吉田さんの一言で案内されたのは王城ホワイトヴェインが抱える王国軍練兵場に併設されたお抱えの鍛冶工房だ。
開きっぱなしの出入口は熱気で歪んで見える程で、見ているだけで額に汗をかきそうだ。
此処では兵が持つ剣や盾、身に着ける鎧や兜なんかを鍛えたり、手入れしたりする場所だそうだ。
僕はまだ見ていないが城下町にも鍛冶屋は幾つもあるそうだが、特に腕の良い職人はこの王城で抱え込み、高い賃金で専属作業をお願いしているのだと吉田さんは教えてくれた。
中を覗くと色々な作業をしている職人が忙しなく動いていた。僕や吉田さんのような黒髪の者。外国人……いや、外界人らしい赤や青といった奇抜なカラーの方々も頑張っていた。
髪色で統一させようとせずに実力で雇うのは良い職場だと思えるのはまだ日本のやり方が抜けていないからだろうか。此処が最新という訳でも未来という訳でもないが古い価値観はアップデートしていかないといけないな。
カン! と甲高い音がした。
音のした方を見ると、若い職人が真っ赤に焼けた鉄に槌を落とした音だった。大きな鋏のような物で鉄を挟む者と反対側に立つ者、互いがタイミング良く交代しながらカン、カン、と鉄を叩く度に火花が散るが、2人は一切気にせずにひたすらに鉄を打つ。
頭の中で先程の金属音が鳴り続けていた。そして思い出す。此処に飛ばされる前に聞いていたあの音。工事現場の音だと思っていたけれど水谷は工事なんてしてないと言っていた。
飛ばされる寸前に聞こえた音も気の所為だと思っていた。でも実際、僕はそれを聞いていたし、聞こえていた。
聞こえていたのはこの鍛冶の音だったんだ。そう思うとこれが予め定められていた運命のように思えてきた。侘助って名前も、改めて聞くと鍛冶師っぽいしね。
「ヴァンダーさん! いますかー!」
金属音や話し声、炉から洩れる炎の音に掻き消されないように大きな声で吉田さんが叫ぶ。何人かがその声に反応して顔を上げるが、応じる者は居ない。
愛想が悪いのか、それともただ、自身がヴァンダーではないからか。キョロキョロと見回して気にしていない様子からどうやら後者なのだろう。職人相手なのだ。多少の壁と距離はあって良い。
「おう、呼んだか?」
と、不意に後ろから……正確には後ろの上から声が聞こえてきた。
振り向いたところにあったのは厚い胸板。ところどころ焦げてくたびれたオーバーオールがそれを覆おうと努力しているが、はち切れんばかりの胸筋に悲鳴を上げていた。
もう少し上へと視線を向けると立派なヒゲを生やした壮年の男が此方を見下ろしていた。
ヴァンダーさんはこの王城鍛冶工房で一番偉い人だそうだ。数多くの剣を造りだし、それらは王国軍の大隊長達の腰にぶら下がっているとのことで、この世界に詳しくない僕でも、その話だけでヴァンダーさんが技術があり、素晴らしい人であることは理解できる。
「なんだ、こんなひょろっちぃ奴に俺達の仕事が務まんのか?」
「務まるかどうかは分かりませんが鍛冶系のスキルが発現したようなのでまずは確認を」
2人して僕に対する当たりが強いのがとても気になるが、この【鍛冶一如】というスキルが鍛冶関連で、何ならこのヴァンダーさんよりも優れた物を作れるスキルだったら僕としても鼻が高くなるのだが……さてさて、どうなることやら。
不服そうに胸筋を膨らませ、鼻を鳴らしたヴァンダーさんが鍛冶場の奥へ来いと顎で差す。僕は吉田さんに視線を向けるが、彼は微笑んで頷くだけだった。行けということだろう。そういえば彼はどういうスキルの持ち主なんだろう? これが終わったら聞いてみるのもいいかもしれないな。
「鍛冶っつっても色々ある」
「はぁ」
「次、気ぃ抜けた返事したら薪にするから覚えとけ」
