「おばさんにそんなこと言われたの? それでもまだ一緒に食べてないんだ?」
 
 関本はいよいよ、たまきの頑固さは病気だと思っている。 

「だっておやつにそば食べる時間帯は、まだ店やってるもん。どうせわたしひとりだけで食べるんだから」

「あ、そうなんだ」

 関本は納得といった様子で、「それじゃ仕方ないね。おばさん、どういうつもりでそんなこと言ったんだろうね」と、天ぷらそばを豪快にすすった。

「まあ、そうはいっても、チャンスがあったら、家族三人で、またそばを食べられるようになれたらいいなって思うよ」

「すすることには、こだわらないってこと?」

 関本は恐る恐る、たまきに問いかけた。

「見せたいものがある」 

 そう言いながら、たまきは学校指定の鞄に手を突っ込み、一本のスプーン……いやフォーク? を取り出してみせた。

「この世の中――。麺をすすれない人って、わたしだけじゃないと思うのよ。同じような人は、いっぱいいると思うの。でもみんながみんな、わたしみたいにストイックに麺をすする修行に明け暮れ、その度撃沈しながら、惨めな人生を送っているわけじゃないでしょ。そんなことは気にせず、明るい毎日を送っている人は、きっと大勢いると思う」

 うん、そうだろうなと、関本も心の中で同意した。が、あえて何も言わず、たまきの次の言葉を待った。

「さらに言うなら、この世界には、このような文明の利器もある。すすれないことに悩み、苦しみ、麺をきらいになりそうになるくらいなら、このラーメンフォークスプーンを使って、すべての麺類を支配してしまえばいいんだよ!」

「――……解決策、それ!?」

 普段はあまり取り乱すことのない関本も、つい大きな声が出た。積年の難問が、こんなことでまるく解決だなんて、そんなことありえる!? と言った様相で、驚きを隠せない。

「関本だって言ったでしょ。眉間に皺を寄せながら麺なんか食べても、おいしくないって」

「そりゃ、言ったけど」

「わたしだってね、逆立ちしたってできないことを、永遠に悩んで、苦しんで、周りの人まで暗い気持ちにさせるの、もう終わりにしたい」

 たまきは勢いよく、ラーメンフォークスプーンと言うらしき物を手に握ると、その先端を出汁に浸した。4本のフォーク状の先でくるくるとそばを巻き取ると同時に、スプーンの部分で出汁もすくい上げると、そばと出汁を同時に口の中に運び込んだ。

 今までのように、麺を無理にすすろうとするたび、辛酸を舐めるような苦い表情に変わることもなく、一連の動作はスムーズに流れるようだった。

 あまりにも軽快に、次から次へとそばと出汁が、たまきの口に飲み込まれていく。関本はその自然で美しい動作に、すっかり目を奪われていた。

「それ――、使ってみたいな」

 箸でいちいちそばをすすって、出汁を飲むだびにレンゲに持ち替える。そんな面倒なことをするより、ラーメンフォークスプーンで、一度にそばも出汁も口に入れたほうが、いっそうおいしく、楽に食べられるように見えた。