帰宅後、私は彼の言っていた転校という言葉が引っかかり、小学生の頃のアルバムを開いた。
このアルバム開くの何年ぶりだろう。
「宮下奏、みやしたそう....あった!やっぱりだ。転校してきた男の子ってあの子だったんだ」
「何騒いでるの?それに、今日夜遅かったじゃない」
お母さんがノックもせず入って来ておまけに今からおっ説教の予感がして気持ちがブルーになってきた。
「それは、急に雨が降ってきて」
「言い訳?どれだけ心配したと思ってるの?」
「ご、ごめんなさい。これからは気を付けます。」
「絶対よ。それに、そんなくだらない物見てる暇があるなら勉強しなさい。約束したわよね?高校はあなたの好きな所に行かせてあげたんだから、大学はお母さんが言った所に行くって」
母は毒親でなんでも自分の思い通りに支配したがる性格で小学生の頃からずっとこんな教育を受けていた。私が人に合わせる性格になったのだって、半分はお母さんが原因だと内心では思っている。それでも、返事はしないとめんどくさいから、その場でいい顔をして返した。
手に持っていたアルバムを思い出し母なら何か知ってるかもと思い聞いてみる事にした。
「ちょっと待って、お母さん!ちょっと聞きたい事があるんだけど、この宮下奏くんっていう男の子知らない?」
ジーッとアルバムに映る彼の顔写真を見て、ハッと何かを思い出した様に目を見開いた。
「この子、一回家に遊びに来たことがある気がする!」
「本当に?」
「うん。小春が仲良くなった男の子の友達がいるから家に連れてきたいって言って。確かそんな顔の子だった。」
やっぱり、私と彼は小学生の時に出会っていたんだ。
「この子がどうしたの?」
「宮下奏くん関する変な噂みたいなの聞いた事ある?」
「どうだったかしら。でも確か宮下さんのとこのお母さんって亡くなってるかなんかで、居ないって聞いた事あるけど」
「えっ?」
母の言葉に目の前が暗くなり心臓が締め付けられた。
そして、翌日から彼は突然学校に来なくなり姿を見なくなった。
嫌な予感は的中して、あの時何か言葉をかけとけば変化があったのかなとか、死んでたらどうしようとか後悔の思いが体中を駆け回る。
「小春、最近元気ないじゃん。どうした?」
「麻里ちゃん、私ね心が今空なの。彼の事が頭から離れなくて、あの時最後に声をかけとけば。小学生の時の記憶がもう少し早く思い出せていたらって、後悔ばかりが頭を回って」
「あの人の事が好きなの?」
「うん、私宮下くんの事好き」
好きだと言葉に出した瞬間私の目の視界がぼやけて、頬に暖かい液体が流れる。
「小春は何も悪くないよ、だから泣かないで」
背中をさすってくれる麻里ちゃんの手の温もりが優しくて余計に涙があふれて止まらなかった。
数日が経った頃、麻里ちゃんが宮下くんに似た男子を学校付近で見かけたと教えてくれた。
そして、私は今宮下くんと会話をするきっかけになった美術室に来ていた。未完成の彼の絵を見てまた涙が溢れた。
「離れないでって言ったのそっちじゃない、どうして私の目の前から居なくなるの」
やり場のない怒りが宮下くんの作品へと行ってしまい、こんな事が言いたいわけじゃないと心の方向性を変えようと努力する。
初めて見た彼の作品は、男の子が大きくモチーフになっていて涙を流しながら、女性の様な手に縋っているような絵だった。
「辛いなら、辛いって言ってよ。宮下くんと違って私は君の考えてることが分からないんだから!教えてくれないと、分からないじゃん!」
怒りに任せて放った言葉はどれも子供の様みたいで、何故か少し心がスッキリした気がした。
怒って泣いてと、一気に感情を使い果たした私はいつの間にか眠っていたみたいで、目を擦って辺りを見渡していると、私が世界で一番会いたかった人の姿がそこにあった。