「はい!」
言動があまりにもパワハラブラック工房だった。でもこれは僕も悪い。職人相手に気を抜くのは死を意味すると言っても過言だ。
まだちょっとふわふわしてるな……熱気の所為でもあるけれど、ちゃんと現実を受け入れて緊張感をもって仕事に取り組むのは社会人の嗜みである。
「結局は求められてるもんを作るのが仕事だ。農具から鍋、蹄鉄、剣に鎧。鉄から作れるもんは何でも作る。それが鍛冶師だ。分かるか?」
「分かります」
「なら俺達が此処で作るのは何だ?」
問われ、思考が巡る。軍に必要な物。
「剣や鎧、盾、蹄鉄は当然として、鏃とか……あとは作るのとは別に修理もですか?」
「他にも色々あるが、まぁそんなところだ。で、お前は鍛冶関連のスキルがあるらしいな」
「そうらしいです」
【鍛冶一如】。一如とは確か、絶対的な一という意味だった気がする。
原初の一。形は色々あれど、元は鉄という鍛冶にはピッタリの言葉かもしれない。ならば、この一如はどういう風に作用するのだろう。一は全、全は一みたいな、何でも作れるようになりますよ、という意味だろうか。
「まずは叩いてみないことには始まらん」
手渡されたのは使い古した重い金槌。一見、骨董品のように見えるが持ち手はヒビもトゲもなく滑らか。槌の部分も錆一つなく、大事に使われているのが見て取れる。
「おい、鉄!」
ヴァンダーさんが声を掛けた人は長い鋏を炉に突っ込んでいる人だ。大きな声で返事をしたその人は炉から真っ赤に焼けた鉄を取り出し、金床の上に置く。
見ているだけで顔まで熱気がやってくる。思わず顔を背けたくなるような熱に負けないように、僕は金槌を振り上げ、力強く叩いた。
カァン!
甲高い音が響く。一瞬にしてその一音が鼓膜を突き抜け、頭の中を埋め尽くした。
ぐわんぐわんと反響する音と揺れる視界。酷い頭痛に襲われる頭の中に浮かぶのは剣だ。何の変哲もない剣だが、それが頭の中で鉄から変形して剣へと成るのが見えた気がした。
「おぉ!?」
「これは……」
ヴァンダーさんと吉田さんの驚く声が遠くから聞こえる。ぼやけていた視界がはっきりしてくると、金床と金槌の間には熱を失いつつある鉄が、剣の形を成していた。
僕が頭の中で思い描いて……というか唐突に見せつけられたさっきの剣と同じ物が目の前にあったのだ。それも金槌で一回叩いただけで。
「なるほど……確かに此奴のスキルは鍛冶特化だ。熱した鉄を一打で成形するか」
「見たところ、流石に刃までは付いてないようですけど分かりませんよ。これから習熟すれば付く可能性はあります」
僕を放置して盛り上がる2人。話に混ぜてもらいたいのだけれど、まだ頭がボーっとして気分が優れない。
ついには立っているのも辛くなって、勝手に近くにあった丸椅子に座ろうとしたが、足元がおぼつかなくて椅子を肘掛にして地べたに座ってしまった。
倒れる程ではないけれど、なんだか酷い船酔いのような、そんな不快さが体の中でぐるぐると巡っている。
「あぁ、申し訳ないです! 私としたことが、興奮してしまって」
「大丈夫です……いや大丈夫じゃないんですけど……めっちゃ気持ち悪い……頭も痛い……」
「スキル酔いですね。初めてスキルを使うと大体こうなります。体が適応する為の変化で混乱してるんです。暫くすれば回復しますよ」
「なるほど……」
スキル酔いというものがあるらしい。それで急に気持ち悪くなってるのか。確かに体が何かに適応しようとしているような感覚がある。
手にしていた金槌が馴染むような、鉄を打った時の硬さが懐かしくなるような、そんな感覚。
顔を上げた先にある、僕が打った初めての剣は熱を失いつつある。
