菖蒲さんはギュッと自身の腕を掴む。まるで後悔に耐えられないというような、自分を責めるような、そんな悔し気な顔で。
「実は……」
と切り出した菖蒲さんの話は実に胸糞悪い話だった。
S級ダンジョン【鐵の墓】。
其処は山間に広がる巨大な墓地だ。しかしただの墓地ではない。墓守が存在する。そしてその墓守が厄介だった。何体もの魔鉄製のゴーレムが墓守を勤めているのだ。
これを剣や魔法で処理するのは非常に難しい。なにせ魔鉄の塊を断つには相当な腕か、もしくは特殊な金属を使ったレアよりもレア、ハイレアなアイテムが必要になってくる。
術式だって魔鉄の塊相手じゃ歯が立たない。魔法だとしても厳しい戦いになるだろう。
魔鉄の特性は魔素の高効率吸収と蓄積だ。空気中の魔素を溜め込み、自身の硬度を保つ。
例えばこれを利用した剣は魔素の濃い場所なら不壊の剣となるだろう。持ち主の魔力を吸収してこれを維持することも可能だ。
ヒルダさんの剣にはこの魔鉄がふんだんに使われている。彼女の剣は魔素を高効率で吸収し、高伝導率の魔銀の刃に魔石の魔力を流す仕組みになっている。
「その墓地に仲間が取り残された、と?」
「そうだ。攻略するという目的で合同パーティーを組もうと持ち掛けられた。相手は私達と同じくA級のパーティー【罪禍断命】。名前の通り、正義をこよなく愛するという変わった集団だ」
この【罪禍断命】というのが風変わりなパーティーは、世界に遍在する邪悪なダンジョンを撲滅するのが目的だそうだ。
何故彼等が【鐵の墓】に用事があったのかというと、この墓に埋葬されている者が邪悪な存在なのだそうだ。
【三叉の覇刃】はそれに興味はなかったが、困難なダンジョンは攻略すれば金になる。墓であれば埋葬品という副産物もあるかもしれないということで、この話に乗った。
途中までは問題なく攻略出来ていた。流石、A級パーティー同士ということで息も合い、順調に深部まで進むことができた。
何とか魔鉄のゴーレムを倒しながら進んだ最深部。其処に埋葬されていたモンスター。不死身のアンデッドであり、かつての魔王の側近、エルダーリッチー【ベノハイム】が目を覚ました。
「これを倒すのが連中の目的だった。しかしベノハイムはかつての魔王の側近。特殊な魔法を使うんだ。それはこれまで出会ってきた魔鉄のゴーレムを生み出した張本人だから使える魔法……【鉄魔法】の使い手だった男だ」
ヒルダさんの剣を作る際に使用した土属性魔石。あれは高純度なら流す魔力によって石よりも鉄よりも硬くなる物質だ。
それが魔法だったら?
放つ石礫は金属の散弾となり、降らす巨岩は鉄の塊となり、生み出される土人形は鉄のゴーレムとなる。魔鉄を媒介に作り上げられたオリハルコンゴーレムはこのエルダーリッチーが生み出した墓守だった。
「オリハルコンゴーレムは関節部やコアを狙うことで何とか始末することが出来た。しかし流動する鉄魔法は対処のしようがなかったんだ。三人一組で戦う私達、トライエッジと、5人一組で戦うジャッジメント・ジャッジメントでもベノハイムには歯が立たなかった」
苦戦する相手に何とか死なないように立ち回る二組のパーティー。
トライ・エッジはエルダーリッチーの魔法の隙を掻い潜り、斬りつけようとするが液体のような鉄がそれらを阻む。
ジャッジメント・ジャッジメントが放つ魔法や矢も届かない。
全ての攻撃手段が通じないと先に判断したのはジャッジメント・ジャッジメントだった。
彼等が取った手段、それは転移の術式を書き記したスクロールを使ったダンジョンからの脱出だった。
「奴等は早々に諦めてスクロールで脱出した……。残された私達はエルダーリッチーから逃げる為に仲間の1人を置き去りにするしかなかった」
囮となった一番俊敏力のある仲間のお陰でダンジョンの外に脱出出来たトライ・エッジは命からがら、王都エフェメラルまで逃げ帰ってきたのだった。
「それで、今度は仲間を助ける為にもう一度【鐵の墓】へ行く、と」
「そういうことだ。それで侘助君の力を借りたい」
言われ、悩む。この場の誰もが口に出さない『今もその仲間は生きているのか』という疑問について、悩んだ。
すばしっこいからといって魔王の側近とやらから逃げられるだろうかという疑問。逃げたところで追い詰められ、死んでいるんじゃないかという疑問。
話を聞く限りだとどうしても耳障りの良い答えが浮かんでこなかった。
それに僕が参加する意味はあるのかという疑問。
確かに、僕であればその鉄魔法とやらを無効化することは出来るかもしれない。道中のオリハルコンゴーレムだってきっと苦も無く始末できるだろう。