「山中、また寝てたね」
「本当に、宮下くん?本物?」
夢なのではないかと自分の頬をつねって確認する。
「紛れもなく本物だよ。ごめんね、勝手に居なくなったりして。今日は、」
彼の話を中断し、今出せる精一杯の力で抱きしめた。
「それ以上何も言わないで。」
「うん。分かった」
私は体を離すと、小学生の頃の話を持ち掛けた。
「私、思い出したよ。小学生の頃転校してきた男の子があなただったって。あの後、アルバムを見たの」
「わざわざ、見てくれたの?」
「わざわざなんて言わないでよ!お母さんにも聞いて、次の日に確認しようと思ったらまさかの登校拒否。なんで?」
「ごめん。」
「離れない嫌わないって約束したよね?言った本人が破ってんじゃん!」
「本当にごめん」
「何も言わずに消えないでよ!口に出してよ、言葉にしてくれなと分からないじゃん!」
「うん」
「辛いならそう言ってよ。人の気持ちには敏感なくせに、自分の気持ちには鈍感でさ我慢しすぎなんだよ!私には偽善者とか言って宮下くんが一番偽善してんじゃんか。もっと、自分の気持ちに正直になってよ!私にはくれるのに、宮下くん自身には与えないなんて不公平じゃない!大事にしてあげてよ。」
「うん」
今まで言えなかった事や我慢して蓋を閉めていた感情が爆発して全部宮下くんに私の言葉という名の弓で彼の心の的を射抜いていく。
「お母さんのことだって、言ってくれたら良かったのに」
「聞いたの?」
「聞いたよ」
「じゃあ、知ってるんだね。俺の母さんが亡くなってる事」
「....」
「事故だったんだ。前言っただろ、相談した時俺を化け物みたいな扱いをしたって。なのに、俺がトラックに轢かれそうになった時、俺を庇って....俺なんかの為に、母さんが命を落とす必要なんてなかったんだよ。俺が死ねばよかったのに」
『俺が死ねばよかったのに』彼の口から聞きたくなかった言葉が私の心臓を抉り、彼の頬から伝った涙が今までの我慢の証だと教えてくれる。これ以上彼が壊れる前に伝えてあげないと、涙を堪え口を開けた。
「自分の子供に死んで欲しいと思う親なんていないよ。宮下くんはさ、優しいから全部自分が悪いと思ってずっと、責めて生きてきたんでしょ」
「優しくなんかないよ、俺は性格がひん曲がった嫌な奴だよ」
「ううん、違うよ。君は優しすぎるから人の些細な事でも気づいちゃうんだよ。だから、私にも手を差し伸ばしてくれたんでしょ」
「気まぐれだったって言ったらどうする?本当は今日来たのだって、絵を取りに来ただけなんだ。もう学校やめるつもりなんだ」
「それでも、私はあなたが好きなの。」
言わないでおこうと思った私の本当の気持ちは心に収めることが出来ず溢れ出して声になって出ていた。
予想もしてなかった私の告白に彼も唖然とした様子だった。
「ご、ごめん。違くて、でも違わなくて」
「いや、なんか急すぎたから、ちょっと驚いただけ。」
「本当は言わないでおこうと思ってたの、困らせると思ったから。」
「困っては無い。むしろ嬉しいよ、俺の初恋は小学生の頃からずっと小春だったから。」
「えっ、小学生の頃から!?」
「まあ、ずっと俺の片思いだったけど。」
そんな、昔から好きでいてくれてた事に逆に驚いた。
「小春、高校二年生で再会して、声をかけられた時心底嬉しかった。でも、その反面俺を苦手に思ってるオーラが出てるのを知って辛かったんだ。だから、近づきたくなくて小春に酷いことを言って傷つけた。本当にごめん」
「ううん、謝らなきゃいけないのは私も一緒。あなたとの記憶を忘れて傷つけた。奏くん、本当にごめんね」



私たちは、生きるのが下手だ。
傷つけたりしてしまうかもしれない。
それでも、光をくれた君と一緒にこれからも歩んでいきたい。