度を取り戻していった。
あの鐵の墓から戻ってきて2ヶ月が経った。
僕は今も【翡翠の爪工房】でスキルを使わない鍛冶作業を教わっている。
王城でもヴァンダーさんに教わり、この工房でもボローラさんに教わっているお蔭で鍛冶の腕はそれなりに上がってきた。……と思う。
そろそろ城を出て3ヶ月半かと思うと、早いようで……早かった。怒涛の日々だ。
とはいえ3ヶ月半も過ごせば仕事にも生活にも慣れが出てくるもので、それと同時に気を引き締め直す時期でもあった。
「親方、ちょっと……」
「ん? あぁ、すぐ行く」
鉄を叩き、課題の斧が大体形になってきたところで兄弟子の1人が親方に耳打ちをして裏口から出ていくのが視界に入った。
それを目で追う僕とジレッタ。裏口から出た先にあるのは倉庫と母屋だ。仕事中に呼び出して母屋に行くことはないだろうし、となれば倉庫だろう。
「気になるな……」
「行ってみるか」
「あ、おい!」
遠慮も無しに裏口へ行こうとするジレッタの腕を掴もうとするがするりと抜けていく。
もう一度掴もうとして手を伸ばすが届かず、体勢を崩してしまい道具が乗った台をひっくり返してしまった。
大きな音が工房内に響く。兄弟子たちが何事かと僕の方を一斉に見るが、答える暇がなく、謝罪の意を込めて一礼しジレッタの後を追った。
既にジレッタは裏口を出た後のようで、続いて裏口を出るとジレッタの後ろ姿が見えた。
そしてもう親方と兄弟子と3人で話していた。間に合わなかったことに溜息を吐き、その輪に加わった。
「すみません、ジレッタが」
「いや、ちょうど良かった。全体共有するつもりだったから」
「えっ、何かあったんですか?」
聞いちゃいけないというのであれば食いつかざるを得ない。内緒話なんて興味ない訳ないだろ!
「向かいの工房……【竜牙工房】に盗みが入ったらしい」
「盗み? 泥棒ですか?」
「あぁ……しかもこれがただの窃盗じゃないんだ」
「となると……あっ、噂のアレですか!?」
噂のアレとは、最近巷で情報が錯綜しているとある『怪盗』である。
「出たんですね……【無貌】が」
「どうやらそうらしい。傭兵団に卸す直前だった品がごっそりいかれたって話だ」
神出鬼没の怪盗はここ最近噂になっている人物だ。色んな場所で盗難騒ぎが起きているのだが、一向に捕まらない。
それどころかその姿すらも朧気だ。一部ではギリギリ見えた顔に目鼻が一切ないのっぺらぼうだったという話があり、それでついたあだ名が【無貌】だった。
「えぐ……ていうかそれって傭兵団は大丈夫なんですか?」
勇敢だが粗暴な傭兵たちが、金を払って依頼し、自分たちに渡されるはずだった物が奪われたと聞かされてそれじゃあしゃあないねって納得するとは思えない。
むしろ襲われたって不思議じゃないくらいだ。
「さぁな……今朝方、受け取りに来るって話だったらしいがまだ来てないらしい。幸か不幸かって感じだが、まぁどう逆立ちしても用意はできないだろうな……」
「そうですか……」
傭兵団が遅れているとはいえ、何本もの剣を一気に用意するなんてのは無理な話だ。
物がないことで怒った傭兵団が暴れなければいいのだが……。
「ん? 侘助なら用意出来るんじゃないか?」
ジレッタの言葉にそういえば、と気付いた。僕なら出来るんだっけ。
そうだそうだ、最近はスキルを使わないようにしてたからちょっと忘れていたが、咄嗟に鉄を熱することだけが僕のスキルではなかった。
しかしそれは如何なものか。いくら同業とはいえ他社の利益を上げるような行為を僕がしていいんだろうか。
「え? あ、そうだな……その手があったか」
「いいんですか、親方。同業とはいえ対抗相手ですよね?」
「まぁそうだが、敵って訳でもない。ここで一つ恩を売っておけば何かあった時に助けてもらえるかもしれんだろう?」
「確かに一理ありますけど……親方がそう言うなら、僕は構いません」
「よし、じゃあ早速一緒に行くぞ。話をしに行こう」
ということで急遽出張依頼(押し売り)に行くことになってしまった。
あちらさんがどういう対応をするかは分からないが、フェイスレスに関してはこちらも気を付けなければいけない。
なにせ僕の手元には神刀認定された最強の刀がある。他人事ではないのである。
なんて言ってたっけな……そうそう、『何でお家作るのやめたの?』と聞いたんだ。
そしたら爺ちゃんはこう言った。
「丁寧な家を作るだけなら人手は多い。でも鍬や包丁を丁寧に作る人は本当に少ないんだ。だから俺は鉄を打つんだ」
って言った。
だから爺ちゃんが格好良かった。僕も爺ちゃんみたいになりたいって、そう思ったし、そう言った。爺ちゃんは笑ってるだけだったけれど。
それからしばらくして、爺ちゃんは山の中に消えていったんだ。