「侘助、ちょっとおいで」
「ジレッタ?」
返答について考えているとジレッタに服の裾を引っ張られた。菖蒲さんに一礼してから席を外す。連れられてきたのは工房の裏、資材倉庫の前だった。
「なんだ、急に」
「これはチャンスだよ」
「チャンス?」
首を傾げる僕にジレッタはニヤリと笑い返した。
「オリハルコンという貴重な素材を回収出来る。そしてベノハイムを捉えることが出来ればニシムラの情報を得ることが出来る。ついでに彼女らのパーティーメンバーを見つけて助け出すことが出来れば、名も売れる。売れればお金が入ってくる。貯金が増えるよ!」
「お、おぉ……まぁ、そうだな……良いこと尽くしではあるか……」
ジレッタの意見はとても前向きだった。僕の後ろ向きな意見とは違って参加することでのメリットがとても多く、そして魅力的に感じられる。
むしろ、参加しないことのデメリットが多くなってきた気すらする。
素材は得られず、情報も得られず、お金も得られず、同じ日本人である菖蒲さんからの信用も失うことになる。
それは悪評となって僕の今後に暗雲をもたらす事にもつながるだろう。
となると、だ。参加しないという選択肢が急にアホの意見に見えてきた。
ここはひとつ、参加して格好良く彼女らを助けて、ついでに色々得られるものを得れば、全部プラスに繋げようじゃないか。
「参加、するか……いや、参加したくなってきた」
「そうだろう、そうだろう。これに参加しない手はないよ!」
「よし、行くか! むしろついて行かせてくださいって話だぞ、これは!」
盛り上がってきた。テンション上がってきた。別に渡るつもりもない川だったが今となっては渡りに船だ。
「しかしジレッタ、メインはトライ・エッジのメンバーの救出だぞ。それを忘れちゃいけない」
「そうだね。お金目当ては格好悪いもんね?」
口角を歪めた僕は腕を組み、そしてクイ、と顎を上げた。
「そうだ。がめついコソ泥鍛冶師より、窮地に陥ったS級パーティーを助ける鍛冶師の方が、格好良いだろう?」
「実は……」
と切り出した菖蒲さんの話は実に胸糞悪い話だった。
S級ダンジョン【鐵の墓】。
其処は山間に広がる巨大な墓地だ。しかしただの墓地ではない。墓守が存在する。そしてその墓守が厄介だった。何体もの魔鉄製のゴーレムが墓守を勤めているのだ。
これを剣や魔法で処理するのは非常に難しい。なにせ魔鉄の塊を断つには相当な腕か、もしくは特殊な金属を使ったレアよりもレア、ハイレアなアイテムが必要になってくる。
術式だって魔鉄の塊相手じゃ歯が立たない。魔法だとしても厳しい戦いになるだろう。
魔鉄の特性は魔素の高効率吸収と蓄積だ。空気中の魔素を溜め込み、自身の硬度を保つ。
例えばこれを利用した剣は魔素の濃い場所なら不壊の剣となるだろう。持ち主の魔力を吸収してこれを維持することも可能だ。
ヒルダさんの剣にはこの魔鉄がふんだんに使われている。彼女の剣は魔素を高効率で吸収し、高伝導率の魔銀の刃に魔石の魔力を流す仕組みになっている。
「その墓地に仲間が取り残された、と?」
「そうだ。攻略するという目的で合同パーティーを組もうと持ち掛けられた。相手は私達と同じくA級のパーティー【罪禍断命】。名前の通り、正義をこよなく愛するという変わった集団だ」
この【罪禍断命】というのが風変わりなパーティーは、世界に遍在する邪悪なダンジョンを撲滅するのが目的だそうだ。
何故彼等が【鐵の墓】に用事があったのかというと、この墓に埋葬されている者が邪悪な存在なのだそうだ。
【三叉の覇刃】はそれに興味はなかったが、困難なダンジョンは攻略すれば金になる。墓であれば埋葬品という副産物もあるかもしれないということで、この話に乗った。
途中までは問題なく攻略出来ていた。流石、A級パーティー同士ということで息も合い、順調に深部まで進むことができた。
何とか魔鉄のゴーレムを倒しながら進んだ最深部。其処に埋葬されていたモンスター。不死身のアンデッドであり、かつての魔王の側近、エルダーリッチー【ベノハイム】が目を覚ました。
「これを倒すのが連中の目的だった。しかしベノハイムはかつての魔王の側近。特殊な魔法を使うんだ。それはこれまで出会ってきた魔鉄のゴーレムを生み出した張本人だから使える魔法……【鉄魔法】の使い手だった男だ」
ヒルダさんの剣を作る際に使用した土属性魔石。あれは高純度なら流す魔力によって石よりも鉄よりも硬くなる物質だ。
それが魔法だったら?
