テーブルの上には大皿に盛られたスープパスタが二皿。

 たまきの前には、春キャベツとウィンナーのクリームスープパスタ。

 関本の前には、トマトとベーコンとコーンのチーズクリームパスタ。

「関本のおいしそう」

「たまきのだっておいしそうだよ」

 互いに互いが頼んだ物のほうがおいしそうに見える。そもそも、人生ってそういうものかもしれない。

 それぞれ右手にフォーク、左手にスプーンを握った。

「いただきます!」

「いただきます」

 パスタをフォークにくるくると巻き付け、たまきは口に運ぶ。スープはスプーンですくって喉に流し込む。たまきの頬はみるみるゆるんでいった。

 たまきが食べ始めたのを確認してから、関本もパスタを口に運んだ。

「おいしいね!」

 たまきが笑顔で投げかけると、

「うまい」

 関本が同意する。

 たまきは黙々と食べ進めていく。いつものように、麺を喉に詰まらせて咳き込むこともなく。ふと、関本が口を開いた。

「無理して、すすろうとしなくていいんじゃない」

「?」

 たまきは一瞬何を言われたのかわからなくて、顔を上げた。

「無理してまで、麺をすすらなきゃって決めなくてもいいんじゃない」

 関本がなぜそんなことを言うのか、たまきにはわからない。

「いや、すするべき麺と、すすらない麺は、きっぱり棲み分けされてるから」

 想像していた解答だけど、関本はあえて小首をかしげた。 

「それよりも、おいしいって思いながら食べるほうが大事なんじゃないの。食べ方にそこまでこだわらなくても」

 たまきの眼光が鋭く光った。 

「駄目だよ、そこは譲れない。麺に対するマナーだから」

 そこまで強く、はっきり返されると、関本もそれ以上返す言葉はない。

 たまきが蕎麦屋の娘なのは、関本も知っている。であるのに、たまきは麺をすすれない。そのことに強いコンプレックスを抱いている。

 ただ、たまきは決して汚い食べ方をしているわけではない。端から見ていて、マナーがなっていないとは思わない。それなのにたまきは必要以上に気にして、絶対にすすれるようになりたい、だから特訓したいと、放課後や休みの日、こうして二人でひたすら麺類巡りをしている。

 だけど、あまりにたまきが気に病み過ぎているのが、関本は心配だった。

 今日はすすらない麺だからか、たまきの表情はおだやかで、いつものしかめっ面と違って、おいしそうにパスタを頬張っている。

「なんでそこまですすることにこだわるの? 家が蕎麦屋だからって、関係ないんじゃん。別に継ごうとかは考えてないんでしょ」

「わかんないよ……」

 たまきはぐるぐるとフォークにパスタを巻きつけながら、関本から目を反らした。

「もし継ぐにしたって、店主のたまきが客の前でそばを食べるわけじゃないんから、やっぱりすすれるかどうかは関係ないでしょ」

 関本は引き下がらなかった。たまきが無理をして、暗い顔をしているのを見るのは、もういやだった。これ以上、辛い思いをしてほしくない。明るく、笑っていて欲しい。たまきはすでに十分努力した。

 たまきは少しのあいだ、窓の外を眺めたり、テーブルや皿の上を見つめたりしていたが、ようやく重い口を開いた。

「関本の言ってることもわかるよ。でも、自分自身が許せなくて。誰だってできることなのに、家は喉越し命の蕎麦屋なのに、すするっていうそんな簡単なことをできないことが、耐えられない」

 関本には理解できない。むしろどうして、頑なにそこまで思い詰めているのか。それしきのことで。たまきにしかわからない感情があるのだろうか。 

「たまきに協力したいけど、目の前で苦しそうに食べているのを見ると、こっちもなんだか苦しくなってくる……」

 ついぽろりと、関本の本音がこぼれた。

 たまきははっとしたように、目を見開いて関本を見た。だが今度は、関本が目を反らしてしまっていた。

「――ごめん」

 それきり、たまきは黙り込んでしまった。