だが、僕の中に生まれた熱はどんどんと薪をくべられたかのように熱く燃え上がって行くのだった。
開きっぱなしの出入口は熱気で歪んで見える程で、見ているだけで額に汗をかきそうだ。
此処では兵が持つ剣や盾、身に着ける鎧や兜なんかを鍛えたり、手入れしたりする場所だそうだ。
僕はまだ見ていないが城下町にも鍛冶屋は幾つもあるそうだが、特に腕の良い職人はこの王城で抱え込み、高い賃金で専属作業をお願いしているのだと吉田さんは教えてくれた。
中を覗くと色々な作業をしている職人が忙しなく動いていた。僕や吉田さんのような黒髪の者。外国人……いや、外界人らしい赤や青といった奇抜なカラーの方々も頑張っていた。
髪色で統一させようとせずに実力で雇うのは良い職場だと思えるのはまだ日本のやり方が抜けていないからだろうか。此処が最新という訳でも未来という訳でもないが古い価値観はアップデートしていかないといけないな。
カン! と甲高い音がした。
音のした方を見ると、若い職人が真っ赤に焼けた鉄に槌を落とした音だった。大きな鋏のような物で鉄を挟む者と反対側に立つ者、互いがタイミング良く交代しながらカン、カン、と鉄を叩く度に火花が散るが、2人は一切気にせずにひたすらに鉄を打つ。
頭の中で先程の金属音が鳴り続けていた。そして思い出す。此処に飛ばされる前に聞いていたあの音。工事現場の音だと思っていたけれど水谷は工事なんてしてないと言っていた。
飛ばされる寸前に聞こえた音も気の所為だと思っていた。でも実際、僕はそれを聞いていたし、聞こえていた。
聞こえていたのはこの鍛冶の音だったんだ。そう思うとこれが予め定められていた運命のように思えてきた。侘助って名前も、改めて聞くと鍛冶師っぽいしね。
「ヴァンダーさん! いますかー!」
金属音や話し声、炉から洩れる炎の音に掻き消されないように大きな声で吉田さんが叫ぶ。何人かがその声に反応して顔を上げるが、応じる者は居ない。
愛想が悪いのか、それともただ、自身がヴァンダーではないからか。キョロキョロと見回して気にしていない様子からどうやら後者なのだろう。職人相手なのだ。多少の壁と距離はあって良い。
「おう、呼んだか?」
と、不意に後ろから……正確には後ろの上から声が聞こえてきた。
振り向いたところにあったのは厚い胸板。ところどころ焦げてくたびれたオーバーオールがそれを覆おうと努力しているが、はち切れんばかりの胸筋に悲鳴を上げていた。
もう少し上へと視線を向けると立派なヒゲを生やした壮年の男が此方を見下ろしていた。
ヴァンダーさんはこの王城鍛冶工房で一番偉い人だそうだ。数多くの剣を造りだし、それらは王国軍の大隊長達の腰にぶら下がっているとのことで、この世界に詳しくない僕でも、その話だけでヴァンダーさんが技術があり、素晴らしい人であることは理解できる。
「なんだ、こんなひょろっちぃ奴に俺達の仕事が務まんのか?」
「務まるかどうかは分かりませんが鍛冶系のスキルが発現したようなのでまずは確認を」
2人して僕に対する当たりが強いのがとても気になるが、この【鍛冶一如】というスキルが鍛冶関連で、何ならこのヴァンダーさんよりも優れた物を作れるスキルだったら僕としても鼻が高くなるのだが……さてさて、どうなることやら。
不服そうに胸筋を膨らませ、鼻を鳴らしたヴァンダーさんが鍛冶場の奥へ来いと顎で差す。僕は吉田さんに視線を向けるが、彼は微笑んで頷くだけだった。行けということだろう。そういえば彼はどういうスキルの持ち主なんだろう? これが終わったら聞いてみるのもいいかもしれないな。
「鍛冶っつっても色々ある」
「はぁ」
「次、気ぃ抜けた返事したら薪にするから覚えとけ」
「はい!」