「侘助、鉄が冷めているよ」
「……」
「侘助!」
「えっ!? あっ……ごめん」
「どうしたの。体調でも悪いのか?」
ジレッタが僕の顔を覗き込む。体調は問題ない。規則正しい生活のお蔭ですこぶる健康だ。
悪いのは仕事中に昔のことを思い出していた僕だ。
「問題ないよ。ちょっと考え事をしてしまって。もう一度最初からしようか」
鉄を鋏で掴んで炉の中に入れる。灼熱した炭が放つ粒子のような炎に炙られ、鉄はゆっくりと温度を取り戻していった。
あの鐵の墓から戻ってきて2ヶ月が経った。
僕は今も【翡翠の爪工房】でスキルを使わない鍛冶作業を教わっている。
王城でもヴァンダーさんに教わり、この工房でもボローラさんに教わっているお蔭で鍛冶の腕はそれなりに上がってきた。……と思う。
そろそろ城を出て3ヶ月半かと思うと、早いようで……早かった。怒涛の日々だ。
とはいえ3ヶ月半も過ごせば仕事にも生活にも慣れが出てくるもので、それと同時に気を引き締め直す時期でもあった。
「親方、ちょっと……」
「ん? あぁ、すぐ行く」
鉄を叩き、課題の斧が大体形になってきたところで兄弟子の1人が親方に耳打ちをして裏口から出ていくのが視界に入った。
それを目で追う僕とジレッタ。裏口から出た先にあるのは倉庫と母屋だ。仕事中に呼び出して母屋に行くことはないだろうし、となれば倉庫だろう。
「気になるな……」
「行ってみるか」
「あ、おい!」
遠慮も無しに裏口へ行こうとするジレッタの腕を掴もうとするがするりと抜けていく。
もう一度掴もうとして手を伸ばすが届かず、体勢を崩してしまい道具が乗った台をひっくり返してしまった。
大きな音が工房内に響く。兄弟子たちが何事かと僕の方を一斉に見るが、答える暇がなく、謝罪の意を込めて一礼しジレッタの後を追った。
既にジレッタは裏口を出た後のようで、続いて裏口を出るとジレッタの後ろ姿が見えた。
そしてもう親方と兄弟子と3人で話していた。間に合わなかったことに溜息を吐き、その輪に加わった。
「すみません、ジレッタが」
「いや、ちょうど良かった。全体共有するつもりだったから」
「えっ、何かあったんですか?」
聞いちゃいけないというのであれば食いつかざるを得ない。内緒話なんて興味ない訳ないだろ!
「向かいの工房……【竜牙工房】に盗みが入ったらしい」
「盗み? 泥棒ですか?」
「あぁ……しかもこれがただの窃盗じゃないんだ」
「となると……あっ、噂のアレですか!?」
噂のアレとは、最近巷で情報が錯綜しているとある『怪盗』である。
「出たんですね……【無貌】が」
「どうやらそうらしい。傭兵団に卸す直前だった品がごっそりいかれたって話だ」
神出鬼没の怪盗はここ最近噂になっている人物だ。色んな場所で盗難騒ぎが起きているのだが、一向に捕まらない。
それどころかその姿すらも朧気だ。一部ではギリギリ見えた顔に目鼻が一切ないのっぺらぼうだったという話があり、それでついたあだ名が【無貌】だった。
「えぐ……ていうかそれって傭兵団は大丈夫なんですか?」
勇敢だが粗暴な傭兵たちが、金を払って依頼し、自分たちに渡されるはずだった物が奪われたと聞かされてそれじゃあしゃあないねって納得するとは思えない。
むしろ襲われたって不思議じゃないくらいだ。
「さぁな……今朝方、受け取りに来るって話だったらしいがまだ来てないらしい。幸か不幸かって感じだが、まぁどう逆立ちしても用意はできないだろうな……」
「そうですか……」
傭兵団が遅れているとはいえ、何本もの剣を一気に用意するなんてのは無理な話だ。
物がないことで怒った傭兵団が暴れなければいいのだが……。
「ん? 侘助なら用意出来るんじゃないか?」
ジレッタの言葉にそういえば、と気付いた。僕なら出来るんだっけ。
そうだそうだ、最近はスキルを使わないようにしてたからちょっと忘れていたが、咄嗟に鉄を熱することだけが僕のスキルではなかった。
しかしそれは如何なものか。いくら同業とはいえ他社の利益を上げるような行為を僕がしていいんだろうか。
「え? あ、そうだな……その手があったか」
「いいんですか、親方。同業とはいえ対抗相手ですよね?」
「まぁそうだが、敵って訳でもない。ここで一つ恩を売っておけば何かあった時に助けてもらえるかもしれんだろう?」
「確かに一理ありますけど……親方がそう言うなら、僕は構いません」
「よし、じゃあ早速一緒に行くぞ。話をしに行こう」
ということで急遽出張依頼(押し売り)に行くことになってしまった。
あちらさんがどういう対応をするかは分からないが、フェイスレスに関してはこちらも気を付けなければいけない。
なにせ僕の手元には神刀認定された最強の刀がある。他人事ではないのである。