放つ石礫は金属の散弾となり、降らす巨岩は鉄の塊となり、生み出される土人形は鉄のゴーレムとなる。魔鉄を媒介に作り上げられたオリハルコンゴーレムはこのエルダーリッチーが生み出した墓守だった。
「オリハルコンゴーレムは関節部やコアを狙うことで何とか始末することが出来た。しかし流動する鉄魔法は対処のしようがなかったんだ。三人一組で戦う私達、トライエッジと、5人一組で戦うジャッジメント・ジャッジメントでもベノハイムには歯が立たなかった」
苦戦する相手に何とか死なないように立ち回る二組のパーティー。
トライ・エッジはエルダーリッチーの魔法の隙を掻い潜り、斬りつけようとするが液体のような鉄がそれらを阻む。
ジャッジメント・ジャッジメントが放つ魔法や矢も届かない。
全ての攻撃手段が通じないと先に判断したのはジャッジメント・ジャッジメントだった。
彼等が取った手段、それは転移の術式を書き記したスクロールを使ったダンジョンからの脱出だった。
「奴等は早々に諦めてスクロールで脱出した……。残された私達はエルダーリッチーから逃げる為に仲間の1人を置き去りにするしかなかった」
囮となった一番俊敏力のある仲間のお陰でダンジョンの外に脱出出来たトライ・エッジは命からがら、王都エフェメラルまで逃げ帰ってきたのだった。
「それで、今度は仲間を助ける為にもう一度【鐵の墓】へ行く、と」
「そういうことだ。それで侘助君の力を借りたい」
言われ、悩む。この場の誰もが口に出さない『今もその仲間は生きているのか』という疑問について、悩んだ。
すばしっこいからといって魔王の側近とやらから逃げられるだろうかという疑問。逃げたところで追い詰められ、死んでいるんじゃないかという疑問。
話を聞く限りだとどうしても耳障りの良い答えが浮かんでこなかった。
それに僕が参加する意味はあるのかという疑問。
確かに、僕であればその鉄魔法とやらを無効化することは出来るかもしれない。道中のオリハルコンゴーレムだってきっと苦も無く始末できるだろう。
「侘助、ちょっとおいで」
「ジレッタ?」
返答について考えているとジレッタに服の裾を引っ張られた。菖蒲さんに一礼してから席を外す。連れられてきたのは工房の裏、資材倉庫の前だった。
「なんだ、急に」
「これはチャンスだよ」
「チャンス?」
首を傾げる僕にジレッタはニヤリと笑い返した。
「オリハルコンという貴重な素材を回収出来る。そしてベノハイムを捉えることが出来ればニシムラの情報を得ることが出来る。ついでに彼女らのパーティーメンバーを見つけて助け出すことが出来れば、名も売れる。売れればお金が入ってくる。貯金が増えるよ!」
「お、おぉ……まぁ、そうだな……良いこと尽くしではあるか……」
ジレッタの意見はとても前向きだった。僕の後ろ向きな意見とは違って参加することでのメリットがとても多く、そして魅力的に感じられる。
むしろ、参加しないことのデメリットが多くなってきた気すらする。
素材は得られず、情報も得られず、お金も得られず、同じ日本人である菖蒲さんからの信用も失うことになる。
それは悪評となって僕の今後に暗雲をもたらす事にもつながるだろう。
となると、だ。参加しないという選択肢が急にアホの意見に見えてきた。
ここはひとつ、参加して格好良く彼女らを助けて、ついでに色々得られるものを得れば、全部プラスに繋げようじゃないか。
「参加、するか……いや、参加したくなってきた」
「そうだろう、そうだろう。これに参加しない手はないよ!」
「よし、行くか! むしろついて行かせてくださいって話だぞ、これは!」
盛り上がってきた。テンション上がってきた。別に渡るつもりもない川だったが今となっては渡りに船だ。
「しかしジレッタ、メインはトライ・エッジのメンバーの救出だぞ。それを忘れちゃいけない」
「そうだね。お金目当ては格好悪いもんね?」
口角を歪めた僕は腕を組み、そしてクイ、と顎を上げた。
「そうだ。がめついコソ泥鍛冶師より、窮地に陥ったS級パーティーを助ける鍛冶師の方が、格好良いだろう?」