言動があまりにもパワハラブラック工房だった。でもこれは僕も悪い。職人相手に気を抜くのは死を意味すると言っても過言だ。
まだちょっとふわふわしてるな……熱気の所為でもあるけれど、ちゃんと現実を受け入れて緊張感をもって仕事に取り組むのは社会人の嗜みである。
「結局は求められてるもんを作るのが仕事だ。農具から鍋、蹄鉄、剣に鎧。鉄から作れるもんは何でも作る。それが鍛冶師だ。分かるか?」
「分かります」
「なら俺達が此処で作るのは何だ?」
問われ、思考が巡る。軍に必要な物。
「剣や鎧、盾、蹄鉄は当然として、鏃とか……あとは作るのとは別に修理もですか?」
「他にも色々あるが、まぁそんなところだ。で、お前は鍛冶関連のスキルがあるらしいな」
「そうらしいです」
【鍛冶一如】。一如とは確か、絶対的な一という意味だった気がする。
原初の一。形は色々あれど、元は鉄という鍛冶にはピッタリの言葉かもしれない。ならば、この一如はどういう風に作用するのだろう。一は全、全は一みたいな、何でも作れるようになりますよ、という意味だろうか。
「まずは叩いてみないことには始まらん」
手渡されたのは使い古した重い金槌。一見、骨董品のように見えるが持ち手はヒビもトゲもなく滑らか。槌の部分も錆一つなく、大事に使われているのが見て取れる。
「おい、鉄!」
ヴァンダーさんが声を掛けた人は長い鋏を炉に突っ込んでいる人だ。大きな声で返事をしたその人は炉から真っ赤に焼けた鉄を取り出し、金床の上に置く。
見ているだけで顔まで熱気がやってくる。思わず顔を背けたくなるような熱に負けないように、僕は金槌を振り上げ、力強く叩いた。
カァン!
甲高い音が響く。一瞬にしてその一音が鼓膜を突き抜け、頭の中を埋め尽くした。
ぐわんぐわんと反響する音と揺れる視界。酷い頭痛に襲われる頭の中に浮かぶのは剣だ。何の変哲もない剣だが、それが頭の中で鉄から変形して剣へと成るのが見えた気がした。
「おぉ!?」
「これは……」
ヴァンダーさんと吉田さんの驚く声が遠くから聞こえる。ぼやけていた視界がはっきりしてくると、金床と金槌の間には熱を失いつつある鉄が、剣の形を成していた。
僕が頭の中で思い描いて……というか唐突に見せつけられたさっきの剣と同じ物が目の前にあったのだ。それも金槌で一回叩いただけで。
「なるほど……確かに此奴のスキルは鍛冶特化だ。熱した鉄を一打で成形するか」
「見たところ、流石に刃までは付いてないようですけど分かりませんよ。これから習熟すれば付く可能性はあります」
僕を放置して盛り上がる2人。話に混ぜてもらいたいのだけれど、まだ頭がボーっとして気分が優れない。
ついには立っているのも辛くなって、勝手に近くにあった丸椅子に座ろうとしたが、足元がおぼつかなくて椅子を肘掛にして地べたに座ってしまった。
倒れる程ではないけれど、なんだか酷い船酔いのような、そんな不快さが体の中でぐるぐると巡っている。
「あぁ、申し訳ないです! 私としたことが、興奮してしまって」
「大丈夫です……いや大丈夫じゃないんですけど……めっちゃ気持ち悪い……頭も痛い……」
「スキル酔いですね。初めてスキルを使うと大体こうなります。体が適応する為の変化で混乱してるんです。暫くすれば回復しますよ」
「なるほど……」
スキル酔いというものがあるらしい。それで急に気持ち悪くなってるのか。確かに体が何かに適応しようとしているような感覚がある。
手にしていた金槌が馴染むような、鉄を打った時の硬さが懐かしくなるような、そんな感覚。
顔を上げた先にある、僕が打った初めての剣は熱を失いつつある。
だが、僕の中に生まれた熱はどんどんと薪をくべられたかのように熱く燃え上がって行くのだった。